城の地下へと向かうエレンらを見送った後、カタリナは外が見える場所を求め、客間からさらに奥を進んだ。
道案内には好都合とばかりに天体望遠鏡を担いでちゃっかり後をついてくるヨハンネスとともに、程なくして城上部のバルコニーへ出る。
そこは宵闇の空とボドールイの街並みが一望できる、非常に見晴らしのいい場所であった。
(さて・・・グゥエインを呼べって言われても、ここからルーブまで移動してたらそれだけで二ヶ月くらいはかかるわけだし・・・)
手際良く天体望遠鏡を設置していくヨハンネスの横で、カタリナは一応思い悩む。
しかし思い悩んだところで、カタリナにはグゥエインのような飛行能力も、フェアリーのような念話能力もないので、自力での解決策は全く出てこない。
(・・・となると、大人しく彼女の力を借りるしかないわよね)
早々に自力手段を断念したカタリナは、腰に携えた太刀・月下美人を静かに抜刀した。
間も無く新月を迎えようとするポドールイの宵闇と月下美人の刀身が織り成すコントラストは、とても幻想的で美しい。
一頻りその雅を楽しんだ後、カタリナは月下美人をゆっくりと正眼に構え、その刀身へ意識を集中させていく。
すると月下美人が放つ独特の霊威がじんわりと周囲へ広がり始め、仄かに刃が明るみを帯びていった。
これは、ロアーヌでカタリナがフェアリーと別れる時に交わした、連絡の合図。
妖精族が精霊銀を用いて鍛えたといわれる名刀、月下美人。他の素材では決して作り上げられない唯一無二と言ってもいい切れ味を誇るその太刀は、他の武具にはない独特の霊威を備えている。
その霊威は、妖精族にとっては聖王遺物級の武具が発する力場と同じほどに、遥か遠くの距離からでも存在を感じ取る事ができるのだそうだ。
精神統一し刀に意識を集中してから、幾許か。
カタリナの中にすっかり聴き慣れた、鳥の囀りのように可憐な声が響き渡った。
《カタリナさん!元気になられたんですか!?》
《久しぶり・・・ってほどでもないわね、フェアリー。色々と心配かけてごめんなさい。ちゃんと話さなければならない事がいっぱいあるんだけど、一先ず頼りたい事があって・・・》
目を閉じたまま、嬉々とした表情が瞼の裏に浮かぶような声の様子に、自然とカタリナも笑みを漏らしながら返答をする。
フェアリーとは、ロアーヌに帰ってから間も無く別れていた。カタリナは宮廷に戻り、フェアリーは族長たちが避難している腐海近くの臨時集落へと向かったのだ。
その時のカタリナは己の気持ちに蓋をしていたものだから、別れ際のフェアリーには随分と心配を掛けてしまっていた。
《・・・なるほど。グゥエインさんに、ポドールイのお城にいくようお願いすればいいんですね!・・・っていうかカタリナさんずるいです!ポドールイ私も行ってみたかったです!》
《ほんとごめんなさいね、埋め合わせは必ずするから・・・》
冒険心旺盛なフェアリーにしっかりとお叱りをいただき、カタリナは脳内で謝り倒す。
《絶対ですよ!・・・っとまぁ、少し待ってくださいね、グゥエインさん、どんな力場だったかな・・・・・・あー、よし、ちゃんと位置わかりそうです。ちょっと話しかけてみます・・・・・・・・・あ、すぐいくそうです!》
《すぐ行くって・・・まぁ、気長に待つことにするわ。急なお願いを聞いてくれてありがとうね、フェアリー》
《お安い御用です!でも埋め合わせはちゃんとお願いします!》
あれよあれよという間に、グゥエインとの連絡手配は済んでしまった。全くもって、便利なものである。
なんだかこういう妖精族だからこその念話能力なども、場合によっては魔導器などで実現させることができるのだろうか、などとふと思ってみたりもする。
しかしそんなことを教授に言おうものなら、嬉々として妖精族を追いかけ回して研究しそうだなぁなどとカタリナは想像し、これは決して教授には言うまいと心に誓った。
「・・・刀を構えながら一人でにやにやしている姿って、はたから見るとなかなか気持ち悪いもんですね」
気がつけば天体望遠鏡を設置し終わり一息ついていたヨハンネスが、月下美人を構えたままのカタリナに向かってそう言い放った。
その声で現実に引き戻されたカタリナは、いそいそと月下美人を納刀してヨハンネスに向き直る。
「・・・放っておいてちょうだい。っていうか、ここにきても星の観測なのね」
「はい、それが私の生業ですから。それにここでは、今までにはない観測ができそうですので」
「今までにない観測・・・?」
その言葉に少しばかり興味が惹かれたカタリナが首を傾げると、ヨハンネスは天を見上げながら語り出した。
「はい。ここは一日中星の観測が出来る場所のようです。つまり、本来今の季節には見られない星も見えるということです。ここならば、より詳細な星のズレに関する情報収集が出来ると思います」
「星のズレ、か・・・」
言葉を繰り返しながら、カタリナも宵闇の空を見上げる。
ヨハンネスのいう星のズレとはすなわち、アビスゲートの力が引き起こすものであるのだ、という。
世界に散らばる四つのゲートが閉じ、本来ならばここで星のズレとやらは無くなったはずだった。しかし、未だそれはあるのだという。
これこそが、第五のゲートの存在を裏付ける一番の証明でもある。
「・・・第五のゲートは、最もアビスの瘴気が濃く渦巻いている・・・か」
ぽつりと、カタリナが呟く。
それは、ピドナを発つ前にトーマスから聞いた内容だった。
トーマスはアラケスの言葉と行動を一つ一つ振り返り、それがサラのもとに辿り着く何かのヒントにならないかと考え、皆に共有していた。
まず四魔貴族は、そもそも第五のゲートの存在を知らなかったであろう、とトーマスは結論付けた。
その根拠は、アラケスの狙いがゲート四つを前提として成立するよう練られていたからだという。
果たして四者の綿密な連携の末なのか、それとも魔戦士公の独自采配であるのか。
いずれにせよ、四魔貴族のゲートは一つずつ閉じられ、魔王殿に座する白虎のアビスゲートが最後に残った。
そこに至るまでに幾つもの人類存亡危機が波状的に世界各地へと押し寄せ、世界に不安と疑心、そして恐怖を撒き散らした。
そうして蓄積された全ての負の瘴気は残ったアビスゲートに集約され、遂にはアビスへ繋がる門を開く。
アラケスはそれを目論み、計画通りあの場にサラたちを誘き寄せた。
だがそんな四魔貴族の目論見を狂わせる事実が、あの場で致命的な誤算を生み出した。
それ即ち、彼らも知り得ぬ第五のアビスゲートの存在だ。そのゲートが在ることで、アラケスの想定よりも瘴気の集約が足りていなかった。
それにより白虎のゲートは即座に開ききらず、その隙をついてサラは自分ごとゲートの向こうから門を閉じるという捨て身の行動をとった。
そうしてあとに残ったのが、アビスの瘴気が噴き出さんとして集まるであろう、第五のゲートだ。
(・・・第五のゲートについて分かっていることは、四魔貴族すら知らなかったこと。ゲートそのものが不安定であること。恐らく聖王様もその存在に気づきつつ、結局そのままにされていたと思われること。そしてもう一つ、不確定情報でトーマスが最も気にしていたのが・・・)
トーマスが最もアラケスの言葉で気に留めていたものは、『此度貴様らの術式が齎した星と次元のズレでは、ゲート四つが同時に開くことは不可能』という言葉だった。
これは明らかに、四魔貴族やアビスではなく人間サイドが何らかの術式で星と次元のズレとやらを引き起こした、という意味に取れる。
(星のズレは、ゲートから漏れ出す力が引き起こす現象・・・それは、ヨハンネスも以前言っていたこと。そして、ゲートが開くきっかけとなったのは、三百年に一度の大厄災、死蝕。この一連の流れの中に、人間が何らかの術式を用いて関わっている・・・その解明のヒントになりうるのが、この第五のゲートなのではないか。トーマスは、そう結論付けていた)
考えてもカタリナには分からないことだらけであるが、それでも今は、その第五のゲートとやらを目指すしかない。
そのためにエレンたちは聖杯を目指し、そして教授らも尽力してくれているのだ。
(そんな最中、一体私には何の役割があるっていうのかしら・・・)
手渡された鍵のことを思い浮かべながら、カタリナはまもなく消え入るであろう月の最後の欠片を、力なく見上げていた。
「ギャギャギャギャッッ」
「っっさい!!!」
頭上から迫り来る巨大蝙蝠の頭部を、エレンは狙い澄ました斧の一薙ぎで吹き飛ばした。
頭部を失いながら壁に打ち付けられ蝙蝠が絶命する間に、他に四匹いた蝙蝠も次々と凄惨な最後を遂げていく。
曲刀で切り刻まれ、エストックで滅多刺しにされ、斧と蒼龍術で錐揉みにされ、太刀で一刀両断にされ。
あっという間に巨大蝙蝠たちの墓場となった部屋を抜け、エレンたちは歩みを止めずに地下へ続く階段を降りていく。
すると通路の先の階層は、これまでの道と比べて驚くほど広大な空間であった。この城の本体はここから下層なのである、と思い知るには十分な広さだ。
「・・・ガラッと雰囲気が変わったな。瘴気も一段と濃くなりやがった。こりゃ諸王の都よりも死霊まみれっぽいな」
中央が吹き抜けの作りで下へ下へと降っていく長い階段のフロアへ出ると、ハリードが分かりやすく眉を顰めながら呟く。
見下ろせど暗く暗く、どこまで降るとも分からぬ吹き抜け。そこを通って地下深くから吹き上がってくる生温い風には、微かな腐臭が混じっている。
「この辺、魔物いなそうね」
先頭を行くエレンが慎重に階段を降りながら呟くと、すぐ後ろを歩いているロビンがそれに合わせて頷く。
「確かに魔物はいなそうだが・・・一歩降りる毎に、何とも言えない気持ち悪さが増していくのを感じるな。アイマスクが今までにないくらいにピリつくよ」
「え、そのマスク、感覚あるんですか・・・?」
ロビンのすぐ後ろを歩く少年が、別の意味でホラーを感じるような発言をする。
その後ろで呑気に煙草を燻らしながら歩いていたブラックは、ふと吸っていた煙草を指で摘み、無造作に吹き抜けへと放り投げる。
火種がついたままの煙草がクルクルと風に弄ばれながら吹き抜けを落ちていく様を、一行はなんとなく視線で追う。
だが、程なくして煙草は火種ごと暗闇に吸い込まれ、見えなくなった。
「こりゃ相当下まで続いているみたいだな。この先にアビスゲートがあるなんて言われても、不思議に感じないくらいだ」
最後尾のハリードはそう言いながら階段の手すりへと手をかけ、手すりから向こう側の下層に続く手すりへと飛び移り、エレンを追い越していく。
「あ、ちょっと待ってよ」
それを追いかけるようにエレンが駆け出すと、二人に釣られて一行は吹き抜けのフロアを一気に降っていった。
未だ底の知れぬ吹き抜けを尻目に道なりのまま進むと、開いた先は腐臭が立ち込める薄暗い階層へと繋がっていた。
「おっと、ここからが本番みたいだな」
そう言いながらカムシーンを抜き放つハリードの視線の先には、腐りかけの体から瘴気を撒き散らして侵入者を睨む、巨大にして醜悪な死せる魔物。
その数は、三体。
「油断するなよ」
「こっちの台詞」
腰に括り付けていた斧を構えながら、エレンがハリードの横に並び立つ。
しかし、その間を縫うようにしていち早く飛び出す、一つの影があった。
「正面、仕留めます」
その言葉と共に抜刀しながら飛び出した少年は、流れるような動作で正面の魔物を横薙ぎ一閃に払い抜ける。その軌道は何者にも妨げられることなく、三体いた魔物のうち一体が上下に断たれ、腐肉へと還る。
その動きに呼応するようにハリードとエレンも一足で飛び出し、疾風の如き滅多斬り、正面から真っ二つにて、両翼にいた魔物を瞬時に滅する。
「・・・あのガキ、はえぇな」
「あぁ、そして動きに全く無駄がない。あれは、強いな・・・」
三人の勇姿を眺めるに徹していたブラックとロビンは、特段に先攻した少年の動きに思わず賛辞を送る。
ここまで少年が戦う姿を殆ど見てこなかった反動もあろうと思うが、それにしても今の初動の迅さは目を見張るものがあった。
「・・・あのお姉さん・・・カタリナさんに渡す前、指輪は僕がもっていたから・・・大抵の技術は、僕の中にも流れ込んでいるんだ」
それは、カタリナに渡した王家の指輪のことを指しているのだろう。
聖都ランスの聖王家から指輪を受け取り魔王殿でカタリナに渡すまでの所有者は、確かにこの少年であった。
その間に指輪が持つ記憶の中から戦闘に関するものを受け取った、ということなのだろう。
「なるほどな。あの指輪は八つの光だけでなく、宿命の子にも作用する代物だったというわけか」
自身をして指輪から流れ込む記憶を保有するハリードが、今度は通路の先に待ち構える腐った赤竜へと視線を移しながら世間話のように喋る。
「じゃあ戦力として不足はないな。この階層、一気に駆け抜けるぞ!」
そう号令を飛ばしたハリードを先頭にして、五人はそれぞれの得物を手に魔物へと突撃していった。
道行く先には巨大な死竜、腐肉を餌とする無機質の溶解生物、恐ろしさの中に美しさを併せ持った邪精など、それだけでポドールイ地方そのものが滅んでしまいそうなほどに凶悪な魔物が次々と立ちはだかる。
しかしそれらをしても彼らの足を止めるには至らず、五人は比較的順調に地下階層を攻略していった。
どうやら先ほどの吹き抜けを中心に降っていくように通路が続いているようで、何度も吹き抜けの箇所に戻るようにしながら、下へ下へと降っていく。
意外なことに地下階層の道中にはいくつか生活を目的としたような部屋が配置されており、そこにはまるで部屋に住んでいるかのように寛ぐ邪精らの姿が見られ、その不気味な様子が一層この城の異質さを際立たせていた。
「・・・しかし夜の王が支配する領域ってのは、とんでもないもんだな。斬っても斬っても、ここの死霊がいなくなる気配なぞ微塵も感じられない」
「うん・・・これほんと無限に湧いてくるんじゃないかって思うくらい。しかも、全然こっちに敵意ないのもいるし」
流石にここまで大量の数を相手にした反動か、肩で息を吐くようにしながらハリードとエレンが愚痴るように呟く。
「この辺の死霊は一先ず居なくなったようだし、少し休憩しよう」
エストックを鞘に納めながらこちらも一息つきたい様子のロビンが提案すると、一行は思い思いに近場で腰を下ろした。
「ここは・・・書庫みたいだね」
見渡す限り本棚で埋め尽くされたその空間には、一体いつからあるのか、そして誰に読まれることを待っているのかも知れない本たちが、所狭しと並べられていた。
「なんでもここの城主は、魔王との面識もあるっていうじゃねえか。その頃の本なんかあったら、学者先生相手に結構高く捌けるんじゃねぇか?」
ブラックが煙草を燻らせながら俗なことを言うと、満更でもなさそうな表情をしながら手近な本を手に取るハリード。
「ちょっと、コソ泥みたいなのやめてよね」
隣に座るエレンに肘で突かれながらハリードはパラパラと本の頁を捲るが、残念なことにそこに書いてある文字が何を意味しているのか、彼には皆目見当もつかない。
「値打ちがあるかどうかは兎も角、書いてあることは全くわからんな」
「ふん・・・案外、ここの死霊どもの日記かもしれんぞ。それじゃあ二束三文にもならねーな」
くっくっと嗤いながら煙草を燻らし続けるブラックの向かいで、少年もまた近くの本を手に取り、古めかしい表紙へと視線を落とす。
「・・・何かの記録、みたいだね。世界・・・魔術・・・死・・・」
「ふむ・・・それこそ魔王の時代からここがあるのだとしたら、六百年の間の様々な記録なのかもしれないな。・・・・・・ッッ!!??」
本を手に取る周囲とは対照的にエストックの手入れをしていたロビンは、座った姿勢のまま思わずびくりと体を震わせた。
その拍子に、ガシャリ、とエストックの鞘がロビンの膝から下に落ちる。
それに皆が注目しようとすると、なんと彼らが座っていたあたりをちょうど結ぶ中心に悠然と立っている城主、レオニードの姿があった。
『・・・!!???』
あまりの驚きに、その場のほか四人もすぐには動けない。
全く気配を感じなかった。
いつからそこにいたのか、その場の誰も、まるでわからなかったのだ。
「・・・こいつは一本取られたな。いくら殺気がないにしたって、剣の届く範囲の動きに俺が気づけないなんて、ちょっと自信無くすぜ」
流石のハリードもお手上げだという様子で肩を竦めると、エレンはエレンでレオニードの立ち姿に隙の一つでも見つけてやろうと凝視している。
そうこうしているうちに、ふっと、ブラックが咥えていた煙草の火が消える。
「ここは古い本が多いからね、すまないが火は遠慮してもらえるかな」
レオニードが不敵に微笑みながらブラックへ視線を寄越すと、ブラックは憮然とした様子で腕を組む。
「火は駄目ったってよ、そこらじゅうに灯りを焚いてんじゃねえか」
突如現れたレオニードよりも消された煙草の火のほうが気になる様子のブラックが文句を垂れると、レオニードは周囲を照らす壁のランプへと視線をやった。
「あれは鬼火の棲家だ。この城にいる火は全て鬼火だよ。だから、彼らに仇なす者以外が燃えることはない」
「・・・さいですか」
シケモクを専用ケースに仕舞い込みながらブラックが引き下がるのを他所に、レオニードは少年へと音もなく歩み寄り、見下ろした。
「・・・あの、なんですか」
実に居心地悪そうに少年がレオニードを見上げると、レオニードは無言のまま少年の瞳の奥を見通すように僅かに眼を細める。
すると間も無く、少年は視線を逸らすように顔を下げてしまった。
「なるほど。私たちが君に僅かに恐怖を感じるのは、やはり君が破壊を司るからか」
「・・・・・・」
一人呟いた様子のレオニードの言葉に少年が沈黙で答えると、すぐにレオニードも興味をなくしたように少年の前から後退った。
「ねぇ、伯爵様」
そこに、エレンが声をかける。
レオニードが声に合わせて視線を投げかけると、エレンは胡座を組んだまま腕を突っ張って前のめりにバランスをとり、じっとレオニードを見つめる。
「こういうときってさ、何か用事があるから来るんだよね。流石に、そこのおっさんの煙草消しに来ただけじゃないでしょ?」
明け透けなエレンの物言いに流石のハリードも苦笑いをする中、レオニードは寛大な様子で微笑んだ。
「その通りだとも、娘よ」
レオニードはエレンというより、その場の全員に語りかけるように口をひらく。
「ふふ・・・そこの少年ならばもしかしたら、この先にいるモノを葬ってくれるかも知れないと思ってね。まずはそれを確かめに来たのだ。あとは・・・少し君たちと話をしようと思ったまでだよ。来客を饗すのも、城主の務めだからね」
「この先にいるモノ、ねぇ。一々意味深な物言いだこって」
突っかかるブラックを気にする様子もまるでなく、レオニードは次にエレンとハリードへと向き合う。
「神に選ばれし光、立つ。その数、八なるべし・・・。君たちは聖王らが残した、さながら神の尖兵とも言うべき存在なのだろうが・・・今はもう、その意思とは関係なく動いているようだね」
「・・・生憎と俺は、聖王の信者ではない。俺が信仰するのは、祖国の英雄アル=アワド王のみだ。神だか聖王だかが俺を選んだってのは、なんかの手違いだと思うがね」
立てた片膝の上に腕を乗せながらハリードが皮肉混じりに言うと、レオニードは片眉を僅かに揺らし、こくりと頷いた。
「アル=アワド。懐かしい名だ。聖王の時代より前、あの者こそが間違いなく人の身で最も精強であった」
「おいおい・・・まさかあんた、アル=アワド王と面識があるとか言うんじゃ・・・」
思わぬ反応にハリードが食いつこうとしたところ、今度はそれを片腕で制してエレンが身を乗り出す。
「そういえば伯爵様は、宿命の子って何かわかるの!?魔王とか聖王様とかとも会ったことあるんでしょ!?」
「ふむ、そうだな・・・魔王や聖王にせよ、そこなる少年や、其方の妹にせよ。単に宿星が他人と違っただけと言えば、それまでだ」
レオニードの回答に、エレンは憮然とした表情で返す。
「ふふ。随分と不服そうだな。だが、私とて全てを知っているわけではないのだ。君らよりも、多少長生きしているだけだからね」
「・・・では質問を変えてみよう、ロード・ポドールイよ。此度の宿命の子は、なぜ二人いるのだと思う。是非、貴方の見解を聞いてみたい」
それまで会話に加わっていなかったロビンが声を上げると、レオニードはそっと自分の顎に手を当てて考える仕草をしてみせた。
「いい質問だ。そうだな・・・まず二人という点が偶然なのか必然なのか、を考える必要があるが、見ての通り私はロマンチストでね。そこは必然だと確信している」
どのあたりが見ての通りなのかロビンには皆目見当がつかなかったが、一先ずそこは置いておくことにする。
レオニードは続けた。
「魔王は死を定めとし、聖王は生を定めとした。そして此度宿命の子が負うべき定めは・・・恐らく、二つある。だから宿命の子も二人が必然。私は、そう考えている」
「負うべき定めが、二つ・・・」
ロビンは言葉を繰り返しながら、そっと隣の少年を見やる。
しかし少年は俯いたまま、ただただ地面の一点を見つめるばかりだった。
「・・・その少年は、言うなれば破壊の定めを背負っている。死は命ある者にしか齎されぬが、破壊は全てに齎される。であれば差し詰め対の定めとは・・・創造、といったところか。これもまた、命ある者に関わらず全てに齎されるもの」
レオニードの言葉を、一同は無言で聞く。
破壊と創造を少年とサラが司っているということは、ピドナで少年から直接聞いていたことだ。しかしそれを全く別の知見から洞察するこのレオニードという存在は、なんとも末恐ろしい存在に感じられた。
「そして此度の宿命の子が背負う定めは、まだ何も世界に影響を及ぼしていない。四魔貴族の幻影と君たちの戦いは、いわば序章のようなものだろう」
「あれで序章とは・・・随分な言いようだ」
カタリナに次いで四魔貴族との交戦経験を持つハリードが、その戦闘の凄まじさを思い返しながら肩を竦める。
しかし確かに、その戦いには宿命の子が全面的に関わったわけではなかった。
「つまり伯爵様は、この後に何かが起こるって考えているのね?」
エレンが真っ直ぐに見つめながら問いかけると、レオニードはいかにもと言わんばかりに頷いてみせた。
「何が、という点までは判らぬ。だが・・・世界を揺るがす何かが起こるだろうという確信は、ある」
それに・・・と呟きながら、レオニードは実に愉快そうに笑みを作ってみせた。
「なにしろそうでなくては、面白くない」
「・・・けっ、まるっきり高みの見物だな。いいご身分だこって」
その反応を見たブラックが、心底嫌なものを見るかのように悪態を吐く。因みに実際にレオニードは爵位を持っているので言葉通り良い身分であるのだが、今そこに突っ込む人物は流石にここにはいないようだ。
「いや、それは伯爵位だし身分は高いだろう」
いた。
ロビンのエストックよりも鋭い突っ込みに、然しもの大海賊ブラックもたじたじの様子で頭を掻いてみせた。
「うん・・・なんか、ちょっと安心した。少なくともその何かが起こるまでは、あの子は・・・サラは、生きてるはずだから」
エレンはそう呟くと、すくりと立ち上がった。
束の間の休憩の終わりを悟り、各々も先へ進むべく立ち上がる。
「ありがとう伯爵様、色々話してくれて」
「礼には及ばぬ。それでは、この先でもう一度会えることを楽しみにしていよう」
レオニードはそう言うと、頭から灰になり瞬く間に崩れ落ちていった。
「いや去り方怖いな」
ここはロビンが冷静に反応するが、他の面々は気にするでもなく準備を整える。
「・・・それじゃ、行きましょ」
書庫を後にした一行は、更に下の階層を目指して潜り続けた。
そのまま何事もなく三階層ほどを一気に降り、その先にある妙に冷気が流れ込んでくる扉を開ける。
するとそこは、雪積もる丘の斜面に迫り出すようにして作られた、小さい中庭へと繋がっていた。
「へぇー外にでるんだ。面白い作りね」
「一本道に近いが、随分と入り組んで作られている城だな。城主の性格を表しているのかね」
「いや絶対そういうの聞かれてる気がするから言わない方がいいと思うんだが・・・」
書庫からここまでは魔物との交戦もなかったことで、一行は多少気持ちも軽やかに中庭を抜けていく。
広くない中庭を突っ切っていくと、あからさまに下へ向かうための階段のみがある、小さな部屋の扉へと辿り着く。
そしてその先の扉を押し開け再び城内へと入ったところで一瞬、誰もが緊張で凍りついたように固まった。
全員が、そこに蠢く重苦しい怨嗟の念で察したのだ。
この階段を降りた先に、この城の『真なる主』がいるということを。
「・・・伯爵様が言っていたの、絶対コイツよね・・・」
可動域を確保するため素早く階段を降り、斧を右手に構えて僅かに腰を落としながら、エレンは吹き出る冷や汗を空いた腕で拭う。
「・・・だな。こりゃ下手したら魔貴族と同格だぞ・・・」
同じくカムシーンを抜き放ちながらじりじりとエレンの横に移動しつつ、ハリードが唸った。
「骸骨か・・・相性が悪いな。私は撹乱に回ろう」
エストックを抜き放ちながらロビンが一歩前に出ると、一同は無言で頷く。
そうして戦闘体制に入った五人の視線の先には、異様な存在感を放つ巨大な骸骨群が在った。
群の構成は上下に分かれており、下段には白骨化した大型のガーゴイルが三体、古びた玉座を担ぐようにして陣を組んでいる。そしてその上段に座し対峙する五人を見やるは、これまた巨大な人骨のアンデッドであった。
そのアンデッドは美しい宵闇の外套を羽織り、頭蓋には威厳ある冠を身につけている。
生前はさぞ大人物であったろうことを窺わせるその佇まいは、瘴気に塗れたアンデッドであるにも関わらず、どこか気品めいたものすら感じられた。
ギチリ、と骨同士が擦り合う音がした、その直後。
「・・・くるぞ!!」
ハリードが叫ぶと同時、全くもって予想外の速度でアンデッドは五人に向かい突進を繰り出してきた。
「ーー早いッッ!!?」
正面からそれを引き受けにかかったロビンは、すんでのところでマントをはためかせ回避し、更に身を翻し様に先頭のガーゴイル頭部へ強烈な一突きを見舞う。
しかし、ガキンッと乾いた音が響くだけで、損傷は殆ど与えられなかった。
「っらぁ!!」
同時にロビンの左右から相手側面へ飛び出したエレンとブラックが、それぞれの片手斧で遠心力をたっぷり乗せた横薙ぎの一撃を放つ。
狙い通りこちら一撃は左右のガーゴイルの頭部を砕き飛ばすが、しかし頭部を失ってなおガーゴイルの白骨はまるで動きを止める様子がない。
「足を狙え!!」
隙を窺いながらハリードが叫ぶと同時、前面に躍り出た少年がその勢いを活かした強烈な振り下ろしの一撃を、先頭のガーゴイル下半身へと叩き込む。
骨片が飛び散り腰から下を砕かれたガーゴイルは姿勢を崩し、そして玉座もまた傾く。これを待っていたとばかりに、ハリードは上段のアンデッドへ向けて駆け出した。
だがその瞬間、上に座していたアンデッドはガーゴイルごと蹴り飛ばして後方へ飛び上がり、同時に両手を突き出す。
「ッ、避けろ!!!」
前に飛び出した勢いをなんとか殺して横に転がりながらハリードが言うと同時、他四人も大きく飛び退る。
直後、彼らが立っていた場所には無数の鋭い骨片が矢のように降り注ぎ、石畳を盛大に抉りとった。
その間にガーゴイル二体が玉座を持ち直してアンデッドの元に戻り、一方で下半身が砕かれたガーゴイルは灰となってその場に崩れ落ち、瞬く間に二体のガーゴイルの位置に集まり再構築される。
「・・・下はキリがなさそうだな」
腰を落とし臨戦体制のまま、愛用のバイキングアクスを左右の手で弄ぶように持ち替えながらブラックが呟く。
今の様子からその通りだろうと判断した五人は、上段に座するアンデッドへの一点集中へ狙いを変えた。
「浮かせます!」
先ず動いたのは、少年だ。
太刀を石畳に突き立て、地を這う強烈な衝撃波を飛ばす。その範囲は広大で、横に避ける道筋を与えていない。
案の定、衝撃波を避けるようにガーゴイルたちが飛び上がったところへ、再び左右から同時にエレンとブラックが連携し、おおきく振りかぶって斧を投擲する。
ガキンッ
強烈な回転を帯びた斧が上段のアンデッドを襲うが、しかし届くことなく弾き返される。どうやらアンデッドが左右に広げた腕から、骨の刃を網状に飛ばしたようだった。
更にアンデッドは降下しながら両手で印を結び、なんらかの術法を発動する仕草を見せた。
「させない!」
瞬時に反応したロビンが飛び出し、目にも止まらぬ速度で猛烈な物量の刺突をアンデッドとガーゴイルに向かって見舞う。
武具としての相性が悪く損傷は殆ど与えられないが、それでも対処を余儀なくさせることで相手の術法を阻害することには成功したようだった。
術を阻まれて着地したアンデッドは、邪魔者を排除すべくロビンに狙いを定め、再び強烈な突進を仕掛ける。
だがそれは先ほどと同じく紙一重でロビンに回避され、僅かながら反撃の一突きでガーゴイルの骨片が削られた。
しかし今度はアンデッドが引かずその場に留まり、頭蓋の隙間からどす黒い霧を噴出する。
「離れろ!」
尋常ではないその様子を察したハリードが慌てて叫ぶが、それよりも霧状の何かがアンデッドの周囲一帯へと飛散される方が僅かに早かった。
「くっ・・・」
慌てて飛び退ったロビンが、口元を押さえて膝をつく。
それに合わせるように、初撃同様にサイドから狙おうと構えていたエレンとブラックも膝をつき、苦しそうに咳込みはじめた。
「猛毒か・・・いや、それだけじゃない・・・身体中が熱くなっていく・・・神経毒の類だな・・・」
当然ながら隙を突くために一定の間合いを保っていたハリードも、その未知の攻撃を受けていた。
だが戦闘経験の差か人生経験の差か、ハリードは首に下げていた筒状の装飾を素早く引きちぎり、中に仕込んでいた万能薬を飲み干していた。
「全員とっとと薬を飲め!緑の小瓶のやつだ!」
ハリードがエレンを庇うように位置取りを変えながら叫ぶ。
猛毒に加えて神経作用もある攻撃のようで、見渡せば皆が一様に体の自由を部分的に奪われ、なんとか後ろに下がるのが精一杯という様子である。薬は常備させてあるものの、一時的に動きを制限された代償は大きい。
当然これを好機と捉えたアンデッドは、先ず最も近いロビンを仕留めるため、彼に向かって大きく飛び上がった。
それは非常に単純な踏みつけるという行為だが、あの巨体で踏みつけられれば、それこそ人間の骨など跡形もなく粉砕されることだろう。
「・・・ッ!!」
しかしそれに合わせて空中に飛び上がった少年の渾身の切り返しにより、アンデッドの巨体は狙いのやや手前の石畳を踏み抜く結果となった。
「テレーズ、動けるのか!?」
薬の作用も、一瞬というわけではない。なので自身も今は回避専念の構えだったハリードが、驚いた様子で少年を見やる。
少年も確かに先の攻撃は受けたはずだが、その動きからは一切その影響を感じない。何か特殊な状態異常耐性でも持っているのだろうか。
だがハリードの言葉に応えるより、アンデッドと同じタイミングで着地した少年はすかさず腰を低く落とし、前方へと踏み込んだ。
そしてガーゴイル三体の大腿部を一気に両断するように、豪快に払い抜ける。
少年の放った太刀筋を彩るように派手に骨片が舞い散り、再度ガーゴイルらが崩れたことでアンデッドが後方に飛び退く。
すると少年はアンデッドと後ろ四人の間に立ち、短く息を吐いた。
「・・・・・・」
無言のまま少年は太刀をゆっくりと脇構えに変え、間も無く足が再生したガーゴイルと、その上部に依然として座するアンデッドへと対峙する。
(・・・僕の宿命は、果たせなかったと思っていた・・・)
少年は、思う。
サラと出会い、旅をした。
それは束の間の時間であったが、間違いなく彼の人生の中で最も素晴らしい時間であった。
その短い旅の果てに、己が身を賭してゲートを閉じるという宿命を帯びていることは、分かっていた。だからこそ、それに向かうまでの僅かな刻を、少年は何より尊いものだと感じていたのだ。
だが。
その旅の終着地点で、少年は宿命に準ずることが出来なかった。
彼の宿命は、果たされなかった。
(いや・・・違う。僕の宿命は、この先にあるんだ。さっきの吸血鬼も、そう言っていた)
構えた太刀に、力を込める。
すると刀身は間も無く天地六術式が混ざり合い、混沌の波動を纏う。そして触れるもの全てを崩壊に誘う魔剣へと、その存在を変貌させていった。
(サラが創った三百年の平和を、僕が壊す・・・多分、そういう宿命なんだ。それはサラが望まないことだろうけど・・・僕は、そうすると決めた。だから、ここで立ち止まっている時間は・・・ない)
少年の刀身が纏う混沌を認識したアンデッドは、しかしどうしたことか反撃の素振りを見せず、少年を見つめるようにして動かない。
(・・・?・・・あぁ、そうか。君は、壊れたがっていたのか)
「・・・なら、望み通りにしてあげる。僕にできるのは、これくらいだから」
別れの言葉を告げ、軽やかに、飛び上がる。
空中で大きく体を捻り回転し、少年はアンデッドへ何の変哲もない袈裟斬りを放った。
『グォォォォオオ・・・ォォ・・・』
その太刀筋を正面から受けたアンデッドは、小さく呻き声をあげる。
すると間も無く斬痕から全身に広がるようにゆっくりと身体が灰と化していき、さらさらと崩れ落ちていった。
最後まで残っていたのは頭蓋、そこにあった空洞の眼底。
その奥で光っていた怨嗟の赤黒い光は、己を滅した目前の少年ではなく、もっと遠く。宵闇の向こうにある何かを見つめるようにしながら、灰と共に静かに消えていった。
「・・・とんでもない手を持ってたもんだな・・・」
あまりの展開に毒気も抜かれた様子のハリードが、起き上がるエレンを手助けしながら言った。
「・・・うん。でもあれ隙だらけになるから、当てるの大変なんだ。アラケスは構えすらさせてくれなかった」
少年は太刀を仕舞いながら、他の面々が起き上がるのを手伝いつつ応える。
「・・・おめぇが宿命の子ってのは、どうもデマじゃなかったらしいな。今やっと納得したぜ」
起き抜けに、こちらこそが薬だとでも言わんばかりに煙草へ火をつけながら、ブラックが呟く。
「状態異常の対処が甘かった・・・これは今後の教訓だな。とにかく助かったよテレーズ、ありがとう」
緩んだバンダナを締め直すようにしながら、ロビンも少年に助けられつつ起き上がった。
そして既に起き上がりながら憮然とした表情をしていたエレンも、気を取り直した様子で大きく息を吐く。
「・・・ふぅー。あたしもまだまだだ。こんなんじゃ、サラに笑われちゃうね。ありがと、テレーズ」
エレンの礼に対して短く「うん」とだけ返事した少年は、滅んだアンデッドの背後に続く通路へと視線を向けた。
もう間も無く訪れるであろう新月と共に、彼らが索る聖杯は、もう目と鼻の先に現れるはずだ。
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