第三夜:クレイジー×ライオンハート

 

—カランカラン…コロロン…——

「いらっしゃい」

 イスカンダールから見て左側の扉が勢いよく開き、それに合わせて軽快にドアベルが響き渡る。
 やけに背後が騒がしい外界から自然体で店内に入ってきたのは、最新の流行とは言い難い、黒でキメたシャツとスラックス、そして淡いピンクのネクタイが特徴的な男だった。
 店内に足を踏み入れたその男は、カウンターのイスカンダールに視線を寄越すと、少し驚いたように瞳を見開く。
 それに合わせて、イスカンダールはイタズラっぽくニヤリと笑って見せた。

「やぁ、ロスター捜査官。なかなか久しぶりじゃないか」
「おいおい、イスカンダールのおっさんじゃねーか。いつの間にマンハッタンに店繋げたのよ・・・ってかロスター言うな。ヒューズでいい、ヒューズで」

 黒い男-ロスター捜査官もといヒューズは、肩にかけていた特注ジャケットを椅子の背に放ると、どかりと席に腰掛けた。そして早速胸ポケットから紙煙草とライターを取り出し、箱から直接煙草を口に咥え、火を着ける。
 その一連の動作に合わせて、こちらもガラス製の灰皿を彼の前に出してやった。
 このヒューズという男、BARイスカンダリアには珍しい「常連」の一人だ。
 イスカンダールの知る中ではかなり科学文明が発達している世界である「リージョン」と呼ばれる世界の住人で、なんでも治安維持に関わる国家公務員なのだそうだ。
 科学がかなり発達した世界にいるからか、彼はこの店が何らかの技術により独立した空間である、ということにも気がついている。彼流に言わせれば、ここは彼らの世界の何処かにある「イスカンダリアという名のリージョン」ということらしい。

「ふぅ〜・・・。ったく、トリニティのお膝元は気兼ねなく煙草吸える場所が最近めっきり減っちまったから、ここは助かるぜ」
「ふふ、マンハッタン周りは随分そのあたりの規制も厳しくなってきたらしいからな。クーロンあたりで飲む方が肌に合ってるんじゃないか?」
「まぁな・・・俺だって好き好んでマンハッタンなんざ来たくねーけど、仕事だったんでな。でもクーロンはクーロンで飲むといっつも何かしらトラブるんだよなぁ・・・。ほら、やっぱ俺って仕事出来ちまうからさ、事件が俺を放っといてくれないのよ」

 そう言いながら、ヒューズは左手でグラスを振るジェスチャーをする。これは彼が「いつもの」を飲みたい時にする仕草だ。

「まぁクーロンは事件のない日なんてないだろうからな。敏腕捜査官は大変だな」

 ヒューズの軽口にニヤリとしながら返しつつ、イスカンダールは背後の棚からウィスキーのボトルを一本取り出す。
 彼がこの店に来た時には、実は同じボトルしか飲まない。
 そういった好みの酒が決まっていてそればかりを飲む客は案外バーでは珍しくないが、この男ほどそれが徹底しているタイプは流石に珍しい。
 おっと、ならばそのボトルを買って家で飲んだ方が安上がりでは、なんて思ってもらっては困る。
 お気に入りの一杯を、バーで飲む。そこにこそ、大いなる意味があるのだから。
 丁寧に磨き上げられたロックグラスを、そっとグラス棚から取りあげてヒューズの前に置く。そこに予めアイスピックで削り出しておいた丸氷を氷室から取り出し、軽く整形し直して落とす。
 あとはウィスキーをボトルからそっとグラスに注いでやると、パチパチと氷が液体を浴びて溶けていく魅惑的な音が店内に響く。
 薄暗いオーセンティックバーのカウンターで、煙草を燻らせながらこの甘美な音に耳を傾けている瞬間。それは、さながら教会でマリア像を前に跪き祈りを捧げるが如く、儀式的な様式美すらも感じる。

「そうそう、偶には敏腕捜査官にも休暇が必要なのさ。このアクアヴィーテと共にな」

 アクアヴィーテとは『命の水』を意味する言葉だが、お気に入りのウイスキーが命の水とは、実に彼らしい言い回しだ。
 そう言いながら目の前に差し出されたロックグラスを手に取り、さっそく軽く一口飲む。
 そしてすかさず右手の指に挟んでいた煙草を咥え、新緑を前に深呼吸するかのように深く息を吸い、細い煙と共にゆっくりと吐く。
 そして、お決まりの至福の表情を浮かべるのだ。
 全く、いつもながら実に美味そうに酒と煙草を嗜む男である。
 普段の言動は残念ながら三枚目そのものなのだが、こうして黙って酒を飲んで煙草を燻らせていたなら相応にモテるだろうに、とは思いつつも、口にはしない。そういうところも含めて、ヒューズという客なのだ。

—カランカラン…コロロン…——

 まるでヒューズの一連の儀式が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、ヒューズが来たのとは反対側の扉が、またしても軽快なドアベルの音と共に開く。

「・・・うぉっ、こりゃマズったか・・・?」

 こちらにも聞こえるように一人呟きながら店内を覗き込んできたのは、都会的なヒューズとは対照的に冒険者風の格好をした男だった。
 歳の頃は、ヒューズとそう変わらないくらいか。短めに切り揃えられた逆毛にうっすらと無精髭を生やした、いわゆるワイルド系イケメンといったところだ。こりゃあ女泣かせだろうな、というのがイスカンダールには見ただけで分かる。

「いらっしゃい。おたくは・・・ほう、ヴェスティアからか。その風貌だと、ディガーかヴィジランツってところかね。なに、そんなに心配しなくても大丈夫。ここは格安でやっているんでね」
「こんな高級そうな構えしてて、ホントかぁ・・・? 俺はカネはあんまりもってないぜ?」

 そう言いながらも、男は特段物怖じした様子もなく入ってくると、ヒューズと一つ飛ばしの位置の椅子に腰掛けた。

「心配の必要はないぜ。このおっさんの言うことは本当さ。なんならツケもきいちまう、最高の店だ」
「お、そりゃ有難いね」
「おいおい・・・せめて原価分くらいは回収させてほしいもんだがな」

 早速ヒューズが軽口を交えて新規来客を歓迎すると、男もすぐさまそれに反応してニヤリと笑いながら返す。
 この感じ、どうやらこの2人はなかなか馬が合いそうだ。

「俺はリッチ。ディガーだ」
「なんだ、すげぇ金回り良さそうな名前じゃんか。俺はヒューズ。天下のIRPO様よ」
「ははっ。まぁ、名前と違ってカネはないんだけどな。だが美人を引っ掛ける時の鉄板ネタなんで重宝してる。よろしくな、ヒューズ」

 そう言いながら2人は軽く握手を交わす。

「お、なら是非ともお手並み拝見と行きたいとこだな。よし、俺から一杯だすから、チャンスあったら一枚噛ませろよな。おっさん、俺からリッチに一杯!」
「お、いきなり悪いねぇ。じゃあエールをもらえるか?」
「・・・ヒューズ、出したからには今日ツケはダメだからな?」

 そう言いながら、イスカンダールは足元のビア樽とビアサーバーをセットする。
 この店ではエールビールも樽生形式で用意しているのだが、毎回のサーバー清掃が面倒なので、オーダーされない限りは繋げていないのである。きっとこれはBARあるあるだろうと、イスカンダールは勝手に思っている。

「へぇぇ、ディガーってのはつまりお宝探しをしている冒険家ってことか。そのロードレスランド?っつーリージョンは俺は知らないが、冒険家っつーのはロマンがあっていいねぇ」
「はっはっは、何ならロマンしかねぇけどな。むしろこのご時世でディガーを知らん奴にあったことの方が俺は驚きだが、どうやらここは俺の勝手知ったる場所とは違うっぽいしな・・・別に嫌な感じじゃないが、随分と独特のアニマを感じるよ」

 ピルスナースタイルのグラスで入れたところで、リッチはすぐに飲み干してしまいそうだ。なので、初来店サービスのつもりで大きめのジョッキにエールを注いでいく。
 この店の樽ビールはいくつか種類があるが、エールビールはペールエールという種類を用意している。ペールエールは一般的なビールに比べても色が淡く、麦のコクが強めだったりホップが効いているのが特徴のビールだ。イスカンダリアでは、その中でも柑橘系のホップが感じられるペールエールを用意している。

「はいよ、お待ちどうさま」
「おぉぉ、ガラス製のジョッキだなんて、なんか緊張するなぁ。そんじゃ、いただきます!」
「おう、かんぱーい!」

 リッチとヒューズはお互いにグラスを掲げ、同時に杯に口をつける。
 こちらにもしっかり聞こえてくるほど喉を鳴らしながらジョッキの半分くらいまでを一気に胃に流し込んだリッチは、軽く音を立ててグラスを置くと、とても驚いたような表情と共に息を吐き出しながらジョッキを見つめていた。

「こいつは美味いな!いつもの濁ったエールとは訳がちがうぞ・・・!」

 そうだろうそうだろう、とイスカンダールは内心で頷く。
 ここの酒はイスカンダール自身が様々な世界を飛び回り選抜した、極上のものばかり。美味くないわけがないのだ。
 なにしろビールひとつとっても種類が豊富な上に、最近は小規模生産ビール、いわゆるクラフトビールが流行っているおかげでバリエーションが爆発的に増加しており、イスカンダールとしても店に何を置くべきであるのかという点は、非常に頭を悩ませる問題なのである。
 その大いなる葛藤を勝ち抜いて店内に置かれているエールに、ハズレなどあろうはずもないのだ。

「いい飲みっぷりだねぇ!よしきた、折角だしおっさんも一杯やってくれよ!」
「ふふ、ではお言葉に甘えさせてもらおうか」

 ヒューズが調子付いてきたので、ここはお言葉に甘えて自分も一杯頂くことにする。
 こうも目の前で美味しそうに飲まれては、流石にこちらも飲みたくなるのは仕方がないことだ。それこそ、かみすらも認める人間のサガであろう。
 イスカンダールが自分用のエールを注いでいる間にも、男2人はお決まりのような話題に花を咲かせていく。

「はぁー流石にモテるねぇ。で、リッチはそのディアナって子と今回のユリアって子、どっちか決めてんのか?」
「いや、なんつーか俺は根無し草でいいと思ってるタチだからなぁ。あんま1人に絞ろうって考えたことはないんだよなー。まぁ、もしガキでもできたら考えるって感じだな」
「羨ましい話だぜ。こっちなんか受付のかわい子ちゃんもべっぴんの同僚も全然相手してくんねーってのに。俺にも1人くらい紹介しろっての。そうだな、さっき話に出てたエレノアってオネーサンあたりがいいな」
「おいおいヒューズ、お前結構趣味悪いぜ。あいつは確かに見てくれはイイが、ありゃ優男をはべらすタイプだ。今回も若いのを連れてたしな」

 2人の下世話な話の間を縫うようにして、イスカンダールが控えめにエールの注がれたグラスを掲げる。するとヒューズとリッチは再度お互いの杯を持ち上げ、本日2回目の乾杯の声が上がった。
 こうなると、もう男3人での呑みの場だ。普段よりもペース早く、次々にグラスは傾けられていく。

「いやードールは絶対俺に惚れてると思うんだよなー。でもクールぶってる恥ずかしがり屋ちゃんだから、なかなか俺の誘いにノッてこねーのよ」
「さっき見せてもらった変なクヴェルに写ってた子か。確かにめちゃくちゃいいオンナだったな。俺の周りにはクール系ってあんまいないんだよな。あー、でもお袋が昔はちょっとそんな感じだったってタイラーさんが言ってたかな」
「タイラー?無責任そうな名前だな」
「いやいや、タイラーさんはすごい人だぜ。なにしろあのギュスターヴ公と戦地で肩を並べたことがある程の人だったんだ。俺もディガー始めたての頃、めちゃくちゃ世話になったもんだよ」
「ギュスターヴ公・・・確か、鋼の十三世、だったか。その名前は流石に私も聞いたことがあるな。ぜひ一度は会ってみたいものだがね」

 男3人ともなれば、酔いも加速して話は次々に移り変わっていく。
 はたして本日のお会計は、ツケにならずに済むのかどうか。
 イスカンダールの唯一の心配事は、とにかくそこに尽きるのであった。

 

 

登場したお酒

  • ヒューズの「いつもの」

特に産地がどうのというのは文中では触れていませんが、完全に勝手なイメージで、ヒューズが飲んでいるのは「ジャックダニエル(No7)」だと思っています。めっちゃ似合いそうだと思いません?(笑
なので、味的にはテネシー(バーボン)、原材料はとうもろこしのウイスキーということになりますね。流石にヨークランドでは作ってなさそうですかね。
さらに余談ですが、ヒューズが吸っている煙草の銘柄は、個人的にはラッキーストライクかなって勝手に思っています。ジャックと共にアメリカン合わせですね。

  • ペールエール

冒険者といえば、木製ジョッキで派手に「プロージット!(乾杯!)」のイメージですね。
これも作中で産地など触れていませんが、やはり現代日本で流通するビールのイメージが強いです。まぁアンリミテッドならきっとこの世界にも来れるんでしょう(適当
ペールエールはイギリス発祥で、アメリカでホップ強めが発展したとも言われます。筆者が好きな家飲みビールが「よなよなエール」というペールエールスタイルのビールなのですが、味は完全にそれをイメージしています・・・笑
元々一番好きだった「バスペールエール」が日本に輸入しなくなってしまったのが、非常に残念です・・・あれほど美味しいビールが(以下略

 

 

イスカンダリア:メニュー表へ

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第二夜:妹と妹分

 

—カラン…コロン…——

「いらっしゃい」

 イスカンダールから見て左側の扉がそっと開き、控えめにドアベルが響き渡る。
 しかし、開きかけた扉自身がドアベルの音に驚いたかのように途中でびくりと止まり、僅かに外界との間にできた隙間からひょっこりと、あどけない顔つきの少女が顔を覗き込ませてくる。
 そして少女は、店内を恐る恐る見渡した。
 イスカンダールは、一先ず様子見に徹する。
 栗色の長い癖っ毛をサイドと後方で束ねた少女は、店内をキョロキョロと見回す最中でうっかりイスカンダールと視線が交錯すると、なんとも気まずそうに無言で会釈してきた。

「人を探しているのかい?」
「あ・・・は、はい。あの・・・お姉ちゃんを・・・」

 か細い声でそう答えてきた少女は、イスカンダールに視線を合わせず節目がちだ。
 どうやらこれは、中々の人見知りの様子。

「お姉さんか。残念ながら今日ここに来たのは君が1人目だが、不思議とこの店には、なんらか縁のあるお客さんが集まるんだ。ここで待っていたら、見つかるかもしれないよ。良かったら座っていくといい」
「あ・・・はい、それじゃあ・・・」

 そのまま開けた隙間から店内にするりと入り込み、なるべく音が鳴らないように静かに扉を閉め、少女は不安そうに胸の前に手を当てながらバーカウンターへ近づいてきた。

「・・・おや、君もピドナから来たのか。縁は続くものだな」
「え、あ、はい・・・。ここ、ピドナのお店・・・ですよね?」

 イスカンダールの不思議な物言いに、ピドナから訪れた少女は意表をつかれたような顔で首を傾げた。

「ふふ・・・そうだとも。先日も、銀髪の女騎士が寄ってくれたよ。名前は確か・・・カタリナだったか」
「あ・・・社長も来たんですね」
「・・・騎士かと思っていたが、経営者だったのか。私の観察眼も鈍ったかな」
「あ・・・いえ、カタリナ社長は確かにロアーヌ騎士ですけど、カンパニー経営もしていらっしゃるんです。私も一応、その会社で秘書をやってます」

 見知った人物の話が出てきたからか、少女は幾分安心したような面持ちでイスカンダールに言葉を返した。
 いい傾向だ。折角バーに来たからには、こうして少しでもリラックスしてもらわねば。

「それは、お勤めご苦労様だな。さて、折角来たのだし何か飲んでみないかね。勿論飲めれば、の話だが」
「あ・・・はい、少しなら飲めます」

 まだ少し遠慮がちな様子で上目遣いに頷くと、少女はイスカンダールから差し出されたメニューを開いた。
 聞くところによれば、幾つもある次元の中には20歳まで飲酒を禁止している世界などもあるそうだ。
 だがピドナを包する世界をはじめ、大抵の世界では幼少のうちから飲料としてのアルコールを飲む習慣がある。
 なにしろどの世界でも基本的に飲料としての水はアルコール飲料に比べ腐りやすく、貴重なのだ。

「あの・・・じゃあこれ、お願いします」

 少女がメニューから指差したのは、フレッシュフルーツを使った季節のカクテルだった。

「今はピドナは・・・夏か。季節に合った良いチョイスだな。すぐご用意しよう」

 そう言ってイスカンダールは慣れた手つきで後ろのボトル棚へ手を伸ばし、何本かのボトルを取り出して目の前に並べた。
 そのまま流れるような動作でカウンター下の氷室から新鮮なフルーツを取り出し、そこにナイフを入れていく。

—カランカラン…コロン…——

 イスカンダールがカクテルを作っている最中、先ほど少女が入ってきた扉とは反対側の扉が勢いよく開いた。
 そして勢いよく顔を覗き込ませてきたのは、これまたなんと、先客の少女とほとんど変わらないと思われる年頃の少女であった。
 青い髪を後ろに束ねた姿の新たな少女は、店内をキョロキョロと見渡した。

「あれー? もーリサちゃんここにもいなーい!」
「・・・いらっしゃい」

 手は止めないままでイスカンダールが声をかけると、青い髪の少女は臆することなくカウンターの方へと歩み寄ってきて、イスカンダールと先客の少女の前に立った。

「あのー、ここにこーんな感じの、気が強そうなお嬢様風の女性って来ませんでしたー?」

 少女はなにやら身振り手振りで人物像を表しながら、イスカンダールへと喋りかけた。

「いや、今日はそんな感じのは来てないな。君は・・・ほう、コハン城から来たのか。旅の途中かな?」
「あーおじさん、あたしのことケイ州人ぽくない田舎者だと思ったんでしょー。まぁその通りなんだけどねー」

 少女はころころと表情を変えながらイスカンダールに相対すると、そのまま「動き回って喉渇いちゃった」と言って目の前の椅子に腰掛けた。

「一応ここはバーなんだが・・・君はイケる口なのかい?」
「うーん普段あんまり飲まないけど、ちょっとならイケるよー?」

 青い髪の少女はそう言いながら、にっこりと笑顔を作る。
 百戦錬磨のイスカンダールには、既に分かっている。このタイプは、実際はかなりの酒豪で間違いない。しかも、強かに酔ったふりを巧みに使い分けられるタイプであろうと見た。

「そうか。今ちょうどこちらのお客さん用に桃を使ったカクテルを作っているんだが、君も桃で何かどうかね」
「桃!好き!あたしも飲みたーい!」
「よし承った。少し待っていてくれ」

 ちょうど取り出した桃は半分を使うところだったので、もう半分も使えるのは鮮度管理的に店としてもありがたい。
 とはいえ同じカクテルでは芸がないので、別のものを作るとしよう。
 そうしてイスカンダールが別のボトルなどを用意している間、新たな客の登場にすっかり人見知りを発動して固まっていた先客少女に対し、全く当たり前の流れのように青い髪の少女は話しかけたのであった。

「あなたはここの人?この店よく来るの?」
「あ、いや違くて・・・あの、お姉ちゃんを探してて・・・」
「えーそっちも人探しー?あたしもだよ!あたしが探してるのはお姉ちゃんじゃないけどー」

 少女2人の会話が繰り広げられていく中、今日の来客は随分と若いなぁ等とイスカンダールは考えながら、半分に切った桃をすりおろしていく。

「あたしセシリア。あなたは?」
「私は・・・サラ・・・」
「サラね、よろしくー!ってかサラ、メグダッセで会った子にちょっと似てるね!サラもカイコウ族なのー?」
「かいこう・・・? 私は、シノンの生まれだけど・・・」
「シノン? 知らない場所!どんなところなの?」

 すりおろした桃と絞ったレモン汁に、シュガーとグレナデンシロップをほんの少量シェイカーに入れ、氷を詰めて蓋をする。
 カシャカシャと店内にシェイク音が響き渡ると、たかだかそれ一つにも少女2人は好奇の視線や歓声を上げてくれるのだから、なんともバーテンダー冥利に尽きるというものだ。ここは、しっかりと魅せてやらねばなるまい。
 イスカンダールはいつも以上に提供所作に気を配りながら、少女2人の他愛のない会話にそれとなく耳を傾けた。

「会社とかすごーい! あたしらなんて全員農家だよー。あ、リサちゃんだけはお嬢様だけど」
「私も、秘書やる前は実家で農場やってたよ」
「マジで!一緒じゃん!」

 シェイクした中身を背の高いフルートグラスに注ぐと、グラスの半分ほどが満たされる。あとは仕上げだけだが、先に今度は青髪の少女、セシリアの分のカクテルの用意だ。
 大きめのボウルに残り半分の桃とラム酒、生クリームを注ぎ、ここにもシュガーを少量足してから氷を適量入れていく。
 あとはこれをミキシングするだけなのだが、イスカンダールの知る限りではリージョン世界などに専用の器具があるものの、あいにくとこの店には用意がない。どうにも、あの大きな音が苦手なのだ。
 なので小規模のウィンドカッターを手のひらに生み出し、ボールの中身を切り刻みながら混ぜていくことで代用するのである。

「えートムさんみたいなお兄さん超いいなー。あたし達にはそういう知的お兄さんキャラいないんだよねー。ぎりガブリエルあたりかなぁ?」
「うん、トムは本当にすごいの! あ、でもセシリアのとこのレオナルドさんは、私たちの中にはいないタイプですごくカッコイイと思うよ。うちだと一番近いのは、お姉ちゃんかな・・・?」
「まぁレオはねー、いいんだけど、でもリサちゃんいるしなー」

 ミキシングされたら、あとはグラスの支度だ。入れ物は、フルーツカクテルには定番のまんまるとしたグラスを用意する。そこに注ぎ込んだら、完成だ。
 ここで、先ほど作っておいたフルートグラスにもシャンパンを静かに注ぎ、こちらも完成。

「さぁ、お待たせしたな。どうぞ」
「わーめっちゃ美味しそう!」
「あ、ありがとうございます」

 2人の前にコースターとグラスを置くと、少女たちは目を輝かせながらグラスを手に取る。
 こういう表情や反応でドリンクを飲んでもらう瞬間が、バーテンダーの醍醐味の一つだと言っても過言ではない。

「うわ、美味しい!」
「・・・!!」

 反応もまたそれぞれ対照的で、こういうところにも個性が出るのだなぁとなんだか親目線でイスカンダールは口の端を釣り上げる。

「ねーねー、サラのもちょっと飲ませて!」
「うん、じゃあセシリアのもちょっとちょうだい?」
「ふふ、2人とも随分仲良くなったんだな」

 ドリンクを交換し合って飲む2人に、イスカンダールは顎に手を当てながら話しかけた。

「だって年も同じようなものだし、なんだか周りにいる人も結構似てるっていうかね!」
「うん、ユリアン以外にも緑髪の人がいるなんて知らなかったよ。ジェロームさん、だっけ?」

 そう言いながら笑い合って話を続ける2人に、イスカンダールも時折ツッコミやウンチクを混ぜながらしばしの時が流れる。

 そうして2人のグラスが空いた頃、タイミングよく両方の扉が同時に、カランコロンと音を立てて開いたのだった。
 一方から現れたのは、長身に眼鏡姿の、知的な印象を受ける青年だ。服装こそ質素なものだが、それでもわかる程の品の良さが、立ち居振る舞いの中に見て取れる。
 そしてもう一方はこれまた対照的な、強面で精悍な青年だった。間違いなく昔はワルだったであろう空気を纏いつつも、どこか達観したような印象を同時に受ける不思議な青年である。

「トム!」
「レオ!」

 2人の少女は同時に立ち上がり、現れた男の名を呼ぶ。
 どうやら、迎えが来たようだ。

「サラ、こんなところにいたのか。探したよ」
「おいセシリア、なにやってんだ。リサも探してたぞ」

 2人の少女がそれぞれの扉から現れた青年の元へ駆け寄ると、ふっと青年2人の視線が直線上で交わる。
 トムと呼ばれた青年が柔和な笑みを浮かべながら会釈すると、レオと呼ばれた青年はなぜか一瞬眉間に皺を寄せたものの、そのままこちらも軽く会釈を返す。

「サラ、また会おうね!」
「うん・・・セシリアも、またね!」

 少女2人は自分の頭上で繰り広げられたその視線の交差などつゆ知らず、手を振りあいながら再会を願って言葉を交わした。
 そして程なくして両方の扉が閉まり、一気に店内が静まり返る。

「・・・ふふ、なんとも慌ただしいものだな」

 イスカンダールは1人で肩をすくめながらそう呟くと、カウンターの上のグラスを回収しようと手を伸ばした。
 するとそこで再度扉が開き、先ほどの眼鏡の青年が1人で店の中に入ってきた。

「連れがごちそうさまでした。お手数ですが、こちらの住所に後日請求書を下さい。お連れ様の分も含めて当社が持ちますので」

 そう言ってカウンターに名刺を一枚置くと、青年は颯爽と去っていった。
 イスカンダールはその名刺を手に取ると物珍しげに表と裏を眺め、そして懐に仕舞い込みながら後片付けを再開するのだった。

 

 

登場したお酒

  • 桃のベリーニ

ロマサガ3世界のリブロフで作られた桃を贅沢に使い、レモン汁、シュガーシロップ、グレナデンシロップを交えてシェイク。その後グラスに注いでシャンパンで仕上げるシンプルなロングカクテル。シャンパンを静かに注げば、美しい二層ができる。

  • 桃のフローズンカクテル

同じくリブロフ産の桃を使い、ラム酒、生クリーム、シュガーシロップ、氷の全てまとめてミキサーにかければ完成。氷の量で硬さを調節して、好みの仕上がりでどうぞ。

 

 

イスカンダリア:メニュー表へ

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第一夜:女騎士と女戦士

 

——カラン…コロン…——

「いらっしゃい」

 イスカンダールから見て左側の扉がそっと開き、控えめにドアベルが響き渡る。
 入ってきたのは、短い銀髪の、美しい顔立ちをした女。
 しかしてその美貌に似合わず使い込まれた軽鎧を身に纏っており、その佇まいにはどこか気品めいたものがある。戦士、というよりは騎士の佇まいだ。
 飲み屋らしくラフな気持ちで来店したつもりなのだろうが、見ればまるで立ち姿に隙がない。これは、かなりの手練れだろう。
 女は軽く店内を見回すと、そのまま空いていたカウンター席に座り、ゆっくりと酒瓶の並べられた棚を見渡す。
 このイスカンダリアは店の規模こそ小さいが、各地世界から集めた品揃えには、そこそこの自信があるのだ。イスカンダールは、どうぞコレクションをご覧あれ、とばかりに彼女の視線のため、少し離れてみせた。

「・・・見たことのないボトルが多いのね。おすすめのウイスキーなんか、有るかしら」
「勿論だとも。どんな味わいが好みかね。あんたは・・・そう、ピドナから来たのか。とすると味わい的にはルーブ、スタンレー、ウィルミッシュ、あとはピドナブレンデッド・・・さて、どのあたりかな」
「そうね・・・じゃあ、ルーブ系のシングルモルトに近いものがいいわ」
「ほぅ、若いのにクセが強いタイプがお好きか。では、いくつか出してみよう」

 ルーブ産のウィスキーは、ピートが強く単一蒸留されたタイプのウィスキーが多く、銘柄によってキャラクターが異なる。実に、酒好きが好む味わいだ。
 無論、そのままルーブウィスキーを出すような愚行はしない。そこはイスカンダールの小さな拘りだ。ここに揃えられた各地世界のボトルから、異なるもので好みに合うものを提供するのが、信条なのである。
 とはいえこの女性客の趣向に合いそうなものだとすると、自ずと選択も限られてくるというもの。

「・・・この辺だな」

 そういって、三本ほどのボトルを棚から取り出し、女性の前に並べる。

「こいつらは、何れもオイゲンシュタットという街で作られるものでな。あんた、見たところ騎士だろう。オイゲンシュタットも伝統ある騎士の街で、同時に酒造りも盛んでな。いい具合にクセのある銘柄が多いんだよ」
「オイゲンシュタット・・・聞いたことのない街ね。というか、私が騎士だって分かるのね。その目利き、マスターも大分腕が立ちそうね」
「ま、ご時世柄、荒事に巻き込まれることもあるからな。自分の身を守れる程度には、な」

——カランカラン…コロロン…——

 先客の女性が入ってきたのとは、反対側。今度はそちら側のドアベルが、少し荒めに店内へ響く。
 その軽快な音と共に扉から入ってきたのは、またしても女性だ。今日はレディースデイというわけか。

「おや・・・なんだか随分と洒落たところに入っちまったねぇ。あたしじゃ場違いか?」

 入ってきたのは、これまた先客とは対照的に筋骨隆々の、如何にも戦士といった出たちの女性だ。
 頭部に特徴的な双角型の装飾を身につけた姿は、そう、たしか・・・バルハル族の特徴だったか。

「いいや、お前さん好みな酒も、ちゃんとここには用意があるさ。折角来たんだ、ゆっくりしていくといい」
「そうかい、じゃあそうさせてもらうよ」

 女はそのまま近くのカウンター席に腰掛ける。
 といっても、店内は広くないので、先客女性と席は二つほどしか離れていない。
 結果、いつだってどちらからともなく、ここではお客同士の会話が始まるのである。

「おや、シュタットウィスキーじゃないか。あんた中々渋いの飲むんだねぇ」
「・・・貴女は、これを知っているのね。初めて飲んでみたけど、結構好みの味だわ」

 二人が一言二言の会話をしているうちに、手早くもう一人の客のドリンクを用意する。まだオーダーをされたわけではないが、バルハル族が飲むのは、これと決まったものがあるのだ。

「とりあえずあんたには、こいつからだろうな」
「お、なんだ、よく分かってるじゃないか。あんた、腕利きのマスターだね」

 そういって女が手に取ったグラスには、一見して水のような、透明な液体が入っている。

「そちらは何を?」
「あぁ、こいつはウォッカさ。あたしらが飲む酒っていったら、大抵これなんだよ」
「へぇ、ウォッカを好む・・・。ということは、寒冷地のお生まれ?」
「あぁ、あたしはバルハラント生まれだよ。あんたは?」
「私は、ロアーヌ侯国の生まれよ」
「ロアーヌ・・・知らない国だね。ま、あたしは最近までバルハラントから出たことなかったからね、知らない土地の方が多いんだけどさ」

 そういって笑いながら、女は手にしたグラスを一気に呷る。容易くウォッカを飲み干した女は、もう一杯を指の仕草で所望した。それに応えてイスカンダールは即座にグラスへウォッカを注ぎ足す。

「うん、美味いね。でもこいつは、バルハラント産じゃない。どこで作られたやつなんだい?」
「ユーステルムという、ガトと同じく雪深い街で作られたものさ。聖王三傑と呼ばれる、嘗て世界を救った勇士の一人が生まれた街だ」
「へぇ、そいつはいいね。是非ともその勇士に肖りたいもんだ」

 そう言いながら女は、軽々ともう一度グラスの中身を豪快に呷る。
 その飲みっぷりに先客の女性が感心した様子でいると、女は再びもう一杯を所望しながら、先客へと少し身を寄せて話しかけた。

「ところであんた・・・見たところ相当強いね。どうだい、あたしと一つ手合わせしないかい?」
「確かに多少は腕に覚えはあるけど・・・でも、遠慮させてもらうわ。これでも騎士の端くれだから、母国と誇りの為にしか、剣は振るわないことにしているの」

 思わずイスカンダールも、軽く口笛を吹く。これは上手い躱し方だ。誘った女も、それならば仕方ないね、と即座に引き下がった。

「じゃあ、折角だから飲もうじゃないか。あたしはシフってんだ」
「私は、カタリナよ。酒席のお誘いなら、よろこんで」

 そういうと二人は、軽くグラスを掲げてから傾け、そして互いの故郷や酒の好みなどの他愛もない話を始めたのだった。
 イスカンダールは暫し二人の会話に耳を傾け、時折隙間に口を挟み、そうしてゆっくりと夜は更けていった。

 

 

登場したお酒(架空物)

  • シュタットウィスキー

ロマサガ1・ミンサガ舞台であるマルディアス世界の都市、オイゲンシュタットで作られるウィスキー。原材料となる大麦麦芽を乾燥させる際に泥炭で燻すことで、独特のスモーキーフレーバー、いわゆるピート香がつく。

  • ユーステルム産ウォッカ

穀物を原料とした蒸留酒。無色透明で雑味がないことが特徴。最近は様々なフレーバーを足したフレーバーウォッカなども数多く出回っており、若い世代を中心にそちらも人気が高いようだ。

 

 

イスカンダリア:メニュー表へ

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BAR「イスカンダリア」

 

そこは、イスカンダールという名の男が一人で切り盛りする、小さなバー。
 カウンター席が幾つか用意されただけの狭い店内で、そのカウンターの両端に其々入口があるという、不思議な作りをしている。
 このバーがいつからあるのか、どこにあるのか。それは、誰にも分からない。
 ただ、そのバーが開いている時はいつも其々の入口から、二人の客が訪れる。
 今宵は、どんな客人がここに訪れるのだろうか。

 


第一夜【女騎士と女戦士】(カタリナ&シフ)

第二夜【妹と妹分】(サラ&セシリア)

第三夜【クレイジー×ライオンハート】(ヒューズ&リッチ)

開店前【極寒の遊牧民と極寒の狩人】(エイリーク&ティシサック)

第四夜【赤い薔薇と貴公子の義弟】(ローラ&アルベルト)

第五夜【英雄の子孫と英雄の始祖】(ミカエル&ジェラール)

第六夜【魔王の落胤と太陽神の使徒】(ジョー&リベル)

第七夜【侍×侍】(ジュウベイ&ローニン)

第八夜【伯爵と伯爵】(シウグナス&レオニード)

 

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