妖精談話・その1 「恋愛の捉え方から見る種族の相違性と類似性」

 

「そういえば妖精族にも、人間との恋物語とかがあるんですよ」
「妖精と人間の・・・恋物語?」

 大きくくり抜かれた大樹の部屋の床の木目から蔦が飛び出し、それが何本も絡まることで形作られた椅子とテーブル。そしてテーブルの中央には大きな籠にこんもりと盛られた、彩もよく種類も多岐にわたる沢山の果物が誇らしげに陣取っている。
 程よい弾力があって抜群の座り心地である蔦の椅子に腰掛け寛いでいたカタリナは、果物の盛り合わせの中から苺を摘まんで今まさに口に放り込まんという姿勢のまま、フェアリーの唐突なその言葉を繰り返して動きを止めた。

「そうです。日常的というような程では有りませんが、この地で私達は昔からアケなどに暮らす方々とは関わる機会がありました。それと潮流の関係なのか温海で船が漂流したりすると、遭難者がジャングルに流れ着くことも稀にあったりしますし」

此方は木の幹の間から咲き出た花弁に触れるか触れないかといった具合でふわりと腰掛けながらカタリナの口が半開きな表情に真面目に頷き返すのは、三百年の時を経て訪れた外界の客人をもてなす妖精の里一日観光ガイドさんこと、フェアリーである。

「そんなわけでして、私達妖精族は人と関わる機会というものが意外に多くあります。ご覧の通りに私たちは外見は人間のそれとよく似ています。なので長い歴史の中に幾つか、そのような物語が点在しています」

へぇーと脊髄反射な反応を見せながら、カタリナは手元のティーカップに口をつける。妖精のいれるティーは、罠にさえ気をつければとても美味しい。それを身を以て学んだ彼女は、今度はフェアリーが一人で作る様をじっと隣で見つめ続けながら、しっかり安全確認をしたのだ。

「でも・・・人間側はさておき、その場合って妖精側には恋愛感情って生まれるものなの?」

 ふと思ったことを、思ったままに何気なく口にしてみる。
 確かに姿形は妖精も人間のそれとよく似てはいるが、精神構造だったり生態系だったりとか諸々の問題というのは起きないものなのだろうか、と思ってしまったのだ。
 そもそも妖精って人間みたいにお腹から生まれてくるものなのか、なんて疑問がカタリナにはあるわけなのである。これでも彼女は、妖精ってお花から生まれるんじゃなかったのか的な乙女思考の持ち主だったりする。

「うーんとですね・・・そこは確かに諸説ありますね。ただこれまでの出来事を元に推察すれば妖精は矢張り基本的には人間と違いまして・・・例えば人間によく見られるような恋愛感情の表現の一つとしての生殖活動等は、私達は好んでは行いません。どちらかと言えばストイックに精神的な繋がりのみを求める傾向にあるようですね。肉欲も恋愛のベースとして割合強く存在するであろう人間側とは、やはりそこの感じ方は違うようです」
「いきなり生々しい話になったわね・・・」

 臆面なくフェアリーがそう言うと、カタリナは少し目を細めながら苦笑いをする。
 するとフェアリーはひざの上で手を組み、続けてふわりと笑った。

「それでも、そういう出来事があったというのはすごい事だと思うんです。言ってしまえば元来私達の精神的な依り代というものは長も含めて、この大樹だけです。それがそうして外部から訪れた何かに新たな執着や依存が生まれたというのは、種族的には私は・・・進化、と表現しても良いと感じます」
「成る程ね。そうかもしれないわね。でもそういう考え方って、こういったコミュニティ内では珍しいのではないのかしら?」

 カタリナがそう尋ねると、フェアリーは確かにそうですねと頷いた。種族として外世界におらずにこういった活動拠点のみで生活が成り立っているコミュニティは、大なり小なり外来を拒む傾向にある。
 その辺りの感覚は、彼女にも分かるのだ。なにしろカタリナ自身も、どちらかと言えば閉鎖的な気質である「貴族」というコミュニティの中で基本的に育ってきた人間だからだ。
 それでも彼女がこれまで育ったコミュニティ内とは異なる感覚にこうして共感を持てるのは、貴族であると同時に騎士として実力社会に身をおいてきたからに他ならない。
 とすると逆にフェアリーがこの里で育ちながらもこういった考え方を持つのは、彼女がここ妖精の里の長に「お転婆」だと形容されたところからきているのだろうか。

「私達妖精は発生時までの記憶を共有しているとは先日お話ししたかと思いますが、それはあくまでもこの大樹に蓄積された大まかなものに過ぎず、またリアルタイムでの思考や感情の共有といった様な事も成されません。故に発声、又は念話による言語を操ります。因みに今は私自身のこうした考えというのは、あんまり皆にいい顔はされませんね」

 苦笑いとも取れる笑みを浮かべながらフェアリーが膝の上で手を組み直しながら言うと、カタリナはティーカップに口をつけながら言葉にならない相槌をうった。
 妖精同士はとても仲が良さそうに見えるし(実際に仲は良いのだろうとは思うけど)意見の対立なんて何も起こらなそうにカタリナには思えたものだが、意外とコミュニティ内での思惑の交差というのは人間のそれと同じく存在しているようだ。

「あ、そうですカタリナさん」

 ぽん、と手を合わせながらフェアリーが唐突にカタリナの名を呼んだ。ところどころこういう仕草がどうにも人間くさくて、とてもカタリナには非常に可愛らしく映る。
 なあに、とカタリナがふんわり応えると、フェアリーは花弁からするりと滑り落ちるようにして降りながら浮き上がると、大きく開けた木の窓に体を向けた。

「今お話しした人と妖精の恋物語の所縁の場所の一つが里からそう遠くない場所にあるのですが、そこが実は私のお気に入りの場所なんです。里はもうそんなに見る場所があるわけでもないので、良ければこれから行ってみませんか?」

 なるほど行動力に定評のある彼女らしい突然の提案に、カタリナはもちろんすぐに頷いた。この辺りの観光案内は、フェアリーにすべてお任せする事にしているからだ。

「では、参りましょう!」

 ふわりと窓の外へ飛び出したフェアリーに連れられるように、カタリナも風を受けて重力の檻を抜け、窓から身を乗り出した。

 

 

 妖精という存在が現在に至るまでに記されている史実に初めて現れたのは、これも聖王の時代だとされている。
 時の支配者であった四魔貴族の一人、魔炎長アウナスが潜むと目される密林の奥に聳え立つ火術要塞へ聖王軍が侵攻する際、ジャングルの危機に奮起し迷える森の中で聖王軍の導き手を自ら名乗り出たのが妖精なのだ。
 しかし、それとは別に妖精をある種の土地神、又は神の使いと捉えた土着の信仰はこの聖王記に描かれた逸話よりはるか昔から存在しているようで、口伝等によって代々伝えられてきた様々な逸話や風習が密林の入り口とされるアケなどにはあるのだという。
 因みに、こうして伝わる話の多くは妖精の悪戯に纏わるものであり、悪い子には妖精がお仕置きに来るぞ、といった具合に躾のために親が子へと聞かせるようなものが多いのだとか。
 しかし、一部毛色の違う伝記も残されている。
 それこそが、妖精と人間の恋物語であるのだそうだ。

「身分や文化の違う二人が落ちる恋物語には結末として悲恋が多いように感じますが、妖精と人間のそれも御他聞に洩れず、そのような話が多くを占めています。ですがこの先で生まれたとされる恋には、恐らくそれは当てはまりませんでした」

 せせらぐ小川を軽やかに飛び越え、辺りを極彩色の蝶々が軽やかに舞う様を横目に歩きながら、カタリナは里の中よりことさらに饒舌なフェアリーの話に耳を傾ける。
 そうして道無き道を導かれて樹々の間を抜けた先には、小さな泉の畔が広がっていた。
 鬱蒼と生い茂る葉の間から降り注ぐ陽光が湖の水面でゆらゆらと輝き、辺りには微かな霧が漂っていてその光を淡く周囲に拡散させている。散らばった光は幾重にも重なり七色の変化を繰り返し、緩やかな風に擦れる葉の音と湧き出る泉のせせらぎが、まるでフェアリーとカタリナを迎えるように周囲に木霊する。
 幻想的、等という言葉で片付けるにはあまりに神秘的なその光景に、カタリナは我知らず息を漏らした。

「・・・ジャングルっていうのは、随分と絶景に事欠かない処なのね」

 カタリナのそんな感想にたいそう満足気に微笑んだフェアリーは、手を後ろに組みながら羽を震わせた。

「ここで、何処か遠い土地から海を渡って漂流してきた男性の旅人とアールヴ族の妖精が出会い、互いが一目で恋に落ちたそうです。男性は肌が浅黒いので、ナジュ方面の出身ですかね」
「・・・会ったこと、あるの?」

 まるでその人物を見たことがあるといったような表現に、畔にしゃがみ込んで泉の水中をまじまじと眺めていたカタリナはフェアリーに振り返った。

「直接ではありませんが、この泉には主さんがお住まいでして。その主さんが拝見したことがあるそうで、教えてもらいました」
「・・・ヌシさん?」

 カタリナがフェアリーの言葉を繰り返してそう言った直後、ざぱーんと泉の水面を盛大に揺らしながらカタリナの身長近くはありそうな魚が、勢いよく中空へと飛び出した。ゆうにカタリナの身長を越えるほどの高度まで躍り出たその魚は重力に引き戻される寸前に大きく身を翻し、そのままの姿勢で吸い込まれる様に泉の水面を打った。
 音に反応してそちらに向き直った瞬間にきらきらと光るその魚に思わず見惚れたカタリナは、そのまま着水の勢いで跳ねた泉の水を思いっきり正面から被ることとなった。
 数秒後、先の拍子に頭の上に乗っかったらしい水草を片手でつまみ上げながら、カタリナはもう一度フェアリーに振り返った。
 なんとフェアリーは、さっきよりも後ろに下がっている。ちゃっかり彼女は跳ね水を避けたようだ。

「・・・それで、ヌシさんは喋れるの?」
「言語は操れません。ただ思念で語りかければ、返ってきます。主さんはここに七十年近くお住まいだそうで、この湖畔で起こった出来事は大抵覚えているみたいです」

 思念による意思疎通が同族以外にも成立するなどと、さり気にとんでもない特殊技術を聞いてしまった様な気がするが、取り敢えずそこは今は流すことにした。

「なるほどね。それで、結局その二人は幸せに暮らしたのかしら」
「それは、残念ながらわかりません。少なくとも私が見聞きした限りでは、二人でジャングルを出て以来の消息は知りません。ですが・・・」

 言いながら泉の上へと移動したフェアリーは、再び手を後ろで組みながらカタリナに振り返って、にこりと笑った。

「古い伝聞を除けば、近年ではこのお話と私自身以外に妖精がジャングルを出た話はなかったので、私の経験則から言えば、恐らくは幸せになったんだと思います」
「・・・つい最近まで人間の手によって捕まってた割には、随分と楽観的解釈なのね」

 こちらも微笑みながら言うと、フェアリーは泉の水面から伸びた蔦のくびれに触れる様に腰をかけた。

「ふふ、外の世界にはこうして私などでは予期出来ないような素晴らしい出会いがあります。勿論すべてが良いことばかりではないのでしょうが・・・そのせいで本来備えている素晴らしさまでもが損なわれるわけでは、ないと思います」
「・・・貴女のその考え、私は好きよ」

 衣服にまだ残っていた水滴を手で払い、ゆっくりと立ち上がりながらフェアリーの言葉に朗らかに応える。
 彼女にとって人ならざる存在との会話は魔族、魔神を数えて妖精で三種族目となるが、ここにきて妖精が自分とは別の種族などとは全く思えなく感じていた。それだけフェアリーはカタリナが想像していた以上にしなやかな思考の持ち主で、よき話し相手だと感じるからだ。

「妖精と人が・・・様々な形でそんな風に惹かれ合うのなら、実は互いの起源は思ったより近いものなのかもしれないわね」
「はい、そうであれば素敵だなって思います」

 そう答えて微笑んだフェアリーはひょいと蔦から飛び降り、泉の上に立つ様にゆっくりと浮かんでからカタリナのそばまで戻ってきた。そしてここまで来た道を指差し、口を開く。

「帰り道、少し寄り道していきませんか? 大樹の近くに、お花の群生地があるんです。摘んでいきましょう」
「ええ、そうしましょうか」

 これまた唐突な提案だったが、もちろんこれにもカタリナは二つ返事で同意した。花摘みなどもう十年以上もした覚えがないが、この密林に広がる花々とやらはきっと見事な眺めで以て、今度も十二分に彼女を楽しませてくれることだろう。

「では、参りましょう!」

 ふわりとその場で一回転しながらそう言ったフェアリーにカタリナも笑顔で応え、二人は泉を後にした。
 うっすら靄の立ち込める泉には、二人を見送る様に再び小さく跳ね上がる主の姿があった。

 

 

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第五章・3 -ティーはいかが?-

 

「ブラックの財宝のありかを知りたくないか?160オーラムで教えるぜ」
「・・・・・・」

 見るからに不機嫌そうなハリードがえらく睨みを効かせた視線でそんな声に応えると、頭髪をモヒカンスタイルにした浅黒い肌の男は答えを聞くでもなく、怯えた風にいそいそとその場を去って行った。

「ったく、とんだリゾートだぜ・・・」

 男の背中に向かって吐き捨てるようにそう言いながら、ハリードは燦々と砂浜を照りつける太陽から苦々しい表情で顔を背けた。照りつける日差しには慣れているつもりだが、どうもここの太陽は勝手が違う。
 ついでに言えば神経の図太い砂漠の行商人とはまた一味違った先の様な応酬も、この数日で既に複数回に及んだのだろう。すっかり呆れ果てた様子でハリードは腰に差した曲刀の位置を直した。
 南国のパラダイス、グレートアーチ。世界に名だたる一大観光地として世界中の民から羨望の眼差しを向けられるこの土地は、噂に違わぬ熱帯のリゾートだ。
 その羨望を勝ち取って羽振り良く娯楽に耽る数多の観光客たちを、ハリードはどこか冷めた視線で眺めていた。
 自分にはほとほと縁がないだろうと思っていたこのような地に、思いがけず辿り着いた。しかし案の定と言うべきか、自分の肌にはここの空気はどうにも合いそうもない。この数日をリゾートで過ごしたハリードは、そんな土地との相性の悪さに確信を持って今の自分にここにいる理由を問いかけていた。
 そこに、彼の前方から海パンに派手派手しい柄のシャツを素肌に着ただけのラフスタイルで、サングラスをかけたポールがやってくる。
 この地と相性抜群の雰囲気をかもし出した、彼の旅仲間だ。

「いつまでもそんなカッコしてるから、いいカモだと思われるんだよ。ちゃんとトルネードの旦那の分も持ってきてるんだから、いい加減着りゃあいいのに」

 どこからどう見てもすっかりバカンス気分の出で立ちであるポールの格好に、ハリードは遠慮なく青筋を立てながらもニヤリと笑って見せた。

「い、や、だ、ね。大体お前、情報収集はどうした!」
「おいおい、俺はちゃんとすることしてるぜ? この辺で海賊ブラックのことを直接知ってたって奴らも見つけたし、一方でなんと、カンパニーのアポもバッチリゲットだ」

 心外だという風に一々煽るような仕草で両手を広げたポールにハリードの青筋がさらに増えるが、そんな様には一切のお構いもなく、あれを見ろよとポールが指差す先に取り敢えず視線を這わす。
 するとそこには、東ロアーヌの厳しい開拓地が育んだ抜群のプロポーションをこれでもかという程に惜しげもなく晒したビキニ姿のエレンが、周囲の男たちの羨望を一身に浴びながら、さしずめ人魚の如く見事な泳ぎを披露していた。
 その様に、苦々しい表情を浮かべながら片手で頭を抑えるハリード。
 この海岸に辿り着いてから数日、はじめこそカタリナ遭難に元気がなかったエレンだったが、昨日を境に「海だー!!」と叫んで颯爽と水着に着替え、暫くずっと、あの調子だ。

「・・・でもあれでエレンちゃん、この辺の奴らからタダで洞窟の情報巻き上げてんだぜ。下手に色目を使えば怖ーいおじさんが待ってるってぇのに、男ってのは馬鹿だねぇ」

 ケラケラと笑いながら言うポールに、当の怖ーいおじさんは更に眉間の皺を増やした。

「・・・んで、旦那の方はなんかいい話はあったかい?」
「ん・・・あぁ。例の片足が義足の爺さんってのが、もうちょい南のビーチ辺りにいるっつー話を聞いてな。午後に足を延ばしてみるつもりだ」
「あー、違う違う」

 ハリードの返答に軽く手を振ってみせたポールは、こそこそとハリードに近寄りながら耳打ちした。

「みたぜぇ? 旦那夕べ、浜辺でパツキンの美人に声かけられてたろ。こーの色男め、早速南国のビーチで熱ーい夜を過ごしたか!」
「ばっ・・・、って、てめえかエレンにリークしたのは! 今朝あいつすげぇ機嫌悪かったんだぞ!」

 どこからそんなところをみていたのか、肘で突ついてくるポールを払い除けながらハリードが吠える。
 それをポールは飛び退きながら一頻り笑うと、ふと顎に手を当てた。

「しかし、南か。俺もそっちに訪問したい企業もあるし、そんなら一緒にいくよ。まぁとりあえずは、メシにしようぜ」

 そう言って彼は浜辺のすぐ近くにあるやけに大きな建物を指差した。
 ハリードがそちらに目を向けると、そこにはグレートアーチで最も有名な高級リゾートパレス、ホテルバランタインがある。
 圧倒的な娯楽設備と客室数。更にはVIP向けに事前予約必須の専用コテージも十数棟配備しているという、正にグレートアーチの現在を象徴するような贅の限りを尽くしたリゾート施設だ。

「あそこ、多分遠くないうちにうちのカンパニーが囲うぜ。挨拶に行ったらえらく気に入られちまってな。今日のランチも支配人のサービスってさ」

 悪い顔をしながら、にやりとポールが笑う。
 軽薄そうな、というかまんま軽薄にしか見えないこの男だが、胆力と商才は大したもんだとハリードも半ば呆れながらその表情に対して肩を竦めた。
 そこに、相変わらず周囲の男たちの視線を集めて止まないエレンが、濡れた髪をかきあげながら歩いてきた。
 すかさずポールがタオルを投げてやると、それをキャッチして髪を拭きながら首を傾げる。

「ごはん?」
「ご名答。今日はホテルバランタインのオープンテラスでブッフェだ」

 やった、と嬉しがりながら水浴びと着替えに向かったエレンを送り出し、男二人は一息つく。
 既に機嫌も直っていたようで良かったとハリードが安心した様子でいると、ポールもふんと鼻を鳴らした。

「ま・・・あの子もやっと安心したんだろ。カタリナさんが無事だってのが分かって」

 そう言ったポールは、手に持っていたバッグから四つ折にされた紙切れを一枚取り出した。
 ずいぶんと古びた様子の羊皮紙には、真新しくも色合いの珍しいインクで流麗な文字がしたためられている。
 それは、カタリナからの手紙だった。

「ジャングルに寄り道ってのは、多分一緒にいた妖精の関係なんだろうねぇ」
「お前の予測は見事に的中していたわけだ。全く大したもんだよ」

 手紙には、要約するとこう記されている。
 無事に南方のジャングル辺りにつくことが出来たが、少し現地で用事が出来た。なので合流が遅れるのでそれまで情報収集に当たって欲しい。その際、片足が義足の老人を探しておいてくれると助かる・・・と。
 この手紙はポール達がグレートアーチに着いてから四日目となるつい昨日になって、ホテルのロビーを尋ねてきた南方のジャングルの玄関口にあたるアケから来たという行商人に受け取った。
 行商人もまた、この手紙を現地の子供から受け取ったそうで、子供はこの手紙をジャングルの入り口で拾ったというのだそうだ。
 グレートアーチのポールへ、とだけ書かれた封筒だったが、律儀に届けてくれた行商人には感謝しなくてはならない。
 なんでもアケでは、子供がとても大事にされているのだそうだ。過去に子供ばかりを狙った人攫いが横行していた反動もあるらしいが、なにより土着の信仰が要因として根強いらしい。
 曰く、子供は妖精の声を聞ける、とのことである。

「しかしまぁ、あの人もつくづくトラブル体質だな。海で漂流してからのジャングル探検とは、まるで熱帯地方のアドベンチャー詰め合わせセットだな」
「俺には、お前らみんなトラブルメイカーに見えるがね・・・」

 それが果たして自分をも指していることをわかっているのかどうなのか、ハリードはそう呟きながら、ホテルバランタインへと向かって歩き出した。

 

 

 見上げたその大樹は、涼やかな風に包まれながら木漏れ日を自らの根元へと降り注がせていた。
 先程までは魔物の気配もあったはずの森は何時の間にか静まりかえり、辺りは清廉とした空気に満ち満ちている。
 ゆっくりとその大樹に手を触れられる位置まで歩み寄ったカタリナは、遥か上空で枝分かれして生い茂る葉を眩しそうに眺めた。

「樹齢は、少なくとも千年を越えるそうです。私達がここに生まれた時、既にあったものなのです」

 カタリナの少し上に浮きながら、同じく大樹を見上げたフェアリーが独り言のようにつぶやく。
 彼女もここに戻ってくるのは数ヶ月ぶりなのだそうで、感慨もあるのだろう。
 道中で聞いた話によれば、フェアリーはある日たまたまジャングルを散歩していた時に不幸にも密漁を行っていたハンターに捕まり、見世物小屋へと売り払われたのだという。
 それから数ヶ月、偶然にも海を渡っての移動の最中にあのような事になったのだそうだ。

「この上で、長がお待ちです」

 そう言ってカタリナに向き直るフェアリーに、当のカタリナは勿論目をパチクリさせた。
 よもやこの先が見えない大樹を、自力でよじ登る訳なのだろうか。
 木登りは苦手というわけではないが、特別に得意でもない。しかもアーマーと剣を持って命綱無しに先の見えないこの大樹を登るのは、おおよそ自殺行為に等しい気がする。
 そんな思考が見事に顔にでていたのだろうか、フェアリーは可笑しそうに微笑みながらゆっくりと首を横に振った。
 その瞬間、地面から風が吹きはじめ、なんとカタリナの身体が体重を忘れてふわりと浮き始める。

「金の粉で飛べるようにはなりませんが・・・ここなら風が、誰しもに羽を与えてくれます。では、参りましょう!」

 そう言って大樹の周りを滑るように飛んでいくフェアリーに合わせ、カタリナの身体も重力の檻から解き放たれて風に乗って舞い上がった。

「凄い・・・空を飛んでる・・・!」

 未知の感覚にすっかりこれまでの思考が全て吹き飛び、まるで少女の様にあどけない表情でカタリナが感嘆の声をあげる。
 その言葉にフェアリーがにこりと笑い、そうこうしているうちに二人はあっという間に、先程までは見上げるばかりであった大樹の枝分かれしている部分に到達した。
 日の光の白と、生い茂る葉の緑。そんな二色のコントラストに包まれながら上昇を続けていたカタリナは、不意に自分が何かの『境界』を越えたことを自覚した。
 それを境に急速な上昇は何時の間にか緩やかなものへと変わり、やがて彼女の体は風を纏いながら細い木の枝の上で静止する。
 そんな彼女の頭上をくるりと回ったフェアリーは、カタリナの視線の高さまで戻ってくると、優雅に両手を広げながら一礼した。

「三百年振りの来客です。ようこそ・・・妖精の里へ」

 さわさわと葉が風に擦れ合う音に混じり、フェアリーの言葉に重なってようこそという声が其処彼処から木霊する。
 それに気が付いてカタリナが周囲をくるりと見渡せば、フェアリーにそっくりなものやもっと小さなもの、人間で言えばカタリナ程度には成熟した体つきのものなど、様々な妖精達が枝葉の間から顔を覗かせては口々に歓迎の言葉を囀っていた。

「みんな、貴女を歓迎しています。さ、どうぞ此方へ」

 そう言って木の幹を掘って作られているらしい通路へとフェアリーが誘い、風を纏って重さを感じさせない足取りでカタリナが続いた。
 驚くほど広く間取りされたその大樹の内部は、いくつもの部屋に別れ、そこにはどこから持ってきたのか人間が扱うものと変わりない家具なども並べられている。
 物珍しげにそれらの光景をみながら歩いていれば、今度は隣の大木(といっても下の方で大樹が枝分かれしただけだそうだ)へと移るに当たり、葉や花が彼女の道となってしな垂れてくれる。

「何か・・・夢の中にいる気分だわ」

 実際に彼女は夢の中とやらにも以前行ったはずなのであるが、今目の前に広がる此方の世界の方が余程、夢の世界と呼んでも差し支えないくらいには幻想的な光景だ。

「この上に、私達の長がいます」

 そう言ったフェアリーに導かれるままになだらかにくり抜かれた木のトンネルをくぐり抜け、もう一度花の道を過ぎた先の大きく開けた場所にでる。
 木漏れ日が暖かに空間を満たしたその場所は、小鳥の囀りと擦れ合う葉音と、えも言われぬなにか不思議な香りに包まれたところだった。
 そして、そこには穏やかな顔つきの美しい妖精が、簡素な椅子に座って此方に顔を向けていた。
 互いの視線が絡むと、ぺこりと頭を下げるカタリナに合わせてその妖精も立ち上がって頭を下げる。

「ようこそ、おいで下さいました。この度は我が眷属を魔手よりお救い頂いたこと、森の民を代表しまして心より御礼申し上げます」
「・・・勿体無いお言葉です。ですが、事の発端は恥ずかしくも人間の悪辣さの為した所業。私など、その様な御言葉をかけていただける身分では御座いません」

 貴賓溢れる立ち振る舞いの目の前の妖精に、カタリナは礼を尽くして相対した。
 流石は妖精族の長というだけある。人間で言えば間違いなく王族の器であろうその空気に、知らずカタリナの身体が反応して騎士としての立ち振る舞いになる。

「とんでもありません。本当に感謝しております。あ・・・人間の方が立ち話というのはなんでしょうから、どうぞ此方へ」

 優雅な手振りで長が先程まで自らの座っていた枝の近くを指し示すと、何処からともなくするりと発生した蔦が椅子とテーブルを形どり、ふわりと咲いた花が彩りを飾った。

「ティーを持ってきてくれる?」

 長が柔らかく首を傾げながら声をかけたのは、カタリナの後ろに控えていたフェアリーだ。
 彼女はこくりと頷いて、木々を下っていく。
 それを肩越しに見送ったカタリナは、どうせここまできたのだからと恐縮しながらも長の言葉に甘えてテーブルについた。

「・・・あの子はあれで、とてもお転婆なのです。いつも皆をヒヤヒヤさせて・・・それでもまさかこの様な事態になるなんて思いもしませんでしたから、今回のことは本当に感謝の言葉もありません」

 とてもカタリナにはフェアリーがそんな風には見えないが、ゆっくりと枝に座る長の口からは、そんな言葉が出た。
 確かに、あの嵐の中という土壇場での胆力というか度胸は可憐な見た目に反して見事なものだとは思ったが、妖精というのも見かけによらないものだ。

「いえ、おかげで私はこうして世界で誰も経験したことがない様な・・・とても素敵な体験をさせて頂いています。お礼を言わせていただきたいのは寧ろ私です」

 心の底からそう思い、カタリナは微笑みながらそう応えた。
 少なくとも、ついこの間まで頭を抱えていた問題が全部どうでも良くなってしまうくらいには、カタリナは今回の体験に感動している。
 だが、恐らくティーを馳走するだけの目的でここに呼ばれたわけではないことも薄々感じていたカタリナは、性急ではあるのかもしれないが、それに言及することにした。

「・・・して、本題があるかと存じますが。お話を、お聞かせいただけますか?」

 その言葉をかけられた長は少しだけ間を置き、そしてその美しい顔を俄かに曇らせた。

「・・・はい。八つの光としての宿命をもつ貴女に、お願いしたいことがあります」

 そして紡がれたその言葉に、カタリナは驚きながらもあまり表情には出さず、無言で応えた。
 ちなみに彼女は長にもフェアリーにも、一言も自分が指輪に示されたその事実は言っていないはずだ。
 カタリナの内々の驚き様に気がついたのか、長は優しく微笑んだ。

「・・・私達の様なものには、わかります。聖王様が且つてこの地をお救いになられたとき・・・その時にあのお方が纏っておられた風が、貴女にもあるのです」

 それは、正しく人智を越えた感覚なのだろう。カタリナには理解の及ばぬ領域である様なので、そこには深くは触れないことにした。

「・・・なので、貴女でなければお願いできないのです。この密林の深淵・・・業火の渦巻く火術要塞の奥深くにあるアビスゲートの破壊は・・・」

 予測通り、といえばそうだろう。
 長の口から出たそのお願いに、カタリナはすっと目を細めた。

「・・・一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 まるで事前に用意していたかの様な不自然なほどに素早いカタリナのレスポンスに、しかし長はゆっくり頷きながらどうぞと言ってくれる。

「・・・この様な言い方が良いのかは分かりませんが・・・。その役目、何故、私でなくてはならないのでしょうか」

 何とも表現が下手なものだ。頭の中で自分の発言を客観的にそう評価しながら、カタリナはそれでも言い繕うことはせずに長の反応を待った。
 長はカタリナの言葉に表情を変えなかったが、一つ瞬きをして視線をテーブルに移した後、再度の瞬きでカタリナの視線に正面から向き合った。

「・・・大変心苦しいのですが、今私の口からは、その理由を申し上げることは出来ません」

 その言葉を聴いた瞬間、カタリナの瞳に、明らかな戸惑いと落胆の色が広がる。
 長はそれをとても申し訳なさそうに見つめたが、しかしそれでも言葉を続けることはなかった。
 途端に妙に重苦しい空気がその場を包み込み、両者が暫し無言となる。
 だが、風がふわりと肩口まで伸びたカタリナの髪を撫でかけた時、カタリナはこれ迄とは一転して悪戯っぽく顔を綻ばせながら口を開いた。

「・・・では、少なくとも私・・・いえ、私達でなければならない・・・という確かな理由は、存在しているのですね・・・?」

 その問いかけには、長は確りと頷いた。
 それに対して目を細め、そしてふぅと一息ついたカタリナは、わざと困り顔で肩を竦めてみせた。

「因みに・・・それっていつ頃わかるのでしょうか?」
「・・・来るべき時、としか。すみません・・・」

 そんな長の答えは、何となく分かっていたものだ。
 だが少なくともこれで、自分たちでなければ出来ない何かが確かにあるという確信だけは得られた。
 今のところはそれで良しとしようと、カタリナは苦笑しながら長に礼を言った。
 すると丁度そのタイミングで、フェアリーがいかにも慣れない手付きでティーポットとカップの乗ったトレンチを持ってきた。

「お、遅れてすみません。慣れないもので、手伝ってもらっていました・・・」

 そう言いながらフェアリーがティーを二つのカップに注ぐと、とてもフローラルで、しかし鼻孔を吹き抜けるような涼しげで不思議な香りが感じられた。
 そっとそのカップを差し出してくるフェアリーに笑顔で礼をいい、カップを取り上げて顔の前に持ってゆき、存分にその香りを楽しむ。
 ハーブティーの一種だろうか。淡いグリーンの色合いは目にも楽しく、そのまま先ずは一口啜った。

「ん・・・美味し・・・」

 とても美味しかった。
 確かにそんな気がしたのだが、しかしそこでカタリナの意識は暗転した。

 

 

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