第十章・4 -ツヴァイクトーナメント-

 

「ざッけんじゃないわよ!!」

 ニス塗りで丁寧に磨き上げられた分厚い木製カウンターを、あわや割ってしまうのではないかという勢いで振り下ろされた、固い握り拳。そして、ドゴンッという重苦しい衝撃音。からの、エレンの怒号。
 北の大国ツヴァイク公国首都でも随一の売上を誇る大箱パブ、ツヴァイクホールに響き渡ったその怒声は、闘技場目当ての荒くれ者が集まることで有名なこのパブの客ですらも思わず驚き振り返るほどだった。
 しかし、注意したいだろうに可哀想にもすっかり怯えて行動に移せない店員の代わりに、やおら大人の余裕を漂わせる声がエレンにかけられた。

「ちったぁ落ち着けよ。いちいち怒鳴っても仕方ねぇだろうが」

 荒ぶるエレンを宥めるようにそう諭したのは、意外にもブラックだった。
 これはブラック本人にとっても中々意外なことであったが、どうやら彼は老齢のような期間を十年ほど過ごしたことで、以前の喧嘩っ早さがすっかり身を潜めたらしい、ということを自覚していた。
 とはいえ、その間であっても小指の爪の先程もフォルネウスに対する憎悪は鈍らなかったので、芯となる強固な意思は不変なのだ。逆にそういった自分の芯を堅持するためにも、他のことに対しては無駄に熱くならなくなった、というのが正解なのかも知れない。
 何にせよ余裕のある海の男というのは悪いコンセプトではないので、ブラックは存外自分のそうした変化を楽しんでいた。

「でも時間がないの。関所を押し通るしかないわ」
「だからやめろっての」

 まるで聞き分けのない子供のように我を曲げないエレンを尻目に、ブラックはツヴァイク特製のラガービールを喉に流し込みながらツッコミを入れる。
 普段の彼はラガーよりエール式のビールを好むのだが、流石にラガーの本場ツヴァイクに来てこれを飲まない手はない。ツヴァイクのラガーは、他国流通品よりも非常に喉越しがいい。これはこれで流石に美味いなぁ、などと感じながら、エレンの怨念ひしめく愚痴を適当に受け流していた。

「通行許可が出ないとなると、あと考えられるのは認可商隊に同行するとかだろう。だが、それはそれでハードルが高そうだな・・・」

 ブラックの隣でこちらもビールを傾けながら、相変わらずマスク姿のロビンが呟く。彼のトレードマークたるアイマスクスタイルは行く先々で少なからず奇異の視線を向けられるが、流石に一行はそんな視線にも慣れてきた感があった。
 因みに、意外にも酒好きのブラックに負けず劣らずロビンもツヴァイクビールをかなり真剣に味わったり、カウンター内の設備の様子やバーテンダーの動きを頻りに気にしている。ひょっとしてそういうの自体に興味があるのだろうか、などとブラックは思う。

「・・・・・・」

 ロビンの更に隣、カウンター席の一番端に座った少年は、目の前に出されたミルクをじっと見つめたまま、相変わらず無言でいた。
 突然魔王殿からカタリナらと共に帰ってきたこの少年のことは、正直なところ未だによくわからない。聞くところによればこの少年が世界の命運を左右する宿命の子とやららしいが、ブラックにはとてもそんな大層な人物には思えなかった。
 だが、少なくとも少年の瞳にはどこか危うげながらも、揺るがぬ意志の光が宿っている。
 そういう光を持っている奴は、まぁ多分、大丈夫だ。ブラックは己の経験則から、それを識っていた。だから、この期に及んでこの少年についてああだこうだと言うつもりは毛頭ない。

「・・・ま、焦るのはわからねーでもないが、ちっとばかし待つってことも覚えるんだな。目先ばかりを見て焦って悪い潮目を引いちまうと、うっかり暗礁ってのが相場だぜ」

 ブラックはエレンに向けてそう言いながら、あくまでマイペースにグラスを傾ける。

 魔王殿でアラケスとの死闘が終わった後、モニカらが急遽ロアーヌへと帰る日の、早朝。
 モニカらよりも一足早くピドナを発ったエレン一行は、その数日後にはツヴァイク入りを果たしていた。
 そのままエレンたちは最短ルートでポドールイへ向かおうとしたが、かくして、そこで親切なツヴァイクの門番に必死に止められたのであった。
 門番曰く、ツヴァイク領とポドールイ領の間の関所は現在封鎖されており、無許可の通り抜けは重罪に問われる、と。
 しかし実のところ、それ自体はピドナで既にトーマスから聞いていたことであった。その上でエレンは、以前ハリードらと共にシノンからポドールイまで徒歩で抜けた経験があるので、細い山道などに入り込めばなんとかなるだろうと読み、意気揚々とツヴァイクへ赴いたのだった。
 しかしエレンたちを止めてくれた門番によると、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
 先ずツヴァイク-ポドールイ間の関所は防衛線を兼ねていて数が多く、主な山道は全て網羅されている。そして関所間の境界線を人間が通ると、何故か最寄りの関所に越境が分かるようになっているのだという。これによりポドールイ方面への無断通り抜け、及びポドールイからの密入国者はその全てが国境警備隊に捕縛され、厳罰を受けることになるのだそうだ。

「越境探知のために、西の森に住むといかいう天才教授が作った魔導器を使ってるっつってたな」
「教授・・・あの術戦車を作ったとかいう人よね・・・」

 以前ランスでカタリナと合流した際に術戦車を実際に見たエレンは、その常識から逸脱した技術力だけは目にしていた。
 なので、越境が確実に暴かれるというのは本当なのだろうということは、何となく想像できる。そして先ほどからブラックの言うことも、勿論分かる。
 しかし、だからといってここまで来て突破口なく動けないなんていうことは、絶対に認められない。
 最悪、例えツヴァイクという国自体を敵に回すことになろうとも、エレンは絶対にポドールイへ行く覚悟であった。
 とはいえ、それでサラを救出するという目的が阻害されてしまっては元も子もないのも事実。それくらいは流石に分かっているので、エレンとしても即座に強硬手段に踏み切ることができずに悩んでいたのである。

『な・・・なんだこいつら・・・!?』
『見世物小屋かなにかか・・・?』

 答えの出ない迷路に迷い込んだエレンが苛立ちばかりを募らせていたところに、突如ツヴァイクホール店内が異様なざわつきと、少し冷んやりとした空気に包まれた。
 そのざわつきの震源は、どうやら店の入口のようだ。
 最奥のカウンター席にいたエレンたちは一番最後にそのざわつきに気付き、何事かと視線を向ける。
 するとそこには、確かに誰もが声を上げて驚きそうな様相の、いかにも個性的な二つの人影が入店していた。
 そしてその二つの人影を、なんとエレンはいずれも見知っていた。

「え・・・ウォード、ゆきだるま!!」

 エレンが思わず、彼らの名前を叫ぶ。
 すると、その声に反応して店内中の客と共に二つの人影がエレンの方を向いた。
 一人は、甲殻類の魔物から削り出したと思しき奇抜極まりない鎧を身に着けた、見上げるほどの大男。腕に覚えのある冒険者が集まるこのツヴァイクでも明らかに周囲より頭一つ飛び抜けた長身と強靭な体躯は、北方の過酷な大地が育んだ屈強な戦士ここに在りと雄弁に語っている。
 そしてもう一つの影は、丸い。ひたすらに丸い。白い大きな丸が、二つ重なっている。それは誰がどこからどう見ても、とても立派な雪だるまだった。ただ通常の雪だるまと一つだけ明らかに異なる特徴があるとすれば、それはこの雪だるまが、自立して動いている、という点だ。
 入口前で野次馬に囲まれていたウォードとゆきだるまの二人は、周囲の反応などものともせずにそのまま店内を奥へと突き進み、エレンたちの前に立ち止まった。

「おぉ、エレンにロビンじゃねえか!久しぶりだなぁ!」
「エレン、ロビン、ひさしぶりなのだ!」
「え、ちょっと二人ともなんでここにいんの!ってかゆきだるま、こんなとこ居て大丈夫なの!?溶けない!!?」

 突然登場した珍客にブラックと少年までもが流石に驚いた表情を見せる中、エレンとロビンはまるで旧友を迎え入れるかのようにその二人と親しげに抱擁を交わし、挨拶を交わす。

「おいおい、なんだこりゃ。ボストン以上に意味がわからねぇ生き物だな・・・っつか生き物なのか・・・?」

 二人の珍客、特にゆきだるまを見ながらさすがのブラックも驚嘆の面持ちで呟く。しかしその辺りの問答を散々雪の街で行ったエレンとロビンは、もはや至極当たり前のように二人に接していた。

「永久結晶があるから、全然大丈夫なのだ」
「いやよぉ、俺はあれからも何度か顔出しに行ってたんだがよ。こいつが雪の街から出てみたいっつーから、今は俺の仕事に付き合ってもらってるんだ。しっかしまぁ、こんな感じでどこに行っても注目の的でなぁ。お陰で狩りよか、小遣い稼ぎの行商が捗る捗る」

 やいのやいのと四人が盛り上がっている様を遠巻きに見物していた野次馬たちも、徐々にその非現実的な光景に慣れてくると、ちらちらと様子を伺いながらも其々に再び飲み始める。アビスゲートの活性化により瘴気に侵された精霊の眷属なども蔓延る昨今ゆえか、ゆきだるまの姿にも驚きはすれど腰を抜かすほどのことではない、というところなのであろう。

「なんだなんだ、随分と騒がしいじゃ・・・おいおいなんだぁこのデカい雪だるまは?」

 丁度そこに、別行動をしていたハリードが帰ってきた。
 そして他の客と同じく、異様な二人の存在にしっかりと驚きの声を上げるのであった。

「あ、おかえり。ってかどこいってたのよ」

 思わぬ知り合いの登場で機嫌を少しばかり持ち直したエレンがハリードに声を掛けると、ハリードはニヤリと笑みを浮かべてエレンに視線をよこした。

「何処ってそりゃお前、ポドールイに行くための手段を探してやっていたに決まってるだろ。いいネタ持ってきてやったんだから、感謝しろよな」
「え、なに、なんかいい方法見つかったの!?」

 唐突に発せられたハリードの台詞に、エレンは彼の狙い通り大層驚いたような表情を浮かべながらハリードへと食い気味に詰め寄る。
 どうどう、と逸るエレンを片手で制しながら、ハリードは先にカウンターにチップを投げ、ツヴァイクラガーを所望する。
 すると即座に出てきたジョッキを片手で受け取り早速、豪快に胃の中へと注ぎ込む。ゴクゴクと喉を鳴らしてジョッキ半分程を飲み、ふぅーっと一息ついてから、もう一度口の端を吊り上げて笑みを作った。

「俺らで出るぞ、ツヴァイクトーナメントに!」

 

 

『さぁいよいよ始まりました、第六十三回ツヴァイクトーナメント!! 今回は過去に類を見ないほどの屈強なチームが複数エントリーしているとのことで、今までにない盛り上がりを見せることは必至!!! 観客の皆様の熱量も最高潮に達しているのが、わたくし司会のもとにまでビンビン伝わってきます!!!』

——ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!——

『ではさっそくの第一回戦、いきなり初参戦チーム「エレンと愉快な仲間たち」の登場だぁぁぁぁぁああ!!!』

「いやいや待て待て、なんでこうなるんだよ!!?」

 ツヴァイクの誇る特製コロシアムの観客席が超満員と大歓声で埋まる中、やたらとテンションの高い司会の絶叫とともに戦闘エリアへと送り出されたウォードは、当然の困惑具合で空に向かい世の中の理不尽を叫んだ。 

『なんとこのチーム、セコンドにあの高名な傭兵トルネードを起用したという今大会注目の優勝候補!先鋒のウォード選手もユーステルムでは名の知られた狩人だそうで、これはいきなり本気度マックスだぁぁぁぁぁあああ!!!』

「えぇい、くそッ!!もうどうにでもなれ!!このウォード様に喧嘩売ろうってぇ命知らずな輩は、一体何処のどいつだ!?」

 やけくそ気味にウォードが愛用のツヴァイハンダーを構えると、今度は司会が彼と反対側のエリアゲートに振り向いた。

『さぁそしてそんな今大会注目チームと対決するのは、大会優勝経験もあるベテランチーム、超女軍団だぁぁぁああああああ!!!』
「ちょっとまて、あれ人間じゃねえぞぉ!!??」

 司会のアナウンスと共にゲートから出てきたのは、なんと妖精族の亜種と蛇型の魔物で構成された混合チームであった。

『ご存知の通り、本トーナメントでは一定の参加クオリティを保つ目的で人間以外のエントリーも導入しております!! その中でもこの超女軍団は数々の強豪チームを屠ってきた、指折りのツワモノたちだ!!!さぁ先鋒のダンサー選手と対するウォード選手は、どのような戦いを繰り広げてくれるのか!!!??』
「こっちはなにもご存知じゃねえよ!!!ふざけんなッ!!!」

——ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!——

 全力で抗議の声を上げるウォードに対し、しかしそれを気合の雄叫びと受け取った観客たちはさらなるボルテージアップで歓声を上げる。

『それでは第六十三回ツヴァイクトーナメント、第一回戦開始の宣言を我らがロード、ツヴァイク公から賜ります!!』

 司会の誘導に応じ、最も闘技場を見下ろすのに最適な位置に設えられた専用席に座した壮年の男が立ち上がり、片手を上げて高らかに宣言した。

「始めーい!!」

 幾度も発せられたウォードの魂の叫びは欠片も受け入れられることなく、無慈悲に第一回戦開始の宣言とともに、ゴングが鳴り響く。
 すろと相対するダンサーは、軽やかにステップを踏みながらリズムに乗り、舞うようにウォードとの距離を一気に詰めてきた。

「くそっ・・・このウォード様を舐めんなよ・・・!!」

 覚悟を決め、高らかに咆哮したウォードがツヴァイハンダーを大上段に構えながら対戦相手を迎え撃たんとしていた、その最中。
 ゲートの奥にある控室ではウォードの応援になど欠片も興味がない様子で、エレンら他の出場メンバーが揃って話し込んでいたのであった。

「ってか、本当にこれでポドールイに行けるんでしょうね?」

 未だ疑心暗鬼の様子のエレンがふんぞり返った様子で座っているハリードへ釘を刺すように言うと、ハリードはふふんと不敵な笑みを浮かべた。

「エレンお前、以前ツヴァイクで変な動物を売っぱらったハンターを覚えているか?」
「ん?・・・あー、そういえばいたわね。あのときは稼がせてもらったわ!」

 それはハリードと共にロアーヌを出て間もない頃、ランスを目指しながらも先ずは依頼の豊富なツヴァイクで路銀稼ぎを行っていた時の話である。
 エレンは当時目の前に積み上げられたオーラムの山を思い出し、思わず口元を緩めた。
 エレンのこういう仕草は若干ハリードに似てきているな、とブラックなどは時折感じたりもするが、それを言っても多分色々と面倒になるだけなので態々言うことはない。

「なんでもあいつ、あそこから更に上乗せて国のお偉いさんに売り捌いて儲けたらしい。なんでその礼も兼ねてってことで、色々と情報を落としてもらったのさ」

 ハリードが聞き出したところによると、こうだ。
 ツヴァイク公爵は自国が定めた認可商隊以外のポドールイとの通行を全面的に禁じているが、ここに実は、唯一の例外が存在するそうだ。
 それこそが、国主たるツヴァイク公爵の勅令を受けた「聖杯奪還隊」である。
 聖杯とは、ポドールイの領主レオニード伯爵が所有する聖王遺物のことだ。聖王の血が注がれたという逸話を持つその聖王遺物は他の遺物とは一風異なる特性を持っており、その杯からは枯れることなく『力』が湧き続けるのだという。
 ヴァンパイアであるレオニードを忌諱するツヴァイク公は、人間でないということを理由にレオニードが聖王遺物を持つに相応しくない存在であると決めつけ、この聖杯を奪うことの出来る実力者を募った。
 だが、懸賞金に目が眩んで集まった程度の傭兵たちではレオニード伯爵に近づくことさえ叶わず、彼のもとに集う死霊に軽くあしらわれてしまう。
 幾度かその失敗を繰り返した後にツヴァイク公が考案した対策の一つが、このツヴァイクトーナメントであった。
 このトーナメントを勝ち残るほどの猛者であれば、レオニード伯爵から聖杯を奪うことが出来るに違いない。そう考えたツヴァイク公の主導で始められたこのトーナメントには、実のところ今まで一般参加から勝利したチームは存在しないらしい。

「俺等の一回戦相手の超女軍団や、その他だとドラゴンズ、そしてツヴァイク公国最強部隊『じごくの壁』とかの運営側が仕込んだチームが、トーナメントの優勝常連らしい。興行としても利回りが良く、公爵自身も剣闘狂いらしくてな、こいつは元の目的が達成されずとも定期開催されているんだそうだ」
「つまり、そいつらを全部ぶっ飛ばして奪還隊とやらになれば、お上公認で堂々と関所を通れるってワケか」

 椅子ではなくテーブルの上に片足を上げて座りながら話を聞いてたブラックがそう纏めると、ハリードは浅く頷いた。

「あぁ。しかも、優勝賞金が一万オーラムもでる。こいつは正に一石二鳥だぜ」
「あんた絶対それが目的でしょ!」

 カムシーンの刃より鋭いエレンの指摘にハリードが性懲りも無く反論を始め、控室内がいつもの様にガヤガヤとし始める。
 しかしそんな賑やかさとは全く無縁の様子で、一番端にある椅子に腰掛けたまま微動だにしないでいた少年がボソリと呟く。

「その聖杯が・・・『鍵』なのかな・・・」

 少年の近くにいて微かにその声が聞こえたゆきだるまが、少年に身を寄せる。

「鍵って、一体なんのことなのだ?」

 ゆきだるまの質問に、少年は素直にそちらへと反応を向ける。
 少年はどうにもあまり人好きしない性格らしいが、なぜかゆきだるまとは会った直後から、随分と気安く接している様子であった。

「・・・僕にも、よく分からない。でもトムさんが言っていたんだ。少し前に、鍵はポドールイにあると聞いた、って」

 そもそもエレンたちがポドールイを目指している理由こそが、その『鍵』だった。
 エレンと少年は、アビスゲートの向こうへと消えたサラを助け出す、という共通の目的を持っている。しかし、一体どうすればサラの元に辿り着けるのかという具体的手段については、全く見当もつかない状態だった。
 そこで藁にも縋ろうということで追いかけることにしたのが、この『鍵』という情報であったのだ。

「もし僕たちに鍵が必要になったら、それはきっとポドールイにある・・・トムさんは、詩人さんからそう聞いたと言っていた。詩人さんがなんでそんなことを言ったのか、その鍵っていうのが一体なんなのか、そもそもそれがサラの元にたどり着くためのものなのか・・・それはトムさんも分からないって言ってた。でも、今の僕たちにはそれくらいしか縋れるものが・・・」
「大丈夫よ、テレーズ」

 いつの間にか、ハリードたちと話していたはずのエレンが少年とゆきだるまの前にいた。

「トムが、その詩人の言葉は賭けるに値する情報だって言った。だから大丈夫。必ずあたし達は、サラの元に辿り着くわ。そのためにもテレーズ、あんたが必要なの。あの子の鼓動を感じることが出来る、あんたの助けが」

 エレンの真っ直ぐな言葉を聞いた少年は、小さく、しかし力強く頷く。
 それをみて満足そうに頷き返したエレンは、腰に手を当てて控室の扉へと視線を向けた。

「まずはポドールイに辿り着くことだけを考えましょ。となると早いとこトーナメントとやらを終わらせたいけど、今どんな感じなのかしら」

———ゥォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!!!———

 まるでエレンの声に応えるかのように、扉の向こうからは会場の一際の盛り上がりを伝える歓声が響いてきた。
 そして急報を知らせるべくバタバタと駆ける足音が近づき、勢いよく控え室の扉が開け放たれる。

「先鋒ウォード選手が相手チーム主将の石化攻撃により敗退!次鋒ゆきだるま選手、準備お願いします!!」

 駆け込んできた係員の知らせに選手一同は互いの顔を見合わせ、気合を新たにするのであった。

 

 

『さぁさぁ一体誰が予想したのかこの展開を!!!!!!第六十三回ツヴァイクトーナメント決勝戦の対戦カードは、こいつらだ!!!!』

——ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!——

 これまでで最も大きな歓声を一身に受けつつ決勝戦に挑む選手らが東西ゲートから入場し、闘技場中央を挟んで睨み合う。

『西側ゲートから登場したのはなんとなんと!!由緒あるこのツヴァイクトーナメント初出場にしていきなり決勝戦まで勝ち抜いてきた今大会注目のダークホース、エレンと愉快な仲間たちだぁぁぁぁあああ!!!!』

「今更だがよ、このチーム名はどうにかならなかったのかぁ・・・?」

 随分と気の抜けたチーム名にブラックが真っ当な突っ込みを入れるが、最早そんなことを気にしている観客は一人もいない様子である。
 なにしろここまで、未だ大将が出ることすらなく圧倒的な実力差で常連チームらを叩きのめしてきたチームの実力は、もはや疑う余地のないものとしてこの場に集まった観客らに認識されているからだ。
 初戦の超女軍団戦は、大将になんと伝説級の魔物であるメデゥーサが配置されていたことでウォード、ゆきだるまと立て続けに石化されたものの、中堅であるロビンが得意のレディーキラーっぷりを発揮し、撃破。
 続く二回戦目はゴブリンズという名前の、そのままゴブリン種で構成されたチームであった。どうもこのゴブリンズについては強い場合と弱い場合があるという事前情報をハリードが掴んでいたが、今回は弱い構成だったようで、ウォードの一人抜きで難なく撃破。
 そして準決勝は、なんと龍種で構成されたドラゴンズというチームと対戦することとなった。このチームはなんといっても副将である大型龍種レッドドラゴンが花形であり、一体どんな絡繰でこれほどの魔物をこんなところに連れてきたのかと考えずにはいられなかった。
 しかしこれについては相性の問題か、レッドドラゴンまで辿り着いて早々に退却したウォードに続くゆきだるまが永久結晶の力により相手の炎を寄せ付けず、誰もが予想だにしないワンサイドゲーム展開となったのであった。
 そんなこんなでロビン以降に配置された副将ブラック、大将エレンの出番がないまま辿り着いた、トーナメント決勝戦。

『そして東ゲートから登場したのは、勿論このチーム!!!!我がツヴァイクの誇る最強部隊!!!!専用特殊装甲【ヴァンツァー】に身を包んだ六機の英雄!!皆様お待ちかね、じごくの壁だぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!』

——ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!——

 一際大きな歓声を受けながらエレンたちに立ちはだかったのは、金属製の全身鎧に身を包んだ六人の人物。しかしその鎧は、エレンたちが見慣れたものとは随分と様相の異なる、やけに仰々しい代物だった。
 それもそのはず。何を隠そう彼らの纏う鎧もまた、教授による作品の一つであった。なので正確には彼らが纏っているものは鎧ではなく、術戦車などと同じく魔導器に分類される代物なのである。
 その名も、戦闘歩行魔導装甲ヴァンダーパンツァー、通称【ヴァンツァー】だ。
 この魔導装甲にはタイプ別に三つの特徴が備わっており、それぞれ支援型、近接射撃型、格闘型に分けられるのだという。
 ヴァンツァーを身に纏う彼らはその特色を余すことなく発揮した連携攻撃を用いることで、数々の苛烈な戦いから自軍を守り、自らも生き残ってきたのだそうだ。
 その風評を裏打ちするかのように絶対的な自信を漂わせた立ち姿を見定めるように睨みながら、腕を組んだハリードが呟く。

「ツヴァイク公国軍第六十四機動戦隊、通称じごくの壁・・・。俺は直接戦場で見たわけじゃないが、傭兵の中では割りかし有名な連中だ。ここ十年ほどのツヴァイクが絡む北方の戦で、あいつらの名前を聞かない戦場はなかったというぜ」

 ハリードの言葉を聞きながらエレンも油断の一切ない視線で相手を睨みつけていると、どうしたことか相手の一人が試合開始の合図を待たず、こちらへゆっくりと歩み寄ってきた。
 何事かと眉を顰めながらもエレンとハリードがそれに応えるように一歩前に出ると、二人の前で立ち止まった鎧は、思いの外軽快な動作で右手を差し出してきた。

「お初にお目にかかる、傭兵トルネード。俺の名はグリーグ。あんたと戦えることを光栄に思う」
「グリーグ・・・噂は聞いてるぜ。怒れる雄牛【マッド・ブル】の名を冠する、じごくの壁の隊長機だな。俺も界隈ではトルネードなんて呼ばれるが、名はハリードというんだ。よろしくな」

 差し出された手をハリードが握り返し、固く握手を交わす。
 そしてマッドブルが自陣へ戻っていくのと同時、司会が改めて声を張る。

『さぁ両チームが固い握手を交わしたところで、決勝戦のルール説明です!!!!じごくの壁と決勝戦で対戦する場合はご存知の通り特殊ルールが適用され、セコンドまで参加しての集団サバイバル戦となります!!』

 司会の宣言に並行し、なんとコロシアムの闘技フィールド内に施されていたらしい仕掛けが発動し、地面から鋼鉄製と思しき障害物のオブジェクトがいくつも現れ、両チームの視界を遮った。

「だからなんもご存じじゃねーっつーの・・・」

 最初から振り回され続けたウォードが諦めの境地のような表情で呟くが、当然そんな声はハイテンションな司会には欠片も届かない。

『両チームどちらかが全員戦闘不能となるまで続くサバイバル戦、間も無くスタートです!!では両チーム、配置についてください!!』

 なんら事前説明がされないまま勝手に話が進んでいくが、それに対していやに冷静な様子のエレンは、先ほどのハリードと同じく胸の前で腕を組んだまま、闘技フィールド内の障害物を見ながら口を開いた。

「・・・あいつら、持ってる得物が三種類に分かれていたわ。近接型、中距離、遠距離ってとこかしら。わざわざ集団戦にしたってことは、二人か三人で動く戦法で来るって考えた方が良さそうね」

 エレンの的確な予測にニヤリと笑みを浮かべながら、ハリードは同じく腕を組んだまま顎に手を当てた。

「いい推察だ。となると大抵はインファイトを仕掛けてくる奴が隙を作り、中距離役が仕留め役。んで、それら連携を阻害されないように長距離担当が獲物周囲を威嚇する、ってところか」
「・・・向こうがその戦法で来るなら、こっちも術が使える俺様とゆきだるまが分かれた方がよさそうだな。あとはどう分ける」

 ハリードに続いてブラックが顎の無精髭を弄りながら何やら愉しそうに言うと、既にレイピアを抜き放って臨戦体勢のロビンが一歩前に出る。

「であれば、速度を出せる私とハリードが分かれ、一撃の重さを活かせるエレンとウォードが同じく分かれる編成でどうだろう」

 この提案には、その場の全員が即座に首を縦に振る。

「異論はないのだ」
「俺もそれでいい。とっとと終わらせちまいたいぜ」

 結果、エレンとロビンにゆきだるま、ハリードとウォードにブラック、という編成で左右に分かれ、相手を迎え撃つ作戦に落ち着いた。
 そしてエレンチームがフィールドに散開したのを確認した司会がツヴァイク公に合図を送ると、間も無くツヴァイク公爵が立ち上がり、闘技開始の宣言を行った。

「始めーい!!」

 間の抜けた掛け声に反し、戦闘そのものは初手から大きな動きがあったか、コロシアムの観客のいきなりの熱狂ぶりにハリードらが身構える。
 すると、その予測を裏切らない様子で何か固いものが岩の上をかけるようなガキンガキンという音が響き渡り、カムシーンを抜き放ったハリードとツヴァイハンダーを構えたウォードが背中合わせに周囲を警戒した。

「HEY!!Tornado!!」
「ッ!!」

 突如、上空からの声。
 それに即座に反応したハリードが背後のウォードを踏み台にするようにして横に飛ぶと、それに合わせてウォードもハリードに蹴り飛ばされる形で反対側に倒れ込む。
 その直後、先ほどまで二人が立っていた場所目掛けて巨大な鉄甲が衝撃音と共に振り下ろされた。

ズガァンッッッ

 地面がしっかりと抉れている様子を尻目に体制を素早く建て直したハリードが抜き身のカムシーンを構えると、その剣先に現れたのは先ほどのマッドブルは別のヴァンツァーだった。
 どうやら、地面から迫り上がった障害物の上を飛び移るようにしてここまで一気に移動してきたようだ。流石に、このフィールドでは戦い慣れているということか。

「Hoo!!今のを避けられたか。流石トルネードの名前は伊達じゃないな」
「ふん、そりゃあどうも。お前は・・・近接型か。振り分け的には恐らく隊二番手のウィナー機が向こう側で、隊長機マッドブルチームがこっちの相手をしてくれるんだろう?なら、お前がグリーグに飼われているって噂の【ストレイキャット】だな?」
「Hey・・・その冗談は笑えないぜ」

 ストレイキャットの名を冠する近接戦闘型ヴァンツァーが、不機嫌を丸出しにした声色でハリードに向かい拳を構える。彼もまた隊長機【マッドブル】を支援する近接型ヴァンツァーとして数々の戦功を上げてきた、これまた北の戦線でその名を知らないものはいない存在である。
 しかし戦場と闘技場の違いで勘が鈍っているのか、彼のすぐ近くで起き上がったウォードがツヴァイハンダーを振りかざしているのも見えていないらしく、少々短気な性格のようだ。
 しかし、そんな彼の支援もまた、チームの役割なのだろう。
 それを証明するように、ツヴァイハンダーを振り下ろさんとしたウォードに向かって高速で飛来する岩石弾があった。

「けっ、見え見えなんだよ!」

 そう言いつつ右手を突き出したブラックから発せられる風の矢が、飛来する岩石弾を貫き砕く。
 しかしその攻防に気付いたストレイキャットが素早く飛び退ったことで、ウォードの一撃は虚しく地面を削ることとなった。

「いきなり突っ込みすぎだぞ、ストレイキャット」

 続いて後方の障害物の裏から出てきたヴァンツァーの声に、ストレイキャットはガシャリと音を立てて肩を竦める。

「飼い主のお出まし、だな。もう少し躾けをした方がいいんじゃないか?」
「ふふ、うちは狂犬揃いでな、俺も手を焼いているのさ」

 そう言いながら構えるマッドブルと共に、ストレイキャットも深く腰を落として臨戦体制に入る。
 今は視界には入っていないが、目の前の二機以外に先ほどの岩石弾を飛ばしてきたやつが近くの障害物の裏に隠れているはずだ。

(まぁそいつの相手は、ブラックに任せるとして・・・。ううん、俺がこの二機を同時に相手しちまってもいいが、それではつまらんしな・・・ウォードにもう少し働いてもらうか。さて、エレンは上手く捌いているか・・・?)

 右手に持ったカムシーンを少し浮かせては何度も握り直すようにして弄びながら、ハリードは自分たちと逆方向に展開したエレンらのことを思うのであった。
 まさに、それはハリードがそう考えた瞬間だった。

ガキィィィィーーーーーーーンッ
——ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!——

 金属同士の衝突を思わせる聞き慣れない衝撃音と共に、明らかに会場の歓声が一段階跳ね上がる。
 響き渡った常識外れの衝撃音もさることながら、明らかに勝負の行方を左右するような何かがあったと予想される観客の盛り上がりに、思わずハリードらも、衝撃音がした方向へと顔を向けた。

『な・・・なななななぁぁぁぁぁぁんとおぉぉぉぉおお!!これは凄いぞぉぉぉッ!!!!この闘技場専用に作られた最高硬度のフィールドオブジェクトが、まさかの真っ二つにぶち割られたぁぁぁぁぁぁああああ!!』

「なに・・・この鋼鉄の塊を真っ二つだと・・・?」

 絶叫する司会の解説の聞きながら、流石のハリードも俄かには信じられないと言った様子で周囲のオブジェクトへと視線を配る。
 頑強なヴァンツァーが飛び乗ってもびくりともしない頑強なオブジェクトを割るなんて、実際可能なことなのだろうか。これほどの厚みの鋼鉄ともなると、巨龍種の分厚い鱗をすら上回る強度だろうに。

『凄まじい威力の斬撃を披露したのは、エレンと愉快な仲間たちの主将、エレン選手だぁぁぁぁぁああ!!!! これには思わずヴァンツァー【ナッシング】機も腰を抜かして起き上がれないぃぃいい!!!!』

 続いて叫ばれる名前を聞き、ヴァンツァーたちが戦慄の様子を見せる一方で、ハリードらは苦笑いを浮かべる。

「おいおい・・・エレンのやつ、こいつを薪割りと同じテンションでぶち割ったっつーのかよ!!はっはっは、ダイナミックじゃねえか!!」
「いやこれ割れねぇだろ・・・剣のがポッキリいくって・・・」

 ブラックが豪快に笑い飛ばし、ウォードがオブジェクトを剣先でコツコツと叩きながら呆れた声を上げた。
 そんな二人を他所に、ハリードはその場の全員が戦意を削がれたその一瞬で、素早く思案する。
 例えば四魔貴族や巨龍種のような規格外の存在でもないかぎり、戦場というのは個の武力で勝負が決まることはない。
 まずは数、つまり物量が最も重要で、それに応じて選択肢が広がる戦略、次に戦術と続く。他には自軍の練度なども並行して重要度が高く、個の武力とは実際、一般的な重要度としてはかなり後ろにくる。
 だが稀に、個の武力が戦術や戦略レベルに達することがあるのだ。
 それは実際非常に稀なことだが、何度か歴史にはそうした事例もある。ハリードが敬愛してやまないゲッシア建国の英雄アル=アワドなど、まさにその典型と言えるだろう。
 そうした存在が戦場で起こす何らかの行動は、そのまま両軍全体のモラルをも左右するような一手と成すことが可能だ。
 例えばそう、今この瞬間などのように。

「なぁマッドブル。このチームの主将が俺じゃなくてエレンっつー女である理由が、あんたには分かるか?」
「・・・何?」

 左足に重心を移して腰に当て、まるで世間話のようにハリードが問いかける。
 対して臨戦体勢こそ崩さないものの、すっかり戦意が削がれた様子を隠しきれていないマッドブルは、ついその問いかけに反応してしまった。

「なに・・・簡単な話さ」

 カムシーンの背を肩に乗せ、ハリードはにやりと口の端を釣り上げながら言った。

「俺よりあいつの方が強いからだ」
「・・・ふっ、まさかそのような・・・」

 しかしマッドブルは、そのまま否定の言葉を言い切ることができなかった。なにしろ今まさに、前代未聞の脅威的な破壊力を目の当たりにしたばかりなのだ。
 仮にあの攻撃を自分が受けていたらと思うと、思わず背筋が凍りつく。
 まさか、あの世界的に有名な傭兵トルネードにも並ぶほどの存在がいて、しかもその二人がタッグを組んでいるとは。まず自分がトルネードに対して敵うかどうかも不明だというのに、それを超えるような相手など、ヴァンツァー【ウィナー】が率いる逆サイドチームにはあまりに荷が勝ちすぎる。
 瞬時にそこまで思考し、一層表情を険しくするマッドブル。

「あいつが次に振るう斧は、確実にヴァンツァーの誰かをぶった斬るだろう。そうなりゃ、間違いなくそいつは再起不能だろうな。そうならんうちに俺らを倒して助けに行くか、それとも手っ取り早く降参するか。早いところ決めることを強くお勧めしておくぜ」
「・・・くっ」

 続けて発せられたハリードの言葉に明らかに動揺した様子のマッドブルは、しかしそれでも戦場で敵に背中を見せるようなことはしない、生粋の戦士であった。
 ここまでに削がれた戦意をなんとか奮い立たせ、手にした武器を構え直し、周囲のヴァンツァーに号令をかける。その姿は正しく隊長機に相応しいと、敵ながらハリードも感じ入るほどだ。
 だが性急な判断には必ず綻びがあり、乱れがあり、そして隙がある。
 それこそが、ハリードの狙いだ。
 人間同士の戦で無類の強さを誇る傭兵将トルネードの真骨頂、正にここにあり。

「ストレイキャット、ハッピーラング、一気に仕留めるぞ、デルタアタックだ!!」

 マッドブルの決死の覚悟を受け、ハリード、ウォード、ブラックは一様に得物を構え、臨戦体勢に入った。

 

 

「お、おれたちの戦法が通用しないとは・・・」

 ガックリと肩を落とし、真っ二つに割られた得物を地面に突き刺したマッドブルが、力無く呟く。
 その姿を前にしながらカムシーンを悠々と踊らせて納刀したハリードは、いつものようにニヤリと口の端を釣り上げた。

『決まっっっっったぁぁぁぁあああああ!!!! なんとなんとなんと、第六十三回ツヴァイクトーナメント優勝チームは、初出場のダークホース、エレンと愉快な仲間達だぁぁぁぁああああ!!!!』

——ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!——

 もはや絶叫を通りこして息も絶え絶えといった感のある司会の怒号に合わせ、会場全体が揺れるような歓声に包まれる。
 その最中にも驚くほど俊敏に闘技フィールドは片付けられていき、あれよあれよという間にエレンたちは壇上から見下ろすツヴァイク公爵の前に立たされていた。

「見事であったぞ。褒美を授けよう、近こう。わしの顔をほりこんだありがたい優勝メダルだ」

 代表して一歩前に出たエレンが受け取ったのは、しっかりとした重量を持ったゴールド製のメダルだった。何度かハリードと共に貴金属に触れたことがある彼女は、直感でこれが本物のゴールドで出来ているであろうことを察した。
 造形のセンスは最悪といって差し支えないが、これは換金すれば相当なオーラムになる。それを確信したエレンは、内心で思わずほくそ笑む。

「あとこちら、副賞の一万オーラムです」

 続けてコロシアムスタッフからオーラムの詰まった袋をハリードが受け取り、これまた悪役の見本のような笑みを浮かべる。その笑顔の邪悪さは、本職のはずのブラックですら堪らず眉を顰めてしまうほどだ。
 そんな様子の二人を他所に、何やら興奮した様子で身を乗り出してきたのは、先ほどエレンにゴールドメダルを授与したばかりのツヴァイク公であった。

「もう一つ、優勝者に頼みがある」

 その言葉に、待ってましたとばかりにエレンとハリードの二人が視線を向ける。

「君らほどの強者であれば、聖王遺物として名高い『聖杯』のことは聞いたことがあるだろう。それが今、ポドールイのバンパイアの下にある。聖王遺物とは、我々人類の至宝だ。あんなモンスターに聖王遺物を握らせておくわけにはいかん」

 そう語るツヴァイク公の表情は見る見るうちに怒りに打ち震えるように怒気を増し、赤らんでいった。

「なんとしても我ら人類の元に絶対に取り戻すのだ。だが、かのバンパイアは卑怯にも城に閉じこもり、闇に紛れ、非常に狡猾だ。故に一筋縄ではいかず、我々も手を拱いている。どうか、強者たる君たちの力を貸してほしい」

 ツヴァイク公は正しく自らに絶対の正義があるかのように語るが、実際にポドールイのレオニード伯爵に会ったことがあるエレンからすると、果たして本当にあの伯爵がそのような存在なのかどうか、すぐには判断が付かなかった。

「報酬は?」

 すかさずハリードが、短く質問する。
 その無礼な態度に公爵の周囲が色めき立つが、中心にいるツヴァイク公はなんら気にすることなく片手をあげて周りの臣下を制し、にやりと笑う。

「無事に聖杯を我が元に持ってきた暁には、今渡した優勝賞金の倍額を更に出そう。また、聖杯以外にもバンパイアめは多くの財宝を隠し持っていると聞く。だが、わしはそれらには興味がない。聖杯以外のものは、自由にしてくれてかまわぬ」

 ツヴァイク公の言葉に、ハリードはこれまたニヤリと笑みを浮かべる。

「二万オーラムと財宝か・・・いいだろう、承った」
「おぉ、それではよろしく頼むぞ。ポドールイへ向かう関所は、そのゴールドメダルを見せれば通行可能だ。是非とも聖杯奪還隊として、任務を果たしてくれ」

 ツヴァイク公とハリードはお互いに笑顔を交わし、すぐさま一行はその場を颯爽と立ち去ることにする。
 いつまでも鳴り止まぬ観客のスタンディングオベーションに見送られて出てきたコロシアム出口では、少年がすでに旅支度を整えて全員分の荷物も用意しつつ、今か今かとエレン達を待っていた。
 そこに合流するとエレンは無言で少年に向かって片手を翳し、ぱちんと軽くハイタッチを交わしてから即座に荷物を手際よく背負っていく。

「なんだかよく分からんが、まぁ頑張れよ」
「また会おう、必ずなのだ」

 気持ち程度の分け前をハリードから受け取ったウォードとゆきだるまに城門で見送られつつ、エレン達は意気揚々と東へ向かい歩き出した。

「よし・・・それじゃあいくわよ、ポドールイへ!」

 

 

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第七章・6 -永久結晶と氷の剣-

 

 見上げれば、そこには満天の星空と見紛うほどの煌き。そこに輝く数多の光がいったい何処まで続いているのか、見上げども見上げども、一向に見当もつかない。
 その場所を氷の銀河と名付けたのは、一体誰であったのだろうか。それはもう、この世界の誰も覚えていないことなのであろう。
 だが一つ確かなことは、この場所を見ることができた希少な者たちは、その誰もがこの場所を『氷の銀河』という以外に呼びようが無いと確信するであろう、ということだ。
 それは今まさに氷の銀河を征く五人の冒険者も、そして三百年前にここを訪れたという、かの聖王も、等しくそう確信したことだろう。
 更にいうならば五人の冒険者と聖王には、今この場においてもう一つの共通点が存在する。
 それこそは、今まさに彼らの後ろをついてきている「雪だるま族」の存在だった。
 それは精霊が雪の塊に命を宿し現界した姿で、嘗て聖王がオーロラに導かれて氷の銀河を征き、その先で氷の剣を手に入れた時も、こうして精霊「雪だるま」を連れて行ったのだという。
 しかも聞けば驚くことに、ユリアン達についてきた雪だるまは三百年前にも聖王と共に氷の剣を取りに行った雪だるまと同一個体なのであるそうだ。
 とはいえ、雪だるまがついてきたのは単なる好奇心や懐古心のそれでは無い。それは、必然であるから付いてきているのだ。
 抑もこの「氷の銀河」という極寒の異世界を人の身のままで征くには、雪だるま族の持つ氷雪の加護が必要不可欠なのだという。それが無ければ、ものの数十分で生身の人間など氷漬けになってしまうのだそうだ。
 故にその雪だるまのお陰で一行は、その身がこの異界に在っても普段と変わらぬ身軽な服装で行軍する事が出来ていた。

「うおおおらああああ!!!」

 自身の倍以上の背丈であろう、単眼の不気味な巨人が繰り出してきた拳に、ウォードが自分の得物である大剣を合わせて気合いと共に振り下ろす。
 鈍い衝撃音と共にぐしゃりと骨肉の砕ける音がして拳を潰され巨人が怯んだところに、ロビンが背後に回り込み脚の腱を突いて姿勢を崩しにかかった。
 そして思惑通りにロビンの攻撃で巨人が膝をついたところで賺さずウォードの背後から飛び上がったモニカが、軌道の読めない畝る蛇のような動きの強烈な突きを巨人の眼球に見舞い、頭部を突き抜けて絶命させる。
 そうして彼らが一体の巨人を駆逐している向こうでは、雪だるまの玄武術によって足止めを食らった別の巨人が、その体の上下をエレンとユリアンによって斬り飛ばされていたところであった。

「・・・おかしいのだ。ここは原初の精霊の集合意識体が作った、絶対零度の不可侵領域なのだ。そこに、こんな妖魔が沸くはずがないのだ」
「成る程、これは異常事態なのですね」

 レイピアに付いた血が拭き取るまでもなく外気によって瞬時に凝固し崩れ落ちる様を物珍しそうに眺めた後、モニカは雪だるまへと視線を移しながら、そう答えた。

「まだまだこの辺りには巨人の気配があるようだし、偶然迷い込んだ、というわけではないのだろうな。これが異常事態だというのなら、その原因が何処かにあるはずだが・・・」

 モニカと同じく血糊がすっかり落ちたレイピアを仕舞いつつ、ロビンが周囲を探るように見回した。
 彼らは今、広大で分厚い流氷の上に立っていた。
 氷の銀河と呼ばれるその場所は、どうやら途方もなく大きな空洞となっているようだった。その中にある巨大にして極寒の湖に、いくつもの氷原が浮かんでいるといった格好なのだ。
 陽の光が一切届かぬ周囲は空洞の上下左右から放たれる淡く蒼い光に溢れているが、それでも見通しはあまり良くない。
 暗がりからの奇襲を警戒しつつ極力戦闘を避けるべく、周囲に細心の注意を払いながら五人と一体は進んでいくことにした。

「・・・ねぇ、あそこ見て。なんかある」

 聳り立つ氷塊の物陰に身を隠しながら先陣を切って進んでいたエレンが、突然後続に止まれと手振りで伝えながら、自らの前方を指差した。
 ユリアンらが指さされた先へと視線を向けると、その先で暗がりの中に浮かび上がってきたのはなんと、氷漬けの人間と思われる氷像であった。

「・・・あれは!」

 ユリアンらに遅れて最後にそちらを見た雪だるまは何やら随分と驚いた様子で、そのまま一気にエレンを飛び越して一目散にその氷像へと駆け寄った。
 その様子にエレン達も周囲の警戒をしながら其方へ駆け寄ると、なんとその先ではあまりに驚くべき光景が起こっていた。
 なんと氷像が滑らかに動きだし、雪だるまの頭を撫でていたのだ。
 あまりのことに驚きを隠さないままエレンたちが近づいてよくよく見てみると、氷像は人間の女性を形取っており、またその姿はまだ年端も行かぬ少女のもののようであった。
 そしてその体は氷漬けである他に仄かに青白く光を纏っており、その少女が人ではない何かである事を窺わせた。

「雪だるまさん、その方は・・・」

 モニカが語りかけると、雪だるまと共にその氷の少女がモニカへと振り向く。

「この子は・・・最初の少女なのだ」
「最初のって・・・」

 雪だるまの言葉にエレンがあまり理解していない様子で反応を返す。その横でその言葉を脳内反芻していたユリアンは、そう言えばと思い当たる事があったようで、口を開いた。

「それ、ひょっとしてさっき暖炉のところで言ってた設定の話か・・・?」
「そうなのだ・・・一部は事実なのだ。でも一体なんで・・・。それに三百年前には、ここには何もなかったはずなのだ・・・」

 後半は問いかけるようにしながら雪だるまが疑問を呈するが、まるでそれに応えるかのように、氷の少女は薄っすらと微笑んだだけだった。そしてしばし微笑みを浮かべていた少女は、彼女の体の一部のように思われた胸元の氷の花を取り外し、雪だるまへと差し出してきた。

「これは・・・ま、まさか、永久氷晶なのだ!?」

 驚いた様子の雪だるまに対し、目の前で行われているやりとりの意味がいまいち理解できないユリアン達は、とても不思議そうにその光景を眺めていた。
 だが雪だるまが受け取った永久氷晶と呼ばれる氷の花からは、只ならぬ空気が感じ取れるのは確かだ。

「・・・これは、氷の剣以上に精製に時間を要する至宝なのだ。この氷晶があれば僕ら雪だるまは大きく力を増し、その気になればこの絶対零度の世界の外で活動する事さえ出来るようになるのだ」

 見た目からは全くわからないものの声色からは十分に高揚した様子が伺える雪だるまがそう言っているのを、氷の少女は静かに微笑みながら聞いていた。そして氷の少女はやがて右腕を掲げ、氷の銀河の一点を指差した。
 そして何かを囁くように口を動かすが、そこから紡がれる言葉はエレン達には聞き取る事が出来ない。

「・・・この先に、氷の銀河に起きている異変の元凶がいるらしいのだ」

 唯一少女の言葉を理解した雪だるまが少女の示した方角へと向き直りながらそう言うと、エレンは何かを確信した様子で笑みを浮かべながら腕を組む。

「じゃ、間違いなく氷の剣もそこね」
「ですわね」

 そこにモニカも上品に腕を組みながら同調すると、ユリアンとロビンはやれやれといった様子で肩を竦めながら彼女らの後ろに控えた。

「ま、そりゃ行くんだよなぁ・・・。ったく、この仕事はエライ高くつくぜ・・・?」

 ウォードが半ば破れかぶれ気味に得物の大剣を担ぎながらそう言うのを合図に、一行は少女の指し示した氷の銀河最深部へと向かい始めた。

 

 それまでと同様に物陰を上手く利用しつつ氷原を徘徊する巨人を避けるように進んで行くと、氷雪の加護があるにも関わらず次第に肌に感じる冷気が強く濃くなってきたように感じられてくる。
 加護があるにも関わらず寒気を感じるのは、雪だるまが言うには最早、外気温が生物の住める温度をとうに下回っていることの証明なのだそうだ。
 そして極寒の世界を進んで行った先に、遂に一行は漸く氷の銀河の異変の元凶と思しき存在を、その視界に認めた。

「あれは・・・」

 エレンがそう呟いた先に鎮座しているのは、拓けた一面の氷原の上にて微動だにせぬ、白銀の巨龍であった。

「ドラゴン・・・」

 その威風堂々たる佇まいは、まるで氷原の中に聳り立つ巨大な氷の彫像のようでもある。しかしそんなことよりも一行が大きく疑問に思うのは、それが本当に彼らの知る龍なのであろうか、ということであった。モニカやエレン、ユリアンの中に揺蕩う十二将達の戦の記憶には、どこを探そうともこの様な姿形の龍種の記録はないのだ。
 そして同時に、目の前の巨龍の力が既存の記憶にある龍種のそれとは大きく異なるであろう事も、その威風からして瞬時に察する事が出来た。

「・・・退くか?」

 抜剣の姿勢は崩さぬまま、小声でユリアンが問う。未知の龍種と戦うには、今の彼等は余りにも準備不足と言わざるを得ないからだろう。

「いや、もう遅いわ」

 エレンがそう言って腰に装着していた斧を取り外すのと、白銀の巨龍の青白い目が見開かれるのは、殆ど同時だった。
 既に、そこは巨龍のテリトリーの中であった。

「!・・・散って! なるべく距離とって!!」

 大気の揺らぎを最初に察知した先頭のエレンは、そう叫ぶや否や自分も後方の岩陰に滑り込みしゃがみ込む。
 全員がそれに習って付近の岩陰に身を隠した直後、世界が白く染まった。
 彼女らのいた空間を中心に周辺の岩を巻き込み、純白の爆風が十数秒にも渡ってあたり一帯を通り抜ける。

「うおおおおおおおお!!!?」

 余りに強力な衝撃波で岩の上部が吹き飛び、そこに身を隠していた最も大柄なウォードが堪らず数メートルほど後方に吹き飛ばされる。
 幸いにも湖面に落ちる前に氷原で止まる事が出来たのだが、彼が急ぎ起き上がってみれば、もう既に今のブレスから身を隠せそうな場所は粗方吹き飛んでしまっていた。

「あれがもう一度きたら耐えられない! 一か八か、速攻でいくよ!」
「ボクは補助に回るのだ!一度は必ず防ぐのだ!」

 エレンの掛け声と共に彼女を先頭に突破隊列を組んだ一行は、掛け声と共に龍に突撃をかけるべく駆け出した。
 まず先頭から斬りかからんとするエレンを薙ぎ払うように、白龍がその巨体に似合わぬ素早さで巨大な前足の鉤爪を振り抜く。するとエレンは、それを回避するように大きく飛び上がった。しかしそれを視線で追っていた白龍がそのまま彼女を噛み千切らんとし、大きく口を開ける。

「させるか!!!」

 エレンに一歩遅れるようにして龍の首をめがけて飛び込んだユリアンが、その首を刎ねるべく渾身の水平斬りを打ち放たんとする。
 だがそれを直前で予見した白龍は瞬時に首を引いてエレンへの攻撃を中断し、翼を羽ばたかせて強烈な衝撃波を起こし二人を目の前から吹き飛ばした。

「モニカ、ロビン!」
「はい!」

 吹き飛ばされながらエレンが叫んだ直後、左右に分かれて至近距離まで潜り込んでいたモニカとロビンが、其々白龍の左右後ろ足へとエストックを突き立てる。
 だが、やけに耳障りな甲高い衝撃音が響いたかと思うと、二人のエストックは白龍の強固な鱗に阻まれてしまい、その身に殆ど傷をつけることは叶わなかった。
 それでも多少の痛みは与えたようで、白龍は己の両足元へと意識が散っていく。

「まだだ、乗っかれぇ!」

 叫びながら吹き飛ばされたエレンが空中で体制を整える後ろで、ウォードが雄叫びを上げつつ大剣の側面を前にしながら豪快にアッパースイングで振り抜く。
 それに気付いたエレンが振り抜かれる最中のウォードの刀身に足を乗せ、擊ち出される大砲の如くに再び白龍への距離を一気に詰めた。

「っっらぁ!!!」

 振り抜かれた勢いに加えてたっぷりと自身の遠心力を乗せた一撃を、白龍の頭へと向けてエレンが放つ。

「グギャアアア!!!」

 耳を劈く様な苦悶の叫びと共に、白龍はなりふり構わぬ様子で翼を羽ばたかせる。
 それによって生まれた衝撃波でその場の全員が散り散りに吹き飛ばされ、直ぐに落ち着いた白龍は己の右眼を今の一撃で潰されながらも即座に臨戦態勢を整え、再度彼女らと対峙した。

「・・・惜しい。頭ごとぶっ潰せれば良かったんだけど・・・」
「なに、今のであの姉ちゃんは彼奴の視界を半分奪った。次はもう少し楽に決められる筈だ」

 白龍と正面から対峙する形で同じ方向に吹き飛ばされたユリアンとウォードはそう言いながら立ち上がり、ユリアンは再び剣を握りしめる。
 そして左右、及び龍の後方に分かれて吹き飛ばされたエレン、モニカ、ロビン等に伝える様に、声を張り上げた。

「今度は俺が撹乱する!全員、隙を突いて一気に頼む!」

 言葉と共に一人白龍の前へと躍り出たユリアンは、ロビンとの一騎打ちで放ったものと同じく己の分身を創り出すほどに気配を分散させた動きを展開する。
 白龍は視線でそれを追ってきたが、しかし闇雲に繰り出された鉤爪がユリアンを捉えることはない。
 この瞬間を好機と捉え、エレン、モニカ、ロビンは渾身の攻撃を繰り出さんと白龍へ距離を詰めた。狙うべきは、強固な鱗に覆われていない体の底面付近や、同じく足の付け根あたりだ。
 だが、白龍はそんな彼女等の思惑を嘲笑うかのように、巨大な翼を羽ばたかせ一気に空中へと舞い上がった。

「おいおいあの巨体で飛ぶのかよ・・・!」
「気をつけろ! あれ来るぞ!!」

 愕然とした様子のユリアンの呟きに合わせてウォードが叫ぶのとほぼ同時に、後ろに控えていた雪だるまが先ほどまで白龍のいた場所に集結していたエレン等の側に飛び込む。
 そしてそれらと合わせるかのように、劈く雄叫びと共に白龍の強烈な冷気のブレスが空中から垂直に地面へと向かって放たれた。

「舐めてもらっては困るのだ!」

 雪だるまの言葉は、爆発音にも似た様な暴風の炸裂音で掻き消される。
 直撃していないにも関わらずとんでもない余波で周囲に巻き起こった衝撃波に、離れていたにも関わらずウォードは再び吹き飛ばされた。
 爆風により辺り一面が氷と雪によって白に覆われ、空中にいた白龍も爆心地から数メートル離れた場所に着地して慎重に視界が晴れるのを観察している。
 そして待つこと十数秒で視界が晴れると、思惑と違ったその光景に白龍は低く唸り声をあげた。
 鋭い龍の眼光が見つめる先には、雪だるまを含めた五体の彼の獲物が、なんとまるで無傷で立っていたからだ。

「凄いじゃない。ありがとね!」

 エレンは斧を構え白龍から視線を外さぬまま、雪だるまへと感謝を述べる。

「どういたしましてなのだ。氷銀河に永久氷晶があれば、フリーズバリア多重展開もお手の物なのだ。でも、連発はちょっと厳しいのだ」

 くたびれた様子を器用に表情で表しながら雪だるまがそう答えると、残るユリアンとモニカ、ロビンも自身の得物を構えて白龍へと向き直った。

「次で決めなければいけませんわね」
「だな。だが同じ手は通じなさそうだしな・・・」

 モニカの言葉にユリアンが答えるが、彼の奥の手である分身剣は先ほど白龍に看破されてしまっている。
 すると、まるで己こそが真打と言うかの如く一歩前に進み出たのは、外套をはためかせたロビンだった。

「では、ここはこの怪傑ロビンにお任せいただこう」

 構えの定石とは違いエストックを対峙する相手と反対側に掲げ、徒手の左手を白龍へと向けながらロビンが言った。

「また飛ばれたら厄介だ。翼を狙う。その隙に」
「オーケー」

 エレンが了解で返すと、ロビンは不敵に笑い、そのまま間を置かず一気に飛び出した。
 軌道は、最初のエレンの突撃と同じ直線。対する白龍は牽制をするかの様に、その鋭い鉤爪をロビンに振るう。
 瞬間、白龍の左前方に飛ぶ様に、黒い影が舞う。
 左目だけが生きている白龍が即座にその影を追うと、その影はなんとロビンが先ほどまで装着していた漆黒の外套であった。

「フェイントは小剣使いの十八番だよ」

 フェイントに一歩遅れて白龍の死角である右側に飛び込んだロビンは、強く握り締めたエストックに己の全身を用いた最大回転を加え、渾身の突きを放つ。

「父直伝のスクリュードライバーだ。君が雌なら、クリティカルだな」
「ギャアァァァァァァアアアア!!!」

 ロビンの放った強烈な突きが、白龍の右の翼を抉り千切る。その痛みに白龍が残る片翼を羽ばたかせつつ大きく身を仰け反らせるが、浮かび上がる事は叶わない。そしてこの瞬間ガラ空きになった白龍の懐にエレン、ユリアン、モニカが次々に飛び込んでいた。
 まず硬い鱗を打ち破る様に、エレンが加速した勢いに遠心力を乗せて強烈な一撃を白龍の喉元に叩き込む。
 次いで飛んだユリアンが、鱗の千切れ飛んだ箇所目掛けて渾身の飛水断ちを打ち込んだ。
 二人の攻撃は会心の出来栄えであったし、それに苦悶する龍の咆哮と共に盛大に血飛沫が舞うが、それでもまだその首を落とすには至らない。

「はああああ!!」

 そして最後に飛んだモニカは、構えたエストックにて超速の五段突きを見舞う。
 まるで夜空に煌めく十字星を描いたかの様な強烈な連撃の最後の一突きが、ついに白龍の首を貫通して背中に向かう鱗と断末魔ごと切り飛ばした。

「うおおおお!! やったじゃねーか!!」

 龍の首が地面に落ちるのと殆ど同時に、ブレスの余波で吹き飛ばされていたウォードが、丁度戻ってきつつ歓声を上げる。

「ナーイスモニカ!」
「恐れ入りますわ、エレン。でも、これは皆様のお陰です」

 互いの動きを讃える様にハイタッチを交わしたエレンとモニカは、頭部を失い鈍重な動きで地面に崩れ落ちる白龍の胴体の向こう側へと視線を投げる。
 その先には、氷原の中に突き立てられた一振りの剣があった。

「あれが、氷の剣なのだ」

 白龍の死骸を回り込む様にしてその剣へと真っ先に近づいた雪だるまに続き、五人と一体がその剣の前へと集まる。
 彼らの目の前に突き立つその剣は、名の通り正に全体が氷で形成された不思議な剣だった。
 エレンが徐にその柄の部分を握ると、地面に突き刺さっていた根元部分を覆っていた氷がひとりでに崩れ落ち、氷原の支えを失う。

「へー。まぁ冷たいけど、氷を握っている感じはないねこれ。全然平気」

 ぶんぶんとその場で二、三度振り回し、エレンはユリアンに向かって放る様に投げて渡す。
 それを難なく受け取ったユリアンは、しっかりと両手で握りしめ、カタリナがよくピドナの庭先でやっていた様に構えて刀身を見つめた。

「つ・・・ついに念願の・・・」
「おっと、それ以上はやめたほうがいい」

 思わず口をついて出た遠い昔の口伝をロビンに遮られたユリアンは、気を取り直して氷の剣を構え、数度素振りをしてみる。
 すると通常の剣からは感じられない独特の波動、あるいは霊威のようなものを感じ取ることが出来るが、しかしユリアンが扱うにはこの剣は多少重量があるようだった。大別するならば、これはカタリナが好んで扱う「大剣」の部類だろう。今のチームでいうなら、ウォードが扱うのが適任に思われた。
 しかし、それを差し出されたウォードの返事は随分とつれないものだった。

「おいおい、勘弁してくれよ。一介のハンターに聖王遺物なんて、其れこそ、豚の前に真珠を投げるってもんだ」

 そう言ってウォードは氷の剣を一時的に受け取ることも拒否し、代わりに俺はこれだとばかりに、白龍の死骸を解体し始めた。
 ハンターたる彼にとってそれが宝の山にも等しいものである事は、他のものにもわかる。何しろ龍の体は、実に様々な部位が貴重であり役に立つからだ。主たる部分でいうならば、龍の鱗は呪具や祭事の際に重宝される他、鍛治の素材としても非常に高値で取引される。
 爪はそのまま短剣にできそうなほど鋭く、角も武具となる他、磨り潰して霊薬としても使われる。
 その血肉もまた非常に貴重なものであるとされ、龍の肉を喰らったものは不老長寿を得るなどという伝承まであるのだという。

「でも気になるのは、そのお味よね。折角だし持って帰って食べてみようよ!」

 ウォードが難儀しながら解体している横で、エレンはそう言いながら手にした斧で豪快に龍を捌き始めた。
 ユリアンやモニカ、ロビンの得物は残念ながらそれを手伝える装備ではないので、実に楽しそうに龍を解体する二人をただ興味深げに見守るだけだ。

 ガキンッ
「うぇっ!?」

 すると順調に解体を進めていたはずのエレンが、不可思議な金属の衝突音と共に斧がはじき返されたことに驚いて声を上げた。

「どうかいたしましたの?」
「いや・・・なんかこいつ・・・うわ、なにこれすご・・・」

 モニカが肩越しに覗き込む前でエレンが白龍の体から取り出したのは、なんと一振りの槍だった。

「ほらみて、こいつなんか槍飲み込んでた!」
「へえぇ、凄いじゃん。龍槍ってやつ?」

 ユリアンも何やら感心した様子で槍に注目したが、その槍がどれだけの代物であるのかはよく分からなかった。
 それを取り出したエレンから興味本位で受け取ったモニカが、彼女の中に渦巻く十二将の戦の記憶を頼りに構え、軽く振ってみる。
 するとその大きさからは想像もできないほど軽々と、しかし驚くほどの力強さを備えた太刀筋が垣間見えた。十二将の記憶の持つ戦闘技術を抜きにしても、この槍は間違いなく他の市販の武具とは一線を画した品であることに間違いは無いだろう。

「これは・・・わたくしには詳しい事は分かりかねますが、かなりの業物の様に感じます」
「槍って言ったら、トーマスやシャールさんかな。氷の剣以外にも、いいお土産が出来たね」

 何食わぬ顔で龍の解体を続けながらエレンがそう締めくくり、そのまま二人の解体作業終了を待ってから一行は間もなく帰路へと着いたのだった。

 帰り道に再度氷漬けの少女の元を尋ねると、少女は雪だるまにしか伝わらない言葉で何かを囁いた様であった。
 それを聞いたゆきだるま曰く、彼女は此処でまた数百年の時をかけて再び永久氷晶を作るのだという。それが今の彼女の存在理由であり、またそれを成すことが彼女の夢であるのだという。
 少女がこの地で最後に見た夢は、彼女が作ったゆきだるま達と共に、彼女の生まれ故郷で自由に遊ぶ事なのだ。氷の銀河が存在する限り、いずれ彼女のその夢は叶うはずだ。

 それから数日、エレン達は雪だるまの村に滞在した。
 理由としては何のことはない、帰るためのオーロラの出現を待っていただけの話である。雪だるまによればこの時期の雪の街には、なんと夜が訪れないのだという。ウォードが言うにはそれは白夜と呼ばれる現象であるそうだ。
 その数日の間にエレンたちは何度か雪だるまを連れて氷の銀河を往復し、巨龍を可能な限り解体して食料や素材の確保を行なった。
 因みに食料らしい食料も龍の肉しかなかったために数日の食事はそれで過ごしたのだが、思いの外、龍の肉は美味であったと一同の中では結論づけられた。基本的に龍は肉食のはずだが、この地にあっては肉も何もなかったから何か別の形で栄養の補給を行なっていたのではないか、というのが畜産の経験も豊富なエレンとユリアンの意見であった。
 そして雪の街滞在から四日目、いよいよオーロラの出現を確認することができた。

「ありがとうなのだ。君らのおかげで、最初の少女にも会うことができたのだ」

 雪だるまがそう言ってぺこりとお辞儀の仕草をすると、一行が口々に応える。

「わたくしたちこそ、お世話になりました。お陰様で氷の剣も手に入れられました」
「ありがとうね、すっごい楽しかった!」
「また来るよ」
「共に冒険をした証に、このロビンマスクの予備を一つあげよう」
「世話になったなぁ。飲みの席の話題が一つ増えたぜ」

 そうこう言っているうちにオーロラがエレン達を覆っていき、視界が極彩色に染まっていく。

「君たちに、精霊の加護があらん事を、なのだ。時が来れば、僕らも必ず・・・」

 雪だるまの最後の言葉は、オーロラにかき消されて殆ど聞こえなかった。
 そして程なくしてオーロラが晴れると、エレン達は冷たい風の吹きすさぶ小さな崖の上に立っていた。
 背後にはウォードの組み立てかけのテントが、雪を被った状態で放置されている。そして周囲は暗く、夜が確かに訪れている事を告げている。
 どうやら、無事に元の場所へと帰ってこれたようだ。

「よっし、ユーステルムに戻ろう!」

 エレンの掛け声と共に、一行は意気揚々とユーステルムへの帰路に着いた。

 

 

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第七章・5 -オーロラに包まれて-

 

「あ・・・」
「・・・どうかしたんですか?」

 バンガードの宿で紅茶を飲みながらピドナへの定期連絡を認めていたカタリナの唐突な発声に、窓から身を乗り出して道端の猫と遊んでいたフェアリーが振り返った。

「いえ・・・そういえばポールやエレン達って、氷の剣探索に向かったのよねーって思って」
「あー。ミューズさんは、そう仰っていましたね。それがどうかしましたか?」

 花壇の世話が趣味であり、西の花の種が欲しいとシャールと共に買い物に出かけているミューズを思い浮かべながら、フェアリーがカタリナの言葉に答える。
 それに対してカタリナは羽ペンを持つ手で軽く頭を掻きながら、ぼそりと続けた。

「いや、前にフェアリーに教えてもらった『雪だるま族が氷の剣を守護している』っていうの、そう言えば誰にも伝えてなかった気がして」
「あーなるほどー・・・。うーん・・・・・・。まぁ、きっと大丈夫ですよ」

 空中で腰掛ける様な仕草をしながら腕を組んで考えていたフェアリーは、何かを察知してか、気楽な様子でそう断じた。カタリナが小さく首を傾げて続きを促すと、フェアリーは窓の外の空へと視線を向けながら微笑む。

「ノーヒントの方が、冒険は面白いものですし」
「え、まぁ・・・それはそうかも知れないけれど。それって大丈夫っていうのかしら・・・?」

 得心いかない様子で首を傾げるカタリナに、フェアリーは微笑み返しながらもう一度窓の外を見やる。
 注意深く意識を向ければ、遥か遠くで僅かに力の揺らぎを感じる。それは資格を持つ何者かが神器に近づく事で起こる気配である事を、彼女は知っているのだ。

「でも、ちょっぴり残念です。雪だるまさんには、是非ともお会いしてみたかったのですが」
「それなら私たちも、いつか北に行ってみましょう。その時に会いに行けばいいわ。エレン達が会えていれば、方法もわかるでしょうし」
「・・・はい!」

 ティーカップを片手に柔らかく微笑みながらそういうカタリナに、フェアリーは花のような笑みで返しながらカタリナの近くに置いてある自分用のハーブティーを手に取った。

「あら、なぁに?」
「いえ、なんでもないです」

 文書を書くカタリナのすぐ隣に、あるいは甘えているようにも見えるような近しい距離でちょこんと腰掛けるように浮かび、フェアリーはいつか会えるかもしれない雪だるまへと思いを馳せていた。

 

 

 四魔貴族討伐を聖王が為し遂げてから後、魔王殿を拝する市街地の丘の上に新市街建築の構想が立ち上がり勢いを増す王都ピドナを他所に、一組の男女が港から人知れずヨルド海を渡った。そうしてたどり着いた古都ロアーヌの地を開拓し、その地の初代侯爵として統治を行った聖王三傑たるフェルディナントと、その妻ヒルダ。
 この二人が実は世界地図上で最北の都市国家であるユーステルムの出身であるということは、思いの外広く知られていない事実である。
 そんな稀代の英雄二人を輩したこのユーステルムという都市国家は、商都ヤーマスとツヴァイク地方を結ぶ交易の拠点として、そしてその交易路に沿って聖都ランスへと巡礼する聖王教徒の宿泊地として、北の地に必要不可欠な都市として発展してきた。
 交易の街と巡礼地としての二面を抱えるこの街は、いざその中に入って見渡してみれば、北の地の厳しさと共に生きる実直な民の集まりであることを知ることができる。
 特に今は最もこの地で過酷な冬の時期であり、現地の民は狩りの季節に拵えた備蓄と共に息を潜め、じっと春の訪れを待つのだ。だが、この時期にこそ見ることができるこの地方独自の天体現象としてオーロラがあり、それを一目見ようとこの地を訪れる者も多いのだという。
 しかしそれもここ数年はオーロラ自体が何故か姿を現さなくなったことで観光客の足も遠のいていたのだが、どうやら今年はまたオーロラが出そうだ、というのが地元のハンターたちの空読みの結果なのだという。
 そしてその言葉を信じ、まさに今雪原を進行する者たちがあった。
 すっかり日も傾き夜が近づく一面銀世界の山間の雪原を進む五つの影は、時折強烈に吹き荒ぶ風に凍えながらも、しかし立ち止まることなく着実に歩を進めていた。

「ちょっと・・・あとどのくらいなの!?」

 頭まですっぽりと被ったフードの下では鼻っ柱をすっかり赤くしながら、エレンは先頭を行く大男へと大声で問いかけた。その声量から推察する限り、まだまだ彼女らには十分な余力がありそうだ。

「あーと少しだって」
「それもう三回くらい聞いたわ!」

 エレンのその言葉に後ろの三人も全力で頷き返すと、先頭の大男は、がはははと豪快に笑いながら懐のスキットルを取り出した。

「なぁに、本当にあと少しなんだ。焦らず行こうじゃあないか。ほれ、お前たちもやるか?」

 中身は現地特有の度数の高い蒸留酒を入れているらしいスキットルを一口飲むと、大男はそれをエレンにも勧めてきた。

「いいわよ、自分で買ったのあるし」

 エレンは大男のものには目もくれず、特製の毛皮の外套の内側から丸い形のスキットルを取り出して、その中身を豪快に呷った。通常スキットルは四角い形が多いのだが、ユーステルムの露店で見つけた丸い形のスキットルが非常に可愛く見えたとのことで、彼女のお気に入りだ。

「おぉ、流石いい飲みっぷりだねぇ。ロアーヌの奴らは酒飲みが多いんだなぁ」
「あたしやカタリナさんと同じにみんなを見ちゃだめよ。ね、ユリアン」
「え、あ、おう」

 突然話を振られたユリアンは、モニカを気遣いながらも懸命に返事をする。しかしその返事を碌に聞きもせずにエレンは既に前方へと向き直っており、それに対してユリアンは特に構うことなく、相変わらず大声で笑う大男へと視線を向けた。
 この雪山において彼らを先導するこの大男は、名をウォードという。
 最北都市ユーステルムを拠点として活動するハンターだということだが、ユリアンらがユーステルムに着いた直後に現地案内として彼を雇ったのは、ポールだった。なんでも、以前もカタリナと共にこの地を訪れた時、彼と共にこの地で仕事をしたのだそうだ。

「まぁあのねーちゃんがいねぇのは残念だったが、今度はこうして俺の遠縁の一族に会えたんだ。これも何かのお導きってやつだぁな」
「んなお導きはどうでもいいから、ちゃっちゃと目的地に導いてよね!」
「はっはっは、間違いない。こりゃあ一本取られたな!」

 ウォードとエレンは先ほどから、ずっとこの調子なのである。因みに彼の遠縁というのはなんとモニカのことであり、彼の家系図を辿ると英雄フェルディナントの時代まで遡ってロアーヌ侯族と繋がっているのだそうだ。とはいえウォード自身は美男美女として有名なロアーヌのアウスバッハ兄妹とは似ても似つかない外見なので、普段はこれを話しても誰も信じないそうだが。
 そんな二人の他にこの場にいるのはユリアン、モニカと、あとはロビンだ。
 ユーステルムまで共に来たポールはといえば、どうやらカンパニー関連で厄介な状況が現地で発生しているらしいということを察知し、そちらの火消しに向かうこととなったのであった。なんでも、以前にトーマスらが来訪し商業協定を結んだ北の盟主とも言われる大手「エリック社」が、現地でカンパニーの物件に裏でちょっかいを出していたとのことなのである。
 ポールはこれをこの機に叩かなければならないと判断し、現場調査をエレン等に任せることとしたのであった。
 そして現地調査のリーダーを言付かったエレンは早速「先ずはオーロラを見に行こう!」との大号令を発し、今に至るというわけなのである。

「でも、この道の先にオーロラがあると思うと、わくわくしますわね」

 ユリアンの手を取りながら歩を進めるモニカは、騒がしい前方の二人を微笑ましく思いながらも実のところは自分自身が一番楽しみであるかのような様子で、そう呟いた。
 なんでもこの山間の雪原を抜けた先には小高い丘があり、そこは空の果てまで続かんとするような氷原と、その向こうに北海を一望できる小さな崖があるのだという。ウォードが言うには地元のハンター仲間の中でも一部の人間しか知らない絶景スポットであるとのことで、モニカはまだ見ぬオーロラとその前評判に、密かに心躍らせていたのであった。

「おぉ、目印の大岩が見えてきた。あと少しだぞ」
「もう四回目よそれ!」

 あいも変わらずエレンとウォードは騒がしく歩を進めていく。
 そんな彼らに続いて三人も進んでいくと、ウォードが目印といった大岩を曲がった先には、確かに山間から広大な氷原を望む小さな崖が突き出していたのであった。

「もう間も無く、日が沈むな。こっからは長期戦を覚悟したほうがいい。オーロラは、いつ出るのかわからん気まぐれなやつだ。ここにテント張るから、男衆手伝ってくれー」

 背負っていた荷を下ろしながらウォードがそう言うと、ユリアンとロビンが彼を手伝っている間にエレンとモニカは崖からじっと空を見つめていた。
 陽が落ちたことで辺りは急激に冷え込んできており、張り詰めた空気の冷たさも肌に感じられる。
 白い息を規則正しく一定の間隔で吐き出しながら、エレンは遠く水平に向かって視線を向けていた。

「オーロラって、どんななのかな?」
「どんなものなのでしょうね。アンナ様は光の帯と仰っておりましたが、夜に光る虹のようなものなのでしょうか」

 氷原の先を見つめながらそう言うエレンに、モニカは少し上空へと顔を向けながら答えた。空には太陽に代わり星の輝きが現れ、既に広大な星の海を作り上げている。
 空から視線を下ろせば氷原はすっかり闇に覆われており、目を凝らしても下の様子はあまり伺えるものではなかった。
 この氷原の何処かに、氷の銀河とやらが有るのだろうか。
 モニカが暗い氷原をぼんやりと見つめながらそんなことを考えていると、彼女の背後から野太いウォードの声が上がった。

「おい・・・来たぞ!」

 その声にハッと我に返って、モニカが空を見上げる。するとその視界の端で空と海の境界のあたりに、小さく光り波打つ「何か」を捉えた。
 それは、青くて赤くて、または緑だったり白かったりして、小さな光だと思って居た矢先に、爆発的に空を侵食し薄暗い空を瞬く間に極彩色へと染め上げていく。そしてたった数度の瞬きの間に、遥か遠くからその「何か」は伸び上がる様にモニカ達の頭上に至るまで波打ちながら展開し、あっという間に彼女達のいる小さな崖をも空から包み込む様に広がった。
 それは、モニカが想像していた夜の虹などと言う様な可愛らしい表現に収まる代物ではなかった。
 例えるならばそれは、夜の闇に対して向けられる極彩色による容赦なき蹂躙。または夜が平伏す程の、天を跨ぐ長大な光の道筋。とにかく其れは、想像を絶する規模で紡がれる、偉大なる神の御業に他ならない。
 その息を呑む程の絶景に、しばしその場の面々は言葉を忘れて魅入った。

「・・・こいつは驚いたな。ここまで大きなのは、俺も初めてみる」

 ウォードが最初に我に返り、そう呟いた。
 モニカ達はこれ以外にオーロラというものを見たことが無いので比較のしようはないが、しかしこの光景は人生の中で二度同じものを拝める様な代物ではないであろうと言うことだけを、確信していた。
 そしてモニカらがそのまま言葉を忘れて魅入っていると、その極彩色の奇跡は更なる変容を遂げていく。
 畝り広がる光の帯はいよいよその高度を落とし、遂には小さな崖に立つ五人の男女を包み込んでしまった。

「・・・凄い、オーロラって凄い!!」

 その状況に至ってエレンは興奮の絶頂に達し、そう叫んだ。
 彼女達の周囲は最早薄暗い山間の崖ではなく、極彩色の渦の中。背後に来た道も、眼前に広がっていた氷原も、何も見えなくなっていた。

「・・・おいおい、こいつはなんかやべえぞ・・・!」

 この世のものとは思えないその光景に旅の四人が息を飲んでいる中、ただ一人妙に焦りを見せているのがウォードだった。

「これは、オーロラの現象とは何か異なるのか?」

 アイマスクが飛ばない様に手で眉間を抑えながら、ロビンが慌てた様子のウォードに問いかける。

「あぁ、こんなのは見た事ねぇ。つーか話にも聞いた事がねぇ・・・まるで婆様に聞かされた童話だ・・・!」
「童話・・・か。それは、好都合かもしれないな」

 ロビンがそう言いながらふっと笑みをこぼすのを見て、それどころではない様子のウォードは多少苛つきを見せながら言った。

「おいおい何が好都合だってんだよマスクマン・・・!」
「まぁ見ているといい」

 片手を上げてウォードを制しつつ、ロビンは上を見上げた。
 そこにもまた、極彩色の光が狂い飛ぶ様が見て取れる。

「とりあえず、身の危険は考えなくていいだろう。これが世界の奇跡であれば、我々に仇なす物ではないよ。なぜなら我々は、正義の心を持っているからだ。そしてこれが悪の為す事である事はないだろう。なぜならこの光景は、真に美しいからだ。つまり、我々に危険が及ぶ事はないという事だ」
「おいおいマスクマン、気でも触れたか・・・!?」

 自分の中にはない確信を語られ、ウォードは半ば混乱して頭を片手で抑えながら吐き捨てる様に言った。
 しかしどうした訳か、ロビン以外の三人も、何やら能天気な様子でこの状況に感嘆の声を上げているばかりだ。
 この異常な状態にいよいよ集団で気が触れてしまったのかとウォードが冷や汗をかいている、その矢先のことだった。

「見て、オーロラが・・・」
「解けていきますね・・・」

 エレンの後を追う様にモニカがそういうのとほとんど同時に、彼女らを覆っていた極彩色の光は、それまでの光景が嘘の様に呆気なく空間に溶け、消失していった。
 だが、どうしたことか空を覆う極彩色が消えてもなお、彼女らの周囲はうっすらと明るいままなのだ。
 空を見上げれば今にも雪が降り出しそうなどんよりとした空模様で、その分厚い雲の向こうの低い位置に、輝く太陽が透けて見えた。

「あれ、さっきまで夜だったよね・・・」
「あぁ、そうだ・・・。ってか、ここは何処なんだ・・・?」

 周囲の明るさに驚いて呟くエレンに応えながら、ユリアンは周囲を見渡す。
 彼らは今、先ほどまで立っていた山間の小さな崖ではない、別の何処かにいた。
 左をむけば切り立った崖が聳え立っており、その先は望むべくも無い。そして彼らの正面と右方向には、崖の中腹の空間と思われる一面が雪に覆われた場所で其処彼処に住居と思しき半円型の建築物が点在している。どうやら、其処は村の様だった。
 しかし、どうした訳か人のいる気配は全く感じられない。

「廃村・・・なのか?」
「ううん、でもその割には雪で建物とか隠れてなくない?」

 小さな段差を飛び越えて建築物に近づきながら、ユリアンの疑問にエレンが答えた。
 その建物は触れれば冷たく、木や煉瓦で作られたものではない様だった。

「・・・こりゃあ、イグルーだな。雪で作る簡易住居みたいなもんだ」

 ここでやっと冷静さを取り戻したのか、ウォードがエレンの後に続いて建物に近づきながら言った。

「えーこれ雪で出来てるの!」
「そうだ。しかし、こんなにデカくてしっかりしたイグルーは俺も初めて見たなぁ」

 初めて目にするイグルーをパシパシと叩きながら感心した様子のエレンとウォードの脇で、今度はモニカが何かを見つけ駆け寄った。

「まぁ、見てくださいユリアン。これはひょっとして、雪だるまでは?」

 ユリアンが呼びかけに応じて振り向いた先では、モニカが二つ並んだ等身大程度の雪像らしきものを色々な角度から眺めているところであった。

「あー、確かに雪だるまだ。そういや昔作ったなー。シノンじゃそこまで雪は降らないから、こんな大きなのは作れないし土でばっちいのばっかだったけど」

 そう言いながら雪だるまに近づき、ぽんぽんと頭を叩きながら幼少の思い出に耽る。
 しかし、そこでふと疑問に感じた。
 果たしてこの雪だるまを作ったのは、一体誰なのか。
 その疑問が浮かんでからよくよく周囲をユリアンが見渡すと、この村と思しき場所には多くの同じ様な雪だるまが乱立しているではないか。
 しかも恐らくはその全てが、しっかりと形を保った状態だ。雪も余計に積もった様子がない。つまり、作られてからそう時間が経っていないという事になる。

「兎に角、ちょっと探索してみようではないか」

 ロビンの発声を機に、五人は雪だるまばかりが立ち並ぶ村の中を歩いて回った。
 矢張り何処にもこの村の住民は居らず、だがまるでイグルーの中はつい最近まで誰かが生活をしていたと思えるほど、全く風化の痕跡がない。
 まるで彼らが此処に来る直前に住民が突如として神隠しに遭ったのではないかと思えるほど奇妙な空間の中で更に彼らを混乱させたのは、なんとイグルーの中にまで設置されている雪だるまの数々だった。

「ユーステルム周辺では、雪だるまを聖人像か何かにでも見立てる習慣など有られるのです?」
「うんにゃ、祭り事ででかい雪の像を作ることならあるが、それくらいだぁな。ここまで並んでると、奇妙なもんだぜ・・・」

 モニカの問いに答えるウォードを先頭に、一行は村の中でも一等大きなイグルーへと侵入した。そこまで大きくない集落であったので、ここが探索できる最後の建物だ。
 雪で作られているとは思えないほど内装もしっかりした作りであり、イグルーの中には下へと向かう階段が掘られている。そしてその先は、なんと地下室まであるほどの広さを誇っていた。
 その階段を降りた先にも矢張り雪だるまが三体程有るだけで、矢張り人の気配はない。
 この場所で村の中は粗方見回ってしまったが、なんの発見もなく状況が変わる様子もない。
 さてどうしたものかと皆が顔を見合わせる中、エレンは部屋の奥に鎮座する雪だるまの一つに近づいて、先ほどモニカがしていた様に改めて雪だるまを観察していた。

「なんか分かったのか?」
「いやなーんにも。でもここの雪だるま、みんなちゃんと目と眉毛の飾りがついてるの可愛くない?」

 そう言いながらエレンが雪だるまを撫で回すのを見つつ、ユリアンは腕を組んだ。

「女子のそういう可愛いって感覚は、いまいち男には分かんないよな。なぁロビン」
「うむ・・・まあ恐らくは、『これは正義か悪か』というような二極化の意味合いで『可愛いか可愛くないか』という二者択一の判断を行なっているのではないだろうかと思うが・・・」
「・・・俺は男の感覚もわからなかったんだなぁ」

 ユリアンとロビンがそのような雑談に花を咲かせていたまさにその刹那、それは起こった。

「ウギャアアアアアアァァァァァァ!!!???」
「うわあああああぁぁぁぁ!!?」

 突如その場に巻き起こった二つの絶叫に、全員が声のした方へと振り返る。
 そこには、絶叫を発した一人であり、驚いた様子で尻餅をついているエレンがいた。
 そしてエレンの前には、呻き声と共に盛大に雪面をのたうち回る、大きな雪の塊があった。
 それは、先程までエレンが撫で回していた雪だるまだった。

「うぐううう・・・そ、そこを触っちゃダメなのだ!」

 そして有ろう事かエレンを始め他の四人も唖然としている中、どういう原理かむくりと起き上がった雪だるまは苦しそうに目を瞬かせながら言葉を発したのだった。

「雪だるまが、しゃべった!!」

 エレンは目の前の雪だるまに遅れて立ち上がると、臀部に付着した雪をはたき落とすのも忘れ、ただただ感嘆した様子だ。

「動いちゃダメじゃないか!」

 続いて何処からか発せられた声は、これもまたユリアンら一行のものではなかった。
 その声にいち早く反応してユリアンとロビンが振り返ると、奥の雪だるまから彼らを挟んで反対側、階段の方に鎮座していた二体の雪だるまが新たに動き出して顔(と思われる面)を奥の雪だるまへと向けていた。

「だって、目を指で突き刺されたのだ・・・流石に痛いのだ・・・」

 好奇心に駆られたエレンの惨たらしい仕打ちが度を過ぎていたのだと主張する雪だるまに対し、他の二体は流石に同情を隠せない様子だった。
 やがて、その間もあまりの出来事に身動きが出来ないでいるユリアンらに対し雪だるま達は向き直った。

「ばれてしまっては仕方がない」

 そう言って一歩(足らしきものが見当たらないので、この表現が妥当かどうかは議論の余地があるだろう)ユリアン等に対し距離を詰める雪だるま達。素早く臨戦態勢を整えるユリアン達。
 だが雪だるまから発せられた二の句は、ユリアン達に取っては大いに予想外のものであった。

「雪の町へようこそ!!」

 

 

 魔王生誕以前の遥かな昔、北海へと続く峠と極寒の境界の間に、その町は気が付けば存在していた。
 とは言え、少なくとも最初は町などというようなものではなく、只々意思ある力が漂う力場というだけだった。
 それがある時、人界から気まぐれなオーロラに導かれて人間の少女が一人、その力場へと迷い込んだのだという。
 力場に漂う意識体は、その思わぬ来客に好奇心から接触を図った。肉体を持たぬ意識体は思念を用い、その少女と意思の疎通に成功した。少女は、その場所で小さな雪だるまを作った。そして一体の勇気ある意識体が、その小さな雪だるまと自身の結合を試み、初めて意識体は物質としてその場に存在する事に成功した。
 物質となった事で子供と発声を介して意思疎通を行えるようになった意識体は、子供とともに幾つも雪だるまを作った。それに次々と意識体が宿り、雪だるまは瞬く間に増えていった。
 だが明くる日、雪だるまに囲まれて寝ていたはずの少女は、二度と起き上がらなかった。
 それから少女と同じように幾度か来訪した人間が同じ結末を辿るうち、それが凍死であるということに気がついた雪だるま達は、切り立った崖を削り、訪れた人間が凍えぬようにと暖炉を備えた部屋を一つ作ることにした。
 そうして幾百年の月日の間に、この雪の町が作り上げられ、今に至る。

「・・・という設定なのだ」
「設定かよ!」

 まるで古い童話を聞いているような面持ちでそれを聞いていたユリアンたちは、雪だるまのオチに盛大にツッコミを入れた。
 彼らは今、設定によれば人間を迎え入れるためにわざわざ作ったらしい暖炉のある部屋で、雪だるまとそんな話を繰り広げていた。
 因みにこの時点で、オーロラさえ出れば雪の町から帰ることは可能だということは雪だるまから確認出来たので、こうして寛いでいるというわけである。更に補足するならば、この部屋は非常に暖かいのだが雪だるまはこの場所では魔力行使によってか解けずに居られるのだという。

「幾人かが犠牲になるというさり気無く残酷な描写が、昔の童話という感じがしますわ」
「うん、それを狙っているのだ。あんまり来ようとする人が増えても、ここは人間が住み続けられる環境ではないので危険なのだ」
「へぇ、雪だるまってのも色々考えてんだぁなぁ」

 ウォードが何やらいたく感心した様子で雪だるまを見ている横で、エレンが挙手をする。

「はいそこのポニーテールの女の子」
「あたしはエレンよ。んで、今のが設定なら本当はどういうわけで雪だるまが動いてて、こんなところがあるの?」

 雪だるまは、その問いに対して表情だけで見事に考えを巡らす様子と、辿り着いたであろう思考結果を吟味する様子を表したのち、こう言い放った。

「わからないのだ」
「わかんねーのかよ!!」

 珍しくツッコミに回ったユリアンの横で、ロビンは何故か雪だるまのその言葉に感銘を受けたように頷いている。

「何故自分が存在するのか、それは確かに分からぬものだ。それは人も雪だるまも同じということなのだな」
「今はそんな話じゃねーよ!?」

 忙しそうなユリアンを尻目に、今度はモニカが挙手をする。

「はいそこの金髪の女の子」
「私はモニカと申しますの。雪だるま様は、氷の剣について何かご存知ですか?」

 ここでモニカが今回の遠征の核心に迫る問いを発すると、雪だるまは彼女らのいる暖炉の部屋の奥に視線を向けた。
 そこには、一見なんの変哲も無い扉が設置されている。

「氷の剣なら、あっちにあるのだ」
「隣の部屋にあんの!?」

 あまりの展開の早さにユリアンの対応力が追いつかなくなったところで、エレンが颯爽と立ち上がり扉の方へと歩いていく。
 そして徐に、その扉を開け放った。
 瞬間、まるで空気が凍りついたかと思われるほどに一気に冷気が広がり、暖炉の火が全く意味をなさなくなる。

「そこが、氷の銀河なのだ」

 扉を開けたその先は部屋ではなく、なんと氷原だった。そして氷原は視界の先で間も無く途絶えており、その向こうには広大な一面の湖が広がっていたのだ。
 雪だるまの町は夜だというのに明るかったが、その扉の先は見上げる先が薄暗く、夜のようだ。だが全方位から蒼く淡く発生している幾つもの光が、その空間を仄かに照らしている。
 そして蒼い光と同時に強烈な寒気がその空間を支配しており、そこは雪だるまの町以上に温度が低い場所であることが分かった。
 部屋の中にいる今でさえ相当の冷気を感じる事が出来、長くそのままでいると感覚が麻痺してくるのが容易に想像できる。

「うわぁ、本当に星みたい・・・」

 寒さも忘れた様子でエレンが扉から上半身を押し出して湖面を覗き込むと、どうやら空間に溢れる蒼い光は湖の中からも発せられているらしかった。

「成る程これは、氷銀河と名付けられたのも納得ですわね」

 両腕を抱き込むようにして寒さを凌ぎつつ、モニカもエレンの肩のあたりから顔を出してその光景に魅入った。

「早く扉を閉めて、こっちに戻るのだ。その格好では凍ってしまうのだ」

 扉の前で呼びかける雪だるまに従ってエレンとモニカが扉を閉めて暖炉に戻ると、確かに二人の衣服や髪には気づかぬ間に細かい氷の粒が短時間で幾つも付着していた。

「氷の銀河は、人がそのまま入っていられる場所では無いのだ。しっかり対策をしないと凍えて死んでしまうのだ」

 さらりと恐ろしいことを宣う雪だるまに一同が耳を傾けていると、続いて雪だるまはこう言った。

「氷の剣を取りに行くのだろう? 連れて行ってくれなのだ」

 

 

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