第五章・5 -手掛かりを求めて-

 

 連なる見事な鍾乳洞を伝い、今まさに重力に導かれるままに滴り落ちた水が作る波紋が、岩の隙間からしんしんと湧き出る泉に広がる。
 そうして長い年月を経て洞内に溜まった其処彼処の水溜りの幾つかには、窮屈そうにしながら小さな魚達が泳ぎ回っていた。
 その名の示す通りに大きなアーチ状の地形をしているここ南国グレートアーチ半島には、この様な天然洞窟が複数箇所に渡って存在する。
 それらの天然洞窟は大小の差も様々で其々に特色もあり、そのうちのいくつかは人の手が入って観光名所的に知名度があったりなどもした。
 だが今現在ハリード達がいる洞窟は人が頻繁に出入りした様な形跡がなく、しかし妙に道らしい道が随所で削り出されているという、なんとも奇妙な様子の場所であった。
 抑も侵入の仕方からして一般的な様子がなく、サウスビーチから随分離れた場所に広がる切り立つ崖の下、そこの潮が引いた時にだけ現れる小さな入り口に小舟で侵入するという具合だったのだ。
 エレンなどはすっかりこの風情に感極まった様子で驚嘆し、松明を片手に意気揚々と先頭を歩きながら周囲を物珍しげに見渡している。
 それに続くハリードは、張り切るエレンの背中を見守りながらも注意深く辺りを観察していた。
 そして更にそのすぐ後ろには、義足の片足をなんのハンデとも感じぬ様子で悠々と二人について行くハーマンの姿があった。

「・・・左は何もないぜ。右に進みな」

 何度目か、分かれ道に到達するたびに背中から飛んでくるハーマンのナビに沿ってエレンは素直に分岐を右に折れた。
 松明に照らされた洞内は先が見えずかなり広いようだが、こうして一行はハーマンの指示に従って奥へ奥へと進んでいたのだ。

「・・・で、回収したいものってのはなんなんだ。その様子じゃあ、オーラムじゃないんだろう? いい加減教えてくれてもいいんじゃないか?」

 道すがらで、なんとゆうに千を超えるオーラムを宝箱から回収したハリードは、これはグレートアーチの洞窟探索が冒険者に人気なのもわかるとほくそ笑みながらハーマンに聞いてみた。

「・・・まだ先だ。黙って進みな」

 対するハーマンは仏頂面を隠しもせず、それだけ言って黙ってしまう。
 その様子にもなんら気を揉むことなく、ハリードはふんと鼻を鳴らしただけで前に向き直る。
 こうして彼ら三人がこの洞窟に入ってから、一時間程が経とうとしていた。

 事の発端は、宣言通りにハリードと会った日の翌々日、昼前にホテルバランタインに訪れたハーマンだ。
 彼はフロントでハリードを呼びつけるや否や、開口一番に南の洞窟に行くから付き合えと言い出した。一昨日の夜に口にした「回収したいもの」がそこにあるから、だそうだ。
 昨日のうちに潮の引き時間を目視で推測したらしいハーマンは、今からいけば入れる、等とその時点では意味の通じぬ言葉でハリードを急かした。
 そこに丁度通り掛かったエレンが二人の会話に興味を示し、カフェで特大サンドウィッチのお弁当を用意してついてきた、というのがここまでのあらすじとなる。

「っと、こいつもとっておかねぇとな」

 突然大岩の隙間に入り込んで岩陰の目立たない場所に無造作においてあった質素な箱に歩み寄ったハーマンは、乱暴に蓋を蹴り開けてその中から一振りの荒々しい形状の斧を取り出した。

「わ、かっこいい!それなんていうやつなの?」

 斧を得物とするエレンはそれを後ろから覗き込みつつ、取り出された斧の珍しい形状に声をあげた。

「こいつか? こいつはな、バイキングアクスさ。お前のグレートアクスよか小振りの片手斧だが、手練れが使えば横薙ぎ一発でロングシップはおろか、キャラベルのマストすら両断出来るんだぜ」
「へぇ、凄い!」

 恐らく船の名前なのだろうということくらいしか彼女には分からなかったが、兎に角凄そうだったのでエレンは思ったままに口にした。
 わりかし素直なその反応にハーマンは気を良くしたか、そこからは自らが先陣を切って洞窟内を苦労無く進んで行く。
 あまりに義足であることを感じさせないその動きにハリードが只々感心しながら眺めていると、流石にジロジロと見過ぎたのか、ハーマンがただでさえ皺だらけな眉間にさらなる皺を寄せて睨み返してくる。

「なんだ、戦人が義足を珍しがるんじゃねぇよ」
「・・・長靴履いてりゃ、あんた、義足とも思われないだろ。だから珍しがるのさ」

 ハリードのその答えにハーマンはもう一度だけ眉間に皺を寄せたが、悪態をつくでもなく無言で前に向き直った。
 そのまま平然と崩れた道の向こう側へと飛び移り、最早持っていることに意味があるのか分からない杖を肩に乗せながら、煙草に火をつける。

「まだな、俺の左足はあんだよ」

 たゆたう煙と共にぽつりと呟かれたその言葉に、今度はハリードが足元の水たまりを踏み抜きながら眉間に皺を寄せる。
 水が跳ねたと怒っているエレンを無視して歩き続けていくと、大きく開けた洞内の地底湖に差し掛かったところで、ハーマンが岩でできた三メートルほどの段差を見上げながら、再度ぽつりと呟く。

「感覚がな、あんのさ。だから俺の左足はまだ、ある。一番回収してえのはそれなんだが、そのためには恐らくあいつが必要でな」

 段差の間にあった岩をくり抜かれて作られた階段を登ると、そこには松明の明かりを浴びて妖しく光り輝く、荒々しくも見事な削り出しをされた黄金色のイルカの像がおもむろに置かれていた。
 それにハーマンが無造作に手を延ばした、その瞬間。
 前触れなく天井からシュルシュルという耳障りな空気の摩擦音と共に、巨大な蛇が落下しながら彼に襲いかかった。

「・・・!」

 同時にエレンとハリード達の背後からこちらも大きな両棲類と軟体動物が突如として現れ、三人を囲むように陣取る。
 だが、ハーマンはゆらりと姿勢を直しただけで先ほどと変わらぬ緩慢な動作のまま、イルカ像を手にとった。
 一方でハーマンに襲いかかったはずの大蛇は、それに合わせるかのように一瞬身を引き、牽制するように彼の様子を伺う。

「そういやこんな仕掛けもしてたな。こいつ等は三竦みだ。この状態じゃあなんにもできねぇ、単なる脅しよ」

 イルカ像を乱暴に麻袋に突っ込むと、ハーマンは先ほど回収したバイキングアクスではなく手持ちの杖を構えながらニヤリと笑った。

「三竦みだが、どれかの個体にプレッシャーをかけるか、均衡が崩れるか。其の何れかで、容赦なく襲いかかってくる。一噛みされたら御陀仏だぜ。熱帯の奴らは総じて毒性が高いからな。一撃で仕留めろ」

 まるで子供に言い聞かせるように気楽な口調でそれだけ言い、ハーマンは腰を低くする。
 それに合わせてハリードが無言でカムシーンを自らの視線の高さで水平に構え、エレンはグレートアクスを肩に乗せて誰よりも低く腰を落とした。

「多分あたしの打撃が一番遅い。タイミングは任したわ・・・!」

 それぞれに対峙した状態で背後の二人に向けて小さくそう言ったエレンは、岩肌を踏み抜かんばかりに強烈な一歩だけを踏み出すと、足場の悪さも気にせずに高らかに飛び上がった。
 それに合わせて彼女の高度を確認し、次にハリードが動く。これまた滑りやすい足場を巧く駆け、エレンの大上段の振り下ろしに合わせて目の前でうねる巨大な軟体動物に迫る。
 その両者の斬撃が息もぴったりに其々の標的に食い込まんとする正にその刹那、ここで漸くハーマンが手持ちの杖の柄を握った。
 そして凄まじい衝撃音と共にエレンの振り下ろしたグレートアクスが標的となった両棲類を真っ二つに斬り飛ばすのと、疾風の如く駆け抜けざまに数多の斬撃を相手に一瞬で叩き込んだハリードの急停止が重なる。
 そしてその攻勢を終えた両者の視界の隅には、三竦みの均衡が解かれ猛り狂って目の前のハーマンに襲い掛かる大蛇の姿が掠めた。
 だが大蛇はハリード等が振り向くより前に突然その軌道を変え、斜め上空に飛んだ。
 その首から、数十センチだけを。
 大きく放物線を描いた大蛇の首はエレンの手元へと狙い澄ましたかのように飛び込み、思いの外可愛らしい甲高い悲鳴を上げた彼女の豪快な戦斧のスイングによって彼方へと吹っ飛ばされた。

「はん・・・道理で変な音がしやがると思ったぜ。そいつはやっぱ仕込み刀か」

 ハーマンが右手に携えた細い刀を見て、ハリードがニヤリと笑いながら言った。
 一見して杖のように見えていたハーマンの得物は、柄の部分から内部に刀を秘めた暗器だったのだ。

「ふん。お前はあの桟橋から気付いていたな。つくづく、ただの傭兵なんざ笑えねぇ冗談だ」

 何が面白いのか、ハーマンはハリードの言葉ににやりと笑ってそう返すと、ゆっくりと刀を収めて二人に振り返った。
 一人事情がわからないという表情のエレンを置き去りに、男二人はその後に目線だけで会話をして再び歩き出す。

「っと、ちょいと急いでここを出ねぇと不味いぞ。これ以上潮が満ち始めたら、この辺にいるとあっという間に魚の餌だぜ」

 先ほどよりも明らかに水位を増している地底湖の水面を覗き込みながら、ハーマンが二人に声をかける。

「こっちから崖の上に出る道がある。いくぞ」

 相変わらず義足だと言う事を忘れさせる足取りで軽やかにハーマンが岩を跳び移っていくのを追いかけ、ハリードたちは洞窟を後にした。

 

 

 ハリード達の財宝探しより数日が経った後、遂にカタリナと彼等は合流を果たした。
 心なしか全体的にボロッとした印象になっていたグレートアーチ到着直後のカタリナをビーチで見つけたエレンが周囲の視線をものともせずに大絶叫しながらカタリナに飛びつくと、存外呆気なくエレンに押し倒されたカタリナは、はにかみ笑いをしながら心配をかけた事を素直に謝った。
 そのままの姿勢で自分の後ろで二人を見つめて微笑ましく佇んでいるフェアリーを簡単に紹介すると、これまたエレンは驚きの声をあげながらフェアリーにまとわり付いた。
 そしてそのままの勢いでホテルバランタインに案内されたカタリナは、そこにいたハリードやポールと顔を合わせ、此方でもフェアリーを紹介しながら、あの嵐の夜に大海原に投げ出されてからの経緯を手短に語った。
 それはあまりに現実離れした体験談だったが、その確固たる生き証人としてフェアリーがここにいる事、そして神々しき月下美人の刀身をこっそりとその場で拝見した一同は、納得する以外の術を持たなかった。

「こっちもカタリナさんの合流を首を長くして待ってたんだ。ちゃんとあの手紙も受け取って、件の人物とコンタクトもとってある」

 ポールがカタリナを労いながらそう言うと、カタリナは三人の働きに感謝しつつ、しかし先ずは切実にまともなご飯と風呂を求めた。

 

 夕刻。なだらかな山間に沈む緋色の夕日を背に相変わらずサウスビーチの桟橋に立って海を見つめていたハーマンを確認したカタリナは、その姿を見て一瞬目を細め、ゆっくりと近づいていった。
 その気配に気がついてハーマンが振り向き、カタリナとハーマンは数歩の間をとって対峙する。
 その場まで案内をしてきたハリードは、彼女らの少し後ろでそれを見守っていた。

「・・・お前が俺を指名した依頼人とやらか。随分遅れてのご登場だな」

 カタリナとハリードを交互に見てから事情を察知したハーマンは、随分と斜に構えながら値踏みする様にカタリナを眺め、くわえ煙草で口を開く。
 それに対してカタリナは直立不動でハーマンを見返し、やがて肩を竦めて後方を指し示した。

「ハリードに、近くに座れるところがあると伺いました。 立ち話もなんですから、宜しければそちらで話を致しましょう」

 しかしその言葉にはぶすっとした表情でハーマンが動かずにいると、カタリナはそれを何等気に揉むことなく再度催促をする。それにややあってハーマンが渋々応え、三人はそのまま以前にハリードが案内されたハーマンの行きつけと思われる場末の酒場へと足を運んだ。

 

 恐らく直す気もないのだろうことが伺える崩れ気味の扉を開けて店内にはいると、マスターが愛想のかけらもない無言の視線で迎え入れる。
 珍しくその目線がすこし細められたのは、どうにもこの場に似つかわしく無い風体の女が客の中に一人いたからだろうか。
 ガタガタと揺れるすわりの悪い円形テーブルに腰掛けた三人は、ハーマンがおもむろに注文を飛ばすまで暫し無言で相対した。

「では改めて。初めまして、ハーマンさん。私はロアーヌの騎士、カタリナ=ラウランと申します」

 どこか取っ付きづらさを感じるカタリナのその名乗りに、ハーマンは煙草に火を付けながらふんと鼻を鳴らした。

「ロアーヌ、か。そんな遠方の国の騎士様が、こんなとこまでわざわざご苦労な事だ。そりゃあ到着も遅れるわけだな」

 程なくして運ばれて来たグラスに手を付けながらハーマンがそう言うと、カタリナは面倒な事情をこの場で話すのも躊躇われ、無言でその様に理解してもらう事にした。

「それがどうあれ、先に別の人間を寄越した非礼は詫びます。申し訳ありませんでした。して、凡その話は既にハリードから聞いているかと思いますが」
「俺はお前に会ったことなんざねぇが、何故お前は俺を知っていて、尚且つ指名した? その目的はなんだ? それがまず分からねえ」

 カタリナの言葉を遮るように声を重ねたハーマンは、申し訳程度に設えられた燭台越しに遠慮なく睨みを効かせながらカタリナを見た。
 その視線にたっぷり十秒弱程も真正面から無言で応えたカタリナは、やがて自分の目の前に置かれたグラスで唇を軽く潤してから、何故か決まり悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。

「私の今の目的は、ピドナの神王教団幹部の正体を暴くこと。奴らが海賊ジャッカル一味の残党だという可能性が上がったので、暴くにはそのあたりの情報に精通した人物が必要だと判断したのです。そして貴方を指名した理由は・・・ある人物に、紹介されたからです」
「紹介だぁ・・・?」

 怪訝な表情でハーマンが聞き返すとカタリナはこくりと頷き、そのまま言葉を続けるかと思いきや、ややあってから手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干した。

「・・・はぁ、やめやめ。堅苦しい喋りじゃ話が進まないわ」
「・・・は、なんだ、粋な飲み方もできるじゃねえか。その方が助かるね」

 ハリードがやれやれと言った様子でグラスに手をつけるのに気が付いてかおらずか、カタリナはふんと一息鼻を鳴らしてから再度口を開いた。

「寧ろそれは私が聞きたいくらい。貴方を紹介してきたのは流れの聖王記詠みだったのだけど、そういったのは貴方の知り合いにいるかしら?」
「聖王記詠み? 歌好きは何人も知っちゃいるが、そんなつまらん歌を好むやつはしらねぇな」 
「・・・でしょうね。そんな顔してるもの」
「・・・あぁん?そりゃどういう意味だ?」

 褒めたのよ、と言って新しくドリンクを注文したカタリナに、どこか釈然としないといった表情のハーマンもグラスを空けて続く。
 そしてドリンクが運ばれてくるまでの間に無駄だろうとは思いつつも一縷の望みを込めて手短に詩人の特徴を話して聞かせ、覚えがないかを再度問うた。

「・・・やっぱ知らねぇな」

 全く以て予想通りの応えにカタリナが隠さずに落胆すると、ハーマンは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「・・・どっちかっていうと俺の方が気持ち悪りぃぜ。知らねぇ奴からピタリと特徴を言い当てられて紹介されるなんざ、よ」

 確かにそれはそうでしょうねと同意したカタリナは、うーんと唸りながら肩を竦めてため息をついた。

「・・・まぁ、知らないのならこれ以上そこについて話すのはよしましょう。それより本題が優先だもの。まぁそんな訳で貴方のことを私は知らないで探してみたんだけど、実際ホントにジャッカルのことについては詳しいの?」
「・・・おめぇはもう少しばかり言葉遣いが堅苦しい方が、可愛げがあるな」

 ブスッとした表情でハーマンがそう返すと、グラスを傾けながら余計なお世話だとカタリナが眉を顰める。

「詳しいも何も、俺はジャッカル一味を実際に見たことがあるからな」
「本当に!?」
「あぁ。だが抑も、まだ協力するなんて俺は言ってねぇ。その前に確認したいことが残っているんだ。その答え次第じゃあ、お前の案件に乗ってやってもいい」

 こちらの出方をからかい半分に窺うようでいて、しかしハーマンの口調にはどこにも遊びがない。そんな空気を感じたカタリナは、続きをどうぞと促してグラスを傾けた。

「・・・そこの男から聞いたが、そのピドナの神王教団の正体を暴く目的の一つに、聖王遺物があるらしいな?」

 ハリードのことをちらりと見ながらハーマンが確認するように聞くと、カタリナは素直に頷いた。
 それを瞬き一つせずに確認したハーマンは煙草の煙を吐き出しながら、まるで脅しつけるような眼つきで言葉を続けた。

「お前はその聖王遺物で、四魔貴族に喧嘩を売るつもりなのか?」
「・・・」

 酔いもそれほど回っていない状態で真顔で聞くには本来あまりに突拍子のない冗談のような問いかけだろうが、その質問を向けられたカタリナにとってはそれこそジョークの類などではなく、腰を据えて考えねばならない事柄だ。
 恐らくその情報の一端を喋ったのであろうハリードをちらりと見てから、次にカタリナは目の前の男がこの質問をしてきた真意を探るようにその表情を読み取ろうとしながら口を開いた。

「・・・あら、聖王記がお好き? 私も十二将を率いての討伐の行は胸踊らせて読み耽ったものだけど、流石に」
「茶化すんじゃねえよ」

 速攻で遮られる。
 続く言葉を飲み込んだカタリナの前でハーマンは煙草の煙を燻らせながら、すっと目を細めた。

「此間ハリードに言われてから思い出したが、何ヶ月か前にピドナで起こったっつう『予兆』・・・とんでもねぇ瘴気にピドナ市街が覆われたとかいう謎の怪奇現象・・・。お前、それに関わっているな?」

 内心でどきりとしながら、カタリナはまじまじとハーマンを見返した。まさかあの時の事が遠くグレートアーチにまでこうして伝わっていようとは思わなかったのだ。
 その思考が表情で伝わってしまったのか、ハーマンはどこか確信したような表情をしながら、より迫るような口調で言葉を続けた。

「ピドナの魔王殿には、魔戦士公アラケスの守護するアビスゲートがあると言われてるな。お前が単騎で喧嘩を挑んだっつーのは、アラケスなんだな?」

 聞いてはいるもののまるで答えがわかっているかのように、ハーマンはカタリナが答えるより先に立て続けに質問を重ねてくる。
 そしてハーマンの口が閉じられてからほんの数秒、漂う紫煙と共に僅かな沈黙が場に訪れた。その間に幾つかの切り返しを頭の中で模索したカタリナだったが、最早これ以上の様子見や余計な探りは無意味であろうと判断し、ため息一つの後に素直に頷くことにした。

「・・・ええ。その通りよ。その確認が、今回の案件に関わること?」

 ハーマンの瞳から彼の思惑を覗き込むように、答えて反応を待つ。
 だがギラつく生気の塊のような彼の目からは、カタリナにはなにも読み取ることが出来ない。

「・・・お前は理解してんのか?聖王遺物そのものや、それに関わるものに手を出すことの意味が」

 その言葉に、カタリナは数度目を瞬く。
 無論の事、その言葉の意味が分からないわけではない。なにしろ聖王遺物に関わるという状態が引き起こした事件は彼女の身の回りでは、それこそ嫌という程起きている。
 だがそれを指摘出来る人物というのは、同じくそれらに関わったものだけのはずだ。だとすれば、目の前のこの男はつまりそれだという事なのか。
 しかし仮にそうだとして、である。それを知る人間が聖王遺物に関わろうとするような内容の案件に対して、その関わりの深さ如何を以て参画の是非を決める判断材料とすることの真意とは、どこにあるのだろうか。

「・・・意味は分かるし、実際に恐怖・・・そうね、それに対する恐怖もあるわ。ただ、その恐怖に駆られて顔を背けていても・・・逃れられるものでも、過ぎ去ってくれるものでもないもの。だから、今回の案件における聖王遺物の取得という項目は、後に起こり得るそれらの事態への対策としても重要だと考えているわ」

 実際のところはそこ迄先の話を具体的に考えているわけではないが、これは抑も考える迄もなくそうなってしまうのだろうなと、ある種の予測が彼女の中にはあった。
 何しろ、アラケスが自分を殺さなかったことから妖精族の長にアウナス討伐を依頼されたことまで、彼女がそう感じるに至った経緯はこれまでにも枚挙に暇がないのだ。

「なので喧嘩云々に対する返答としては、その可能性を完全否定はしない・・・ってところ。今はそれ以上は言えないわ」

 膝の上で手を組みながらカタリナがそう述べると、ハーマンは瞬き一つせずに紫煙を周囲にまき散らし、そして半分ほど灰と化した煙草を床に落として踏みつけた。

「・・・いいだろう。付き合ってやる」

 一端それだけを言うと、ハーマンはグラスを空にしてゆっくりと立ち上がった。

「先日の武装商船団がくらった魔物襲撃騒ぎで、エデッサの海上保安隊から海域調査終了まで渡航禁止令が温海に出てやがる。出立は早くて一週間後だろう。その頃にそっちに行く。何かあるならここか、桟橋に来い」

 懐から新しい煙草を取り出して火を付けると、そのままハーマンは此方を振り返ることもなく、ゆっくりとした足取りでその場を去って行った。
 その姿を、カタリナとハリードは無言で見送る。

「・・・ここって、領収証は出るのかしら・・・」

 あまりに自然に出て行ったものだから見逃してしまったが、飲み代を払う気が一切なかったハーマンにその時点で気が付くと、カタリナは期待を込めてカウンターの方を覗いた。
 そこには、抑も字を書くということをしたことがあるのかどうかを疑問に感じる風体のマスターが、相変わらずの仏頂面でそっと煙草に火をつけていた。

 

 

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第五章・4 -桟橋の老人-

 

「爺さん、あんたがハーマンか?」

 グレートアーチのサウスビーチにある桟橋で、ハリードは海を眺めていた男に背後から声をかけた。
 幾人かの地元民から聞く事が出来た情報で、既にこの人物の容姿と名前、よくいる場所はわかっていた。
 その声に反応してゆっくりと振り向いたその白髪の男は、義足の左足を引き摺りながら杖をついている。聞いた情報そのままだ。
 顔に刻まれた深い皺は老人のそれだが、それにしてはえらく鋭い隻眼の眼光がハリードを見返してきた。

「なんだ、ブラックの財宝のありかを知りたいのか? 100オーラムで教えるぜ」
「・・・それは無用だ」

 ハリードが辟易した様子でそう答えると、ハーマンと呼ばれた男は不機嫌そうに表情を歪めた。

「・・・じゃあ何の用だ。わざわざ名指しで来た要件ってのは」
「・・・ブラックの・・・いや、ジャッカルの事に詳しい人間を探している。あんたなら、何か知ってるんじゃないかと思ってな」

 ジャッカルという言葉に、ハーマンの眼光は一層鋭く剣呑さを帯びた。
 当たり。そう確信したハリードは、ハーマンの視線を真っ向から受け止めて言葉を待った。
 数秒の間ゆっくりとハリードを観察したハーマンは、鼻を鳴らして姿勢を崩した。

「ジャッカルなら十年前に死んでいる。そんな事ぁ俺でなくても知ってるさ」
「ああ、そうだな。だが、どうやらそのジャッカルの亡霊がピドナにいる様でな。それの判別をできる程度に詳しく知ってる奴を、探しているのさ」

 怪訝そうな顔をするハーマンを前に、ハリードは淡々とそう言った。

「亡霊だと?」
「そうだ。あんた、何か知らないか?」

 一瞬押し黙ったハーマンは、杖をカツカツと桟橋に当てながら無精髭を撫でた。
ハリードがそれに目を細めると、ハーマンは不意に桟橋をビーチに向かって歩き出す。

「詳しく聞かせろ」

 とても義足とは思えない早足で歩いていくハーマンに、ハリードは無言でついていった。
 砂浜を歩いていくハーマンを後ろから眺めていたハリードは、内心で何とはなしに違和感を感じとる。
 どうにもこの老人が、ハリードの目からみると何か不自然なのだ。
 どうやら腕に覚えがあるようだし、口ぶりからすると海賊事情についても詳しいようだが、地元民からこの男の事を事前に聞き込んだ時は、昔からいる偏屈な爺さんだとしか言われなかった。
 しかしハリードが見る限りでは、この男がどうも老境の瀬に至った人物に思えない。それどころか、どこか自分に近い様な何かをすら感じてしまう。それがどう言った類の直感なのかはイマイチ彼にも分かりかねるようだが、兎に角不自然さだけは感じるのだ。
 そんな事を思いながらハリードが連れていかれた先は、何の事はない、しなびたビーチ外れの酒場だった。
 半分壊れた戸をくぐっても視線をよこしただけで無言の店主と、柄の悪そうな数人の客。意外とこういうところの方がうまい酒があるんだよな、などとハリードが考えていたところで、ハーマンは空いていたテーブルにどかりと座り込んだ。

「おいジジイ。いつものくれ」
「ジジイにジジイと言われたかねぇよ。ツケは効かねえぞ」
「いんだよ、財布がある。二つくれ」

 そう言って手を振ったハーマンを見て、店主がハリードに視線を寄越す。
 それに対してハリードが肩を竦めながら席に座ると、店主は手元を動かし始めた。

「・・・で、ジャッカルの亡霊ってのはどういう事だ」

 くたびれた白のジャケットから煙草を取り出して近くのテーブルから引っ張ってきた燭台で火をつけながら、ハーマンは半眼でハリードに問いかけた。
 ハリードは椅子に半身だけ座りながら、逆に質問を返す。

「・・・あんたは、神王教団を知っているか?」
「あん? 宗教に興味は無ぇが、名前くらいは知ってる。それがどうした」

 言いながらハーマンの吐く南国特有の匂いのきつい煙草の煙に顔を顰めたハリードは、顔を背けながら応えた。

「ピドナの神王教団のお偉方連中がな、なんでか挙って赤珊瑚のピアスをしてるのさ。そしてあいつ等は何故か聖王遺物を血眼になって探しててな。そしたら、二年前にピドナで起こった聖王遺物の絡む殺しの事件の中で、ジャッカルっつーキーワードが出てきた」

 赤珊瑚のピアス、そしてジャッカルの言葉に、ハーマンは露骨に眉間に皺を寄せた。
 それには反応せずにハリードが黙って続きを待つと、ドリンクが運ばれてきたタイミングで漸くハーマンがグラスを持ち上げながら再び口を開いた。

「・・・そいつ等がジャッカル一味だったとして、お前はそれをどうする気だ?」

 問うと言うよりは試すようなその言葉に、ハリードは一瞬考えるように顎に手を当て、徐に肩を竦めて自らもグラスに手を延ばした。

「・・・ジャッカル一味だったとして、そいつ等をどうするわけじゃない。その事実を餌に、それの背後にいるやつ等にまずは一発叩き込みたいのさ。あとは・・・聖王遺物を回収するくらいかね」

 言い終え、グラスに口をつける。
 不純物が混じり混んでくすんだ質の悪そうなロックグラスに注がれた琥珀色の液体は、ウィスキーか何かかと思いきやフレーバーの効いたスピリッツのようだった。

「・・・聖王遺物なんて集めてどうする」

 まるで新鮮な空気に深呼吸をするかのように煙草の煙を肺一杯に満たし、長く細い煙にして吐き出しながらハーマンが言った。
 ただその質問は単なる興味本位なのかなんなのか、声色も先程の問いかけより気の抜けたものだ。
 しかしこれには、ハリードもどう答えたものかと一瞬考えあぐねる。だがあまり深く考えずに口から出ただけの事なので、それに対して多少頭を捻ってみたところで、どうにも大した理由は出てきそうになかった。

「・・・さぁな。それは手に入れてから考える。お宝なんて、そんなもんだろ」

 目線を合わせずにもう一口グラスの中身を舐めるように啜りながらそう言うと、テーブルの向こうではハーマンが鼻で嗤うのが聞こえた。

「はっ、そうだな。お宝ってのはそういうもんだ」

 ハリードの言を気に入ったのか、上機嫌にグラスを傾けながらハーマンは身を乗り出して来た。

「・・・で、てめえは何者だ。何故ジャッカルの事を俺に聞いてきた?」

 ガタンと肘をテーブルに叩きつける音に、店内の視線が二人に集まった。
 およそ老人が放てるとは思えない覇気を身に纏い、射殺さんばかりの視線がハリードに突き刺さる。
 米神を抜けて頭頂に向かって走るような寒気にニヤリと口の端を釣り上げたハリードは、癖でカムシーンの柄に手を掛けながら、しかしゆっくりと肩を竦めてみせた。

「・・・さあな。何故かは確かに俺にも興味はあるんだが、残念ながら知らん。知りたいなら、依頼主に直接聞いてくれ。それと、俺は単なる傭兵だ」

 ハリードのゆらりと躱す様な返答に、ハーマンは一瞬だけピクリと皺だらけの表情を揺らすと、ケッと洩らして再び椅子に背を預け、グラスを傾けた。

「単なる傭兵が聞いて呆れるぜ。んで、その依頼主ってのは何者だ」
「依頼主は・・・人類最強の女、かな」

 思わず口をついて出たハリードのその言葉に、ハーマンはたいそうなしかめっ面を披露した。それの言わんとする所が流石に伝わったのか、ハリードは苦笑いをしながらグラスに口をつける。

「いや、別にふざけて言ってるわけじゃないぞ。それこそ単騎で四魔貴族と喧嘩する位だからな。過言じゃないだろう」
「・・・四魔貴族だと?」

 隻眼を数度瞬きし、ハーマンは何故か四魔貴族という単語にえらく過敏に反応した。
 その変化にハリードが思わず露骨に目を細めるが、ハーマンはお構い無しにハリードに詰め寄った。

「そいつは四魔貴族を殺そうとしてんのか? 聖王遺物を集めるのは、それが目的なのか?」

 まるで仇敵の名を聞いたかの様に突然表情に怒気が走ったハーマンをハリードは怪訝に思いながらも、グラスの中の氷を指で回しながら口を開いた。

「・・・それも、俺の知る所じゃない。そんなに興味があるなら、ついでにそれも直接聞けばいいだろう」
「そいつは何処にいる」

 直ぐ様返ってくる質問に、ハリードは肩を竦めながらグラスの中身を飲み干した。

「さあな。今は分からない。だがあと数日もすれば、このグレートアーチで合流できる予定だな」

 そう言うとハリードは酒場の店主に向かってもう一杯同じものを、とサインし、ゆっくりと立ち上がった。

「・・・尤も、依頼主が質問に応えるかどうかは、おたくが依頼主にとって適う人物かどうか、ってとこが重要だろうがな」

 自分の事を目線で追いかけてきたハーマンに対してそう言うと、ハリードは懐から1オーラムコインを取り出した。

「・・・こいつは前金だ。そいつと、あと一杯はいけるだろ?」

 後半は、グラスを運んできた店主に問いかけた。
 それに店主が眉を上げて応えると、ハリードは満足した様にコインをテーブルに置いてハーマンに背を向ける。

「待て」

 そのままこの場を立ち去ろうとした所を、予想通りと言うべきか、嗄れた声に呼び止められる。
 それに振り返らずに立ち止まって言葉を待ったハリードに、ハーマンが続けた。

「依頼主っつーのが来るまでの間は、てめぇは何処にいるつもりだ?」
「・・・バランタインに宿をとっているが、それがどうした?」

 ハリードの答えに、ハーマンは口笛を吹きながらグラスを傾ける。グレートアーチ随一の高級ホテルを冷やかしたのだろう。
 そして手元近くまで灰になって火種の消えていた煙草を床に放り捨て、新しく取り出して火をつけた。

「事と次第に寄っちゃあ、手を貸さんでもない。だが、だとすれば回収しておきたいもんがあってな。明後日そっちに行くからよ。得物を磨いて待ってろ」

 ハーマンの言葉にふんと鼻を鳴らしたハリードは、そのまま振り返る事なくその場を立ち去る。
 椅子にもたれながらそんなハリードの背中を鋭く眺めたハーマンは、ひとりでにニヤリと笑みを浮かべながらグラスの中身を一気に呷った。

 

 

 いくら世界広しと言えども、恐らく妖精族の長にあれ程まで頭を下げさせたのは自分が初めてなのではなかろうか。
 場違いにそんな事を考えながら、カタリナは二度とは味わえぬかも知れない未知の浮遊感覚に酔いしれた後、ふわりと大樹の根元へと降り立った。
 訪れた時と変わらぬ穏やかな木漏れ日の照らす美しいその場所を記憶の隅に仕舞おうと見渡す間に、フェアリーが風に舞いながらすぐ隣に降りてきた。

「・・・本当にいいの?」

 確認の意味を込めて、カタリナが尋ねる。
 風に揺れる葉音に意識を向ける様に上を向いていたフェアリーは、投げかけられたその言葉に躊躇いなく頷いた。

「妖精は見た目はか弱い感じですが、実は結構強いんですよ。特にアールヴ族などは過去にこの密林において最強の名を欲しいままにし、魔王亡き後から三百年前の四魔貴族討伐に至るまでには、あのアウナス配下の妖術師を撃退するのにも活躍しました」

 そう言ってにこりと微笑んだフェアリーの小柄な体は、上半身が微かに揺らめく薄い絹の様なものに覆われている。
 なんでもこれはフラワースカーフと言われるものだそうで、人の目から妖精の羽を隠してくれるのだそうだ。過去にはこれを用いて妖精も人里に下りる事があったのだとか。
 そして腰のあたりには布で覆われた、その身の丈に不釣り合いな長さの槍。
 これはアーメントゥームと呼ばれる形のもので、妖精族の間では伝統武器なのだそうだ。カタリナにはどうにも土地柄に似合わぬ得物にも感じられたが、そこはあえて彼女が気にするところではなかろう。
 つまるところ、フェアリーはあたかもこれから旅に出ます、的な格好をしているわけなのだ。
 それに平然と頷き、こちらも新たに腰に差した見事な意匠の太刀を慣れない手つきで支えながらも、颯爽と歩き出すカタリナ。

 場面は、一昨日の夜に遡る。

『本当にごめんなさい!』

 閉じた瞼の向こうで舞う月光に誘われてうっすらと瞳を開ければ、まず最初に二人の妖精の大変に申し訳なさそうな顔と、そんな言葉が聞こえてきた。勿論それも重なって、二人分。
 如何な理由があってこの状況なのかは起きぬけの頭では欠片も理解したくなかったカタリナだったが、ただ少なくとも、安易に妖精の差し出すティーカップに口を付ける事はしてはならない、という事は身をもって理解していた。

「まさかティーの用意を手伝ってくれた子が、祈りヒナゲシを入れてるなんて思わなくて・・・」

 カタリナが目覚めてから通算六回目くらいの時だっただろうか。フェアリーはまたしても深く頭を下げながら、確かそんな事をいっていた。
 妖精の悪戯好きは、どうやら伝記以上に深刻だったようだ。
 因みに祈りヒナゲシとは妖精達のみが持つ生成法の、睡眠を誘発する飲み薬だそうだ。元来睡眠作用のある雛罌粟の乳汁を過度に濃縮させたものにカモミールの蜜を混ぜながら更に煮詰め、満月の次の夜明けに太陽に顔を向けた葉から滴る朝露と割って作る薬、なのだそう。
 何やら製法だけ聞いているととても美味しそうで、実際ティーは美味しかったような覚えがうっすらとあるのだが、どうにもカタリナには効果覿面過ぎた。
 この事については長も非常に遺憾であったようで、あわや土下座してしまうのではないかと言うくらいにカタリナは謝られた。
 眠り自体は非常に上質なもので寝覚めも良かったので気にしないで欲しいと、 フォローと言えるか微妙な持論を展開して取り敢えずその場は納めたカタリナ。
 そうしてなんとか居眠る前の話題に戻ったところで、少なくともカタリナには優先するべき事項があり、更に自らに課せられているらしい八つの光の使命に関しては同僚(?)と審議中であることを、ここまでの簡単な経緯と共に素直に伝えた。
 この問題については長も現時点での即決を強くは求めていなかったようで、カタリナが示した前向きな姿勢で快く納得をしてくれた。

 問題はといえば、実はこの後である。

 昨今の情勢を感じ取って今回カタリナを里へと招く判断に至った妖精族の長は、頼むばかりでは申し訳ないから何かしら自分にも出来る協力を、としてカタリナに一振りの太刀を差し出してきたのだ。
 差し出されたそれは、かつてカタリナが魔王殿で見た少年が手にしていたような、反りのある細身の大剣。
 その剣は見れば誰もが惚れ惚れするような絢爛たる意匠の鞘に収まり、抜刀すれば大業物固有のしんと冷えた霊威が刀身から滲み出て辺りに静かに広がった。
 その余りの威風に、カタリナは思わず身震いしてしまうほどの代物であったのだ。
 銘を、月下美人。これは聖王の時代より遥か以前、魔王の時代にまで遡り、代々妖精族最強のアールヴが振るってきた太刀だという。
 当然そんなものは受け取れないと大慌てするカタリナだったのだが、長は長で頑として譲らなかったものだから、断れない性格のカタリナは最後には深々と頭を下げながらこれを受け取る羽目になる。
 ここにおいて更に計算外であったのが、月下美人を受け取った直後で何事も断り辛い雰囲気の中、どうした訳かフェアリーがカタリナの旅路に同行したいと名乗り出たことだ。
 曰く、この先は、人だけの責任などではないから。
 そう言って同行を願い出たフェアリーの言葉の意味は、カタリナには分からなかった。
 だがそんな事はお構い無しに長は大変納得された様子でこれまたカタリナに頭を下げながらお願いしてくるものだから、もう好きにして頂戴とカタリナが匙を投げるのに、そう時間はかからなかった。

 それから一日の妖精の里観光を行った後、その明朝カタリナとフェアリーは妖精達に見送られ、密林の西の端、人からはジャングルへの入り口と言われる集落、アケへと向かって出立するのだった。
 そこからグレートアーチのサウスビーチ行きの定期船に乗り、ニ、三日後には目的地へと到着する予定だ。

 

 

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