VS筋肉だるま 南国大決戦

 

 高らかに浮かび上がった布張りのボール目掛け、燦々とビーチを照らす太陽を背にしてしなやかに、かつ力強くカタリナが飛び上がる。
 そして大きく後ろに反らせた右腕が最大のインパクトを得られるであろう地点で思いきり振り抜かれ、その衝撃を真芯に受けたボールは、相手に反応する隙すら与えず彼女の狙い通りの場所へと砂埃と共にめり込んだ。

「・・・ゲームセットォォォ!!」

 審判が何度かの瞬きの後に興奮した声でそう叫ぶと、次いで周囲の観客からビーチ全体を揺らす怒号のような歓声が沸き起こる。

「いーよっしゃあ!いよいよ次は決勝だ!」

 カタリナとエレンがコート上でハイタッチをするのを見ながら、コート脇のチームベンチに陣取っていたポールは彼女等の勝利を我が身の事のように喜び、隣のハリードの肩に組みかかった。
 それをたいそう迷惑そうな顔で受けたハリードは、ポールと反対側の手に持っていたタオルを歩み寄ってくるカタリナ達に投げてよこす。

「・・・さて、と。次が正念場ね」

 そう言ったエレンが顔を向ける先へとカタリナも視線を傾ければ、そこには観客席の中央に位置するVIP席から自分たちに視線を向ける二人組の男の姿があった。
 よく焼けた小麦色の肌に、必要以上に増量されたような躍動する全身の筋肉。その筋肉に包まれた体を惜しげもなく見せびらかし、ただ唯一ブーメランパンツだけが最低限を隠している。そして口元から時折輝き覗く冗談のように白い歯をキラリとさせながら、周囲に群がる観客達に時折愛想を振りまいている。そんな男二人は、そっくり同じような見た目であった。それが、腕組みをしながらカタリナ達を見つめている。
 彼等はカタリナ達が今の試合で決勝進出を決める前に、既にもう一方の決勝枠を勝ち取っていたチームだった。
 つまり、決勝での対戦相手だ。

「・・・あー、やっぱだめ。私あれ、生理的に駄目」

 ものの二秒で顔を背けたカタリナは、フェアリーが渡してきてくれた水を飲みながら、強烈に日を照らす太陽を恨めしそうに睨んだ。

「・・・もうちょっと、日焼け止め塗っとこうかしら・・・」

 

 

 グレートビーチバレー大会。
 確か、このお祭り騒ぎはそんな名称だったとカタリナは記憶している。
 わざわざ足場の悪いビーチに色の違う砂でラインを引き、一定の高さまで設置された魚とり網のようなもの(ネットというらしい)を挟んで二人一組のチームが互いの陣地にボールを叩きつけるスポーツの事を、ビーチバレーと言うらしい。
 なんでも、ここグレートアーチ地方においては魔王生誕以前から存在するとすら言われる由緒正しい伝統競技なのだそうだ。
 十五年前の死蝕にて壊滅的な経済的打撃を被ったここグレートアーチにて死蝕の翌年から復興のシンボルになるようにと毎年開催されているというこの大会には、毎年主催運営を行っているグレートビーチバレー大会運営委員会が優勝者に対して若干の賞金と共に地元協賛企業が提供する様々な賞品を用意しており、例年大きな盛り上がりを見せているのだそうだ。
 特にここ最近は各国からも観戦客がくるなど、観光客招致による経済効果も生み出している。
 このような大会があることを宿泊中のホテルバランタインのオーナーから聞いたのは、すっかりオーナーと仲良くなったポールだった。
 なにしろハーマンの協力を無事に取り付けることが出来たもののピドナに戻る船の出港まで日数が開いてしまっていた一行だったものだから、暇な事も手伝い興味本位でせっかくだからと参加してみる事にしたのだった。

「やっぱチーム編成はカタリナさんとエレンちゃんで大正解だったな!」

 ここにいる間は相変わらずハデハデしいシャツにハーフパンツというラフな出立ちのポールが、選手用ベンチに設置された大きなビーチパラソルの下で休むカタリナとエレンに声をかけた。
 元々大会には男女の制約がなかったので当初はポールとハリードで出場しようかと話していたのだが、何故か参加申請ギリギリのタイミングになってポールが急にカタリナ達が出場するべきだと言い出し、そのままなし崩し的に彼がエントリーを済ませてしまったのだ。
 しかしそこは責任感と最近断れない性格に定評のあるカタリナであるからして、存外素直に、元々ノリノリだったエレンにも押される形でビーチバレーの正式競技服(?)である水着に身を包んだ。
 ちなみに水着は、こんな事もあろうかとピドナで買っておいた淡い紫のグラデーションが印象的なパレオ付きビキニだ。デザインに関しては選別に同行していたモニカとサラのお墨付きであり、大人っぽさが漂う中にも可愛らしさや健康的なお色気も忘れない、ガーリーな一品である。
 エレンはエレンでトップは燃える様な赤いビキニと、下はデニムのホットパンツ。そして何処から仕入れたのかダークブラウンのサンバイザーという、一見して只者ではないビーチバレー玄人の風格を漂わせている格好だ。
 大会当日に彼女等がこの格好でビーチに現れると、観客席からは少なからずどよめきが起こった。元々が男ばかりの参加者で運営も毎回花役を用意はするもののこれが毎度地元の小麦ギャルと言った様相の中、肌も色白で抜群にスタイルの良い彼女等は相当に目立った。
 そしてその二人が大会が始まってみれば、あろう事か地元の猛者どもを抑えて破竹の快進撃。おかげで一気に大会の熱気はエスカレートしていったのだ。

「あれ、そう言えばコーチは?」

 決勝前のクールタイム中、ふとエレンが周囲を見回しながらそう言った。

「そういえば、暫く見てないです。開会式の時はいたのですが・・・」

 カタリナ達の隣で休んでいたフェアリーが可愛らしく首を傾げながら答えると、エレンもそれに習って小さく首を傾げる。
 実は今回の彼女等の快進撃は、このコーチなる人物の多大なる助力があったからこその成果だといえる。
 そのコーチなる人物こそは、知る人ぞ知るグレートアーチはサウスビーチの一匹狼、ハーマンである。
 彼はカタリナ達がエントリーしてから大会当日までの少ない日数の間で、二人に徹底的にビーチバレーの基礎を叩き込んだ。元が運動神経の塊の様な二人であるからして覚えが早かったのは勿論なのだが、しかしこれほど迄の快進撃はコーチたるハーマンの的確な指導が無ければ叶わなかっただろう。
 そんなハーマンは教え子達の勇姿を見るためにこの会場にも足を運んでいたはずなのだが、トーナメント形式での本選試合が始まってからは彼女等の前に姿を表していなかった。

「ま、どっかでお酒でも飲んでるのかな。戻ってきた頃には優勝報告でもしてあげましょっか」

 この後行われる決戦における自分たちの勝利を確信しているエレンがそう呑気に言うと、特にそれを否定する気もなくカタリナも同意した。

「そうね・・・さて、もうそろそろ時間かしら」

 そう言ってカタリナが見つめる先には、にわかに騒がしくなり始めた決勝コートがある。
 対戦相手は正直あんまりじっくりと見たくない相手だが、真正面で対峙する以上は直視は避けられないだろう。
 極力早めにケリをつけてしまおうと考えながら、カタリナは立ち上がった。

 

 外は雲一つない快晴。だというのに店内はいつも通り薄暗く、漂い続ける紫煙のせいで空気も悪い。
 そんな自分のこよなく愛する汚い場末のバーのカウンターでダークラムをロックで傾けながら、ハーマンは相変わらず香りのどぎつい煙草をゆっくりと燻らせていた。普段はここは喧嘩が起こったとき以外は非常に静かなものだが、今日ばかりは遠方からの騒音がここまで届く。

「毎年毎年、飽きもせずにうるせぇな・・・」

 バーのマスターがグラスを磨きながらそう呟くと、ハーマンはにやりと笑った。

「・・第一回大会から第五回まで不動の連続チャンピオンだったお前が、何言ってやがる。引退してなけりゃまだあそこにいたんじゃねえのか?」
「うるせぇ爺。相方が鮫に喰われっちまったんじゃ引退するしかねーだろうが」

 愛想悪くそう言いながらグラス磨きを続ける。だがそんなマスターの背後にある様々な酒の瓶が並べられた棚の隅には、無造作に置かれた小さな優勝トロフィーが並んでいる。お世辞にも掃除が行き届いているとは言い難いこの店内で、しかしそのトロフィーだけは受賞当時の輝きを失っていない。

「ところであんたこそ、いかねーのかよ。教え子、出てるんだろ?」

 マスターがそういうと、ハーマンは返事代わりに煙草を深く吸い込む。
 そしてそのままゆっくりと紫煙を周辺に撒き散らし、グラスの中身を一気に煽った。

「ま、あいつらの優勝に間違いはねぇんだ。一々見に行く必要もない・・・って言いてえところだが、確かに今年はちょっと見に行ってやってもいいかもしれねぇな」

 そういってハーマンはカツンと音を立てて空のグラスを置くと、カウンターから立ち上がる。

「おい、代金」
「馬鹿言え。後で優勝賞金持ってきてしこたま呑んでやるから、そこで汚ねぇグラスを磨きながら待ってろ」

 ハーマンはそう吐き捨てると、舌打ちをしつつもまんざらでもなさそうな表情の店主を無視し、バーを後にした。

 

 

「さぁさぁいよいよやって参りました!!第十五回グレートビーチバレー大会、決勝戦!!」

 司会の絶叫に、負けず劣らず周囲の観客が歓声で応える。朝の早い時間から予選を含めて進められてきた試合も残すところあと一試合となり、南天高くから砂浜を照らす太陽もこの最後の一試合を今か今かと待ち望んでいるようだ。

「今年も大多数の予想通りに大会2連覇のサザンティンバー兄弟は3連覇を賭けて順調にここまで来たが、対する相手はいつもとはひと味もふた味も違うぞぉぉ!他のベテラン勢を押さえ込み我々の予測を大きく裏切り、エントリー期限直前に駆け込み参加をしてきたこちらのビューティフォーガールズが、ままままさかの快進撃!この決勝の舞台に堂々のし上がってきたぁぁああ!」

 再度、司会の絶叫と共に観客の大歓声が唸りを上げる。
 その大歓声を受けながら、設置されたネットを挟んで対峙する男女二人組。

「なんと今大会出場のために態々ピドナからやって来たという彼女たち!最早実力はここに立っている以上は明らか!いや、まだ底知れない!つまり、この決勝戦の行方は誰にも分からないぞぉぉおお!」

 興奮冷めやらぬ司会の絶好調の煽りに観客の歓声も鳴り止まない。その歓声を馴れたように全身の筋肉で受け止めながら、サザンティンバー兄弟と呼ばれた男二人は天に輝く太陽に負けず劣らずキラリと光る白い歯を惜しげもなく晒しつつカタリナとエレンを見つめる。
 対するカタリナエレンは、屈伸をしたり肩を回しながら開始のホイッスルを待っていた。

「・・・あの二人、やっぱり今までのとは段違いで強そうね」

 エレンがサンバイザー越しに相手を見ながら言うと、カタリナは軽く頷きながら腕の筋を伸ばした。

「経験値では劣るけれど、身軽さは負けないわ。翻弄していきましょう」

 極力相手のことを見ないように脇に視線を向けながらそう答えたカタリナは、ふと視界の隅に見覚えのある人物を捉えた。
 ハーマンだった。

「あ、コーチ」
「え、どこどこ・・・あ、ほんとだ!」

 相変わらず義足とは思えぬ歩行速度で観客の波を縫うように移動していったハーマンは、そのまま躊躇うことなくコート脇の関係者席まで進んでいく。
 すると、それに気づいたらしい司会進行がハーマンに振り返り、ここでも大声を張り上げる。

「おおーっと、ここでハーマンコーチの登場だぁぁ!」

 その言葉にその場の全員の視線がハーマンへと注がれるが、当の本人はそんなことは一切構わずにマイペースに進んでいき、チームメイト用ベンチへと腰掛けた。

「ハーマンって意外とここじゃ有名人なのね・・・って、え?」

 その様子を見ていたエレンが暢気にそういった直後、驚きの声を上げる。
 ハーマンがいつも通りのふてぶてしい態度でどかりと座り込んだチームベンチは、ポールとハリードが陣取っていたカタリナ達のチームベンチではなく、なんと相手であるサザンティンバー兄弟チームのベンチだったのだ。

「大会優勝チームの中でも歴代最強と名高いサザンティンバー兄弟を世に送り出した鬼教官ハーマンコーチも、この一戦は見る価値ありとご来場だぁぁ!!」

 俄然盛り上がる会場と司会の言葉に、カタリナ達四人は驚愕の表情をする。

「え・・・え?」

 状況を理解できずに疑問符を浮かべるエレンに対し、カタリナは目を細めながらハーマンを見つめる。だがハーマンはその視線には応えず、にやりとしながらサザンティンバー兄弟に視線を送っていた。

「役者は揃ったぁぁぁあああ!それでは第十五回グレードビーチバレー大会決勝戦、試合開始だぁぁぁああああ!!」

 そのまま倒れてしまうんじゃないかと心配になる程顔を真っ赤にして叫び狂う司会の号令と共に、ホイッスルが鳴り響く。
 サザンティンバー兄弟のサーブから、試合開始だ。

 

 ズバン、とボールが弾け飛んでしまいそうな衝撃音と共に撃ち放たれたスパイクが、ボスッという鈍い音と共に砂浜にめり込む。

「18-3!コートチェンジ!」

 審判のコールに、会場が沸く。
 しかしその歓声は試合開始当初のものよりも大分抑えられていた。
 なにせ既にワンサイドゲームの気配が漂っているのだから、無理もないだろう。
 体にへばり付いた砂を落としながら、カタリナとエレンは大差をつけられたスコアボードを横切ってコートを入れ替わった。
 ビーチバレーのルールは3セットマッチの2セット先取制で、1,2セットは21点がマッチポイント、3セット目のみ15点がマッチポイントとなる。
 コートチェンジのタイミングは両者得点の合計が7の倍数になった時。3セット目のみ5の倍数になった時に行われる。
 現在は1セット目の終盤。完全にサザンティンバー兄弟のペースの試合となっていた。

「くっそ・・・何よあいつら、さっきまでの試合と全然違う・・・。すっごい強い・・・」

 エレンがサンバイザーとネット越しに余裕の表情でこちらを見つめるサザンティンバー兄弟を睨みつけながら、恨めしげにぼやいた。
 それに無言で頷いたカタリナは、如何すればこの状況を逆転できるかを脳内で必死に考えていた。

(・・・基本的な動きはそんなに変わらない。いえ、寧ろ素早さは私たちの方に分がある。競技経験による先読みの差はあれど、やはり相手もコーチから訓練を受けているだけあって私達と基礎の動きはそれほど違わない。これは速度で補うのは十分可能な範囲。でも・・・)

 それでも、自分たちと目の前の兄弟とでは決定的な違いがあった。
 それこそは、スパイクのパワーだ。
 エレンが言うようにこれまでの試合では隠してきたのか、それとも抑も使う必要がなかったのか。
 兎に角この決勝戦においてサザンティンバー兄弟が放ってきたスパイクは、これまで見てきたどのスパイクよりも圧倒的な威力を持っていた。なにしろそのスパイクに体がついてこず、彼女らはただただ弄ばれるようにここまで得点を許してしまっていたというわけなのだ。
 ただ、ここまでで分かってきたこともある。それは、あのスパイクは恐らく個の動きだけで成せるものではないだろう、ということだった。それこそ、あの二人だからこそ出来る芸当なのだ。
 幾年も共に修練を積んだであろう二人だからこそ生まれる阿吽の呼吸から繰り出されるその技は、正しくチームプレーの真髄、即ち連携技だといえる。これこそが、今の自分たちと相手との決定的な違いなのだ。
 つまりこの試合に自分たちが勝つには、まず第一に自分たちもこの試合の中で彼らと同じ域に達する必要がある。だが、それだけでは最早足りない。なにしろ自分たちは現時点で点数負けをしている。彼らと同じ域に今から直ぐ追いつけたとしても、点の取り合いでは押し切られて終わるだけだ。だからこそ自分たちは、彼らよりも更に上の次元に到達しなければならない。
 つまり、今ここで先に成さねばならないことがあるのだ。
 あのスパイクに至るまでの流れ、立ち位置。其れ等の中に確かに存在しているはずの起死回生の糸口を、なんとしてもここで見つけ出さねばならない。

(・・・見切る)

 頭の中で、そう呟く。もしかしたら、それは小さく口に出したかも知れない。兎に角そう決心したカタリナは、すっと姿勢を正して背後のエレンに振り返った。すると、エレンもカタリナの動きに反応して迎撃姿勢を解く。

「エレン、前お願い」
「え・・・いいけど、どしたの?」

 突然の立ち位置変更に疑問符を浮かべながらも、素直に了承するエレン。
 それまでネット際は背丈が高い方がブロックに向いているからとカタリナが担当していたが、それを入れ替えた形だ。
 そして後ろ側に移動したカタリナは、ボールだけではなく相手のコート全体を見るようにしながら姿勢を低くした。

「・・・ほう」

 その様子を見てハーマンがニヤリとするのを、隣り合わせのチームベンチで最も彼に近い位置に座っていたフェアリーは見逃さなかった。

《・・・カタリナさん、コーチがカタリナさんの動きに反応しました》

 突然脳内に響いてきた念話にカタリナはぴくりとしたが、それがフェアリーのものだと分かると小さく頷いた。

《・・・少なくともさっきよりは正解に近づいたかもしれないってわけね・・・。ギャラリーには悪いけど、このセットは捨てる。その代わり、ここで絶対に見極めるわ・・・!》

 サザンティンバー兄弟のサーブで再開されたゲームは、やはり先ほどまでと変わらぬ結果だった。
 レシーブからのこちらのスパイクでは止めをさせず、そこからサザンティンバー兄弟の強烈なスパイクによってカタリナサイドのコートにボールがめり込む。

「・・・19-3!」

 審判のコールが、短いホイッスルの後に一瞬の間を置いて叫ばれた。
 結果は先ほぼと同じく、サザンティンバー兄弟の得点。審判のコールに合わせてスコアボードが変えられる光景も同じ。だが、先程までとは明らかに違う点が一点あった。
 それはコート後方に位置したカタリナが、彼らのスパイクに対して一切の反応を見せず、微動だにしなかったことだった。先ほどまでそこに居たエレンは相手のスパイクに必死に食らいつこうと何度も砂浜にダイブしていたものだから、一転してのその光景は周囲にとっては途轍もなく異様に映った。

「・・・おいおいなんだ、カタリナさん試合諦めちまったのかぁ・・・?」

 ポールが肩を竦めながらそう言うと、ハリードは眼光鋭くカタリナを見つめながら、否定の言葉を口にする。

「・・・いや、あいつはそんなタマじゃないだろう。何かを見ていた、ってのが近そうだ」

 そんな二人の会話する様子を尻目に、フェアリーはコート上と隣のハーマンを交互に観察していた。

《・・・コーチ、ニヤニヤしてます。なんだか、ちょっと嬉しそうです》
《何それ気持ち悪い・・・。でも、今はっきりと見えたわ。次で少し、仕掛ける》

 そう意気込んだカタリナは、審判のホイッスルを合図に再び放たれた相手の強烈なサーブを無難に捌く。
 そのままこれまで通り綺麗な流れでエレンのトス、そしてカタリナのスパイクと続くが、それも相手にうまく捌かれる。
 そしてサザンティンバー兄弟は完成された滑らかな動きで以て、再び強烈なスパイクを叩き込んできた。ここまでは、このセットで何度も繰り返された光景。
 そして先程までと同じく、彼らの放ったスパイクはとんでもないほどの衝撃で以てビーチの砂を派手に舞い上げるはずだった。
 しかし。

 バシンッ

 弾かれたボールが、浮かび上がった。
 完全にインパクトを殺されたボールは直前のスピードが冗談のようにふわりと浮かび上がり、しかしその光景を見逃さなかったエレンが駆け寄るも距離が間に合わず砂浜に静かに着地した。
 後に残されたのは、スパイク前の立ち位置から僅かに動いて腕を伸ばした体勢のカタリナだった。

「・・・見切ったか」
《・・・見切ったわ》

 フェアリーが感知した中でカタリナがそう脳内で呟いたのと、ハーマンが小さくそう呟いたのは、全くの同時だった。

「・・・20-3! マッチポイント!」

 ホイッスル後の審判のコールに、ポールが頭を抱えた。

「くぁー!惜しかったなー!今のスパイク何とか上手く触れたのになぁー!しっかし、こりゃもうダメかねぇ・・・」

 そう落胆の表情とともに漏らすポールに、しかしハリードはゆっくりとかぶりを振る。

「・・・いや、どうやらそう言うわけでもなさそうだぜ・・・?」

 カタリナの様子に目敏く気付いたハリードがそう言いながら口の端を釣り上げるのと、マッチポイントサーブが放たれるのは、ほぼ同時だった。

「・・・21-3! サ、サザンティンバー!」

 審判の第一セット終了を告げるコールに、しかし会場は先程までのような歓声を上げることはなかった。
 会場の視線は全て、カタリナに注がれていた。
 正確には、その右手。
 決して大きすぎるわけではないカタリナの掌でしっかりと受け止められたボールに、会場全員の視線は集中していたのだ。
 その様子に誰より驚愕していたのは、彼女らに相対するサザンティンバー兄弟。そしてその様子に誰より上機嫌になったのは、誰あろうハーマンだった。

「・・・カタリナさん」
「・・・あいつらのスパイクは、『見切った』わ。あとは、攻めるだけ。ね、エレン。ちょっといい?」

 ベンチに戻ってきて早速次のセットの作戦を話し合うカタリナたちに、すっかりチームのマネージャーポジションとなっているフェアリーが甲斐甲斐しく飲み物を手渡す。
 それを笑顔で受け取りながら作戦会議を続ける二人は、大差で敗れた第一セットの事など全く意に介さない様子だ。
 反面、サザンティンバー兄弟はセットを獲ったにも関わらず、試合開始前の余裕が全くなくなってしまっていた。今までにない相手の行動に、明らかに動揺を隠し切れていない様子だ。

「おいてめぇら、なにあの程度でびびってんだ!」

 目の前で情けなくも焦りを隠せない二人に、ハーマンが立ち上がりながら一喝する。
 それにびくりと反応したサザンティンバー兄弟は、普段からの習性なのか脊髄反射の勢いで直立の姿勢をとる。

「・・・相手は恐らくお前たちの連携技ダブルインパクトの見切りと、最後のあれで極意も会得してきたはずだ。次からはエレンにも止められるぞ」
「そ、そんな・・・」
「コ、コーチ・・・我々は一体どうすれば・・・」

 ハーマンの言葉になお一層の動揺を隠せぬ二人に、しかしハーマンは再度一喝した。

「ど阿呆が!やることは決まってんだよ!違う技を編み出すんだ!いいか、 彼奴らは確かに規格外の化け物だ。たかだか一セットでお前たちの連携技を見切って来やがった。だがなぁ・・・お前達がこれまで血反吐吐きながら努力してきた全てが、こんなところで終わるのか!?違ぇだろうが!!」

 ハーマンのその力強い言葉に、二人はびくりと筋肉を震わせる。

「一セットは獲った。だから次のセットさえ抑え込めばお前らの勝ちだ。だから・・・やるしかねぇだろうが。この一セットを獲るための技を、生み出すしかねぇだろうが。・・・違うかぁ!?」

 他の全てを圧倒するほどのハーマンの強烈な叫びがその場に響き渡り、思わず観客までもが黙ってしまう。そしてその場が異様な静寂と熱気に包まれるなか、ハーマンの叫びを全身で受け止めたサザンティンバー兄弟はどちらからともなく向き合い、そしてキラリと光る白い歯を見せ合って笑った。

「・・・そうだ、俺たちは」
「・・・無敵のマッスル」
『サザンティンバー兄弟!』
「そうだ!お前らはこの俺が育てた最強の兄弟。ぽっと出の女二人組なんぞに好き勝手させてんじゃねーぞ!」

 ハーマンの力強い言葉に確りと頷いた兄弟は、完全に取り戻した自信を筋肉に乗せてポージングをし、そして高らかに笑った。

「・・・筋肉が気持ち悪い」
「うん、気持ち悪い」
「き、聞こえちゃいますよ・・・!」

 作戦会議しながらその様子を見ていたカタリナとエレンの辛辣な感想に、フェアリーがあわあわしながら反応する。
 間も無く、第二セットが開始される時間だ。

 

 灼熱の炎天下の中で開始のホイッスルが鳴り響いた第二セットは、正に熾烈を極めた。
 序盤は完全にカタリナ&エレンペアのペース。サザンティンバー兄弟のアタックを完全に見切った二人はパーフェクトに相手の必殺アタックを防ぎきり、更には二人同時に攻撃を仕掛けるフェイントを混ぜたエックス攻撃までもをその場で完成させ、一気に攻勢に出たのだ。これにより第二セット序盤はカタリナらが有利な状態で15-6までの得点差でコートチェンジを迎えることとなった。
 しかし、防戦一方だったサザンティンバー兄弟は、第二セット終盤にきて新たになんと新たな連携技、時間差攻撃を編み出した。
 これにより双方がアタックの乱れ打ちとなり、辛くもこのセットを勝ち取ったのは前半リードを作れていたカタリナエレンペアだった。

「さぁさぁさぁさぁ!遂にやって参りました最終セットォォォオオオ!まさかまさかの展開の連続だったこの第十五回グレートビーチバレー大会も、これが最終セットだぁぁぁああ!」

 史上嘗てないほどに白熱した試合展開に興奮を抑えきれない司会の絶叫も、それに反応して波打つ観客の歓声も、ベンチで最終セットに向けて集中する四人には全く届いてはいなかった。

「・・・流石にチャンピオンね。この土壇場で新たな技・・・傲らず鍛錬と挑戦を繰り返す姿勢には感服するわ」
「うん・・・でも、負けないよ。あたし達だってまだまだやれる」

 フェアリーに手渡された水を口に含みながら、カタリナとエレンは言葉少なにそう言いあった。
 その様子を横目に、ハリードはもう一方のベンチに視線を向ける。
 そこでは汗だくのまま座りもせず相変わらず直立姿勢の兄弟に檄を飛ばすハーマンの姿があった。

「新技おせぇぞ!もう後がねぇ!最終セットは一気に畳み掛けろ!」
『はいっ!』

 最早今のサザンティンバー兄弟には、ディフェンディングチャンピオンの余裕など欠片も無かった。
 代わりにあるのはただ、未知なる対戦相手に対するチャレンジ精神。
 その様子を同じく眺めながら、ポールは半眼で肩を竦める。

「ああなった相手は、こえーな。しっかし・・・あんのオッサン、どっちの味方なんだか」
「・・・さぁな」

 ハリードはポールの真似をするように軽く肩を竦め、コートへと視線を戻す。
 それを合図とするかのように、両チームは再びコートへと舞い戻った。
 ネット際へと陣取ったカタリナは、最終セット開始のホイッスルを待ちながら改めて対戦相手であるサザンティンバー兄弟を真っ直ぐに見据える。
 最早、彼らには最初に感じていた嫌悪感は一切抱かない。その代わりに感じるのは、只々一プレイヤーとしてのリスペクトだけだ。

(・・・あのアタックを見切った時点で勝ったと思った。でも彼等はその劣勢に果敢に抗い、この土壇場で新技を編み出してきた。あとは先に互いのアタックを見切った方が勝つ・・・。絶対に負けないわ・・・!)

 背後の様子を伺えば、エレンも全く同じことを考えているであろうことがその表情から窺える。
 それは無論、相手も一緒のはずだ。
 そして歓声鳴り止まぬ中、最終セット開始のホイッスルが鳴り響いた。

「っりゃぁあああ!」

 気合一閃、玄人顔負けのジャンプサーブを絶妙なコースで放つエレン。
 しかしそれを無難に捌いたサザンティンバー兄弟は新たな新技、時間差アタックを仕掛けてくる。
 カタリナはなんとかタイミングを合わせてブロックしようとするが、これは難なく躱される。
 そして放たれたアタックは、しっかりとカタリナらのコートに突き刺さった。

「・・・1-0!」

 ホイッスルと共に、審判の緊張を隠し切れぬ声が響く。その声に、しかし観客は一際静かにコートを見つめるだけだった。
 それはまるで、第一セット終盤のデジャヴか。
 サザンティンバー兄弟のアタックに微動だにせず、ただ只管にその動きとボールだけを見つめていたエレンの姿を、その場の全員が固唾を飲んで見守っていた。
 そして彼女の口の端が僅かにつり上がった事に気がついたのは、ハーマンくらいのものであった。

「・・・化け物め」

 その小さなつぶやきに、フェアリーの耳がぴくりと反応する。

《・・・コーチが毒吐きました。エレンさん、『見切った』みたいです》

 フェアリーが思念でそう伝えてくるのを受けたカタリナは、背後に陣取る心強い相方に思わず舌を巻く。
 これで、相手の新技もほぼ完封する事が可能になった。このまま行けば、彼女たちの勝ちは確定だ。
 だが恐らくはこの事実にハーマンとほぼ同時に気付いたであろうネットの向こうのサザンティンバー兄弟は、それでいてなんら表情を崩す事はなかった。

《・・・まだ分からない、か》
《・・・え?》

 カタリナの直感による呟きに、フェアリーが疑問符を返す。
 そしてそれは矢張り、正しい読みだった。
 次のラリーで見事に相手のアタックを捌いたエレンに観客が湧き上がった直後、彼女らの必殺アタックは逆にサザンティンバー兄弟によって止められたのだった。

「と、止めたぁぁぁあああ!!チャンピオンが止めたー!これは本当に試合の行方が分からないぞぉぉぉおおお!!」

 もう二度とこんな試合は見られないんじゃないか。まるでそう言いたげなほど全身全霊をかけた司会のシャウトが会場全体に響き渡り、それに一歩遅れてうねる波のように広がる観客の大歓声。その渦中にて、なおもラリーは続いていく。

 

 

 日没も近くなり、グレートアーチのビーチ全体が夕暮れに照らされる頃。
 油を暫く差していないであろうことが窺える取れかけの蝶番が、スイングドアを押してきた人物に対して店主の代わりに歓迎ついでの耳障りな悲鳴を上げた。
 すっかり聞き慣れたものの不快なことに変わりはないその音に遠慮なく顔を顰めながら、彼がこよなく愛する薄汚い場末のバーに、まるで我が家に帰ってくるかのように慣れた様子でハーマンは入っていく。

「よう、待たせたな」

 昼前と違って店内には今はぽつぽつと客がおり、彼らはそう声を上げながら入ってきたハーマンを見ると、それぞれがグラスを傾けていた手を下ろして彼へと向き直った。彼らは分かっているのだ。今日の主役が、彼であると言うことを。
 そして最後にハーマンへと視線を投げかけたのは、カウンターの中でグラスを磨いていたマスターだった。
 マスターが自分に視線を向けたことを確認したハーマンは、徐にその右手に持っていた物体を放り投げる。
 緩く回転しながら放物線を描いた物体を難なくマスターが片手でキャッチすると、それはこの薄暗い店内には似つかわしくないほどきらきらと輝く、赤珊瑚製のトロフィーだった。

「モルガンブラック、ロックで」

 カウンター席にどかりと座り込みながらいつもと変わらぬダークラムをオーダーし、マスターの反応も見ずに懐から煙草を取り出して火をつけるハーマン。だが程なくしてボトルを持ち上げる音、氷を弄る音、そしてグラスに張られた氷の上に液体が注がれる耳に心地よい音から自分のドリンクがしっかり作られ始めたことを確認すると、にやりとしながら面を上げた。

 

 

 今年も予定通り開催された第十五回グレートビーチバレー大会は天候にも恵まれ、例年通り・・・いや、例年以上に大盛況のうちに幕を閉じた。
 優勝タッグは事前オッズの一番人気であり、グレートアーチが誇る地元の英雄サザンティンバー兄弟だ。今大会の優勝にて通算三度目、三連覇という堂々の結果となっている。
 しかし、今大会の目玉はディフェンディングチャンピオンたる彼らではなかった。
 なんと言っても今大会の台風の目は、決勝戦にてサザンティンバー兄弟と熾烈な戦いを繰り広げた、初出場の謎の美女タッグだ。
 大会エントリー期限ぎりぎりに参加を表明してきたという彼女らは、なんと今大会のためにピドナからやってきたとのことだった。そして彼女らは予選にて並みいる地元の強豪達を次々と打ち負かし、迎えた決勝戦では最終セットの最後の最後までサザンティンバー兄弟を追い詰め、その場の誰にも勝負の行方が予測できない大接戦を展開した。
 運営に確認してみたところ地元以外から参加したチームがここまでの大躍進をしてみせた例は今までになく、大会始まって以来初の出来事と言うことだ。更にはこれほど白熱した試合は今まで見たことがないと今大会の観客は満場一致で賞賛しており、既に一部では伝説の一戦とすら言われている。
 これに敬意を表し、グレートビーチバレー運営委員会は急遽その場にて特別賞を設けて彼女たちにも簡易的なトロフィーを贈るという素晴らしい機転を見せてくれ、集まった観客共々、大いに二人を称えた。
 余談となるが、グレートビーチバレー大会の醍醐味の一つとして大会終了後にその場で選手や観客、運営も交えて大がかりなバーベキューを催すというイベントがある。これは地元の高級ホテルバランタインが食材提供を取り仕切るもので筆者も毎年このイベントまで参加するが、今年はこのバーベキューも例年以上の大盛況であった。
 特に印象的だったのは、決勝戦を通じて互いを認め合ったサザンティンバー兄弟と美女二人が様々な人々に囲まれながらおおいに飲んで食べて語らい、観客とも非常に和やかに接していたところだ。ここ五年ほどこの大会を取材しているが、歴代の優勝者と同じくサザンティンバー兄弟もどこか超然とした雰囲気で周囲の人間とは距離を置いている節があったものだが、今年の彼らは非常に和やかに周囲とコミュニケーションを図っており、チャンピオン自身にも今回の大会は非常に良い経験になったようだ。
 ただ惜しむらくは、美女二人が顔出しNGだということだろう。無論その辺りは本人達の意思を尊重するのだが、随行したカメラマンもこれには非常に残念がっていた。
 ただし、インタビューの際に来年の出場について伺うと前向きに検討するという旨のお言葉を頂けたので、彼女らの素顔が気になる読者の皆様も是非、来年はグレートアーチへと足を運んでみては如何だろうか。(試合のハイライトは裏面中央の特集にて)

「・・・だってさ」

 ハンス家の大会議室にて行われていた会議も終わり皆が寛ぐ中、エレンはメッサーナジャーナルのスポーツ欄を読み上げた後、窓際で物珍しげに外を眺めていたフェアリーにそう声をかけた。

「なかなか体験できない経験をさせてもらえて私は大満足でしたが、結果自体は惜しかったですね」
「そうだねー。でもあれは仕方ないよね。カタリナさん、トラウマレベルなんじゃないかなー」

 記事やそこに載っている写真を見返しながら、エレンが当時を思い出すように振り返る。
 試合の最終セットは、正に熾烈を極めた。お互いがお互いの必殺スパイクを見切りそれが決定打とならなくなったため、その必殺スパイクをすらフェイントに用いた非常に高度な戦いが展開された。競技経験値に優れるサザンティンバー兄弟の動きにもカタリナチームは類い希なる素早さを武器に必死の食らいつきで互角以上に渡り合い、正に勝負の行方はその場の誰にも分からないという状況であった。
 だがその彼らの非常にハイレベルな動きに、最終最後についてこれず、遂には根を上げてしまったものがあった。
 それこそは、サザンティンバー兄弟が身につけていた、極小サイズのブーメランパンツだったのだ。

「相手がアタックで飛び上がった瞬間だったし、ネット際で完全に至近距離だったよねー。あたしは逆光であんまり見えなかったけど、カタリナさんはモロだよ、モロ」
「アタックされたボールを掴み取って相手の方の、その・・・股間に投げつけたときは、何事かと思いました・・・」

 当然そこでカタリナチームは1点ペナルティだったわけだが、それが決定打となって軍配はサザンティンバー兄弟に上がったのだった。

「あははは、あたしなんかは昔っから男女お構いなく遊んでたからそういうのも割かし見慣れているけど、カタリナさんってそういうの意外と耐性ないのがまた可愛いよね」
「確かにカタリナさんのそういう部分は、ちょっとずるいなって思うことはありますね」

 エレンとフェアリーが当の本人がここに居ないのをいいことに好き勝手感想を言いながら笑い合っていると、その話題に引かれてか周囲の女子が続々と彼女らの周りに寄ってきた。

「カタリナがどうかしましたの?」
「えっとねー、この間グレートアーチでビーチバレーやってきたんだけどね、その時の試合が記事になっててさー」
「記事になっているのですか。凄いですね。ところでそのびーちばれー、とはどの様なものなのですか?」
「あ、ミューズ様も知らないことあるってなんか新鮮。えっとね、ビーチバレーっていうのはねー」
 聞き慣れぬ単語に小首を傾げるモニカとミューズに対し、エレンが得意げに説明を始める。そしてそのまま話の輪にサラやノーラも加わり、女子同士での会話に花が咲いていった。

「お姉ちゃんばっかりいいなー、面白そう!」
「というかしっかり水着は活用したんだね。選んでもらった甲斐があったじゃないか」
「来年は私もいってみたいですわ」
「それでは、私達も是非来年はビーチバレーというものをしてみましょう」

 気がつけば午後のお茶会の様相を呈してきた会議室でハンス家の執事がお替わりのティーを注いで回る中、ハーマンは自分に話を振られるのを面倒がって、そそくさと会議室を後にした。

 

 

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妖精談話・その2 「種族の多様性に見る様々な生態、及び生活圏についての考察」

 

「雪だるまと・・・ろぶすたー?」

 世界地図の南方に位置する広大なる神秘の密林の入口であるアケと一大リゾート地グレートアーチを結び、海賊の出没報告も多い危険な海路。その海路で現在運航している唯一の定期便の船内には常々そうであろう事が伺えるような実に無駄の無い積み込み具合で、乗客より優先して物資ばかりが所狭しと積み上げられている。
 密林の入り口として以外にもアケはスパイスの産地として世界的に有名であり、このスパイスの取引額は温海を離れれば離れるほど一気に跳ね上がっていく。それだけの金の卵であるが故に、グレートアーチ行きのこの定期船内に所狭しと積み上げられている木箱の実におおよそ八割がアケ産の各種スパイスであるらしい。これらは一度こうしてグレートアーチへ運ばれた後、温海を渡って世界中へと出荷されて行くそうだ。
 アケのように辺境と言っても差し支えなさそうな場所で数日に一本の定期便があるのは、このスパイスのためと言っても過言ではないだろう。因みに帰りのアケ行きの便には、アケでは中々手に入らない食材、金属類や羊毛等の生活物資が積み込まれるのだそうだ。
 そういうわけで香辛料満載で運行しているこのグレートアーチ行きの船内において、温海漂流からジャングルそして妖精の里を経てアケへと辿り着いたカタリナとフェアリーの二人は、有り難いことに地元の船長の厚意で船底近くに一室を当てがってもらうことが出来た。女と少女の二人旅に何か特別な事情を察してくれたのかもしれない。
 ゆったりと進む船に揺られながら二人は、船室内で取り留めのない世間話に興じていた。

「はい、そうです。世界中に散らばる幾つかの伝記でもその存在は示唆されていますが、私たち以外にも実はこの世界には幾つかの種族が確かに暮らしています。そしてその場所は例外なく、人間の生活圏とは隔離されています」

 へぇー、とカタリナが感心したようなお馴染みの反応をすると、フェアリーは少し誇らしげな表情を見せながらスカーフの下に畳まれた羽をピクリと震わせた。
 二人は堆く積まれた木箱にほぼ全方向の壁面を占拠された船室内で小さな丸テーブルに向かい合って座り、珈琲とアケ特製の砂糖を塗した揚げパンをツマミに話に花を咲かせていた。

「うーん・・・一瞬ロブスターのほうが謎に思えたけど、寧ろ問題は雪だるまよね。雪だるまは、なんで種族扱いなのかしら。っていうかそもそも動くの?」

 そもそも雪だるまは生物ではない。降り積もった雪から人間が作り出した造形物の一つである。それがあろう事か種族としてこの世界のどこかに存在しているなどと、いくら妖精の言葉であったとしても到底信じられるものではない。
 そのように当然出てきたカタリナの問いかけに、フェアリーは直ぐさまこくりと頷いた。

「はい、動きます。雪だるまはロブスター族よりもおそらく私達妖精に近い存在でして、吹雪の中で精霊が可視化されるにあたって、そのような姿になったそうです」
「あぁーなるほどね。精霊の一種と考えればいいわけなのね」

 雪だるまなんてものは、カタリナは小さい頃に家の庭園に降り積もった雪で給仕と一緒に作ったことがあるくらいだ。それがまさか種族として数えられるような存在であるとは露程も思わず、ましてやそれが精霊の一種ときたものだ。事実は小説よりも奇なりとはこの事と、カタリナは少し感動してしまった。
 そんなカタリナの驚いている表情に非常に満足気な笑みを浮かべたフェアリーは、得意げに人差し指を立てながら続けた。

「より正確性を増して表現するなら、精霊と魔法生物の中間・・・のような存在でしょうか。私たちのように通常生活圏・・・所謂縄張りの外側で活動することは殆ど出来ず、氷点下でない場所ではその存在を保てないそうです」

 どうやら自分が小さい頃に作った雪だるまは、種族としてのそれではなかったようだ。何しろ彼女の実家の庭園は常時氷点下などではなく、四季折々の気温や風景があるロアーヌだ。自分で作った雪だるまがしゃべり出すなんてファンタジックなことが起こるのならば是非とも体感してみたいなどと思った矢先であったので少しだけそれに残念がってみるが、よくよく思い返せば人の生活圏とは隔離されていると先に言われた気がする。
 仕切り直すことにした。

「となると、ロブスター族も精霊の一種なの?」
「それは・・・諸説あるようです。水精の一種であるという説と、あとは魔族の一種であるという説です」
「魔族・・・」

 抑もロブスター族とは、見た目は名前の通りロブスターというわけでもないのだそうだ。
 その生態はなんと二足歩行であり、鋏に当たる部分が大きく発達して両腕のようになっているのだという。その特徴から端的に姿形を表現すれば「周囲がドン引きするくらい本気で全身ロブスターの仮装をした人」と言うのが最もそれらしい容姿の説明であるらしい。
 併せて背格好も人間のそれに近いらしく、更には頑強な甲殻と強靭な筋力をその身に兼ね備え、挙げ句に水術も操るという。
 前段の雪だるまよりも、より戦闘に特化した種族と捉えて間違いないようだ。

「とはいえまぁ、精霊説の方が有力みたいです。私達も最初はサハギンの様な変化に近いのではないかと考えていましたが、しかし彼らはどうやら彼らの生活圏とされる西太洋において周辺に生息する魔物と対立しているそうなのです。つまり、アビスの瘴気を嫌っているのです。ご存じの通り、魔族がアビスの瘴気を嫌うということは基本的にあり得ません。なので精霊説が浮上しました」
「なるほどね。なんか精霊ってもっとこう半透明なふわっとしたものだと勝手に思っていたのだけれど、意外と何でもありな感じなのね」

 カタリナがそのような感想を述べると、フェアリーはそうですねと同意しながら柔らかくクスクスと笑った。

「あとは私も殆ど詳細は知らないのですが・・・この世界にはゾウ族という種族も存在していると聞いたことがあります」
「ゾウ・・・?」

 聞き慣れない単語に、カタリナは小さく首を傾げる。ゾウと言うのが動物の一種であることは知っているのだが、そもそもそのゾウという動物を実はカタリナは実際に見たことがなかったのだ。
 世界を形作る動物の一種で蛇と亀の上に乗って世界を支えているとかどうとかどこかの宗教上の世界図で見たことがあるくらいであるが、生憎とそういった分野にそこまで興味がなかったカタリナには、さして記憶に留まるほどの印象としては残っていなかった。

「種族としての歴史はどうやら最も新しいようでして、魔王の時代から聖王の時代の間に主な発見報告が相次いでいることから、そのあたりの時代に何らかの原因によって突如現れた、という説が有力だそうです」
「突如・・・って、種族ってそんな唐突に生まれちゃうものなの?」

 神様の気まぐれにしても流石にそれは適当すぎやしないかとカタリナが半ばあきれ顔で言うと、フェアリーはそうですねと答えて笑った。
 このゾウ族なる存在は、ロブスター族に似たように象の姿の二足歩行生物であるそうなのだが、その生態は殆どが謎に包まれているそうだ。

「雪だるまは北海に。ロブスター族は西太洋に。妖精族は密林に。そしてゾウ族はカタリナさんの故郷ロアーヌのずっと東、聖王様も復興を諦めたという巨大な腐海のどこかにコミュニティを築いているそうです」

 フェアリーは懐から上質な紙と艶のある不思議なインキを取り出し、ゾウ族らしき絵を紙の上に描いていく。
 巨大な耳に、顔面の中央から突起している異様な部位。これはフェアリーによると鼻であるそうだ。姿だけ見れば完全な異形なのであるが、主な発見報告によるとその気性は非常に温厚であるらしい、とのことだ。

「しかも腐海は基本的に非常に瘴気の濃い、およそ生物の生存には非合理的な条件をこれでもかってくらいに詰め込んだ危険地区です。その瘴気の濃度は魔族を以ってしても低級なものであれば脳に異常を来し発狂する程だとか・・・。そんな中にいて平然としている彼らと仮に協力関係を築ければアビスへ対抗する非常に強力な鍵となるのではないか、などと考えて発見に躍起になった時期も人間の中ではあったそうですよ」

 フェアリーの講釈に、これはカタリナも聞き覚えがあったのか、細かく何度か頷く。

「あぁ、メッサーナ王国主導の腐海遠征ね。概要くらいならば私も聞いたことがあるわ。確か・・・腐海に手を出してはならぬーっていう地元のおばあちゃんを無視していった結果、遠征団は全滅しちゃったのよね」
「え、そんな風の谷みたいな話でしたっけ・・・?」
「あれ、違った?」

 微妙にお互いの知識にムラがあるようで首をひねる二人だったが、この話題を突き詰めることにさして興味も無かったのか、話題は次へと移っていった。

「あとは・・・あ、これはどうなのかしら。種族って感じはあんまりしないけど、伯爵様とか」
「あ、吸血鬼ってやつですね。確かに彼らも人間でもなければ魔族ともまた違う存在ですが・・・なにせレオニードさんしか公には存在が確認されていませんし、種として数えていいものかは疑問ですね」
「あーでも、伝説の通り・・・っていうのかしら。レオニード城内には伯爵様の眷属?っていうのは数多く住んでいたわよ。私、実は伯爵様に二、三回お会いしたことがあるのだけど、そこには伯爵様に近いと思われる人型の何かが沢山、共に住んでいたわ」

 昔を思い出すように中空に視線を向けながらカタリナがそう言うと、フェアリーは興味深そうに椅子から身を乗り出した。

「それは凄いですよカタリナさん・・・!」
「え、そうなの・・・?」

 予想外のフェアリーの勢いに思わず身をそらせたカタリナは、伯爵に会うことがそんなに凄いことだったのかと思う。
 確かに彼女が過去にあったことのあるレオニード伯爵という人物は通常の人間とほとんど関わることなく城の中で暮らしており、年に一度行われる舞踏会以外で彼の姿を見ることは公にはまずないという。無論そういったものとは別に個人的な訪問が無いわけでもなかろうが、数百年を生きる人物に対して確かに世間に伝わる情報は非常に少ないようには感じる。
 そう思ったままの感想をフェアリーに述べると、彼女は大仰に頷いて見せた。

「そうなんです。あんなに存在は有名なのに、その実態はほぼ全くと言っていいほど世界に伝わっていないんです。ですので現在世に広まっている伯爵に纏わる伝記は、その殆どがフィクションだとされているんです。でも伝説の通りレオニードさん、又はその眷属さんが吸血行為によって個体数の増加を図っていたとなれば、それは立派に種族として数えられると思います!・・・あぁ、いつか私も行ってお会いしてみたいです」

 こういうのを心ここにあらずというのだろうか、フェアリーは両手を胸の前で組みながら狭苦しい船室の天井へと視線を向け、誰に言うわけでもなく最後にはそう口走っていた。
 本当にこの妖精は見聞を広げ自分たちの知らないことを経験することが好きなんだなとフェアリーの様子を眺めていたカタリナは、ふと頭に浮かんだ質問を口にした。

「フェアリーは、妖精族以外の種で一番気になるのはどの種族なの?」
「それは勿論、人間です」

 まるで聞かれるのを待っていたかと勘ぐるほどあっさりと、さも当然とばかりにそう答えてくるフェアリー。そのあまりの切り返しっぷりに、カタリナは瞳の瞬きで応じた。

「今言った種族たちは其々が内部でどのような事情があるのかは分かりませんが、私たち妖精族や、ともすれば魔族をも含めて一様に共通する部分があります。それは・・・自ずと既存のコミュニティの外に出ようとはしない事です。まるで、最初からその様に誰かに言い聞かせられてでもいるかの様に、そこだけは一緒なんです」

 妖精の言葉に、なるほど言われてみればとカタリナは珈琲を啜りながら頷いた。

「・・・でも、人間は違います。進化をし続けています。ある時は野心であり、ある時は冒険心であり、またある時は新たな希望であり。何かに導かれて、人間は既存の殻を破っていきます。それが何故なのか、興味の尽きないところです」

 フェアリーの瞳は、彼女にとって今言ったことがどれだけ凄いことなのかを物語るように、爛々と輝いている。その瞳に正面からのぞき込まれたカタリナはと言えば、自分としては至極当然に思っていたことをそのように言われ、なんともいえぬ不思議な面持ちでいた。
 だが彼女がここに至る前に見た妖精の住まう大樹は正に人間には不可侵の領域であり、そこに至るまでの道筋もまた、住まう世界を隔てるに十分な環境であった。それは間違いなく妖精族が外界との繋がりを断つために作り上げたものに違いない。
 だが、いつか人間はあそこを見つけるだろう。この三百年で人間がアビスから取り戻し、また広げた生活圏は非常に広大だ。寧ろその急先鋒とも言えるのが彼女の祖国ロアーヌであり、開拓民によって日々切り開かれていくシノンの地は、そう遠くない未来には腐海にも到達することだろう。

「・・・そうね、確かにそうかもしれない。だとしたら私たち人間もまた、誰かに言い聞かせられて未だ見ぬどこかを目指しているのかもしれないわね?」
「はい、きっとそうなんだと思います!」

 本当にそうだとしたら、それはきっと素敵なことです。そう付け加えて華やかに微笑むフェアリーに、つられてカタリナも微笑み返す。

「とはいえ、こうして妖精族のフェアリーに会えたわけだし、そのうち他の種族にも会うことがあるのかしら・・・?」
「可能性は、十二分にあると思います。今後カタリナさんがもし四魔貴族を討伐するという選択肢を選び進んでいくことになるのならば、聖王様が紡いだ伝説をなぞっていくことになるはずです」

 伝説によれば各種族と四魔貴族との確執というものは、意外と散見されるそうだ。最も代表的なもので言えば、密林に住まう妖精族と魔炎長アウナスの関係である。魔炎長の居城である火術要塞へと続く密林の迷路を唯一辿ることが出来るのが妖精族であり、そのため妖精族は常に魔族と敵対している。
 そして他にも広大なる西太洋のどこかに存在するとされる魔海候フォルネウスの居城である海底宮の座標を唯一知るのは世界の最果てに住まう民とされ、一説によればこれがロブスター族ではないかと言われている。
 また雪だるま族は聖王が用いた武具の一つとされる聖王遺物、氷の剣を守護しているとされており、北の最果てに住まうと伝説にあるそうだ。氷の剣はアビスの炎を受けても決して溶けることのない唯一無二の剣とも伝えられており、聖王による魔炎長アウナス討伐の際には妖精の弓と共に活躍した武具であるという。

「なるほどね、確かにその感じだと、そのうち会えるのかも知れないわね」
「はい。私はあわよくば、そこにもご一緒できればと考えてます」

 フェアリーが屈託のない笑顔でそう言うと、カタリナは苦笑いをしながら肩を竦めて見せた。

「何時になるかは分からないから、気長に待って頂戴ね」
「はい」

 素直にそう返してから珈琲を啜るフェアリーに併せ、カタリナもゆっくりと珈琲の味を楽しむ。
 アケの珈琲豆は深煎りがいいと船長直々のお勧めで入れてもらった一杯だ。
 奥行きのある苦みと共に口内に広がる芳醇な香りを楽しみながら、まったりと一息つく。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

 ふとカタリナが落ち着かない様子で周囲を見渡すと、フェアリーがそれにならってゆっくりと周囲に視線を走らせ、そのあとでカタリナに向き直った。そしてそのまま視線でどうかしたのか、と問いかけてみる。

「・・・いや、なんか普段こうしてまったりしていると、どうもそろそろ、何かしらの騒動に巻き込まれる気がしちゃって」
「あー・・・典型的なトラブルメーカー体質っぽいですもんね、カタリナさん。確かにこの辺の海域は海賊の出没も頻発する地域だそうなので、確かにグレートアーチにたどり着くまでに一騒動あるかもしれませんね」
「・・・ええ、そんな気がしちゃって、どうもそわそわするのよね」

 騒動に巻き込まれやすい体質らしいことを最近自覚しているカタリナがため息をつきながらそう言うと、フェアリーはそれを肯定しながらクスクスと笑って応える。

 しかし彼女のそれは今回は杞憂であったようで、船旅は順調に進み、二人の乗る船は滞りなく予定日にグレートアーチへと入港したのだった。

 

 

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月下の夜想曲

 

 ゆらゆらと舞い踊りながら降り積もる純白の結晶は、緩やかに空間全体を染め上げている優しい宵闇と相まって、その中心に位置する街を妖しく美しく、そして幻想的に彩っている。
 積雪に覆われた辺り一帯は不気味なほどにしんと静まりかえっているが、不思議と怖さは感じない。むしろどこか安堵をすら覚えてしまうような既視感すら、ふと脳裏に訪れる。それは、この地がこの地たる所以によるのかもしれない。
 伝説によるならば、千年続くとすら言われているその光景。今正にそのように語り継がれる街を一望できる小高い丘の上から一人見つめていた女は、ゆっくりと雪除けのフードを取り去った。
 フードの中に窮屈そうに押し込められていた長く美しい銀髪が雪の中に咲き広がるのに任せながら彼女は瞳を閉じ、次に見開きながらゆっくりと空を見上げる。
 そこには昼が訪れることもなければ、真夜中が訪れることもない。まるでここだけ時が止まっているかのように、ずっとこの宵闇だけがまるで永遠に続くかのように世界を包み込んでいる。
 否、それは今この瞬間は間違いなく永遠を約束された景色であるのかもしれない。
 それらは正にこの地方に根付いた一つの伝説・・・若しくは真実を表しているようにさえ、女の瞳には映った。

「ヴァンパイア伯爵の治める地・・・時を刻む事を忘れた街、ポドールイ、か・・・」

 数々の伝記に残る夜の王の二つ名を小さく呟やきながら今一度街を見下ろした女の頭上を、まるで「ようこそ」とでも応えるように蝙蝠が一匹ゆっくりと旋回し、そして街へと飛び去っていく。
 間も無く訪れるであろう名月が、この地に訪れた彼女の運命をどのように照らすのか。それを確かめる為に彼女は自ら、宵闇の街ポドールイへと誘われていった。

 

 ポドールイとは元々この辺り一帯を指す地域の名称で、地域に該当する周辺諸国としてはツヴァイク、キドラント辺りまでを含む広大な範囲を指している。
 その地域の名を冠するこの都市は、街としての歴史は間違いなく世界最古を誇る。
 六百年の昔に魔王が君臨していた時代よりも以前からこの街は今の様に宵闇を纏っており、魔王の時代の後に世界中を蹂躙した四魔貴族支配の時代にすらこのポドールイだけは如何なる襲撃も受ける事なく、様相変わらず有り続けたのだという。
 斯様に四魔貴族ですらあえてこの地に手を出さなかった際たる原因と言われるのが、このポドールイを治める領主、レオニード伯爵の存在だった。
 驚嘆すべきことにこのレオニード伯爵という人物は三百年前の聖王の時代には聖王当人と関わり、果ては六百年前を生きた魔王とすら面識があるとも言われている。
 それほどの昔から生き永らえ、この地から世界を見つめ続けている存在なのだというのだ。
 そしてその正体は事の他有名でもあり、恐らくそれは、例えば世界の真反対にあるグレートアーチの子供達ですらも御伽噺に聞いた事があるだろう。
 曰く、レオニードという人物は他人の生き血を啜る「吸血鬼」であるのだという。
 彼に血を吸われた人間は皆等しく彼と同じ夜の眷属・・・ヴァンパイアとなるが、その代わりに永遠の命と若さを手に入れる事ができると言われている。
 それは、今も昔も命儚き人間が求めて止まない究極の願望の一つだ。
 伯爵は若い女性の血を特に好むといい、故にこの街には数百年の昔より今に至るまで、伯爵によって与えられる永遠を求めるうら若き乙女が幾人も集う。
 年に一度、その年で最も空高くに煌煌と輝く満月の夜に伯爵の城で催される舞踏会に集った中から一人が伯爵に選ばれ、永遠を得られるというのだ。そしてその代償に乙女は夜の住人となり、このポドールイの宵闇を抜ける事は未来永劫叶わぬと言われている。
 それでもこのポドールイにはそのような永遠を求める娘が後を絶たない。
 それ故、この街には伯爵に気に入られるために着飾り競う乙女たちの為の服飾店が多く軒を連ねている。とはいえ、揃っている洋服の数々はモードの発信地として有名なリブロフやウィルミントンの様な先鋭的なファッションではなく、どちらかと言えばクラシカルな佇まいのドレスや重厚な装飾がなされた宝石が多い。この辺りは、伯爵の好みに合わせているのだろうか。

「・・・あらあら、いらっしゃい。この街へは、今来たばかりなのかしら?」

 些か不用心にも思えるほどに気前良く軒先の宝飾台に所狭しと並べられた煌びやかな宝石類に目を落としていると、店主らしき老齢の貴婦人が声をかけて来た。
 まるで盗って下さいとでも言わんばかりの並べ方に驚いてました、などとは流石に言えず、女は取り敢えず形だけ笑顔を作りながら会釈を返す。
 今来たばかりか、との聞き方は恐らく女の格好を見て言ったのだろう。明らかに旅用の丈夫なローブを身に纏って荷物を抱えたその姿をみれば、誰だって外から来たのだろうと思うはずだ。
 だがその中で老貴婦人が他と一つ違ったところは、なにやら女のような人物にたいそう慣れた様子の物腰であった点であろう。
 貴女の様な旅人を私はよく知っている。まるでそう言っているかのような対応に、女は成る程この土地柄そういうものなのかと変に納得したものだった。

「・・・少し、驚きました。ここはとても治安が良いのですね」

 この雰囲気なら素直に言ってもよかろうと思い、女が本音を漏らす。
 すると老貴婦人は可笑しそうに小さく笑い、そして街の北方へと視線をずらした。

「ここは伯爵様の治める土地ですもの。あのお方のお膝元で悪事を働こうものなら、天罰が下るわ。それをここの住民はよく知っているから、なんの心配もいらないのよ」

 おっとりと上品な皺を目尻に湛えながら老貴婦人が柔らかくそう言うのを、女は感心しながら聞いた。この老貴婦人が寄せる伯爵への信頼感は、その言葉の雰囲気で十二分に伝わってくる。外ではヴァンパイアとしての噂しか聞かないが、その実これほど民から慕われているとは露ほども知らなかった女は、伯爵という人物は少なくともこの土地では名君たるのかと考えを改めた。
 しかしそれでも、ここまで不用心な陳列は本当に心配いらないのだろうか。
 そんな思いが顔に出ていたのかもしれない。すっと目を細めた老貴婦人は、でもね、と言葉を続けた。

「稀に外からやって来た旅人さんが、ついうっかり出来心を出してしまうことはあるわ。でもそうした方達はこのポドールイを出ることなく、蝙蝠の贄となるの。そうしていつの間にか軒先に、盗られたものがちゃんと帰ってくるのよ。だから、そういうことがあったとしても大丈夫なのよ」

 老貴婦人は言葉と共にもう一度微笑んだが、女にはその内容を聞いたあとに全く同じ印象を抱くことは叶わなかった。
 また来ますと頭を下げ、そそくさとその場を後にする。
 やはりこの街の住人は一味違うのだなと感じながら、女は兎に角宿を求めて街の広場まで出ることにした。
 雪の丘から女は既に感じていたが、ここは街全体がどこか緩やかな眠気を誘うように、とても安穏な空気に包まれている。だがそれは広場に近づくにつれ、まるで真逆の、どこか熱に浮かされたような感覚へと変貌を遂げていった。
 街の広場付近では若い女達が幾人も行き交い、ガラス製のショウウィンドウの向こうに置かれたドレスとその値段に一喜一憂し、美しさを称えながら宝石を勧める売り子に笑顔を返す。
 そんな実に華やかな街の様子を横目に、女は宿の集まる通りへと入っていった。
 しかしどうした訳か通り一面に連なる宿は、驚いたことに満室が目立つ。
 当然の如くすんなり宿に泊まるつもりでこの事態を全く想定していなかった女は、戸を叩けど叩けど満室ばかりの状態に半ば唖然としながらどうしたものかと途方にくれた。
 通りの出口まで来たところでここの宿がどうやらほぼ全滅である事が分かり、女は頭を掻きながら唸る。
 すると丁度そこに、女に掛かる声があった。

「・・・お前さん、泊まる部屋がもうなかったのかい?」

 声に振り向くと、そこには大型の犬を二頭紐に連れた老人が立っている。

「ええ、そうです。まさかこんなに繁盛しているとは思わなくて・・・」
「・・・この時期は仕方が無い。もうじき、伯爵様の城で舞踏会が催される。毎年こんなもんさ」

 うっすらと表面に積もった雪を払うように体を震わせた犬の体を撫でつけながら、老人は小さく笑った。
 その笑みがどこか失笑に近いようにも感じたので、ひょっとすると彼の目にはこの光景が滑稽に映っているのだろうか。ここの住人の表情はいまいち読み難い。
 女がそう思っているところに、老人は再び声を掛けてきた。

「お前さんは、珍しく旅慣れしているようだね。そこの宿程小綺麗にしちゃあいないが、うちに空き部屋がある。三日ほどなら使ってもいいよ。どうするね?」

 なんとも唐突な申し出だったが女は多少考える仕草をした後、喜んでそれを受ける事にした。
 老人が言うとおり恐らく三日以内にはこの街を出ることになるはずだったから、日程的に丁度良かったのもある。
 それに先ほどの老貴婦人との会話から、寝込みに盗みを働くような不埒な輩はこの街には往なさそうだという安心感も、その決断を手伝った。

「そうかい。じゃあおいで。こっちだよ」

 老人はそう言うと、思いの外機敏な動きで犬を連れて歩き出した。
 その後ろについて賑やかな通りを背に歩き出した女は、一度だけ街の広場の方を振り返る。
 そこには街灯に照らされて舞い散る雪と、色とりどりの看板と若き乙女達が変わらずある。
 これらの景色は三日の後にどうなるのだろうかとふと頭の片隅に過ったが、今の自分には関係あるまいと女はそこで考えるのを止めた。

 

 翌朝、なんとも言えない不思議な気分で女は目覚めた。
 昨夜は予想に反して随分と真面な部屋とベッドにとても満足し、旅の疲れを落とすようにゆっくりと眠りについたはずだった。
 だが起きて窓の外の景色を見ても、そこには彼女が眠りにつく直前の宵闇が只々あるばかりなのだ。
 果たして自分がどの位の時間眠りについていたのかが全く分からず、女は困惑した。
 それは数秒の話なのか、まさか数年の話なのか。例えなんと言われても、彼女にはそれを否定することができるだけの自信か得られない。
 兎に角何か確かめられるものはないかと外に出ると、そこでは最後に見た時と全く変わらぬ姿の老人が犬と戯れていた。どうやら数年寝ていたわけではないらしいということに、女はほっと胸を撫で下ろす。

「おや、よく起きれたね。ここにきて間もない人は皆時間の感覚を失って随分と長いこと眠るもんだが・・・お前さんは、流石に体を鍛えているだけあるね。規律が出来ている」

 空を見ながらそう言った老人に倣い、女も同じく空を見上げた。
 そこには粉雪の合間に幾つもの星が見えるので、つまり現地の人たちは星の位置でおおよその時間を判断しているといったところなのだろう。
 そういえば何故老人は自分が鍛えている事を知っているのだろうと疑問に思い、そういえばこの老人とは昨夜夕食を馳走になりながら話をしたことをそこで思い出した。
 どうやら彼はこの地で、マンドラゴラと呼ばれるものを採取することを生業としているらしい。それ故彼は自らのことを、マンドラゴラハンターと名乗った。
 マンドラゴラとは魔術や錬金術等の古文書にもよく名前の出る植物で、女も存在は聞きかじったことがある。
 彼が飼っている犬達はそのマンドラゴラを採取するのに必要なものだと彼は言ったが、結局その方法までは昨夜には教えてはもらえなかったと記憶している。
 無論相手の生業についてそこまで根掘り葉掘りと聞くほど無粋でもないので、女は適当なところで自己紹介がてらに自分の事を掻い摘んで話しながら夜を過ごしたのだった。

「明日の夜には、この一年で最も美しい月が昇るだろう。今日のうちに街中で済ませられる用事は済ませておいで」

 相変わらず犬と戯れながらそう言った老人に女は頷くと、部屋に戻って幾らかのオーラムを手に、街へと向かった。
 街中は相変わらず賑やかさがあり、心なしか各商店の売り込みは昨日より熱が高いようにも感じられた。
 行き交う乙女達の口からは、近年の売れ筋や伯爵の好みがどんなものであるかなど、様々な話が耳に飛び込んでくる。昨年に選ばれた娘が服を買った店はどこそこの店であるだとか、あそこの店は必ず何年かに一度選ばれているから今年は確率が高い、だとか。
 そんな様子を横目に、女は広場を通り越して、昨日立ち寄った宝飾店へと向かった。

「あら・・・昨日の方ね。また来てくれて嬉しいわ」

 こちらも昨日となにも変わらぬ姿の老貴婦人に出迎えられ、女は軽く会釈をしてから軒先に並べられた宝石達に視線を向ける。
 昨日一目見てここで扱っている宝石達は美しく、ここの宵闇の合間に煌めく輝きが見事なものであったことを思い出したのだ。
 手に取って質感を確かめ、宝石そのものの純度もさることながら周囲に施された装飾も実に繊細で見事なものである事に改めて目を見張る。

「・・・これと、あとこちらを頂けますか?」
「あらあら・・・うふふ、随分とお目が高いのね。宝石には慣れていらっしゃるの?」

 老貴婦人が多少驚いたようにふんわりと笑いながら女の選んだ宝飾を包むのを見ながら、女は肩を竦めた。

「いえ・・・個人的に持っている数は多くはありません。ただ、とある高貴な方にお仕えしておりまして、良いものを間近で学ばせていただいております」
「そうなの。ではその御方様は本当に良いものをお持ちでいらっしゃるのね。お見事な識別眼をお持ちだわ」

 小綺麗に包まれた宝石を受け取って思いの外安価に提示された代金を支払い、女は老貴婦人に礼を述べて来た道を引き返していく。
 通りには今も賑やかな声と音楽が其処彼処から響くが、女はどうにもその中に混じってウィンドウを眺める気にはならなかった。
 ふと帰り道に空を見上げると、いよいよ宴の訪れを告げんとばかりに巨大な月が登っている。その輝きが最高潮に達する明日に、このポドールイに集った乙女達は自ら喜んで奈落へと続く道を歩んでいく。
 その何とも言えぬ奇妙な事象にやや冷めた笑みを浮かべつつ、女は老人の元へと帰っていった。

 

 翌る日。
 女は再び宵闇の中で目覚めた。
 ベッドのすぐ横に置いてある小さなテーブルには、昨夜寝つきが悪かった女に老人が気を利かせて用意してくれたホットワインのカップと、小さなチーズの欠片が置いてある。
 それを横目に確認した女はどうやら今回も寝ていた時間は数年などというわけではなさそうだという事に確かな安堵を覚え、そしてそんな自分に小さく笑う。
 ここでの目覚めはどこか心が不安定で、暫く慣れそうもない。
 いや、抑も慣れる必要もないのだと思い直した女は、立ち上がって顔を洗いにいったついでに老人に寝覚めの挨拶を済ませ、髪を整え薄く化粧を施し、直ぐに着替えた。
 女が袖を通した淡いピンクのスリムなドレスは、あまり主張し過ぎないながらも上品に施された艶美な刺繍とフリルがアクセントとなり、艶やかさだけでなくどこか少女のような純粋さをも感じさせる。
 だがその割には機動性を重視した深いスリットがスカート部分には施され、その裏に隠せる様に剣帯が装着出来る細工もある。
 そこに愛用の小剣を忍ばせた女はドレスの上から防寒具を羽織り、長い銀髪を纏め上げ、これも愛用の櫛でしっかりと留める。
 そうしてまた老人に挨拶をすると彼は驚いた様な顔をし、次いで微笑んだ。

「こいつは驚いた。随分と整った顔立ちだとは思っとったが、わしはとんでもない方を泊めていたようだね」
「・・・とんでもありません。それでは、行ってまいります」
「・・・あぁ。気をつけておいで。君ならばきっと、伯爵様のお目に適うだろう」

 老人の言葉に軽く会釈だけを返した女は、宵闇の中にぼんやりと浮かんでいる街灯を頼りに街の北へと向かって歩き出した。
 街中を通り過ぎる段階で幾人もの若い女達が我先にと急ぎ足で北へと向かっていくのを眺め、その流れが向かう先に広がる宵闇の向こう側、霧に覆われながら幽かに見える城を見据えた。
 街の北門から雪に覆われた丘を二十分程歩いて登れば、伯爵の住む城へと辿り着く。
 そこは緩やかな傾斜ではあるものの、普段は行き交う人があまりいない丘陵の道はあまり整備状況がよいとはいえず、ましてやこれから舞踏会へと向かうような出で立ちの娘たちには容易い道のりではない。
 余りヒールの高い靴を選ばなくてよかった等とぼんやり考えながら丘を登っていた女は、唐突に周囲に不穏な気配を感じて立ち止まった。
 隠すつもりの毛頭なさそうな敵意が女の周囲にいくつも感じられて瞬時に身構えたが、それは直接女に向けられているわけでもないように感じられた。
 すると程なくして敵意の所有者が丘の沿道から姿を現す。それは、獲物を捉えて唸る数頭の獰猛な狼であった。
 獣らがターゲットとして見定めたのは、丁度女の前を歩いていた数人の娘達だった。それを察知した瞬間に女は駆け出しながら懐の小剣を抜き放ち、丁度狼の存在にいち早く気がついて悲鳴を上げた先頭の娘を横に突き飛ばしながら最も距離の近い狼に対峙する。
 そして狼が自分へと向かい飛びかかってきたことを確認すると、着地点を予測しながらバックステップを踏み、その体勢のまま上半身の捻りを存分に効かせた突きを繰り出す。それが寸分違わず狼の額から頭蓋を貫通したことを手応えで確信すると、女は引き抜いた小剣の穢れを払うように血振りをしながら次に飛びかかってきそうな狼へとじりじり移動しつつ背後に声をかけた。

「大丈夫?」

 声を掛けるが、反応は返ってこない。流石にこのような状況で背後の様子を伺うわけにはいかないが、そこまで怪我をするような突き飛ばし方をした訳でもないので問題はなかろうと女は踏んだ。
 だが次の瞬間、背後の娘は凄まじい形相で女の背中を睨みつけ金切り声をあげた。

「どうしてくれるのよあんた!せっかく用意したドレスが地面に擦れて汚れてしまったじゃないの!これじゃあ・・・伯爵様の前に出られないじゃない・・・!」

 唐突に背後から責め立てられ、流石にこの展開を予想していなかった女は思わずびくりと体を震わせてしまった。
 求めるわけではないが、流石に礼を言われこそすれ責められる場面であるとは思わなかったのが正直なところではある。
 だが突然獲物が喚き散らし出したことに反応して警戒を解き唸り声を上げて興奮する狼に、女は再び意識をそちらに戻す。
 その間にも娘は手に握った雪を衣服の汚れに擦りつけて落とそうとしたり、はたまた女に投げつけては怨嗟の叫び声を上げ、痛ましく顔をくしゃくしゃに歪ませている。
 いよいよ興奮が抑えられなくなり娘らに飛び掛らんと姿勢を低くした一匹を視界の端に捉えた女は、足場の悪さを物ともせずに力強く地面を蹴り、そのまま加速を乗せた刺突を今まさに獲物に飛びかからんとしていた地狼に見舞う。
 しかし地狼は真正面から放たれたその刺突をなんとか左に躱し、反撃せんとして女に飛び掛かった。
 女は体勢を戻してからでは回避が間に合わないと踏み、地狼から間合いを取るように右足で地面を再度蹴りつつ上半身ごと捻りながら右手の小剣を地狼の鼻先を切り掠めるように振り抜く。
 正に目前を振り抜かれて飛びかかった勢いを殺された地狼が女の眼前に着地して怯む。そこに女は小剣を頭上に軽く放り上げながら素早く腰を落とし、顎を目掛けて右肘を打ち上げた。
 衝撃と共に脳髄を強く揺さぶられて更に地狼がよろけると、その隙に女は折り曲げていた肘を伸ばして自由落下してきた小剣を掴み取った。そして上半身のバネだけを用いて零距離から放たれた小剣の突きが、寸分違わず地狼の眼球から脳髄までを貫く。
 そして小剣を引き抜く際に飛び散った獣の血飛沫が女の外套とそのすぐ後ろにいた娘のドレスに掛かると、そこで漸く現実を取り戻したように娘たちは瞬きをし、そして叫んだ。
「血が・・・!汚らしい獣の血が私のドレスに・・・!どうしてくれるの、これでは伯爵様のところにいけないわ!」

 既視感とは、こういうことをいうのだろう。
 あまりに酷似した罵倒を頂き、女は多少辟易しながら小剣の穢れを払う。
 その間にもドレスに血痕のついた娘は泣き喚き、これでもう私には永遠の若さと命は得られないと叫び狂う。
 永遠どころか下手をすればつい数秒前に終了の間際にあった命だというのに、どうやらこの娘にはまだ現実は見えてはいなかったようだ。
 とはいえ娘らをここにおいておくわけにもいかない。兎に角城まで向かって伯爵に保護を頼もうと考えた女は、泣きじゃくる二人を宥めながら他の娘たちも誘導しつつ丘を登り、その後は特に危険もなく城へと辿り着いた。
 伯爵の城は女がこれまで見てきたどんなものよりももっとずっと古い石造りの建造物であり、白の周りを取り囲んでいる堀に鬱蒼と生えている苔の濃さが年代を感じさせる。
 堀を越えて城へと繋がる跳ね橋はまだ上がったままで、橋の前には既に十数人の若い娘たちが集っていた。
 そこに更に数人を引き連れてきた女が加わると、まるでそれを待っていたかのようにガチャリと上げ橋の戒めを外される音が響き、橋が一人でに降ろされる。
 接地と同時に周囲に雪を撒き散らし、轟音を残して娘らを城へと誘うように降ろされた橋。それに驚いて足が竦んでしまったらしい娘たちの間を抜け、女は城の中へと進んでいった。
 歴史を感じさせる重厚な石造りの城の内部は思ったより寒くもなく、各所に灯された真新しい蝋燭に照らされた城内は清掃も隅々まで行き届き、女に続いて城内へと入ってきた娘たちは口々に安堵の息を漏らした。
すると、そこに奥から一人の老執事が足音もさせずにゆっくりと近づいてくる。

「皆様方、ようこそレオニード城へ。今宵の舞踏会への皆様のご参列、伯爵様も歓迎しております」

 低くよく通る声で一礼をしながら来客を迎えたその執事の瞳を見た女は、思わず背筋をびくりと震わせた。
 あれは人ではない。
 即座に女は老執事に対して、そう感じた。
 見た限りはどこからどう見ても生身の人間の形をしている。そして動きがあり、表情があり、人語も操る。
 だが、あれは間違いなく人ではない。決定的に何かが、自分たちとは異なるのだ。
 なまじ見た目が人と変わらぬので、人語を操る魔物と相対した時のそれよりも肌に感じる不気味さは勝るようにすら思われた。

「次のお部屋にクロークをご用意しておりますので、上着やお手荷物はどうぞお預けください。それではどうぞこちらへ・・・・おや・・・」

 女の様子とは裏腹に言葉と共に優雅に奥へと誘う仕草を見せた執事は、来賓の丁度中央あたりにいる女とその背後にいる地狼に襲われた中で不運にもドレスを汚してしまった娘二人を見て異変に気がついたのか、うっすらと目を細めた。
思わず女は身構えてしまうが、しかし相手に敵意がないことは分かっていたので、一呼吸して落ち着きを取り戻す。

「ここに来る丘の途中、彼女たちは狼に襲われたのです。そのまま街に返すのは危険だと判断したので、保護を求めに同行させました。どうかご対応願えますでしょうか」

 執事に向かって女が一歩前に出ながらそう言うと、執事は感心したように頷きながら口を開いた。

「なんと、そうでありましたか。それは大変でしたな。どれ、案内させましょう」

 言葉と共にどこからか現れた若く美しい女の給仕が二人、娘達に肩を貸しながら別部屋へと案内されていく。その様子を一瞥だけして視線を戻した執事は、娘達を連れて城の奥へと歩き出した。
 今現れた給仕2人もまた、人ではなかった。流石は吸血鬼の城ということか。人外のものに娘らを預けて大丈夫なのだろうかと今更になって考えてもみるが、まぁとって喰う訳でもあるまいし、と思い直す。
 女はそんな思惑を抱きつつ周囲に視線を隈なく走らせ、一歩遅れて集団についていった。

 

「ようこそ、我が城へ。今宵の舞踏会は、常よりいっそう華やかになりそうだね。おっと・・・挨拶が遅れたな。私がこの城の主、レオニードだ」

 思いの外低くもなく心地よく聞いたものを包み込むようなその声に、女はこの城に入ってから間違いなく最も反応の大きい悪寒を背筋に感じた。
 埃一つ落ちていない真っ赤な絨毯が伸びた先の壇上に構えられた豪奢な玉座に座して彼女らを見下ろしていたのは、絨毯より更に深い紅の豊かな長髪を湛えた、目を疑うほどに美しい男性だった。
 あれもまた、人ではない。それは一目見た瞬間に悟った。だが先ほどまでのこの城の住人とも、あの存在は全く異なるようだ。女はその様に感じた。
 ではあれはなんなのかと問われれば恐らく女は、あれは『王』だと答えただろう。
 無論、この城の主であるから、などというわけではない。
 この空間・・・ポドールイを見下ろす丘から肌に感じていた緩やかな宵闇の空気。それが介在するすべての場所に絶対的に君臨する、夜の王。
 その威風、その容姿、その瞳に、思わず女は意識を持っていかれそうになる感覚を覚え、軽く唇をかんだ。
 それとタイミングを同じくして彼の顔をみた途端に女の周囲からは嬌声にも近い声が漏れ聞こえ、レオニードはその様子に満足そうに浅く頷き、立ち上がった。

「さぁ、堅苦しい挨拶をするためにここに招待したわけではない。宴席の間へと案内しよう。シェフにとっておきの料理を用意させている」

 そう言って案内のために立ち上がって足音もなく歩き始めたレオニードは、ふと思い出したように立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

「そうだ、皆にひとつ注意してもらいたい。この城内には危険な場所があちらこちらにあるから、不用意に移動しないほうがいい。なにせ、吸血鬼の城だからね」

 そう言ってうっすらと微笑みながら再び歩き出したレオニードにわらわらとついていく娘たちの最後尾に位置した女は、自分に向いた視線がないことを確認して素早く近くの柱の陰に身を隠した。
 そのまま息を殺して周囲の気配を探ることだけに努め、やがて集団が扉の向こうへと完全に消えていくのを察知すると、改めて視界で確認をする。
 扉の向こうに感じられる人の気配が遠ざかっていくのを感じながら他に潜んでいる物がいないかどうかを確認するため、再度部屋全体へ神経を張り巡らせる。
 一頻り女がそうしている間も周囲には蝋燭の灯りだけが揺らめいており、唯々その場は無音に包まれていた。
 生ける者の気配に加えてこの城の住人の気配もないことを確認すると素早く周囲を観察してあたりをつけ、女は躊躇うことなく皆が向かった場所とは全く別の扉を開いた。
 外から見た段階ではあまり気にはならなかったが、この城は実に実戦的な城のようだ。
 堀に囲まれた城門もそうだが、先ほどの広間から一度扉を潜れば、そこは侵入者を惑わすかのように細く折れ曲がる通路が続いている。
 女は帰路に迷わぬようにと通って来た道沿いの燭台を一定間隔毎に吹き消しながら奥へと進んでいった。

「気分はヴァンパイアハンター、といったところかしらね・・・」

 ドレスのスリットから愛用の小剣の柄に手を掛け臨戦態勢を取りつつ、女は無音の続く空間に耐えきれなくなったのかそんな事を呟きつつ、ふと隙間から吹いてくる冷たい風に気付いて自分の真横の扉に手を掛けた。
 見た目は周辺の扉と何も変わらないその扉は、しかし押し開けた先が薄暗い地下へと下っていく細い通路となっていた。
 その先にはこれまでのように設置されていた燭台による灯りもなく、後手に扉を閉めてから女は忍ばせていたランタンに火を灯す。

「ギャギャギャギャッ!」
「・・・!?」

 途端、奇声を上げながら飛来する不自然に巨大化した蝙蝠が女を襲ってきた。前方に飛び込むようにしてそれをなんとか回避した女は、取り落としてしまったランタンが照らしている通路の先に広い空間があることを確認し、一目散にそこまで駆け抜ける。
 広間まで抜けた女は背後から迫った巨大蝙蝠の強襲をしゃがんで躱し、忍ばせていた小剣を抜き放って対峙した。すると先ほど聞こえたものと同じ奇声が、今度は更に背後から迫ってくる。

「・・・!!?」

 横に飛んでそれを回避した女は、状況を確認しようと周辺にざっと視線を這わせる。通路に置き去ったランタンとは別に何処からか月明かりが入ってきているのか広間は薄っすらと明るく、なんとか状況を確認することができた。
 視界の中には自分を経った今襲ってきた蝙蝠と、先ほど襲ってきた別の個体。そして奥に別で三匹。計五匹もの巨大蝙蝠が広間に待ち構えていた。
 女はそれらの距離を目測でざっと見当をつけ、徐に前方へと飛び出した。
 三度奇声を発しながら飛来したのは、先ほどの二匹。それらを確認した女は先に牙を剥いてきた蝙蝠に対しては身を低くして躱し、次に飛来した蝙蝠の喉元を剣先で抉り抜く。
 その様子を見た後方の三匹は奇声を発して騒ぎ立て、耳を劈くような高音を発しながら女の周囲を飛び回った。

「ぐ・・・!?」

 思わず耳を塞いだ女は、背後を取られている一匹の動向を確認しようと振り返る。案の定と言うべきか、その隙を逃すことなく背後から襲いかかってきた蝙蝠の頭蓋目がけて思い切り回し蹴りをお見舞いした女は、その蝙蝠が首から上をあり得ない方向に曲げながら墜落するのを横目に確認しつつ誰も見ていないだろうに癖なのか捲し上げられたスカートを素早く戻し、残りの三匹を鋭く見つめた。
 あとは知能がそれほど高くないであろう蝙蝠達が有り難いことに五月雨式に襲来してきたところを確実に仕留め、改めてその他の脅威がないか周囲に注意を払う。
 幸いその場に他の気配を感じることがなかった女は小剣の穢れを払い通路を戻ってランタンを回収し、改めて広間の奥を目指した。
 空間の奥には再び小さな通路が伸びており、更にそこから地下へと続く階段が暗闇の中にぽっかりと口を開けている。
 それを確認して女が躊躇うことなく階段に一歩足を踏み入れた、その時だった。
 広間から更には階段、そしてその先に広がっているらしき地下の空間。それらの壁面に設置されていた古びた化粧の飾り灯籠が、まるで奥へと案内するかのように順番に灯されていった。

「・・・・!!?」

 突然のその現象に驚いた女が周囲を見渡すが、特に何者かの気配らしき物は感じない。
 灯された蝋燭たちによって映し出された広間はどうやら礼拝堂のような作りのようで、念のため女はそこまで歩いて戻って確かめたが、当然そこにも人の気配は感じられなかった。

「・・・歓迎してくれている、ってところなのかしらね」

 強気な言葉の割には、多少その表情には引きつったような印象を受ける。明らかに強がりが混じった台詞だが自分を勇気づけるためにあえてそう声を出した女は、ゴクリと唾を飲み込むと意を決して階段を下っていった。

 

 階段を下りきった先は、上階とは明らかに異なる空気に包まれていた。そこにはもう永いこと使われていないことが窺えるにも関わらず、まるで今しがたその役目を全うしたばかりのようにべったりと血のついた処刑道具の数々。そして朽ちて半分崩れているようなものなのに今もそこに死体が転がっているかのような腐臭漂う牢獄。
 そしてその奥で女を見据えて瘴気を撒き散らす、巨大にして醜悪な死せる魔物。
 その魔物を一目見た女は、ぞわりと背筋を這う怖気に身を震わせた。先ほどまでの安易な怯えなど瞬時に吹き飛んでどっと冷や汗を垂らしながら、それでもなんとか小剣を握りしめて対峙する。

(不味い・・・本気でマズい・・・。この魔物・・・さっきのとは桁違いの強さだ・・・。一瞬でも気を抜いたら、殺される・・・)

 女の直感は正しかった。アンデッドと化して知能なく瘴気をまとって雄叫びを上げながら突進してきたその魔物は、単純にその力だけが極限まで強化されていた。
 とんでもない速度で突っ込んできた魔物を何とか横っ飛びに回避した女の後方で、盛大な激突音と共に壁を崩しながら止まる魔物。
 直ぐ様起き上がってそちらに向き直った女は、汚らしく濁った体液を滴らせる腐肉を引き摺らせながら何事もなかったかのように向き直ってくるその魔物に向かって一足飛びに突っ込んだ。
 女は速度を殺さずに自分が得意とする加速突きを相手の眼球へと向かって放つが、アンデッドとは思えぬ素早い動きでそれは腕により防がれ、振り払われるままに任され為す術なく女は壁まで吹き飛ばされる。
 だが空中でなんとか体勢を持ち直した女は、着地直後を狙って再び高速で突進してきた魔物を避けるために空中で壁に着地し、そのまま三角飛びの要領で壁を蹴って斜め前方へと飛んだ。
 再び周囲を揺るがす激突音が響き渡り、衝撃によって巻き上げられた塵が魔物の周辺を包みこむ。
 空中で身を反転させながら片手をつきつつ着地した女は、この硬直を狙って再び駆け出した。
 そしてその場で咄嗟に新たな何かを思いついた女は、魔物と自らの間にある空間をも切り裂くほどの勢いを乗せるように小剣を持つ右手へ渾身の力を込めた。

(・・・これで・・・どうだ・・・・!)

 瞬間的に極限まで加速された突きは捻りと共に迸る電撃を纏い、衝撃音と共に魔物へと突き立てられた。腐肉の焼ける酷く不快な臭いが辺りに充満していくのを堪えつつ女が手応えを感じながらバックステップを踏んで距離を取る。
 ずるり、と何かを引き摺る音と共に舞い上がった塵の中から姿を現したのは、片足を吹き飛ばされた魔物だった。
 だがそこに流れる血はなく、最早痛みなど感じることのないアンデッドは、著しく発達した両腕を使って石畳の一部を抉り取りながら飛び上がり、女へと襲いかかった。
 女はそれを真正面から見据え、手にしていた小剣を両手に構え直し、下段から斬りあげる姿勢を取りながら前方へと身を投げた。

「起きなさい、マスカレイド!!」

 声と共に、周囲を強烈な赤い光が満たす。
 その一瞬だけは辺りに立ちこめていた瘴気の一切が立ち消え、死ぬことを許されなかった魔物はまるで自らの役目を終えたかのように不気味な光をその眼底から一瞬だけ発し、そして次の一呼吸で粉塵と化して崩れ落ちた。
 その様子を肩で息をしながら見届けた女は、手にしていた赤く流麗な大剣を見下ろし、さっと一撫でする。すると真紅の刀身の大剣は瞬く間に小剣へと姿を戻し、彼女の手に収まった。

「・・・聖剣マスカレイドか。随分と物騒な物をもっているね」
「・・・!!??」

 突然耳に届いたその艶やかな声に、女は大層驚きながら背後に振り返る。
 そこには、ワイングラスを片手に弄びながら軽く笑みを浮かべたレオニードが忽然と立っていた。

「・・・何故、そこに・・・」
「何故って、それは随分と可笑しな問いだな。ここは私の城だから私がこの城のどこにいても不自然ではないし、なによりこんなに派手に大立ち回りをしてくれているんだ。寧ろ気がつくなという方が難しいのではないか?」

 あくまで上機嫌な様子で笑みを浮かべながら女を見つめるレオニードは、そう言いながら女に背を向けて地下牢の奥の方へと歩き出した。
 その様子に女が怪訝な表情をすると、直ぐに立ち止まったレオニードは肩越しに女を見ながら口を開いた。

「何か目的があるのだろう?・・・おそらくそれは、この奥だ。丁度パーティーにも退屈していたところだし、案内しよう」

 それだけ言って再び背を向けて歩き出したレオニードを暫し見つめていた女は、その一寸の間に考えられる限り彼の行動が何を意味しているのかを考える。が、やはりその答えは明瞭には出てこない。単なる酔狂のようにも見えるし、勿論なにかしら明確な目的があるようにも見える。が、それがなんなのかは、人間である彼女にはどうしても分からない。
 ただはっきりしていることは、レオニードという人物は自分よりも強いだろう、ということだった。確かに先ほどはアンデッドとの戦いに全神経を集中していたという事実はあるが、それでも女は自分が一切気配を悟れることなく背後に立たれたことなどこれまでの人生の中ではまず記憶にない。
 罠の類いであった場合は圧倒的不利に陥る状況ではあるが、しかし女は意を決してついて行くことにした。言われるとおり、女には目的の物があるからだった。そしてそれはおそらくこの奥にあるであろうことも、なんとなく察していた。それをわかっていてレオニードが案内を買って出たのであれば、何れにせよここでついて行かなければ目的の物は手に入らないだろうということが分かったから、女はついて行くことにしたのだ。
 朽ちた牢獄の奥にある階段を更に下ると、そこは城の基礎部分を囲うように巨大な空間が広がっていた。その空間を伸びていく石造りの空中回廊(この場合は地中回廊というべきか)を進んでいくと、扉の開いた部屋にたどり着いた。
 どうやらレオニードはここに入っていった様だ。
 一瞬躊躇った後に女がそこに入るとそこには少し大きめの、しかし城の一室というには少し小さめの、そんな部屋があった。天蓋付きのキングサイズのベッドが部屋の中央にあり、周囲にはテーブルやクローゼット等がある。この城に入った当初に感じたよりもずっと生活的なものが、ここにはある。
 そしてテーブルの上に置かれたワインのデカンタと二つのグラス。その一つを手に取りながら備え付けの椅子に座ったレオニードは、もう一つの椅子を女に勧めてきた。

「座りなさい。立ち話も何だからね」

 予想だにしない展開なのでここでも女は一瞬躊躇ったが、レオニードの様子から少なくとも今すぐ自分をどうこうするわけではなさそうだと判断し、意を決して勧められるままに椅子に腰掛けた。

「ここに生身の人を案内するのは、何時振りだろうな。殺風景な部屋ですまないね。ここは私の自室なのだよ」

 そういって微笑むレオニードの表情に、女は初めてどこか人間らしさを感じる。謁見の間で見てからここまでは正体不明の何かにしか感じられなかったが、その実が基礎は一応自分と同じらしいという事に今漸く気が付いたのだ。
 内心でそのような事を考えながら女は軽く会釈を返し、少し緊張が解かれたところで改めて室内を見渡す。
 一見して殺風景というにはあまりにも豪奢な調度品の数々が存分に存在を主張しながら目に飛び込んでくるので、このレオニードという人物は恐らく殺風景の意味を履き違えているのだろうと考えながら女は呆れる。例えば入り口近くの壁に掛かっている絵画などは四魔貴族支配の暗黒時代に名を馳せた画家の代表作と言われる世界の破滅を描いた国宝級の芸術品であるし、腰の高さほどの棚の上に徐に置いてある置物は、西方諸国では破片しか発見されたことがないと言われる東の国で作られるという色鮮やかな焼きものだ。その他明らかに一般では手に入らないであろう逸品が唐突に、しかし見目良く散りばめられている。
 だが確かにこの部屋には窓がなく、室内を照らしているのは陽の光ではなく蝋燭の灯だけだ。そこばかりは、殺風景というのが当てはまるようには感じる。また自室とは言われたものの人が暮らしているような気配がここには何故か殆ど感じられず、総じて余りこの部屋からは城内と同じく現実の香りがしなかった。
 女が一通り部屋の中を見回すのを可笑しそうに眺めていたレオニードは、デカンタからワイングラスに中身を注ぎながら口を開いた。

「そういえば、私は君の名前を聞いていないな。名はなんと言うのだ?」

 その質問に、女はぴくりと反応する。
 だがこの場でもはや隠し通せるものでもなかろうと予め観念していたのか、惑う事なくすんなりと口を開いた。

「・・・申し遅れました。私はロアーヌの騎士、カタリナ=ラウランと申します」

 女が名乗ると、レオニードはまるで予想通りの答えが返ってきたことをほくそ笑む子供のような表情で目を細めた。

「ふふ、矢張りか。フランツ侯は息災かね?」
「・・・存じておいででしたか。恐れ入ります。マイロードは、相変わらずでございます」

 女、もといカタリナが伏し目がちに言うと、レオニードはその答えに満足したように頷いてワイングラスを掲げた。

「さて、久々の来客を祝して」
「恐れ入ります」

 カタリナも控えめにグラスを掲げ、注がれたワインの水面を見つめる。
 全体は濃い紫を帯びた紅の色合いで、スワリングからグラスを伝うティアーズは淑やか。顔に近づけると香りは黒すぐりの印象から複雑な幾つもの花々が見え隠れし、その全てが芳醇。
 それは彼女にとって、とても慣れ親しんだ香りの一つだった。

「北ロアーヌ、ですね。エンプレス・ヒルダ・・・よく開いていますね」
「分かるか。さすがはこのワインを生んだ偉大なる大地を従える侯国の騎士よ。これはロアーヌの知り合いから頂いたものなのだが、私は昔からこのワインに目がなくてね。これは最近のヴィンテージの中では特に気に入っているんだ。267年のものだよ」

 とんでもないことを随分と気軽に言ってくれるものだ、とカタリナは幾ばくか目を見開く。
 というのも聖王暦267年はロアーヌではこの50年で最も偉大なグランドヴィンテージと名高い年で、もともと生産量がそこまで多くない銘柄などは入手が非常に困難だとされている。
 なかでもこの場に提供されたワインはロアーヌワインの女帝と称される銘柄で非常に有名であり、入手にはオーラムよりも運の方が必要だとすらいわれる逸品だ。それの更にグランドヴィンテージともなれば、これは下手をしたら一生お目にかかれないかもしれない。
 一口含み、舌から口内全体に柔らかく広がるしなやかなタンニンに思わず表情が緩む。
そして余韻を一頻り愉しむと、カタリナはグラスを置いて正面のレオニードに向き直った。

「本題かね?」
「はい」

 魅惑的な薄い笑みを絶やさぬレオニードに対し、カタリナはまず上半身のみ前傾姿勢をとった。

「先ずは、身分を明かさずこのような形で入城し、あまつさえ無許可で会場以外の場所へと立ち入った非礼を深くお詫び申し上げます」
「よい。今日という日に公式訪問をされてもそれこそ無粋。それに私は注意を促しはしたが、他の場所へ行くなとも言っておらぬ」

 レオニードの言葉にカタリナが再度頭を下げると、レオニードはうっすらと目を細めながらカタリナを改めて眺めた。

「ロアーヌの華たるモニカ姫を守護せしマスカレイドを操る女騎士の話は私も聞いていたが、フランツ候はよい人材に恵まれたようだ。ロトンギアンを単騎で打ち倒す人間など、この世界にどれほどいることか。君ならば、何れはこの城の最深部にも到達できるかもしれないな」

 ロトンギアンとは、先の魔物の種別名だろう。それよりもその後に出てきたこの城の最深部、という言葉にカタリナが微かに反応すると、レオニードは更に興味をそそられたようだった。

「この城の奥深くに、君は何を求めて来たのかね?我が眷属と同じ闇を遍く纏う宵闇のローブか?世界の真理が刻まれしルーンの杖か?それとも・・・聖王の血が注がれたという、聖杯か?」

 そのどれもが伝説に聞くような至宝ばかりであるが、カタリナがそのなかで僅かに反応を見せたのは、聖杯の言葉が出てきたときだけだった。レオニードはそれすらも予測済みであったかのようににやりと笑い、ワイングラスに口をつけた。

「聖杯を持つにはそれ相応の力が必要だ。君は恐らく嘗ての聖王十二将に迫る程に強いが・・・まだ足りないな。それでも今欲しいと言うのならば・・・無理には止めないがね」

 不敵に笑いながらそういうレオニードに対し、カタリナは一切の反論の余地なく視線を伏せた。
 彼はこう言っている。この先に進めばお前は間違いなく死ぬ、と。
 それは恐らく、紛れも無い事実なのだろう。実際彼女には先ほどの魔物以上の化け物を相手取って五体満足で生還できる自信はない。
 しかし彼女が求めるものが矢張りこの先にしかないというのであれば、彼女は何としてもそこまで行かねばならない。
 目を閉じて数秒考える。或いはそれは、覚悟を決めるための時間だったのかもしれない。

「不躾ですが、御願いがございます。伯爵様」
「なんだね?」
「私が求めているものは、正確には聖杯から溢れ出すという生命力の源、聖水です。どうか私にそれを一掬い、譲ってはいただけませんでしょうか」

 言葉を紡ぎ終えると同時にレオニードの視線がうっすらと細まり、カタリナを射抜く。それまでには見られなかったその表情に、しかしカタリナは凛とした態度を崩さず真正面から受け止めた。

「・・・聖杯に関してはどうも話が方々に広まっている様だから、誰が知っていても不思議はない。しかし、あの聖杯がもたらす奇跡を知っている者は殆ど居ない」

 レオニードは淡々とそう喋り、唇を濡らす程度にワイングラスを傾ける。

「ロアーヌで聖杯の奇跡を知る者は、私の知る限りは一人だけだ。いや、君も知っていたから、これで少なくとも二人という事になるか。さて・・・口外は基本的に遠慮願っていた筈だがね、困ったものだな」

 言いながら、カタリナの表情に微細な動揺が走るのをレオニードは見て取った。
 彼女のように強固な意志を纏った表情の裏に揺れるそんな感情を見て取り愉しむのが悪趣味なのは自覚しているが、レオニードはこれが止められない。仄かに嗜虐心が擽られるのだ。

「・・・ふふ、まぁいい。それで、私への対価は何かね?」
「・・・この私に用意できるものであれば、なんなりと仰せください」

 どこか潔さをすら感じるカタリナの言葉に、レオニードはその表情を読むように薄っすらと視線を細め、そして即答した。

「では、君を頂こう。今宵の舞踏会、広間に集まった娘たちで私の目に適う者はいなかったのでな。今日の宴の趣旨はわかっているのだろう?」

 カタリナはその言葉を聞きながら、伏し目がちに豊かなまつ毛を震わせて数度瞬きをする。
 広間に集まった娘たちが今の言葉を聞いたら本気で発狂しそうだな等と頭の片隅を過るが、生憎とここでそれを口に出して言えるほど彼女は冗談が上手くはない。いや、言われた内容がおそらく冗談ではなさそうであるからこそ言えない、と言った方が正解だろうか。
 なので、彼女も迷わず即答することにした。

「申し訳ございません。それは出来ません」
「何故だね。君に用意できるものであればなんでも良いというのだから、その身一つならば出来ない事柄ではあるまい?それとも我が眷属となることは、やはり恐ろしいかね」

 ワイングラスを軽くスワリングしながらレオニードが可笑しそうにそう言うと、カタリナはうっすらと微笑みながら応えた。

「伯爵様。申し訳ありませんが、思い違いをなされておいでのご様子。残念ながらこの身は、私のものではございません。ロアーヌ侯国のものでございます。この身はマイロードを、そしてロアーヌの民を守るための剣。ですので、私には今のオーダーを受けることは叶いません。どうか、なにか別のもので仰せいただけませんでしょうか」

 カタリナがさも当然のようにそう言うと、レオニードは二、三度瞬きをしてから声を押し殺すようにして小さく笑った。

「ふふ・・・そうだった、君は騎士だったな。言わば神と契りを交わした修道女の様なもの。私としたことが、とんだ思い違いをしていたようだ。つまらん問いかけをしたな」
「いえ、とんでもございません」

 どうやら今の一連の会話が面白かったのか一頻り小さく笑っていたレオニードは、ワイングラスの中身を飲み干すとゆっくりと立ち上がった。その様子をカタリナが視線で追っていると、レオニードはゆっくりとした足取りで部屋の扉まで向かった。

「少し待っていたまえ。所望の品を持ってこよう」
「・・・宜しいのですか?」

 カタリナが小さく首を傾げながら彼の方を向いて確認すると、それに対して薄っすらと微笑んだレオニードは、扉の取っ手に手をかけながら口を開いた。

「よい。こうして普段とは違う時間を過ごしたのも、私にとっては新鮮なものだ。故に、この辺りで手を打とうと思い直したまで。それに・・・いや、これは控えておこう」
「・・・?」

 それまでの様子とは一風変わって少しだけ無邪気そうな含みのある語尾に疑問符を浮かべるカタリナだったが、レオニードは一人納得顏のまま上機嫌な様子で部屋を後にした。
 そうして一人取り残されたカタリナは流石にいきなり招かれた伯爵の部屋でリラックス出来るほど図太い神経をしているわけでもなく、多少緊張した面持ちを崩さぬままに改めて部屋の内装を眺めながら手元のワインを口に含む。
 まだ油断は出来ないだろうが、どうやらここに来た目的は達成できそうだということには一先ず安堵しつつ、座り心地の良い椅子の背もたれに軽く身を預けた。
 何とは無しに眺めていると、この部屋はどこかポドールイという街そのものととても似た雰囲気があるように感じられる。
 過去から今まで、そしてこの先も変わらずこのように在り続ける不変の場所。周囲を柔らかく甘美に包み込む宵闇に誘われるまま時が止まっているかのように感じられ、こんなところでうっかりうたた寝でもしようものなら何年先に目覚めるのか分かったものではないように思うことだろう。

(・・・こうしてここにいると、確かに永遠なんてものを意識してしまうかも知れない。永遠というものがこんなにも柔らかく緩やかなものであるのなら、それが甘美な響きにも思えてしまう。ここに集ったあの娘たちはひょっとしたら、この城に来るまでもなくポドールイという街に既に取り込まれてしまったのかも知れないわね・・・)

 そうして周りの停滞した空気に彼女自身も思わず囚われそうになるところを、手元のワインが引き戻す。
 時間と共に花開き表情を様々に変えていく偉大なワインを味わいながら、伯爵がこのワインを好きな理由が何となく分かったような気がした。
 そうしてグラスがちょうど空いた頃合いに、部屋の外から誰かが近づいてくる気配を感じ取る。
 伯爵が戻って来たのかと思いカタリナが軽く姿勢をずらして扉の方へと向き直ると、しかし扉を開けて部屋に入ってきたのは予測に反して一人の給仕であった。
 更に言えばその給仕の顔にカタリナは見覚えがあり、数度瞬きをしてから声を掛けようかと思案する。だがそれに先んじて、給仕が軽く一礼をしてきた。

「・・・先ほどはお助けいただき、有難うございました」

 目の前の給仕は、外側はこの城にたどり着く前に地狼に襲われていた娘たちの一人に間違いなかった。丁度ドレスが汚れてしまったことで別室に案内されたうちの一人だ。
 だが顔こそ間違いなくその時の娘なのだが、おそらく彼女は既に人間ではなくなっていた。彼女が纏っている空気は、先程までのものとは全く異なる。
 それは間違いなく、この城の執事らに感じたそれ。生気はなく、虚ろにこちらを見返す瞳。その様は、夜の住人そのものだった。

「貴女・・・ここの給仕になったの?」
「本日から、お世話になることになりました」

 虚ろな瞳で抑揚無くそう答えた給仕は、手にしていたシルバートレイからガラス作りの小さな瓶を持ち上げ、カタリナの座っているテーブルの上に置いた。
 瓶の中には粉末が詰まっており、色は白い。だが見てわかるのはそれだけで、結局それが何であるのか彼女にはわからない。

「伯爵様から、カタリナ様にこれを、と。こちらは聖杯より湧き出でる聖水を安息香の樹脂と配合して作られた香薬で御座います。聖水の持つ効果を最も引き出す精製法であると伺っております」
「そうでしたか。感謝致します」

 礼を述べた後に小瓶を手に取り、ドレスの下に忍ばせていた小さなポーチに入れる。
 その仕草を見届けた給仕は一歩引くように下がりながら扉に向き直り、扉の前まで歩み寄ってからカタリナに向き直った。

「お帰りまでのご案内も仰せつかっております」
「そうですか・・・」

 給仕の申し出に礼を述べながら立ち上がったカタリナは、部屋の中に漂うワインの残り香を惜しみながらその場を後にした。
 給仕の背中を視界の端に置きながら、ここまで来た道をゆっくりとした足取りで戻っていく。しかしレオニードの部屋に来るまでの間に保っていた緊張感は、もはや必要もなかった。
 不気味さというかなんとも落ち着かない感じは相変わらずなのだが、身体中が感じていた拒否反応のようなものがすっかり無くなっていたのだ。
 魔物に襲われる心配がないからかとも思ったが、それはどうやら彼女の勘違いのようだった。
 それに彼女が気づいたのは、丁度牢屋を抜けて礼拝堂らしき場所まで戻ってきた時だった。
 不意に、給仕が立ち止まって天井のステンドグラス越しに月明かりを眺める。
 その様子を小首を傾げてカタリナが見守っていると、給仕は数秒の後にカタリナへと振り返り、無表情は崩さぬままに口を開いた。

「本当に、カタリナ様には感謝しています」
「・・・それはどうも」

 丘で助けたことを言っているのだろうか。あの時は盛大に罵倒されたものだが、今ではあまりに人格が変わりすぎていはしないか。そう思いながらもカタリナが無難に反応を返すと、給仕はそんな彼女の思惑など特に気にする風でもなく言葉を続けた。

「カタリナ様は、何故伯爵様のお誘いをお断りになられたのですか?」

 無感情な声色であるはずなのに、どこかその質問には含みがあるように感じられる。
 しかしどう返答したものかとカタリナが思案する間も無く、給仕は独白を続けた。

「私は今、幸せです。望み通り、永遠の命と若さを得られたのですから。カタリナ様は、望みを同じくしてここにいらしたわけではなかったのですか?」

ミシ・・・

 静寂なる礼拝堂に響き渡ったその僅かな物音は、例えるならば石同士をする様な、何か硬いものをすり合わせる音か。

「折角カタリナ様は伯爵様のお眼鏡に叶ったというのに、勿体ない限りです・・・あら、ふふ、出過ぎた言い様でした・・・申し訳・・・ありません」

ミシミシ・・・

 再び不自然に擦られるような音と共に給仕の背中は大きく膨れ上がり、そのまま衣装を破り裂いて中から大きな蝶のような羽が広がった。
 目の前の突然の状況に目を見開いたカタリナが思わず後退りするのは見えているのか、月明かりに照らされた給仕の瞳は暗く紅みを帯びた色へと変わり、それまで無表情だった彼女は思わずぞくりとするほど妖艶に微笑んで見せた。

「ほら・・・だってこんなに美しい羽も・・・肌も」

 着ていた衣服は背中から大きく破れ落ちて腰から下に垂れ下がり、乳房まで露わになった上半身は肌全体仄かに発光しているように見えた。給仕はそのあられもない格好を一向に気にする様子もなく、自らの羽を艶めかしく撫でる。

「ふ、ふふ・・・あははは!」

 突然気が触れたように、給仕はあどけなく子供のように笑った。
 そのまま飛び上がるようにしながら衣服を全て脱ぎ去ると、給仕だったなにかはふわりと鱗粉を撒き散らしながら天井付近を旋回し、次には迷うことなくカタリナの方へと急降下してきた。

「・・・!!」

 驚きはしたものの横に飛んで冷静に回避をしたカタリナはすぐ様小剣を抜き放って対峙しようとしたが、給仕だったなにかはそのままカタリナをすり抜けて奥の地下牢へ笑い声と共に潜っていってしまう。
 遠ざかる笑い声を耳にしながらカタリナが小剣片手に呆然としていると、今度はさらに別の個体の気配が礼拝堂へと入り込んでくる。
 そのあまりに異質且つ不快な気配で我に帰ったカタリナがそちらへ振り向くと、其処にはこの城で最初に彼女を迎えた老執事が相変わらずの不気味に表情のある顔で足音もなくそこに立っていた。

「新人が大変失礼を致しました。お出口までのご案内を変わらせていただきます」

 そう言って静かに一礼をする執事に、カタリナはやはり身構えようとしてから老執事に敵意のないことに気がつき、剣を納める。
 そして静かに大きく呼吸をし、とにかく声を出そうと口を開いた。
 その方が冷静さを保っていられるような気がしたからだ。

「彼女は、一体どうしてしまったのですか?」
「適性なし、で御座います」

 即答されたものの、その言葉が何を意味しているのかはさっぱり分からない。
 しかし二秒ほど待ってみたが相手が続ける気配がないので、仕方なしにカタリナは鸚鵡返しをした。

「適性なし、とは・・・?」
「我らが眷属となった存在が私めのように人型を保っていられるかどうかは、適性によります。その者の宿星、身体能力、魔力、あとは特に意志力などが適性に関与いたします。あの者にはそれが足りず、人型を保つことができなかったのです。まぁ、この城では良くあることです」

 事も無げに老執事はそう言いながら、仕草で出口への案内を続けるようにカタリナを招きつつ、ゆっくりと歩き出した。
 その背中が少しずつ遠ざかっていくのを立ち止まったまま眺めながら、カタリナは今し方言われた言葉のおぞましさに身震いする。それと同時に、自分の体が再びこの場所に対して拒否反応を示していることに気がつく。

(・・・気付かないうちに、体が宵闇に侵食されていた・・・。あのままだったら、この城を出る前に私も彼女と同じようになっていたかもしれない・・・)

 助けられたのは自分の方かもしれないな等と考えながら給仕だった何かが飛び去っていった地下へと続く道を一瞥し、カタリナは礼拝堂の出口で立ち止まっていた執事へと向かって歩き出した。
 そのまま城の中を二人は無言で進んでいたが、丁度エントランスに差し掛かるあたりでカタリナはどうしても気になったことを聞いてみることにした。

「・・・彼女ともう一人、保護をお願いしたはずです。その娘はどうなりましたか?」
「適性なし、で御座いました」

 即答される。予測はできたがその答えにカタリナが眉を歪ませると、老執事はまるで彼女に気を遣うようにかぶりを振った。

「貴女様がお気に病むことは御座いません。我らは我らが眷属となる事がどういう事なのかを説き、彼女たちが強くそれを望み、我らはそれに応えたまでの事。あれは本人の望んだ姿でございます」
「まさかとは思いますが、舞踏会に参加している全員をそうするつもりなのですか・・・?」

 城の入り口までたどり着いたところで聞かれたこの質問に、執事は暫し立ち止まって考える仕草を見せた。
 それが本当に考えているのか、それとも人間であった頃の名残なのか。それは見ただけではカタリナには分からない。

「人であればこそ得られるもの程、人にとっては無価値に思えるもの。自らが持つものの得難さを知らぬ者は、捨てることも厭わぬのでしょう。このポドールイという国は、斯様な存在が集まりやすい場所でございます。貴女様のような例外も、勿論おいでではありますが」
「・・・そうですか」

 執事の言葉を受け止め、カタリナはこれ以上何かを聞こうとは思わなかった。
 彼らはただここに在り、彼らが持つものを求めるものたちがここに集う。ただそれだけのことであるのだ。
 そのまま無言で執事に一礼をし、足早にレオニード城を後にする。
 行きに地狼に襲われたなだらかな雪の丘も帰りは平和なもので、すんなりと城下町まで辿り着いた。
 街の北門を潜ったカタリナは、そこで初めてこの街の本当の姿を見たような気がした。
 レオニード城へと向かう時にあった浮ついた熱気は忽然と消え去り、あるのはただ粉雪とともに優しく町全体を包み込む静寂と宵闇。
 ここはこんなにも静かだったんだなとぼんやり考えながら、カタリナは町外れの小屋を目指す。
 程なくして見えてきた小屋の外には、老人が大型の犬の世話をしているところであった。時刻は明け方であると城の去り際に老執事から聞かされていたが、毎日この老人は朝早くに世話をしているのだろうか。
 近づいてくる気配に気づいたのか老人が顔を上げてこちらへ向けると、カタリナは軽く会釈をした。

「おや・・・あの城から帰ってくるなんて・・・。やっぱりお前さんは他の娘たちとは違うみたいだね」

 そう言ってこちらに向き直ってくれた老人に、カタリナは宿を貸してくれた礼を述べた。
 老人は今夜も泊まっていくかと申し出てくれたが、カタリナはこのまま帰る旨を伝えて宿の礼にと幾ばくかのオーラムを差し出す。

「いや、お気持ちだけ頂いておこう。ここではオーラムなんてものは、そんなになくても不自由はしないんでね」

 そばに擦り寄ってきた二頭の犬を撫でながらそういう老人に再度会釈をすると、カタリナはそのまま真っ直ぐ町の南方入り口へと向かった。
 入り口すぐにある宝石店はまだ朝が早いこともあり、軒先には誰もいない。
 相変わらず無用心にも手に届く位置に宝飾類が展示されたままだが、今となってはこれもまたこの街ならではの光景なのだろうと思える。
 そのまま煌びやかな宝石を横目に通り過ぎ、振り返ることなくポドールイを後にした。

 

 

 真新しく降り積もった雪原に足跡を残しながら足早に歩いていると、ふと頭上を飛び去るものがあった。
 見上げれば、それは小さな蝙蝠。蝙蝠はカタリナの頭上を一回りし、その先にある小高い丘へと飛び去る。その軌道を視線で追っていくと、丘の上に人影があった。

「・・・」

 気持ち歩行速度を速め、後を追って丘へと向かう。
 程なくして丘の上へとたどり着くと、粉雪の舞う宵闇の中で丘に独り佇んでいたのは、レオニード伯爵であった。

「望みのものは、受け取れたかね?」

 カタリナを見るわけではなく、小高い丘からポドールイの街並みを眺めつつ、レオニードが言った。

「はい、頂戴致しました。有難うございます」

 カタリナが軽く頭を下げながら応えると、レオニードは満足そうに頷いてカタリナに向き直る。

「さて・・・君に一つ、伝え忘れていたことがあってね」

 相変わらず背筋が凍る程に妖艶な笑みを浮かべたレオニードは、優雅な仕草で懐から封書を取り出した。

「ロアーヌ宮廷に戻ったら、これを渡してほしい」

 そう言って差し出された封書を、カタリナは数度瞬きをした後にレオニードの近くまで寄って受け取る。
 ポドールイ領主の封蝋が為された手紙には、表にも裏にも宛名はないようだ。

「マイロードにお渡しすれば宜しいでしょうか?」
「いや、君から渡しに行く必要はない。受け取りに来るだろう」
「・・・畏まりました」

 受取人が自ら動くと言うところがなんとも彼女には理解し難かったが、恐らくは自分が考えても致し方ないものだろうと考え、カタリナは二つ返事で了承した。
 そのまま一礼をしてからレオニードに背を向け、帰路へと戻る。

「・・・また来たまえ。君には、ここの宵闇がよく似合う」

 ふわりとした風とともにそんな声が耳元に届き、カタリナは振り返る。
 だがもうそこにはレオニードは居らず、見えたのは丘の向こうにぼんやりと浮かび上がったポドールイの明かりのみだった。
 驚くことにはこの二日ほどで随分耐性が付いたつもりでいたが、それでもカタリナは面食らった。この国は、何から何まで自分の感覚を狂わせる。
 とても自分にこの宵闇が似合っているとは思えないな等と考えながら、再び帰路へと体を向ける。兎に角この地での目的は達せられた。あとは急ぎ故国へ帰るのみだ。

 

 

 流行病に掛かって暫く病床に臥せっていたというロアーヌの華が漸く快復したという知らせに、宮廷内はもとより城下町の民も一緒になり、国を挙げて喜んだ。
 別段命に関わるものではないものの症状が長引く厄介なものであったが、数日前に北の地から届けられた香薬によって驚異的な速さで快復に向かったとのことだ。

「いいな、カタリナ。私も次の機会には是非訪問してみたいわ!」

 すっかり血色も良くなり上半身を起き上がらせながらポドールイの土産話を聞いていたモニカは、そのように感想を紡いだ。
 そんなに楽しいことばかりでもなかったのだが、それは土産話には相応しくもなかろう。そう思ったカタリナはにこやかに微笑みながら詳細を躱し、膝に置いていた小さなポーチから小綺麗な包みを取り出した。

「そうです、モニカ様。快気祝いも兼ねて、現地のお土産です。流石は古都の宝石商と申しますか、素晴らしい細工のものが置いておりましたので」

 包みから取り出したのは、ポトールイで買い求めた首飾り状の宝飾品。モニカも一目でその細工が非常にきめ細やかであることを見抜き、歓声をあげながらそれを手に取る。

「せっかくの機会だと思いまして、ちゃっかり自分の分も買ってしまいました」

 モニカに送ったものよりは幾分かシンプルな装飾のものをもう一つ取り出して見せながらカタリナが言うと、モニカは花のような笑顔を振りまいてお揃いだねとはしゃぐ。
 その様子を見てまた微笑んだカタリナは、宝飾品の入っていた包みの奥に封蝋の施された手紙を見つける。
 ポドールイの去り際、レオニードから預かったものだった。

「随分賑やかだが・・・すっかり体調は良くなったようだな」

 唐突に声が掛かったかと思うと、二人のいた部屋に顔をのぞかせたのはモニカの兄、ミカエルだった。

「これはミカエル様。ご機嫌麗しゅう御座います」
「あ、お兄様!見てください!カタリナが買ってきてくれたのです!」

 兄の登場で俄然元気になったモニカが首飾りを掲げながら微笑むと、ミカエルはその様子をみて微笑み返す。
 普段の鉄面皮か物事が思惑通りに運んだ時に見せる少々迫力の混じった笑みではない、極く稀に現れる彼のこんな表情を間近に見ることが出来るのは、実の所この兄妹間以外では自分くらいなものたと言うのがカタリナの密かな自慢だ。

「ほぅ、良い細工だな。流石は伯爵お膝元の名産品よ。だが、病み上がりにあまり興奮すると身体に障るぞ」
「はぁい、ごめんなさい」

 肩を竦めながらモニカが謝るとミカエルはそれにも微笑みを返して応え、それからカタリナの手元へと手を伸ばした。

「・・・?」

 カタリナがその動作を視線で追うと、ミカエルはそのままカタリナが手にしていた封蝋付きの手紙を手に取った。
 その封蝋の印を確認すると、カタリナにはにやりと口の端を釣り上げるような笑みを向けて見せた。

「モニカの様子を見がてら、これを受け取りに来たのだ。御苦労だったな、カタリナ」
「受け取りに来る・・・とは申しておられましたが、ミカエル様宛てであられましたか」
「ああ、そうだ。いつもこうなのだ、伯爵は」
「いつも・・・ですか?」

 まさかミカエルへ向けたものだとは思いもしなかったカタリナが驚きを混じらせた表情でそう言うと、ミカエルは近くにあるモニカの鏡台の引き出しからレターオープナーを取り出し、その場で封を開けて中身に目を通した。
n見る限りは一枚綴りの短文のようだ。すぐに目を通し終えたミカエルは、ぴくりとも表情を動かさない。

「・・・読むか?」

 不思議そうに見上げていたカタリナの視線と絡むと、ミカエルは事も無げにそう言いながら手紙を差し出してきた。
 他人に宛てられたものを、増してやミカエルに宛てられたものを見るというのは流石に気が引けたが、その実あのレオニードがどの様な文を送っているものかという興味は尽きぬところであり、一瞬考えたもののカタリナはお言葉に甘える事にした。
 流麗な文字で綴られた手紙には、こう記されていた。

 

親愛なるミカエルへ

先日頂いたワインは早速だが非常に楽しませてもらった
所望の品はお役に立てたかな?
そろそろ君が生まれた年あたりの貴腐が飲み頃だ
其方も今度送らせてもらおう

追伸

私の酔狂に一幕の余興を設けてくれた事にも感謝を
とても楽しませてもらったよ
次は是非とも二人で来るといい

レオニード

 

 

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妖精談話・その1 「恋愛の捉え方から見る種族の相違性と類似性」

 

「そういえば妖精族にも、人間との恋物語とかがあるんですよ」
「妖精と人間の・・・恋物語?」

 大きくくり抜かれた大樹の部屋の床の木目から蔦が飛び出し、それが何本も絡まることで形作られた椅子とテーブル。そしてテーブルの中央には大きな籠にこんもりと盛られた、彩もよく種類も多岐にわたる沢山の果物が誇らしげに陣取っている。
 程よい弾力があって抜群の座り心地である蔦の椅子に腰掛け寛いでいたカタリナは、果物の盛り合わせの中から苺を摘まんで今まさに口に放り込まんという姿勢のまま、フェアリーの唐突なその言葉を繰り返して動きを止めた。

「そうです。日常的というような程では有りませんが、この地で私達は昔からアケなどに暮らす方々とは関わる機会がありました。それと潮流の関係なのか温海で船が漂流したりすると、遭難者がジャングルに流れ着くことも稀にあったりしますし」

此方は木の幹の間から咲き出た花弁に触れるか触れないかといった具合でふわりと腰掛けながらカタリナの口が半開きな表情に真面目に頷き返すのは、三百年の時を経て訪れた外界の客人をもてなす妖精の里一日観光ガイドさんこと、フェアリーである。

「そんなわけでして、私達妖精族は人と関わる機会というものが意外に多くあります。ご覧の通りに私たちは外見は人間のそれとよく似ています。なので長い歴史の中に幾つか、そのような物語が点在しています」

へぇーと脊髄反射な反応を見せながら、カタリナは手元のティーカップに口をつける。妖精のいれるティーは、罠にさえ気をつければとても美味しい。それを身を以て学んだ彼女は、今度はフェアリーが一人で作る様をじっと隣で見つめ続けながら、しっかり安全確認をしたのだ。

「でも・・・人間側はさておき、その場合って妖精側には恋愛感情って生まれるものなの?」

 ふと思ったことを、思ったままに何気なく口にしてみる。
 確かに姿形は妖精も人間のそれとよく似てはいるが、精神構造だったり生態系だったりとか諸々の問題というのは起きないものなのだろうか、と思ってしまったのだ。
 そもそも妖精って人間みたいにお腹から生まれてくるものなのか、なんて疑問がカタリナにはあるわけなのである。これでも彼女は、妖精ってお花から生まれるんじゃなかったのか的な乙女思考の持ち主だったりする。

「うーんとですね・・・そこは確かに諸説ありますね。ただこれまでの出来事を元に推察すれば妖精は矢張り基本的には人間と違いまして・・・例えば人間によく見られるような恋愛感情の表現の一つとしての生殖活動等は、私達は好んでは行いません。どちらかと言えばストイックに精神的な繋がりのみを求める傾向にあるようですね。肉欲も恋愛のベースとして割合強く存在するであろう人間側とは、やはりそこの感じ方は違うようです」
「いきなり生々しい話になったわね・・・」

 臆面なくフェアリーがそう言うと、カタリナは少し目を細めながら苦笑いをする。
 するとフェアリーはひざの上で手を組み、続けてふわりと笑った。

「それでも、そういう出来事があったというのはすごい事だと思うんです。言ってしまえば元来私達の精神的な依り代というものは長も含めて、この大樹だけです。それがそうして外部から訪れた何かに新たな執着や依存が生まれたというのは、種族的には私は・・・進化、と表現しても良いと感じます」
「成る程ね。そうかもしれないわね。でもそういう考え方って、こういったコミュニティ内では珍しいのではないのかしら?」

 カタリナがそう尋ねると、フェアリーは確かにそうですねと頷いた。種族として外世界におらずにこういった活動拠点のみで生活が成り立っているコミュニティは、大なり小なり外来を拒む傾向にある。
 その辺りの感覚は、彼女にも分かるのだ。なにしろカタリナ自身も、どちらかと言えば閉鎖的な気質である「貴族」というコミュニティの中で基本的に育ってきた人間だからだ。
 それでも彼女がこれまで育ったコミュニティ内とは異なる感覚にこうして共感を持てるのは、貴族であると同時に騎士として実力社会に身をおいてきたからに他ならない。
 とすると逆にフェアリーがこの里で育ちながらもこういった考え方を持つのは、彼女がここ妖精の里の長に「お転婆」だと形容されたところからきているのだろうか。

「私達妖精は発生時までの記憶を共有しているとは先日お話ししたかと思いますが、それはあくまでもこの大樹に蓄積された大まかなものに過ぎず、またリアルタイムでの思考や感情の共有といった様な事も成されません。故に発声、又は念話による言語を操ります。因みに今は私自身のこうした考えというのは、あんまり皆にいい顔はされませんね」

 苦笑いとも取れる笑みを浮かべながらフェアリーが膝の上で手を組み直しながら言うと、カタリナはティーカップに口をつけながら言葉にならない相槌をうった。
 妖精同士はとても仲が良さそうに見えるし(実際に仲は良いのだろうとは思うけど)意見の対立なんて何も起こらなそうにカタリナには思えたものだが、意外とコミュニティ内での思惑の交差というのは人間のそれと同じく存在しているようだ。

「あ、そうですカタリナさん」

 ぽん、と手を合わせながらフェアリーが唐突にカタリナの名を呼んだ。ところどころこういう仕草がどうにも人間くさくて、とてもカタリナには非常に可愛らしく映る。
 なあに、とカタリナがふんわり応えると、フェアリーは花弁からするりと滑り落ちるようにして降りながら浮き上がると、大きく開けた木の窓に体を向けた。

「今お話しした人と妖精の恋物語の所縁の場所の一つが里からそう遠くない場所にあるのですが、そこが実は私のお気に入りの場所なんです。里はもうそんなに見る場所があるわけでもないので、良ければこれから行ってみませんか?」

 なるほど行動力に定評のある彼女らしい突然の提案に、カタリナはもちろんすぐに頷いた。この辺りの観光案内は、フェアリーにすべてお任せする事にしているからだ。

「では、参りましょう!」

 ふわりと窓の外へ飛び出したフェアリーに連れられるように、カタリナも風を受けて重力の檻を抜け、窓から身を乗り出した。

 

 

 妖精という存在が現在に至るまでに記されている史実に初めて現れたのは、これも聖王の時代だとされている。
 時の支配者であった四魔貴族の一人、魔炎長アウナスが潜むと目される密林の奥に聳え立つ火術要塞へ聖王軍が侵攻する際、ジャングルの危機に奮起し迷える森の中で聖王軍の導き手を自ら名乗り出たのが妖精なのだ。
 しかし、それとは別に妖精をある種の土地神、又は神の使いと捉えた土着の信仰はこの聖王記に描かれた逸話よりはるか昔から存在しているようで、口伝等によって代々伝えられてきた様々な逸話や風習が密林の入り口とされるアケなどにはあるのだという。
 因みに、こうして伝わる話の多くは妖精の悪戯に纏わるものであり、悪い子には妖精がお仕置きに来るぞ、といった具合に躾のために親が子へと聞かせるようなものが多いのだとか。
 しかし、一部毛色の違う伝記も残されている。
 それこそが、妖精と人間の恋物語であるのだそうだ。

「身分や文化の違う二人が落ちる恋物語には結末として悲恋が多いように感じますが、妖精と人間のそれも御他聞に洩れず、そのような話が多くを占めています。ですがこの先で生まれたとされる恋には、恐らくそれは当てはまりませんでした」

 せせらぐ小川を軽やかに飛び越え、辺りを極彩色の蝶々が軽やかに舞う様を横目に歩きながら、カタリナは里の中よりことさらに饒舌なフェアリーの話に耳を傾ける。
 そうして道無き道を導かれて樹々の間を抜けた先には、小さな泉の畔が広がっていた。
 鬱蒼と生い茂る葉の間から降り注ぐ陽光が湖の水面でゆらゆらと輝き、辺りには微かな霧が漂っていてその光を淡く周囲に拡散させている。散らばった光は幾重にも重なり七色の変化を繰り返し、緩やかな風に擦れる葉の音と湧き出る泉のせせらぎが、まるでフェアリーとカタリナを迎えるように周囲に木霊する。
 幻想的、等という言葉で片付けるにはあまりに神秘的なその光景に、カタリナは我知らず息を漏らした。

「・・・ジャングルっていうのは、随分と絶景に事欠かない処なのね」

 カタリナのそんな感想にたいそう満足気に微笑んだフェアリーは、手を後ろに組みながら羽を震わせた。

「ここで、何処か遠い土地から海を渡って漂流してきた男性の旅人とアールヴ族の妖精が出会い、互いが一目で恋に落ちたそうです。男性は肌が浅黒いので、ナジュ方面の出身ですかね」
「・・・会ったこと、あるの?」

 まるでその人物を見たことがあるといったような表現に、畔にしゃがみ込んで泉の水中をまじまじと眺めていたカタリナはフェアリーに振り返った。

「直接ではありませんが、この泉には主さんがお住まいでして。その主さんが拝見したことがあるそうで、教えてもらいました」
「・・・ヌシさん?」

 カタリナがフェアリーの言葉を繰り返してそう言った直後、ざぱーんと泉の水面を盛大に揺らしながらカタリナの身長近くはありそうな魚が、勢いよく中空へと飛び出した。ゆうにカタリナの身長を越えるほどの高度まで躍り出たその魚は重力に引き戻される寸前に大きく身を翻し、そのままの姿勢で吸い込まれる様に泉の水面を打った。
 音に反応してそちらに向き直った瞬間にきらきらと光るその魚に思わず見惚れたカタリナは、そのまま着水の勢いで跳ねた泉の水を思いっきり正面から被ることとなった。
 数秒後、先の拍子に頭の上に乗っかったらしい水草を片手でつまみ上げながら、カタリナはもう一度フェアリーに振り返った。
 なんとフェアリーは、さっきよりも後ろに下がっている。ちゃっかり彼女は跳ね水を避けたようだ。

「・・・それで、ヌシさんは喋れるの?」
「言語は操れません。ただ思念で語りかければ、返ってきます。主さんはここに七十年近くお住まいだそうで、この湖畔で起こった出来事は大抵覚えているみたいです」

 思念による意思疎通が同族以外にも成立するなどと、さり気にとんでもない特殊技術を聞いてしまった様な気がするが、取り敢えずそこは今は流すことにした。

「なるほどね。それで、結局その二人は幸せに暮らしたのかしら」
「それは、残念ながらわかりません。少なくとも私が見聞きした限りでは、二人でジャングルを出て以来の消息は知りません。ですが・・・」

 言いながら泉の上へと移動したフェアリーは、再び手を後ろで組みながらカタリナに振り返って、にこりと笑った。

「古い伝聞を除けば、近年ではこのお話と私自身以外に妖精がジャングルを出た話はなかったので、私の経験則から言えば、恐らくは幸せになったんだと思います」
「・・・つい最近まで人間の手によって捕まってた割には、随分と楽観的解釈なのね」

 こちらも微笑みながら言うと、フェアリーは泉の水面から伸びた蔦のくびれに触れる様に腰をかけた。

「ふふ、外の世界にはこうして私などでは予期出来ないような素晴らしい出会いがあります。勿論すべてが良いことばかりではないのでしょうが・・・そのせいで本来備えている素晴らしさまでもが損なわれるわけでは、ないと思います」
「・・・貴女のその考え、私は好きよ」

 衣服にまだ残っていた水滴を手で払い、ゆっくりと立ち上がりながらフェアリーの言葉に朗らかに応える。
 彼女にとって人ならざる存在との会話は魔族、魔神を数えて妖精で三種族目となるが、ここにきて妖精が自分とは別の種族などとは全く思えなく感じていた。それだけフェアリーはカタリナが想像していた以上にしなやかな思考の持ち主で、よき話し相手だと感じるからだ。

「妖精と人が・・・様々な形でそんな風に惹かれ合うのなら、実は互いの起源は思ったより近いものなのかもしれないわね」
「はい、そうであれば素敵だなって思います」

 そう答えて微笑んだフェアリーはひょいと蔦から飛び降り、泉の上に立つ様にゆっくりと浮かんでからカタリナのそばまで戻ってきた。そしてここまで来た道を指差し、口を開く。

「帰り道、少し寄り道していきませんか? 大樹の近くに、お花の群生地があるんです。摘んでいきましょう」
「ええ、そうしましょうか」

 これまた唐突な提案だったが、もちろんこれにもカタリナは二つ返事で同意した。花摘みなどもう十年以上もした覚えがないが、この密林に広がる花々とやらはきっと見事な眺めで以て、今度も十二分に彼女を楽しませてくれることだろう。

「では、参りましょう!」

 ふわりとその場で一回転しながらそう言ったフェアリーにカタリナも笑顔で応え、二人は泉を後にした。
 うっすら靄の立ち込める泉には、二人を見送る様に再び小さく跳ね上がる主の姿があった。

 

 

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ピドナの休日

 

 情報収集チームのグレートアーチへの出発をいよいよ明日に控えた、陽も穏やかなピドナの昼下がり。
 サービスの水準においては世界最高峰とも称され、メッサーナ王国新市街のシンボルとも言われる建造物であるここピドナホテルのオープンカフェテラスにて、一際通行人の視線を集める女達がテーブルを囲んで賑やかに談笑していた。
 美しく磨き上げられた真新しいニス塗りのテーブルには洗練された香りのアフタヌーンティーと上品なサイズの焼き菓子が並び、それらをお供に話に花を咲かせているのは、何故かスーツ姿のカタリナと同じくスーツ姿のサラ。その隣には爽やかな青を基調にした涼しげなワンピースに身を包んだエレンに、今年の流行らしいカラーコーディネイトですっかり町娘なモニカとミューズ。
 モニカとミューズは申し訳程度にメガネを掛けて変装している様だが、彼女らの集まり自体がえらく注目を集めるものだから、殆ど効果がないと言っていい。

「相変わらず、このスーツって言うのは慣れないわ・・・」
「でもカタリナさん、撮影中はめっちゃノリノリに見えたけど」

 卸したてのスーツの固さにカタリナがぼやくと、エレンは先程の撮影会の様子を思い出しながら笑った。

「業界成長率では、ぶっちぎりのナンバーワンだもんね。週明け発行のメッサーナジャーナルは、今日の写真付きで号外が各国に飛び回るんだって」

 焼き菓子をつまみながらサラが言うと、彼女は先程の撮影会でカタリナがとったポーズを真似してみた。

「あは、似てる」

 それをみて笑っていたエレンは、視線の脇に通りの向こうから此方に手を振る人物を見つけて、こちらも勢いよく手を振りかえした。

「あ、おそーい!こっちこっち!」
「ごめんごめん、おまたせ・・・って、なんか場違いじゃないかい、あたしは」

 いつもの作業着で現れたノーラは、その場の面々の格好を見て頭を掻いた。

「そんなことないよ!気合いを入れる場合もあるけど、今日の女子会にそんな気を使う必要なんてないわ!」
「そ、そういうもんかい・・・?」

 唐突に力説するサラに気圧され、納得したのかどうなのかといった表情でノーラが空いている席に着くと、程無くしてボーイが颯爽とオーダーを伺いに来る。

「あー・・・じゃあ、トゥイクを。出来ればシングルポットで」

 メニューをさっと見て伝えると、優雅に一礼してボーイが去って行く。

「とぅいく?」

 エレンが首を傾げながら聞くと、これには代わりにモニカが応えた。

「その名の通り、トゥイク半島のトゥイク地区で採れる茶葉ですわ。ウィルミントン等があるガーター半島と並び、高級茶葉の産地として有名なのですよ」

 モニカの説明に、へぇー、とカーソン姉妹が揃って相槌を打つと、カタリナはその様子に微笑みながらノーラに顔を向けた。

「ノーラさんって職業柄ブラックのコーヒーって感じがするんだけど、意外とティー派よね。偏見かしら」
「あは、それはよく言われるよ」

 それに苦笑いをしながら応えたノーラは、焼き菓子を一つ口に放り込んだ。

「まぁコーヒーも好きなんだけどさ。でも、父さんはあたしを女らしく育てたかったらしくてね。小さい頃から、飲み物といえばティーだったんだ。目論見は見事に失敗したけどね」
「あら、そんな事はないと思います。ノーラさんは、とても女性らしいと思いますよ」

 ミューズがすかさずそう言うと、ノーラは面食らった表情で彼女を見た。

「ノーラさんの他人への気配り方ですとか、お作りになられる作品の繊細さとか。ああいったものは、それこそ女性ならではという気がします」
「あー、確かにそれは私も思います。ノーラさんに作ってもらった武具って、機能性はもとよりディテールにも拘ってるのが分かるもの。無骨なだけだったり、反対に飾りだけみたいな市販品とは品格が違うのよね」

 ミューズの言葉にカタリナも合いの手をいれると、ノーラは照れ隠しに頭を掻きながら、運ばれてきたガラス製のティーポットに視線を落とした。

「はは、まいったね。こんな成りで女らしいなんて言われる日が来るとは思わなかったよ」

 ゆっくりと茶漉しを通してよく温められたカップに紅茶を注ぎ、一口啜る。

「ん、流石はピドナ随一のホテルカフェだね。温度もしっかりあって美味いわ」
「ふえー、紅茶の味を知ってるって、なんか大人!」

 此方はアイスレモンティーを啜りながら、エレンがやたら感心した声をあげた。

「そんなご大層なもんじゃないよ。習慣だっただけさ。それに紅茶の味を知ってるより、エレンみたいにとびきり美人な方が絶対に得だよ」

 ノーラがウィンクをしながらそう言うと、いきなり話を振られたエレンはきょとんとしながら目を瞬かせた。

「サラを見た時は、随分可愛いなと思ったけれどね。そしたらその姉はこんな美人だってんだから、美人姉妹ってのは本当にいるんだなって思っちゃったよ」

 その意見にカーソン姉妹以外の面々が頷くと、サラはそこでやれやれと言った様子で肩を竦めた。

「ロアーヌのアウスバッハ兄妹と言えば、世界的に有名な美男美女姉妹。そしてクラウディウス家の令嬢は、ピドナ旧市街の住人がその心優しさと美しさを讃える女神。更にはモニカ姫からまず連想する人物といえば、名高き美貌の懐刀にして最強のロアーヌ騎士。そんな面々に囲まれて美人姉妹だなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて堪らないわ!」
「あっはっは、間違いない!」

 サラの咆哮に対してノーラが派手に笑うと、釣られて皆も笑った。

「・・・っと。所でエレン、聞こうと思ってたんだけどさ」

 一頻り笑ったところで、ノーラはティーポットを水平に回しながら、エレンに視線を投げかけた。

「ん、なに?」
「あんた・・・あの傭兵とはデキてんのかい?」
「でっ!?」

 びくんと跳ねるように何故か背筋を伸ばしたエレンは、顔面を紅潮させながら口をパクパクと動かした。

「・・・ふぅむ。サラ様、エレン様のこのご反応・・・どのように思われますか?」

 モニカがエレンのその様を見て、サラに伺いを立てる。すっかりこの分野に関しては、サラのことを師と仰いでいるようだ。
 それに応えてサラは軽く腕を組みながらエレンを眺め、キリッと伊達眼鏡の位置を直した。

「・・・正に、お友達以上恋人未満の反応・・・! お互いがまだそう意識したわけじゃないけど、でも無意識に相手を視線で追ってしまうような、そんな状態・・・。これは最ももどかしく、また甘酸っぱい時期。つまり・・・」
「つ、つまり・・・?」

 あえてそこで溜めをいれたサラに、モニカがゴクリと唾を飲み込みながら迫る。

「つまり・・・これは、萌え! モニカ様、これを萌えと言うのよ!」

 思わずモニカと、釣られてミューズも乗り出して聞きいるところに、サラはそう高らかに断言した。

「成る程・・・。確かにこの、もどかしくも介入できない二人の世界は、他に例えようの無い何かを感じますわね。ここに美学を見出したのが、萌えと言うものなのですね」

 お嬢様二人がやたら感心した様子で神妙に頷くと、サラはハンカチを取り出して口に咥えた。

「でも、悔しい・・・!私のお姉ちゃんがみすみす手篭めにされていくのを、黙って見ているしかできないなんて・・・!」

 ギリギリとハンカチを引っ張りながらのサラの熱演に、話題の中心であるエレンは頬を膨らませながら抗議した。

「手篭めって・・・あ、あのねぇ! あたしとあのおっさんの、何処をどうみたらそうなるのよ!単に一緒に旅をしてるってだけでしょ!」

 しかし、サラは何を言っているのだと言わんばかりに目元を抑えて天を仰ぎ、次いでびしりとモニカを指差した。

「同じく一緒に旅をしたユリアンとモニカ様はこのザマじゃない!」
「このザマって・・・」

 カタリナが思わず苦笑する向かいで、モニカは場違いに照れている。

「いやですわ、サラ様。わたくしを引き合いに出さないでくださいな」

 その様子に、うぐぐ、と一瞬反論の言葉をなくしたエレンだったが、しかし直様モニカの横で朗らかに笑っているミューズに目を付けた。

「そ、それを言うなら! シャールさんと同棲しているミューズさんの方が話題性抜群じゃない!」
「え、私ですか?」

 突然白羽の矢が立ったミューズは、周囲に助けを求める様に困惑した。

「え、あたしはそもそもそういう関係だと思ってたんだけど、違うのかい?」

 ノーラが素でそう口に出すと、ほんのりとミューズの頬に赤みがさす。しかし、これにはサラが人差し指を立てながら首を横に振った。

「ふっふっふ、違うんですよノーラさん。そちらも、まだ甘酸っぱい感じなの。でもそこの関係については、私よりもっと説明に適した人がいるわ」
「へぇ、誰なんだい?」

 ノーラがサラの様子に微笑みながらそう聞くと、サラは優雅に紅茶を一口啜り、目を細めた。

「ふふ。プレゼンテーションのお時間です、社長!」
「なんで私!?」

 まさかのご指名に、カタリナ社長が声を大にした。
 しかし、サラ以下その場のメンツの視線が全て自分に注がれていることを悟ると、カタリナは当惑しながらも渋々口を開く。
 最近、なんだか場に流されやすくなったのが彼女の目下の悩みだ。

「え・・・っと、そうね・・・」

 言い淀むところにサラから無言で伊達メガネを手渡されると、カタリナはそれをかけてキリッとしたあと、顎に手をあてがった。

「・・・思うに、シャールさんにその気がない」

 ずばり単刀直入なその意見に、流石にミューズがちょっとショックを受ける。
 だが、構わずカタリナは続けた。

「いえ、正確にはきっとね、もっと明確な優先事項があるのよ、彼にはね」
「優先事項・・・ですか?」

 カタリナの言葉をミューズが繰り返して聞くと、カタリナはコクリと頷いた。

「そう。彼は私の目から見ても高潔で、誇り高い、卓越した騎士。そんな彼の中には、間違いなく何よりも優先されるものがあるわ」

 言いながらカタリナは、ふと心の中に広がる故郷ロアーヌを思い浮かべた。

「それこそは・・・主への忠誠よ。それは騎士が自らの心に誓う、何事にも勝る絶対の優先事項」
「あー、成る程ね」

 ノーラがうんうんと頷きながら言うと、カタリナはそれに頷き返しながら続けた。

「彼ほどの騎士ともなれば、その誓いを絶対に曲げない。そして今シャールさんはミューズ様を主とし、忠誠を誓っている。そうなると・・・気があるかどうかは抑も問題ではなく、彼には自発的にそういうアプローチをするなんていう選択肢が、最初からないのよ・・・多分ね」

 目を細めながらそう述べたカタリナに、一同は低く唸った。

「流石の洞察力です、社長」

 伊達眼鏡を回収しながらサラが称えると、カタリナはそれに肩を竦めて応えながら、紅茶に口をつけた。

「カタリナが言うと、なんだか余計に説得力があるねぇ・・・」

 ノーラが何故かニヤニヤしながらそう言うと、ティーカップを手にしたカタリナの動きが一瞬止まった。
 そこに、同じくにんまりとした表情のモニカが呟く。

「うふふ、まるでそれって、お兄様とカタリナの図みたい」

 ここに至って完全に墓穴を掘った事に気がついたカタリナは、隣でほくそ笑むサラに気が付かずにわたわたと手を振った。

「いやいや、ちょっとタンマ、今のはあくまでもそういう見方もあるんじゃないのかなっていう客観的な意見の一つというだけであって、べべ別に自分自身の何がしに例えて意見を述べたとかそういうんじゃないから!」
「すんごい焦りっぷり。ちょっと萌えっていうのがわかるわ~」

 エレンが呑気にそう言うと、その場の一同にどっと笑いが起きた。
 そうして一頻り笑い合っていると、そこに偶々通り掛かったらしいポールがカタリナ達を見つけ、意気揚々と満面の笑みで近寄ってきた。

「あれま、こんなところで女子会? なんだよつれないなー、俺も誘ってくれよ~」

 何やら両手に大きな買い物籠を持ったポールはいつも通り小器用にその状態から肩を竦め、冗談めかして言う。

「なに言ってんのよポール。あんたは旅の携帯品買出し係でしょー? しっかり買ったのー?」

 エレンがアイスティーを啜りながら言うと、ポールは勿論さと答えながら手の荷物を軽く掲げて見せた。
 確かにその荷物の中身は、予めカタリナ達が決めておいたものが詰め込まれている様だ。

「あとは最後に、メッサーナ織工房に寄って終了だ」
「・・・織工房? なにかそこで必要なものってリストアップしてたかしら?」

 ポールの述べた行き先にカタリナが疑問を投げかけると、ポールは待ってましたとばかりに即答した。

「何言ってんだよ、最重要なのがあるじゃないか! なにせ今回の行き先は、あのグレートアーチだぜ!?」

 急なハイテンションで捲し立てるポールに、しかしその意図が分からないカタリナとエレンは同時に首を傾げる。
 だがそんな事には構わず、ポールは自信満々に言い放った。

「水着だよ、ミ•ズ•ギ!南国リゾートに水着が無いなんて、考えられないだろう!?」

 力強く言い切るポールだったが、対する女性陣の反応は冷めたものだった。

「・・・あんたねぇ。遊びに行くわけじゃあるまいし、そんなもん要らないわよ。それに海に入るにしたって、ワザワザそんなもん買わなくたってそのまま入ればいいじゃない」

 エレンがそう言うと、ポールは大仰にため息をついて見せた。

「俺やトルネードのおっさん用じゃあない。水着は、カタリナさんとエレンちゃん用さ!」
『はぁ!?』

 ポールのその言葉に、カタリナとエレンが同時に怒声を上げる。

「なぁに、心配するなって。これでも俺はセンスの良さには定評があるんだぜ! バッチリ二人の魅力を十割増ししちまう様なのをチョイスすっからさ!」

 俄然乗り気で喋り続けるポールに対し、カタリナとエレンは怒りの表情で立ち上がった。

「ちょっとポール、ふざけてんじゃないの。無駄金使わずに、その荷物を持ってとっとと館に帰りなさい」
「そうよそうよ。大体あんた、サイズもわかんないのに買ったって、それこそなんの役にも立たないお荷物でしょ!」

 女性陣二人の猛抗議に晒されるが、しかしポールは余裕の表情だ。
 その不敵な笑みに思わず二人がたじろぐと、ポールは追撃を掛けた。

「ふっ。お嬢さんたち、ポール様を舐めてもらっちゃ困るぜ。この俺の観察眼にかかれば、そんなものは一目瞭然さ! そう、例えばカタリナさんは上からはちじゅうぼげぇッ!!?」

 言い終わらぬうちに二人同時に繰り出された蹴りを胸と腹に受け、ポールは両手の荷物を周囲に勢いよく撒き散らしながら道の往来に派手に倒れ込んだ。

「・・・ぐふっ。二人とも今日は白どぁぁぁああああ!?!?」

 何かを言い掛けた瞬間、今度は天から降り注ぐ幾つもの月影の弓矢に体を貫かれそうになり、ゴロゴロと周囲をのたうちまわって回避するポール。

「ナイス追撃ですわ、ミューズ様!」

 歓声を上げるモニカの視線の先で、ミューズはにこりとポールに微笑みかけた。

「あまりおいたが過ぎると・・・貴方の大好きな南国の海に、沈めちゃいますよ?」
「す、すみませんでした・・・」

 砂埃にまみれてボロボロのポールは、ドスの効いたその殺し文句に背筋を凍らせながら答えた。

「・・・さて、では社長。このあとのご予定ですが」
「え、この後?」

 唐突にサラが手帳をパラパラとめくりながらそう言うと、カタリナは首を傾げながら彼女に向き直った。

「そう。この後です。折角ですから、この後はショッピングといきましょう」
「あ、いいですわね。まだこの辺りのお店、全く見れておりませんでしたの」

 モニカがサラの意見に賛成すると、ミューズとノーラも賛同の意を示した。

「私も此方は殆ど見ておりませんでしたから、回ってみたいです」
「あたしも丁度切らしてる材料があるから、ついでに買って行こうかな」

 そうして皆が立ち上がると、会計を察したボーイがこれまた颯爽とやってきた。

「チェックお願いします。支払いはあれがします。あとすみませんが後ほどこちらの住所に、カタリナ•カンパニーの名前で領収証を届けて下さい。但しは、飲食代で結構ですので」

 実にスマートな手付きで名刺をボーイに手渡しながら一方の手で倒れているポールを指差したサラは、くるりと皆に向き直った。

「じゃ、行こう!」
「すっかり秘書が板についてるわね」

 クスリと笑うエレンに満面の笑みで応えたサラを先頭に、女性陣はぞろぞろと移動を始めた。

「どうせだし、水着も見てく?」
「そうねぇ・・・。まぁ、ついでに見るだけ見てみましょうか」
「カタリナなら、パレオとかとても似合いそうですわよね」
「どうせならマイクロで攻めてみたらどうだい?」
「マイクロで攻める・・・攻める・・・」
「マイクロで攻めるのはグレートアーチじゃなくてロアーヌだよ!」

 

 

「都会は怖いところだよ、ニーナ・・・」

 談笑と共に去っていく女性陣を尻目に漸く散らばった荷物を回収したポールは、能面の様な笑みで伝票を差し出してくるボーイに財布を取り出しながら、涙ながらに故郷の恋人の名を呟くのだった。

 

 

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傭兵の日常と、少女の非日常

 

 ふと、自分の隣で今日も欠伸を一つ噛み殺しながら歩いている男をちらりと盗み見て、あたしもつられて欠伸をした。
 北の地では特に目立つ褐色の肌と、見た目からして寒そうな砂漠の民の装束。そしてシワだらけの衣服からは想像出来ないくらい手入れが施された、腰のファルシオン。
 気が付いたら道連れとなって世界を渡り歩くことになった頼もしいパートナー、ハリードだ。
 ハリードはあたしが腰の剣をファルシオンと呼ぶと、少しだけ機嫌の悪そうな顔をするの。
 なんでもこれには、カムシーンという立派な名前があるのだそう。
 ゲッシアの英雄アル=アワドが愛用した、伝説の曲刀の名前なんだって。
 武具には、人と同じ様に魂が宿る。
 此間お酒の席で、そんな風に話して聞かせてくれた。
 だから、人に名前がある様に武具にも名前をつけてやるんだそうだ。
 だからあたしも試しに自分の斧にエリザベスって名付けてみたんだけど、悲しいかなエリザベスは先日依頼で魔物退治している最中に砕けてしまったわ。
 そんな訳で本日は新たなる盟友ポンパドゥールを片手にせっせと依頼をこなしに、あたし達は北の最大国家ツヴァイク公国から程近い、西の森に足を延ばしていた。

「・・・珍しい動物、ねぇ」

 あたりを注意深く見渡しながら歩いているけど、森に入ってから一時間弱してもキツネやリス位は見えるものの、別段物珍しい生き物がいるわけでもない。

「どう珍しいもんなんだろうな」

 ハリードもハリードで、まるで散歩気分のようにそう呟きながら物珍しげに針葉樹林を眺めている。
 あたしは早々にハリードに探索を任せることにして、シノンとはまた違った動植物が生息しているこの森を観光することにした。

 

 死蝕以降は、年を重ねる毎に魔物退治や野盗退治の依頼が世界規模で増えていっている。ハリードがそう言っていたのは、ツヴァイクに渡ってくる船の上だったかな。
 中でも特にその傾向が強いのは、メッサーナから北なのだそう。
 対してあたしの故郷ロアーヌや西の商業都市ウィルミントンなどは、騎士団や自治体お抱えの傭兵団が治安維持の為の遠征を積極的に執り行うので、そういった依頼は数が少ない。つまりはフリーランスの傭兵にとってはあまり美味しい国じゃあない、ってことだそうだ。
 ただ今回ハリードとあたしが請け負った依頼は近隣で活発化している魔物の討伐とかじゃなくて、ツヴァイクの西の森にいる珍しい生き物を捕獲したら買い取る、っていうハンターの依頼。
 ツヴァイクに着いてから早速路銀稼ぎで一仕事してまぁまぁの稼ぎになったそうだから、出発前に軽くもう一仕事しようってことで受けたんだけどね。依頼内容が曖昧だから、前金主義らしいハリードも今回はあんまり仕事って感じじゃないみたい。だから成果報酬、ってことで北の地の散策気分ね。

「獣の足跡があるな。この辺りは強烈なのがいるわけじゃないはずだが、用心は怠るなよ」
「オーケー」

 口数も少なく、ハリードとあたしは前進していく。
 二人がこうして旅を始めてから、もう二週間くらい経っただろうか。
 最初の出会いこそあまり印象が良くなく、ハリードを口の悪いおっさんだとばかり思っていたけど、今の印象はだいぶ違っている。
 思いの外このハリードという男は気さくで、世話焼きで、人情家だった。
 ここまでのまだ短い旅路でも、あたしは様々な話をハリードから聞いたし、シノンにいたころから比べたらなんだかとても物知りになった気がする。
 世界の事から、いろんな人々の暮らしの事、戦闘技術のこと。
 多分ずっと新しい何かに飢えていたあたしは、この男の言葉によく耳を傾け、自分なりに噛み砕き、吸収することに務めた。

「っとぉ!」

 五、六頭の狼の一群に囲まれた中、ハリードが軽やかに舞う。
 なにやら不可思議なオブジェクトが等間隔で設置された道の途中、背丈に似合わない素早い身のこなしで地形を飛び回り、まるで幾人ものハリードがいるかの様に残像すら見えそうな数多の斬撃により、三頭の狼が殆ど同時に血飛沫をあげた。
 そこで運良く斬撃を逃れた一頭がハリードの背後に迫るが、其れに目掛けて突進したあたしはくるりと回転しながら地面を思い切り踏み込み、遠心力を乗せたポンパドゥールの一振りでそいつを吹き飛ばす。
 ぐしゃりと骨や肉が潰れる嫌な音がして狼が激突した木の根元で動かなくなると、遠巻きにあたし達を囲っていた他の狼達は、交戦意思を失って一目散に逃げ出していった。

「・・・上手いな。今のは体のバランスの取り方も秀逸だし、斧の特性を活かした重い一撃だったな」

 カムシーンにべっとりとついた血糊を絶命した狼の毛皮で拭いながら、ハリードはあたしを褒めてくれた。

「へっへっへ。でもまだまだね。あたしもこいつで、ハリードみたいに動きたいわ」

 多少得意気な顔をしながらも謙遜気味に返してみたあたしに、ハリードはカムシーンの刀身を撫でながら何とも言えない自重気味な笑みを作った。

「そりゃ、止めた方がいい」

 そう言ってさっさと歩き出したハリードを、あたしは少し眉を顰めながら斧をしまって追いかけた。

 

 この西の森には、この辺りでは有名な天才教授とやらの住む館があるらしい。
 昨日酒場で飲んでた時に仲良くなったおっちゃんが、確かそんなことを言ってた気がする。
 あんまり人前にでないから見たことのある人は少ないみたいだけど、聞いた話によれば妙齢の女性なんだそう。年中館に引き籠っては、世にも不思議な発明を日夜行っているそうだ。
 なんだかそんな話を聞くと、一度は会ってみたくなるわよね。
 勿論単なる興味本位だけじゃなくて、ちゃんと理由もある。ほら、今回の依頼の珍しい動物っていうのも、ここに住んでる人なら何か知ってるかもしれないでしょ?
 ハリードにそれを言ったら、こっちを振り返りもせずに生返事しか返ってこなかったけど。
 なんて考えながら歩いていたら、なにかを見つけたらしいハリードが無言であたしを手招きしてきた。
 所々に白石の敷かれた道を踏み抜きながらそばに寄ってみると、ハリードの背中越しに覗き込んだ先にはなんだか大きな足跡が一つ。これはあたしはみたことも無いサイズで、なんの足跡なのかちょっと見当がつかない。

「・・・熊、でもないか」

 取り敢えず思いつくまま口に出してみるけど結局自ら否定しつつ首を傾げると、ハリードは浅く頷いた。

「だな。この辺りにこんな足の形をした生物がいるなんて話は聞いたことが無い。となれば・・・」

 となれば、つまりはそういう事だ。お互いに顔を見合わせてニヤリと笑い合うと、さっきまでより少しだけ元気良く立ち上がって奥へと再び歩き出した。
 いまいち確信が持てないでいた珍しい動物とやらの存在が、これで濃厚になったわけね。
 そうと決まればお互いの足取りは早いもので、あたし達は同じような足跡が見当たらないかを注意深く観察しながら、森の奥へ奥へと進んでいった。

 

 狩の道中、エレンは妙にはしゃいでいた。いや、あれでいつも通りか。
 息抜きのつもりで受けた仕事にしては思いの外収穫があって満足感があるのは確かに事実だが、にしても、どうにもあのテンションは俺には今となっては理解できそうもない。ジェネレーションギャップというやつか。俺もそろそろ年かね。
 道に点在する鉄製の用途不明オブジェクトに背を預け、エレンに荷運びを呼ばせにいって待っている間にカムシーンの手入れをいながらここまでの出来事を思い返す。
 その場の勢いであいつを連れ出してから、もう気付けば二週間位になるか。
 田舎娘が出会って間もない男に引っ張り出されたとは思えぬほど、エレンは今に対してよく適応し、かつ前向きだ。
 育った場所が違えば文化が違うし、世代が違えば常識も違う。
 全くと言っていいほど規格そのものが違う俺などに、あいつは道中でよく話しかけてきた。
 それは若さ故の好奇心なのか、はたまた別の何かなのか。
 俺の故郷のことから育ちのことから、逐一目を輝かせて聞いてきやがる。
 町に留まる間に仕事で同業者と組んだことは数あれど、こうして共に旅なんぞをした相手なんて実際は俺にも殆どいなかったものだからか、連日の質問攻めには自分でも驚くほどすらすらと答えてやっていた。
 特に戦技術に関することでよく質問をしてくるものだから、それに気を良くしちまった部分もあるのかもしれない。
 剣の師や兄弟子が世話焼きだっのが、俺にも移っていたということかね。
 とはいえ実際にエレンと言う女は、驚くほどの才覚でこの短期間に変貌を遂げている。
 得物が斧だなんて女に似つかわしくないものを選んでいる事など忘れてしまうほど、身体能力そのものも優れている。腕相撲したら負けそうで、挑む勇気が湧かないほどだ。
 本人が言うには馬術と格闘にも長けているようだから、故郷の駱駝に乗せても直ぐに慣れることだろう。
 ・・・別に、連れて行こうと決めたわけじゃない。
 兎も角、今はわりかしこの旅を俺自身も楽しんでいるのは、事実のようだ。
 下らない自己分析などするわけではないが、国を亡くしてこんな生活を始めてから他人との関わりってものを遠ざけていた自分は自覚している。それが今になってこんなことをしているものだから、こんな気分になっているんだろう。
 始まりは同類憐れみみたいなもんだったが、こういうのはこういうので、まぁ悪くない。
 そんな物思いに耽っていると、突然背後で腹に響く地響きみたいな唸り声が聞こえてきた。
 肩越しにそちらを振り向けば、そこには縄に縛り付けられた奇怪な生物がなにやら恨めしそうに俺を睨み返している。
 見たことのない姿なので新種の魔物のようだが、瘴気があるわけでもない。
 こいつが件の珍しい生物、というやつなんだろう。
 一匹捕まえたら芋づる式に何匹もヘンテコなのが出てきやがって、今俺の後ろにはオブジェクトに括り付けられた生物が合計で四匹居る。
 見た目でいえば、うさぎっぽいのと、キツネっぽいのと、竜っぽいのと、なんか動く草。
 なんの原種のどんな突然変異なのか、確かに俺が知っている生物にこんな系統の生き物はいない。
 好事家の数だけなら間違いなく世界一のツヴァイクの事だ、こいつは中々高く売れるだろう。この辺りのハンター連中は特に余所者にはふかしてくることが多いが、俺を知らないで適当な額で言ってきやがったら一発泡吹かせてやるかね。
 どれだけ報酬を釣り上げてやろうかと、今から皮算用をしてしまいそうになる。
 俺は元々、面倒臭いのが嫌だから前金主義を通しているに過ぎない。まぁ勿論、傭兵はじめの頃にさんざっぱら報酬関連で辛酸舐めさせられたからってのもあるが、な。
 しかし今となっては久しぶりの成果報酬ってのも、なかなか楽しいもんだ。なんといってもこれの醍醐味はやっぱ、最後の報酬釣り上げだ。
 競売よろしく幾つかの買い手を巡るのも、ここなら苦労はしない。
 なにしろ、ここツヴァイクでは抑も国立コロシアムで定期的にオークションも行われているくらいだからだ。
 だがまぁ、あれはダメだ。
 まず出品時に掛かる費用がクソなのだ。お陰でその辺を知ってる奴らは利用しないか、最早他に買い手がつかないもんばかりを出品する。
 あとは何も知らない素人が出すかってところだ。
 つまり、ろくなもんが出回らない。
 一部の豪の者ともなると出品申請のつもりで官僚相手に売り交渉を始める奴らなんてのも居るらしいが、流石に俺も慣れぬ異国の地でそこまでする気はない。
 だが数百オーラムですますつもりもないからなぁ・・・どうしてやったものか。

 ああでもないこうでもないと結局皮算用に時間を費やしていると、やがて遠くの方からガタガタとやかましい音を立て、荷馬車がやってきた。

「ぉーーい!」

 何故かその荷台の上に仁王立ちしながら、エレンがこちらに手を振ってくる。
 それに軽く腕を振り返すと、片手に弄んでいたカムシーンをしまい、ゆっくりと立ち上がった。
 そうだった。あいもかわらず騒がしい旅の相方がこうしてしっかりお使いをこなしてくれた褒美分も、報酬に上乗せしなきゃならないな。

 

 

「いやー、あんなに貰えるもんなのね!あたしも傭兵になろうかしら!」

 男勝りに豪快にエールジョッキを傾けたあと、エレンは上機嫌に笑いながらそう言った。
 結局あの謎の生物たちは元の話を振ってきたハンターにそのまま即金で売ってしまった。多少揺りをかけただけで思いの外いい金額を提示してきたので、他を当たる面倒も省きたかったからそこで決める事にしたのだ。
 千を超えるオーラムが積まれた袋を今まで見たことがなかったのか、エレンは銀行でえらく目を丸くしていたな。
 それが確認された後に金庫に入っていくところで管理体制は大丈夫なのかと心配するところも、まるで昔の自分を見ているようで思わず笑ってしまった。

「だって、あんな大金だよ!? 強盗とか、心配しない方がおかしくない?」

 仰ることはご尤もだ。
 俺も昔はそれが心配で利用を控えたものだが、しかしまぁ嵩張るオーラムコインをいつ迄も持ち歩くわけにもいかない。
 俺も精々が一万オーラムあたり迄を持ち運んだところで限界を感じ、それからは銀行を利用している。

「今や世界中の都市レベルの町には大抵ある銀行ってのはな、元は聖王暦が制定されたコングレスから存在する、古いシステムなんだ」

 負けじと俺もエールを喉に流し込みながらボイルされた腸詰めをフォークに突き刺しつつ、過去に何処かの誰からか聞いたことをエレンに聞かせてやった。

「こんぐれす?」
「・・・聖王が四魔貴族討伐後にメッサーナで開いた、大会議だ。お前、教会で聞いたことないのか」

 あーそういえば、なんてエレンは笑いながら答える。
 そのコングレスの最中に決められた、世界中の経済循環の円滑化や金融均衡を守る為などの名目で施行されたのが、現在の銀行法だ。

「そんな古いシステムで、大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない。これには、当時からフルブライト商会を筆頭とした商会連盟が制度構築に噛んでいる事と、あとは形骸化しつつはあるが、現行の爵位制度が大きく関係している」

 運ばれてきたアイスバインにも目を輝かせながら、エレンはこんな話題にも興味津々の様子で身を寄せてくる。
 この銀行ってものの最終的な管理責任はメッサーナ王国が持つが、基本的な管理義務は各銀行所在地区を治める爵位各国が担っている。
 まず定められている項目として、管理運営上における不測の事態・・・要するに強盗等があった場合、これの対処は最優先で現地国の常備軍が行わなければならない。
 これには、明確且つ厳格にルールが定められている。
 まず発生時期、場所、犯行人の可能な限りの詳細を事態の発生より十日以内消印の伝書にてメッサーナと商会連盟に報告する義務があり、更にホシを挙げる意味での解決迄を、二ヶ月以内に完了しなければならない。
 そのうちには、不測の事態において生じた民間•法人における損害は、これも同期間内に該当地区国家が速やかなる補填の履行をする、という義務も含んでいる。
 そして、いかなる理由があってもこれを怠った場合、該当地区の銀行管理の権限を損害の程度に応じて一定期間メッサーナ王国と商会連盟に剥奪される事になる。
 これをされると、国家は非常に困る事になる。
 なにしろ、銀行の内部で動いている金額には国家財源も含まれるから、だ。これが、運営管理権の代償とも言える。
 一部税収をすらこの銀行システムに組み込んでいるので、ここの管理運営権を剥奪される事は、国家運営における大元の財源没収に等しい。
 これによる弊害というのは、直接的なものから間接的なものまで多岐に渡る。
 だから国家はこの銀行というものに関する管理運営に非常に敏感であり、銀行強盗などという行為は国家に対する大罪として歴史上でも類を見ぬほど悲惨な厳罰が下る。

「ミソは、メッサーナ王国がケツ持ちだってことだな。現行の銀行法を廃止して完全に国家単位での財源•金融管理を出来ればそれが国家としては嬉しいだろう。だがそれはつまり、世界最大国家と全世界に流通網を持つ商会連盟を敵に回すことと、イコールなのさ」

 へぇー、なんていいながら、分かったのかどうかエレンが感心したような声を上げる。

「かつてこの均衡を崩しかけた唯一の国家が、実はこのツヴァイクだ。現在のツヴァイク公ってのは、音に聞く辣腕家でな。形骸化しつつあった爵位制度の隙を突き、一代で無名から公爵まで成り上がった。これにより、世界のパワーバランスが変わりそうだったのさ。だがそれも、死蝕が全部持っていっちまった」
「流石おっさん、本当なんでも知ってるのね!」
「けなしたよな?今俺のこと褒めたんじゃなくて、確実にけなしたよな?」

 こいつは、酒が入るとすぐ俺のことをおっさん呼ばわりしやがる。
 折角俺がためになる近代史をレクチャーしてやっているというのに、チャチャをいれやがって。
 これに対して最近は決まって俺がエレンの頭を鷲掴んで頭髪をわしゃわしゃっとやり、エレンはギャーギャー喚きながら降参する。
 こんな流れはここ二週間以内に出来上がった習性だというのに、なぜかふと、こんな事がとても懐かしいと感じる。
 我ながら調子が狂うが、まぁ別段嫌じゃないからいいがね。

 

 今日はちゃっかり雑魚寝部屋じゃなくてわりかし上質な部屋をとってるあたり、ハリードってあれで案外あたしに気を使ってるんだなーって思う。
 明日にもここからずっと西にある聖王様所縁の地、聖都ランスに向かう予定な訳なのだけれど、道中は野宿も多くなるって言ってた。
 そんな訳だから今日は早めに寝ろーとかいってささっと自分の部屋に消えて行ったけれど、そりゃあ無理な相談よ。
 ここしばらくはこの一日の最後に今日新しく見聞きした事を頭の中でゆっくり噛み砕かなくちゃ、脳みそ興奮しっぱなしでおちおち寝れないんだから。
 うーん、今日もあたしの頭じゃパンクしそうなほど、いろんなものを見ていろんな話を聞いたな。まぁ、最後の銀行なんたらは正直半分くらいしか話の内容わかってないけど。
 やっぱりハリードとのこの旅は、楽しい。メキメキ実戦経験も積めるし、物知りになれるし。
 最早、二週間前に悩んでいた自分がバカらしく思えてきちゃうくらい。
 いやまぁ、もちろんまだ全部が全部吹っ切れたなんてわけじゃあないけど、さ。
 でも、少なくとも今はなんだか幼い頃みたいに一日が長くて目まぐるしくて、いろんな事を理解するのに必死で。要するに、とてもじゃないけど悩んでる場合じゃないって感じ。
 ただ、布団に入ってから奮戦虚しく睡魔に敗北する寸前に、ふとシノンの懐かしい風景や顔ぶれが頭をよぎるんだけど、それでも不思議と心は穏やか。
 何だかあたしがこうしているように、他のみんなにもこうして新しい何かが訪れている気がするから。
 そう、勿論サラにも。
 だから、きっとこうなって良かったって、今はそんな気がする。
 あたしの今までの二十年は、この時のためにあったんだな。
 そして今は、明日のためにあるんだなぁ。

 とか、なんか思考が思春期っぽい。ふふ、日々楽しい証拠よね。
 頑張ろう。

 おやすみなさい。

 

 

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無くしていた男と、無くした女

 

 ゴドウィンの変、なんて呼ばれ方をしているらしい先日のロアーヌでの事件は、多分、あたしの人生を大きく変えたんだろう。
 なにせ、生まれてから今までの二十年を開拓地シノンから殆ど出たことなんてなかったあたしが、あの事件から数日経った今、どうしたワケか港町ミュルスでこうして遠く離れた地へと誘う船を待っているのだから。
 そして更に驚くべきことは、あたしの隣で眠たそうに欠伸をしている風変わりな男が、これから始まる未知の旅の連れだということだ。
 いや、正確には違ったか。あたしは最早、この男に連れ去られたに等しい。
 お節介にも、今まで当然だと思っていた自分の居場所がなくなって呆然としていたあたしを、この男は連れ去ったのだ。

 

「なんだ、エレン。未だにウジウジ考えてるのか。意外と女々しいな」

 遠く吹き鳴らされる汽笛の音を聞きながら空をぼーっと見上げてたら、隣の男が欠伸をかみ殺しながら話しかけてきた。
 男の名は、ハリード。戦人の間では有名な腕利きの傭兵らしいけど、正直知ったこっちゃない。

「・・・相変わらず煩いオヤジね。抑もあたしは、正真正銘の女よ。女々しくて何が悪いのよ」

 ワザと不機嫌っぽく声色を変えながら、半眼でハリードを見る。
 だけどハリードはそんな事には一切動揺なんてしないで、さっきまでのあたしと同じ様に、青く広がる空に目を向けた。

「ま、海に出たら気分も変わるさ。精々今のうちに、暫しの別れとなるロアーヌ領土を眺めておくんだな」

 たいそう他人事の様にそう言うと、少し深くベンチに座り込んだハリードは目を瞑って昼寝にはいってしまう。
 それをあたしはため息一つついて眺め、言われた通りに少しでも記憶に残そうと周りの風景に視線を投げかけた。

 

『あんたが一緒じゃ、トムの邪魔になるだけよ』
『そんなことないよ。私だって、お姉ちゃんがいなくても一人でトムの手助けが出来るわ!』

 ずっと守り続けてきた最愛の妹の、これが初めての口ごたえ。
 一言一句、忘れず覚えてる。
 それでまさか頭に血が昇っちゃうなんて、あたしってまだまだ若いんだなって思ったわ。
 何時の間にか、あの子を自分の所有物気取りしてたってワケ。これってすっごい自己嫌悪。
 それで喧嘩別れして、何故かこのおっさんに連れ去られて今に至る、と。
 ほんと、なんでこんなことになったのか。
 あたしはこれからどうすればいいっていうのか。最愛なる妹は今頃はどうしているだろうか。
 ・・・とまあ、すごく色々と考えてしまうわけよ。
 とは言え妹のことは、最もあたしが信頼する友人のトムが任せてくれって言ってくれたから、実はそんなに心配はしてないのよね。
 トムなら寧ろ、あの子の成長をあたし以上に巧く手助けしてやれることでしょう。
 そう思ってしまうところも、自己嫌悪の一因だけど。
 そんなわけで、これまであたしの中の殆ど全てを占めていた存在理由が無くなってこれからどうしようかってとこなのだけれど、そんな人生最大の悩みを女々しいの一言で片付けてくれやがった隣のおっさんは、そう言えばなんであたしなんかを連れ出したんだろうか。
 なんか変なことを考えてたらいつでもぶん殴ってやるけど、多分違うって思う。
 このおっさんは、多分あたしよりもっとずっと、無くしてる。
 類友っていうのかな、こういうのを。そんな気がする。
 何となくそれを感じてしまったからだろう。
 今こうしているのは、居心地が悪くもない。
 傷の舐め合いみたいで情けないけど、今はそんな行為に甘えていたい。
 だから、あたしは連れ出されてしまったんだ。

 あぁ、確かにあたし、ちょっと女々しいかも。

 

『どうした? みんな行っちまったのに、なんで残ってるんだ?』
『そんなのあたしの勝手でしょう! 一々煩いオヤジなんだから!』

 生まれも育ちも性別もそうだ。
 思えば何もかもが違うはずなのに、あの時のこいつは、まるで昔の俺みたいだった。
 突然、無くした、って顔をしてたのさ。
 それでいて顔が姫と瓜二つだなんて、そんな馬鹿みたいな話があって良いものかと思ったよ。
 自慢じゃないが、俺は硬派なんだ。自分から女を旅に誘うなんて、今の今までただの一度だってした事がない。本当だ。
 だが今回は事情が違う。
 こいつは姫と瓜二つのくせに、よりにもよって俺と同じような顔をしていやがった。
 そんなのに声を掛けずに立ち去れる奴がいるか?
 少なくとも俺には無理だ。なにせ、俺は割りかし節介焼きな方だからな。自覚してるよ、そんくらいはな。
 そんな優しさに対する返答がオヤジ呼ばわりなのは、納得いかないがな。
 まぁそうはいっても、こうしてついて来たんだ。多分こいつも、奥底で気が付いてたんだろう。自分が、無くしちまった、って事を。
 そうして今に至るなら、まぁいい。
 俺がこうした事にも、こいつがついてきた事にも、いずれこれからの旅の中で答えが出てくる事だろう。
 だが正直、この先に関しては戸惑いも多い。
 勢い余って連れてきちまったものの、こう、なんつうのかね。年頃の女の扱いってのは、慣れちゃいない。
 戦闘の素質は十分過ぎるほどにあるし、気質もいい。性格も快活で、そういう意味では扱いに困る奴じゃない。
 だが、女だ。
 暫く旅をすれば色々とあるだろう。と言うか既に、対応をどうしようか懸念する事がいくつか有るんだ。
 例えばそう、あれだ。月一のアレとか。
 俺は察してやるべきなのか、敢えて無視するべきなのか。
 街でとる宿は風呂付きのとこにしてやった方がいいのか。
 あ、野宿も含む旅路の備品には、体臭を気にするなら香水とか持たせた方がいいのか?
 一先ずはこうして昼寝を装っている間に、それらの事項に対して基本指針を立てなければならない。
 うぅむ、前途多難な気がしてきた。

 あぁ、確かに俺、オヤジかもしれねぇな。

 

 先日の嵐が嘘の様に、穏やかで透き通る様な青い空の下。
 アイスティーを買ってきて二人で並んで飲みながら、間もなく荷の積み込みが終わる船舶を眺めていた。

「ねぇハリード」
「・・・なんだ?」

 此方に視線は向けずに、野太い声だけが返ってくる。
 寧ろその方が話しやすいので、そのまま続けた。

「ありがとう」

 ポツリとそう言うと、ハリードはぴくりとも表情を変えないまま、アイスティーを一口啜った。

「まだ、何も変わっちゃいない。今、礼を言われる筋合いは・・・」
「変わったじゃない」

 言葉を途中で遮ってやると、あたしは大きく一歩踏み出してハリードに向き直った。

「二人だよ。ついさっきまで一人だったのに、今は誰かと一緒にいる。これって、すごい変わり様だと思わない?」

 アイスティーを口に添えたまま二度三度目を瞬かせてあたしを見たハリードは、ゆっくりとカップを下ろすと、ニヤリと口の端を吊り上げて笑った。

「そうだな。確かにそうだ」
「でしょ?」

 満面の笑みと共に、あたしはそれに応える。
 最早、グダグダと悩んでいるのが馬鹿らしくなっていた。
 考えたって今はどうしようも無いし。
 あたしはあたしの何かを、これから見つけなくちゃならない。
 そう、何かよくわからないけれどこれはきっと、チャンス。それくらいの気持ちでいよう。
 しかも、一人だと不安もあるだろうけれどワザワザそれに付き合ってくれる道連れがいるなんて、有難いことじゃない。
 よし、決めた。世界、どんとこい。

 

「わ、ハリード見て見て、イルカ!」
「・・・そんな珍しいもんか?」

 船のヘリから海面を見下ろして、大はしゃぎするエレン。
 こいつはさっきから、ずっとこんな調子だ。

「そりゃ珍しいわよ! シノンの田舎っぷりを舐めちゃいけないわ!」
「いや、今一番シノンを舐めたのはお前だぞ・・・」

 なんでかよく分からないが、兎に角、本人の中では吹っ切れたようだ。
 このテンションに付き合うのは骨が折れそうだが、まぁたまには騒がしい旅も悪くない。
 はしゃぐエレンを尻目に、俺はいたって平和な青空に視線を投げかけた。
 今回のロアーヌでの一件から、どうも何かが動き出したような気がしてならない。急激にではないが、しかし緩やかでもない速度で。
 そして確実に、その流れによってこの世界の何かも変化していく。そんな予感がする。
 つまりはあのデカイ事件が、さらに大きな何かの始まりの様に思えてならないのだ。
 単なる勘だが、意外とこういう勘ってのは当たるもんだ。

「ねぇハリード!」

 物思いに耽っていると、また名を呼ばれた。こう自分の名を連呼されるのも、随分と久しい。

「イルカって食べれるのかな?」
「・・・意外といけるかもしれんな」
「ほんと!?」

 なにやら周囲をキョロキョロと見渡しはじめたエレンを眺めていたら、急に小さな笑いがこみ上げてきた。
 久しく忘れていたような、そんな笑い。そんな気がする。
 なにが起こるかも分からないのなら、どんと構えていればいい。
 今までずっとそうしてきたし、これからもそうだ。
 それが愉快なものならば良かろう。
 それが不愉快なものなら・・・こいつと一緒に、ぶっ潰すのも悪くない。
 さて、流石にイルカの一本釣りを始めそうな勢いの相方をそのままにしておくのは拙いだろう。
 ため息と共に自然と自分の口の端が吊り上がるのを自覚しながら、俺は今まさに釣竿を振りかぶったエレンに向かって歩き出した。

 

 

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王者の言葉と武人の誇り

 

 侯爵フランツの怒り様といったら長年共にロアーヌを支えてきた側近や近衛の将軍、政務官等ですら初めて見る程のもので、最早それは誰にも止められない様相だった。
 荒々しく玉座から立ち上がりながら怒りも露わに叫ぶフランツによって、この翌日にはロアーヌ全領土に通告が成されることとなる。
 其れこそは、未来のロアーヌ侯爵たるミカエルの名を大々的に国民に知らせるものであった。

 

 自室のバルコニーから城下町を眺める少女は、美しく整った眉を可愛く顰めると、無言で部屋に戻る。
 其処では普段こそ侍女が一人いるだけだったが、今は侍女以外に部屋の入り口に常に二人の武装した兵士が直立し、部屋の中は少し窮屈な印象だ。
 しかし少女は、その様なことで眉を顰めた訳ではない。今彼女の頭の中には、怪我を負って療養中である敬愛する兄の事があった。
 つい先日、少女は八つ年上の兄とともに二人でいる所を何者かに襲われ、兄の獅子奮迅の応戦によって辛うじて命を救われた。
 だがそこで酷い怪我を負った兄は、血を流しながら地に膝をつき、慌てて駆けつけた衛兵により治療院へと運ばれた。少女は騎士団に連れられて宮廷内に戻り、それ以来数日を過ぎた今でも、兄と顔を合わせられていない。
 術師の治療により怪我の方は殆ど治っているとの事だが、厳戒態勢が敷かれたままなのだ。
 普段から愛用している特注の椅子にゆっくりと腰掛けると、少女は一つ深い溜息をついた。

 

 

 連日の殺伐とした訓練場の空気に愚痴をこぼす者も多い中、周囲の男連中の中では一際目立っている可憐な顔つきの銀髪の少女は、表情一つ変えずに騎士団長の叱咤に耳を傾けていた。

「諸君も連日聞き及んでいようが、この厳格なるロアーヌの領土内で、あろう事か侯爵様のご子息が襲われるという真に遺憾な出来事があった。これは国家の規律を揺るがす大事件であり、我々ロアーヌ騎士団も顔に泥を塗りたくられたに等しい!故に、二度とこの様な事が有ってはならない!諸君等宮廷騎士とその候補生は、今まさにその真価を今一度問われているのだ!これよりは一切の油断なく己を磨き、このロアーヌの秩序そのものとして行動する様に!」

 ガシャリ、とその場の騎士達が剣を翳すと、直ぐに散開して騎士団は訓練へと移った。
 列の中にいた少女はその背中に背負った華奢な身体に不似合いな大型の剣を振り抜くと、いつもの練習相手である同期を相手に、剣を正眼に構えた。
 練習用の剣とはいえ直撃すれば骨折は免れないであろう勢いで少女が剣を振り抜き、青年が其れを辛うじて受け流す。
 周囲にも増して激しく展開されるその剣戟に、負けじと全体の乱取りに締まりが加わる。それを見ていた騎士団長はぴくりとも表情を崩さずにいると、やがてその場を離れていった。
 その後も暫し剣戟の音は場内に響いたが、やがてそれは少女の行うそれを抜かして止んでいく。

「カタリナ、今日は俺と勝負だ」

 打ち合いの合間に間合いをとった所で、一人の青年が少女と相手の中に割り込んだ。途端に周囲から冷やかしの声援が飛んでくることに青年は舌打ちをするが、それに対して少女はふぅと一息つくと首を鳴らし、来いと合図をする。
 それに顔を引き締めた青年が喝と共に素早く打ち込むと、体躯で負ける少女はあえて正面からそれを受ける姿勢を取り、遠心力の乗らない柄の付近を選んで受け止める。
 火花が散るそのタイミングを見計らって少女は身体を右にずらし、勢いを殺されきらずに前のめりになった青年の脇腹を凪ぐ様に剣を振った。しかしそれを予期していた青年が渾身の力で無理矢理剣を横に凪ぐと、周囲に増して軽装であった少女は瞬時に垂直に飛び上がり、身体の下を剣が通過していく様を空気に感じながら青年の頭に掌を載せつつ優雅に着地する。そしてバランスを崩しかけた青年の頬に剣ではなく手を当て、円らなその瞳を細める。

「・・・残念ですね、コリンズさん。先手の速攻は相変わらずキレがいいですが、まだ二の手が弱いみたいです。今回もお酌はお預け、ですね」

 少女のその言葉と共に、周囲からはどっと歓声が沸き起こる。
 悔しがるコリンズ青年は、再戦時の勝利を誓いながら引き下がるのであった。

「やっぱもうカタリナに勝てるのは、ラドム将軍クラスくらいかぁ・・・」
「そんな事はないわよ、ブラッドレー。貴方の攻守のバランスの良さは、本当に見習いたいくらい。それにコリンズさんの速攻にしても、私にはまだ真似できないわ」

 カタリナと呼ばれた少女が長い髪をかき上げながらそう言うと、ブラッドレー青年は肩を竦めた。

「宮廷騎士団で正規を抜かして最も強い候補生にそう言われても、嬉しくも何ともないな」

 その言葉に、周囲からは笑いと溜息が混じって聞こえてくる。
 それに今度は、カタリナが肩を竦める番だった。

 

 合同訓練を終えて周囲の喧騒から離れる様に退避したカタリナは、いつもそうしている様に裏庭にある井戸で水を汲んで顔を洗う。
 そうして一息つくと、井戸の脇に立て掛けていた練習用の大剣を握り直して、これまた習慣に則ってその場で素振りを始める。
 これは騎士を目指して仕官したその日からの、彼女の習慣だった。
 家柄は貴族の生まれであり、更には女性の身であるにも関わらず騎士を目指すカタリナには、常に周囲からの好奇の視線や不躾な言葉が付き纏った。
 だがそれに対してカタリナは一切口で返すことは無く、その行動で返答してきた。
 その結果、剣の腕は最早候補生仲間では全く太刀打ち出来ぬものとなり、正規の騎士ですら舌を巻く程となる。
 だがそれで満足するような彼女ではなく、更なる高みだけを目指してこうして日々訓練に明け暮れていた。
 宮廷の裏側のこの庭は普段から寄る人間もいないので、彼女専用の練習場所と言えよう。
 因みにこの裏庭の一角には常に丁寧に手入れされた小さな花壇があるが、恐らく彼女とは被らない時間帯に誰かが世話をしているのだろう。一度もその人物とは会った事が無いので、それを気にする事はなかった。
 大振りの連撃練習の後にフルーレを用いた追撃への流れを確認し、いつしか空が茜色になり始めた頃に漸くカタリナは練習を終えて再び顔を水で洗った。

 と、丁度その時だった。木々に隠れた場所で微かな物音をカタリナは察知し、反射的に腰のフルーレを抜き放ちながら物陰に視線を向け、誰何する。
 すると物陰からは存外あっさりと人影が現れたが、それが頭から足元までローブを被った大層怪しげな出で立ちであったものだから、カタリナは警戒を濃くして視線を鋭くした。
 だがローブの人物は直ぐにそれを頭のフード部分だけ剥ぐと、その中からはカタリナの銀髪と対象的な眩い金髪が現れ、そして妙に見覚えのあるその顔にカタリナはまず驚き、そして次に跪いた。
 其れこそは先日単身で暗殺者を撃退しながらも名誉の負傷を負ったという、侯爵フランツの息子であるミカエルその人だったからだ。

「・・・これは、大変失礼をいたしました。私は宮廷騎士団所属の騎士候補生、カタリナ=ラウランと申します。此度の無礼、何なりと処分は謹んで受ける所存です」

 それだけ言って下を向いたカタリナに対し、ミカエルはゆっくりと首を横に振った。

「・・・いや、私は影だ。ミカエル様の身辺をお守りするにあたり、此度の事件を機に任務についたのだ。気にしなくていい」

 その言葉にカタリナが多少驚いた様子で顔を上げると、年相応のあどけなさが残るその表情に影は目を細めた。

「そうでありましたか。お務めご苦労様です。しかし、この様な所にいて宜しいのですか?」

 今は大変な時期であろう事を察してのカタリナのその質問に、しかし影は肩を竦める。

「今ミカエル様は、部屋の内外に衛兵が待機してお守りしている。むしろ私の出番はないので、この機会に更なる任務完遂の為に剣の訓練でもと思ってな」

 それにカタリナがまた受け答えながら頷くと、なんと影は折角だからとカタリナを訓練に誘ってきた。
 一通りのメニューをこなし終わっていたカタリナがこの影の腕に興味をそそられて申し出に迷わず応じると、早速互いにフルーレを構えて軽やかに打ち合いを始める。

(・・・ん、この影、強い・・・)

 剣先を交えての探り合いで影の実力が高いことを感じたカタリナは、一気に勝負を決める為に瞬間的に加速して鋭い突きを放つ。しかし影は外陰をはためかせながら回避し、実に的確なカウンターを撃ち出してきた。
 それに脇腹を掠められながらもカタリナがさらに反撃を繰り出そうとする姿勢でベテラン顔負けのフェイントを挟むが、それにも全く引っかからない。
 手強い相手にカタリナが一旦距離を取ろうとバックステップを踏んだところに、影は蛇がうねる様なしなりを持たせた突きを繰り出してくる。しかしその突きの合間に一瞬の隙を見付けたカタリナがそれを絡め取る様にしながら剣を跳ね上げると、影の持つフルーレはその手を離れて空高く舞った。
 其れがクルクルと宙を舞って地面に突き刺さると同時、影は軽く息を吐きながらニヤリと笑った。

「・・・強いのだな。流石は宮廷騎士団の最年少訓練生にして最強の呼び名高い、ヒルダ様以来で初の女性騎士候補だ」

 そこまで知っていたのか、といった表情で今度はカタリナが肩を竦めた。
 緊張感の後に心地よい風が柔らかく髪に当たるのを感じながら、こちらも一息つく。

「・・・過大評価です。私より強い人は、幾らでもいます。貴方にしても、そう。その腕の怪我が無ければ、今の突きを私は回避出来なかった」

 打ち合いの最中で最後の突きの時に見えた隙は、腕にあるであろう怪我を庇ったが為のものだとカタリナは見抜いていた。

「・・・ふっ、敵わんな」

 まるでミカエル本人の様な口振りで言いながら笑うものだから、カタリナもその見事な影っぷりにクスリと笑みを漏らした。

「・・・よい手合わせだった。礼を言うよ、カタリナ。また頼む」
「ええ、此方こそ・・・えっと、何と呼ばせてもらうのが良いのでしょうか」

 カタリナが首を傾げながらそう問うと、影はふむ、と顎に手を当てた。

「・・・影、は流石にあれだな。では、マイケルでどうだ」
「・・・主がMichael、だからですか? そのまんま。捻りもないのですね」
「許せ。帝王学は兎も角、ボキャブラリーは未だ勉強中だ」

 影がそう言ってからお互いに小さく笑い合うと、この日は空が暗やみ始めたのを合図に分かれた。

 

 裏庭に何日かに一度現れるその影との手合わせは、いつしかカタリナのちょっとした楽しみになっていた。
 良い練習相手であるというのはもちろんの事だが、特にその言動や思想に影とは思えぬ程の風格と誇りを感じとり、カタリナは純粋にこの青年に敬意と好意とを抱き始めた。
 最初の手合わせで気付いた怪我も不治の古傷ではなかった様で、あれから数週間たった何度目かの手合わせの時には、遂にカタリナが一本取られる場面もあった。
 そんな時には少しだけ影が若者らしく控え目ながらも喜んで見せたものだから、カタリナは全く悔しがる気が起きずに素直に褒め称えた。

「いや、じわじわと悔しくてな。いずれ一本取れる様になりたいとは思っていたのだ」
「ふふ、お見事でした。マイケルのその呻りのある突きは強力ですね。特に今日は、鋭さがピカイチでした。中々拝見しない技ですが、どの様に修得なされたのですか?」

 手合わせの後には何時の間に習慣になったか、井戸の淵に二人して腰をかけて話をする様になっていた。
 影はカタリナの質問に対し、以前に強い相手と戦った時に閃いたものだと気さくに話してくれる。

「強い相手、ですか。いいですね。私の周辺では、競えるのは正直マイケルくらいしか居ません。もっと強い方々は、まだ騎士候補生であり女である私を、お認めにはならない。まぁ、タイミングがあれば挽回したい位で、今は其れを急ぎ求めている訳でもありませんが」

 そんなことより今は己を磨くことが先決なのだ、と笑うカタリナに、影は優しい笑みを浮かべた。

「ふむ・・・しかしそうなると、カタリナから一本取ったのは私が初という事か?」
「ん・・・そうですね。連日騎士団仲間や候補生が挑んではきますが、そこでは一度も負けたことはありませんから」

 しれっとカタリナが言うと、影は珍しく声をあげて笑った。

「はっはっは、騎士団連中も大変だな。しかし物珍しさはあろうが、そうも連日挑んでくるのは良く皆に好かれている証拠か」
「いえ、皆して面白がっているのです。私から一本取ったら晩の酒盛りの時に私にお酌を任せられる、なんてルールを決めた様で。まぁ、それを否定しない私も大概ですけれど」

 カタリナが肩を竦めながら言うと、影はふむと答えながら顎に手を当ててからにやりと笑った。

「という事は、私はカタリナからお酌をしてもらう権利を得たというワケだな」

 普段見ることがないそのいたずらっぽい笑みにカタリナは内心どきりとしながら、それを察せられまいと発展途上の胸を張る。

「マイケルが望むのなら。騎士に二言はありませんから」
「そうか。ではそうだな・・・お酌を頼む訳ではないが、今度少し遠乗りに付き合ってもらおう。よいか?」

 意外なその申し出にカタリナがキョトンとしながらも頷くと、次に騎士団の練習が午前で終わるタイミングで日取りだけ決め、いつもの様に空の色合いを見て二人は分かれた。

 

 数日後、早めに訓練を終えたカタリナが裏庭に向かうと、其処では普段のローブ姿ではなく大変に高級そうな貴族衣装を身に纏った影の姿があった。
 カタリナがそれを見て驚いていると、対する影はいつもの調子で口を開く。

「カタリナも着替えてくると良い。これから南の湖の丘に行こうと思う。裏門の所で落ち合おう」
「え・・・あ、はい。分かりました。少々お待ちになっていてください」

 慌ててぺこりと頭を下げながら家へと駆け戻ったカタリナは、自室に戻るや否や鎧を急いで棚に戻し、浴場で素早く汗を流した。
 その急ぎ様に何事かと給仕の者が声をかけてくるが、カタリナは何でもないと言ってまた部屋に駆け戻った。

(・・・あ、何を着ていけば良いのかしら・・・)

 普段から騎士装束しか身に纏わない彼女は一瞬そこで思い悩んだが、何故かそこでタイミング良く給仕の一人が部屋に入ってきてドレスを手渡す。

「お嬢様、お出かけでございましたら、是非に此方を」
「え、あ、有り難う」

 とにかく影を待たせてはいけないと思ってそのドレスを受け取り、手を貸してもらいながら急いで袖を通す。
 淡いピンクの色合いに控え目な模様の刺繍が随所に施された優美なデザインながらも、スリムなロングスカート部分はスリット付きで機能性もあり、帯剣と乗馬も可能にしている。サイズも驚く程にフィットしており、それは正に、カタリナの為に仕立てられた様な品だった。

「このドレス、とても着心地がいいわね。有り難う。いってくるわ!」

 騎士の嗜みとして忘れずフルーレを腰に装着し、わたわたと出て行くカタリナ。
 それを柔かに見送った給仕は、そこで漸くほっと胸を撫で下ろした。

「・・・まさか侯爵家からドレスが届くなんて何事かと思ったけど・・・お嬢様、がんばっ!」

 グッと握りこぶしを作りながら密かに声を上げる給仕の声は、ドレス姿で見事に馬に跨るカタリナの背中に向けられていた。

 

 結局三十分程も待たせてしまったが、何時の間にかローブを羽織って身なりを隠した影は表情一つ崩さずにカタリナの姿を見て頷くと、早速二人は拍車をかけて出発した。
 城下町を迂回する様に進路を取って三十分程も進むと、間もなく小高い丘から見下ろせる湖に辿り着く。
 遠く更に南には山頂が雲に覆われたタフターン山が見え、ここからそこまでの間には突き抜けるような青空と、低い位置にある大きな白い雲が幾つも浮いていた。

「・・・風が気持ちいいですね」

 空に目を細めながらカタリナが呟くと、ローブを脱いだ影はそれを肯定しながら馬を降りた。それに合わせてカタリナも降りると、影はカタリナに振り返って目を細めた。

「似合っているな、そのドレス」

 唐突なその言葉に、思わずカタリナはほんのり顔を赤くしながら俯いて礼を言う。

「マイケルも、その姿は本物のミカエル様かと見紛う位ですね。まるで本当の双子のよう」
「はは、よく言われる。まぁそれでこその影だからな」

 それから二人は、丘の上の柔らかい草に腰を下ろして幾つもの他愛の無い話をした。
 影が宮廷内のちょっとした小話を披露すると、カタリナは騎士団の間にあるモニカファンクラブの話などをしてみせる。

 表面的には二人とも和やかだったが、しかしその内心でカタリナは普段より幾分か鼓動が跳ね上がっているのを感じていた。
 幼い頃に死蝕を経験してから本格的に騎士を目指しはじめた彼女は、それから只管に剣の修行と、貴族、そして騎士としてあるべき教養の修得にずっと向き合ってきた。
 そんな中でこんな穏やかな時間を過ごすことなど一切考えていなかったし、実際になかったからだ。
 加えて明かせば、彼女は十の歳に騎士団に候補生として仕官したその日に姿を見たミカエルに、仄かな憧れの念を抱いていた。すらりとして洗練された立ち姿勢と美しい金色の髪、そして何より誇り高きその眼差しに、カタリナは強く惹かれたのを今も鮮明に覚えている。
 そんなミカエルと同じ姿で、そして誇りに溢れた瞳を持つこの影を名乗る青年に、カタリナは自覚できる程の胸の高鳴りを感じていたのだ。

「・・・そういえばカタリナは、絵を描くのが趣味だといっていたな」

 ふと影が以前に聞いた話を思い出して言うと、カタリナはゆっくりと頷いた。

「・・・はい。普段はあまりそこに割く時間は有りませんが、たまにこんな美しい風景を見ると、無性に筆を取りたくなります。この時を、この気持ちを、何かに描いておきたくて・・・」

 そういいながら空を見上げるカタリナの横顔を見て、影は自然と笑みをこぼした。穏やかな風に揺れる銀髪は彼女にとても似合っていて、普段は見ないドレス姿がまた彼女の持つ生来の美しさを引き立てている。

「・・・私も似たように感じる。だが私は絵をかける程器用ではないから、こうしてたまに見にくるのだ。すると、以前とはまた違った美しさも見えてな。この美しい風景とこの国を我が身が背負える事に、私はより一層の誇りを感じるのだ」

 風を受けながら立ち上がってそう言う影に、見上げるカタリナは思わず心を奪われた。
 それは正に王者の言葉で、誇り高いその意志と力強い瞳に、カタリナも思わず立ち上がって同じ方向を見つめる。

「・・・はい。私も、そう感じます。騎士としてこの国を、民を、そして君主を守れる事に・・・誇りを感じます」

 こうしてここに立っているのは、本当にミカエルの影なのだろうか。
 そんなことを、ふとカタリナは考えた。
 同じ顔であるだけでは、このような気高さは得られない。同じ格好であるだけでは、このような誇りは纏えない。
 きっと自分の隣にいるのは、本当の王者であるのだ。いずれはこの国を背負い、未来に自分が仕えるべき人物なのだ。
 そう心で確信したカタリナは、気がつけば影に向き直り、ゆっくりとその場に跪いた。

「・・・まだ騎士ですらない私ですが、必ずや・・・貴方とこの国をお護りします。この胸の内にある、武人の誇りにかけて」

 その言葉を聞いた影もまたカタリナに向き直り、力強く頷いた。

「・・・宜しく頼む」

 一瞬太陽を覆い隠した雲から、漏れ出でる光が二人に注ぐ。
 思わず口をついてもっと強く想いの丈を曝け出してしまいそうになるが、カタリナは思い留まった。騎士として仕えられるだけで自分には十分だと、そう感じたからだ。
 それから二人はどちらからともなく微笑み合うと、自由気ままに草を食んでいた馬を呼び寄せ、颯爽と帰路についた。

 

 

 それから影は、裏庭に姿を見せることが無くなった。

 あの遠乗りから一月もした頃にカタリナがいつもの様に裏庭に向かうと、井戸の脇に一通の手紙があった。
 カタリナへ、と書かれた封筒の裏面には、Michaelの文字。
 井戸の淵に腰を掛けて手紙を開くと、そこにはいよいよ影として常にミカエルのそばを離れずにいる様になったという事と、もうここで会うこともないだろうが元気で、とだけ短く文末に添えられていた。

「・・・問題ないわ。ここで会えずとも、私の誇りは常に、貴方と共にありますから」

 少しだけ強がって、自分に言い聞かせるようにそう口にする。だが、それは間違いなくカタリナの本心だった。
 そしていつもと変わらず、大剣を手に取って素振りを始める。その太刀筋は以前に増して冴え渡り、風を切るその音は、木陰からそっと立ち去る人影にもしっかりと届いていた。

 

「・・・うむ」
「うむ、じゃないですよフランツ様。覗き見とは、ご趣味がよろしくない」

 丁度裏庭を見下ろせるバルコニーから枠に肘をついて下を見下ろしていたフランツの小さな呟きに、呆れ果てた様子の側近が言った。

「・・・お主も同じようなものだろう」
「私はフランツ様の後をついて回るのが仕事なだけですから」

 しれっと言う側近に、フランツは大いに顔をしかめた。

 

 これより一年の後、カタリナは正式に初代ロアーヌ后妃ヒルダ以来で初となる女性でのロアーヌ騎士として称号を得ると共に、ミカエルの妹であるモニカの護衛兼侍女としてフランツより大抜擢され、ロアーヌ侯家に代々伝わる聖剣マスカレイドをその手に預けられた。

 余談であるが、後日カタリナが侍女として宮廷に上がった初日、すれ違ったミカエルが彼女に対して口にした「相変わらず似合っているな、そのドレス」という言葉は、一年前以来で二度目のドレス着用であったカタリナにとって大変な驚きと衝撃であったと、後にカタリナ本人から話を聞いたモニカが兄に語ったという。
 兄がその時に見せた何とも言えぬ微笑みの表情は、モニカには忘れられぬものとなった。

 

 

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お転婆令嬢と青年騎士

 

「ミューズ様!ミューズ様!」

 給仕のマリスンが自分の名前を呼びながら宮廷の庭を右往左往するのを、ミューズは息を殺して身動きをしないように注意しつつ、木の上からにんまりとした表情で眺めていた。

「ミューズ様!ミューズ様!・・・もう、どこに行ったのかしら・・・」

 やがてマリスンが諦めて別の場所を探しに向かうとミューズはその場で一息ついて、木の葉の間から差し込む陽の光を眩しそうに見上げた。

「マリスンには悪いけれど・・・こんな天気のいい日にサロンで篭りっきりなんて勿体無いわ」

 その日、ミューズはピドナ宮殿で毎週開かれる淑女サロンに足を運んだのだが、あまりにいい天気に誘われて思わず外に飛び出して来てしまった。
 いつもの通りに宮廷の渡り殿を歩いていた時に空を見上げたら、流行のドレスに身を包んだレディ達が競い合うように自らを誇示しつつ宮廷に入っていく様をお日様が笑っている気がして、ふと自分がその中に混じっているのが少しだけ億劫になったのだ。
 そうして気がついたら庭先まで駆けていて、慌てて追いかけてきた給仕のマリスンを撒くために手ごろな高さの木を見つけて、飛び乗ったのだった。

「そうだ、折角だし宮殿内を探検してみようかしら」

 普段はあまりこんなことをしないので内心少し高揚しながら、ふとそう思い立ったミューズはいそいそと木から降りてお尻のあたりを軽く手で払い、サロンとは反対方向に歩き出した。

 

 父であるクレメンスが王宮の近衛軍団を率いている立場上、ミューズは世界最大国家であるこのメッサーナ王国の中心地たるピドナ王宮内でも、周囲とは別格の扱いを受けていた。
 王の血族によるロイヤリティの存在しない王国であるこのメッサーナでは、他国とは幾分異なる宮廷内事情が渦巻いていた。
 この国では次期国王を養子相続で選出するところから、宮廷内では次なる王を見極め、如何にその人物に取り入るかが次期治世の元での派閥の進退に大きく関わる。
 次なる王に重宝される事こそ、世界最大国家であるこのメッサーナ王国での最も大きなステータスなのだ。
 そして今現在の次期メッサーナ国王として最も有力視されているのが、古くからのメッサーナの名族に名の上がるクラウディウス家の現当主、クレメンス=クラウディウス。ピドナの王宮近衛軍団長にして、ミューズの父親であった。
 メッサーナ王国は現在の世界地図上の実に三割もの面積を支配しており、その領土内には複数の軍団が駐在して各地の治安を守っている。
 代表的な所は王宮お膝元の近衛軍団、北のファルス軍団とスタンレー軍団、南はリブロフ軍団、そして近年は温海地方の海上を監視する目的でピドナの南西にあるエデッサ島にも砦を設けて軍団が配置された。
 そんな中でここ数世代の流れとして、養子として次期国王に迎えられる人物は必ずピドナの近衛軍団長を歴任している。つまり近衛軍団長とは、次期国王のポストと同格と見なされていたのだ。

(つまり、お父様の未来は確約されていた・・・。アルバートおじさまがお亡くなりになるまでは・・・)

 七年前、偉大なるメッサーナの王であるアルバート王が崩御した。その前年に全世界を襲った大災害、「死蝕」による心労が祟ったという。
 アルバート王は治世としては非常に保守的な政治を好んだが、ミューズは幼い頃の記憶ながらも彼の事が嫌いではなかった。
 良くお菓子をくれて、そしていつも必ず頭を撫でてくれたのを覚えている。
 だが彼はその崩御までに、少なくとも二つの過ちを犯したと世間に言われている。
 一つは、死蝕の直前に死蝕を予言した天文学者を火炙りの刑に処した事。もう一つは、養子を正式に指名しなかった事だ。
 死蝕に備えるチャンスを無碍にした愚王と世間には罵られ、更には次期国王を書面により選出しなかった事で、あれから七年経つ今も、この国に新たな王はまだいない。
 継承の為されぬままに王を無くした大国は今、立国からこれまでに歴史上類を見ない規模の内乱という癌を抱え、大きく軋み始めていた。
 その内訳は主に、事実上の次期国王が決定していたクレメンスを支持する者と、正式な継承号令がなかった事を理由に異を唱える者達との間で起きている対立が其れに当たる。

(・・・お陰で、今では私を割れ物のように扱う方と、敵意満載で見つめる方ばかり。最近はサロンにも顔を出し辛くなった気がするわ・・・)

 通常は齢十五辺りから通い始める王宮のサロンもミューズは十二歳で通い始め、その教養も今では同年代の誰もが及びつかないものを持ち、周囲の年上のレディを相手に社交界を渡り歩いてきた。しかし近年は以前にも増してクレメンスに気に入られたい、もしくは弱みを握りたい一心で彼女に接近する人物が数多く、ミューズは最近特にそういったものを疎ましく感じてしまっていたのだった。
 そんな王宮内の華やかさと内乱による血生臭さが混同する空気にいよいよ耐えきれなくなっていた彼女は、ついうっかり、あまりの陽気に誘惑されてしまったのだろう。

「まぁ・・・あれは、近衛軍団の実技演習ね。お父様はいらっしゃるかしら」

 もやもやした気持ちを抱えながら当ても無く歩いていたミューズは、普段聞き慣れない金属音に誘われて庭園から下に顔を覗かせた。するとそこでは、近衛軍団の面々による訓練が行われている真っ最中であった。

 その場で軍団長である父の姿を捜し求めてみるが、如何せんここの位置は人を見分けるには距離があった。

「・・・遠くて見辛いわ。もう少し近くに行ってみましょう」

 早速キョロキョロと周囲を見渡して下に降りる階段を発見したミューズは、嬉々として下っていった。
 別段ここで父に会いたいと考えたわけではないが、あまり父が普段はこういったものを彼女に見せたがらないものだから、逆に興味をそそられたのだ。

 

「ここはどこかしら・・・」

 近くから訓練の音は聞こえていたものの、今一近くに出られずにウロウロしているうちに、ミューズはすっかり方向感覚を失って王宮の庭園内で迷子になってしまった。
 昔からクレメンスは必要以上にはミューズを王宮内には近付けなかった為に、彼女にはここの構造があまり分からないのだ。
 内乱中は元より、その前でもミューズの立場は良からぬ事を考える輩にも狙われやすい。そう言った意味ではクレメンスの判断は勿論正しいのだが。

「うーん、どうしましょう・・・」

 しかしそんな父の心配とは裏腹に今一緊張感に欠ける声でそう呟いたミューズは、気を取り直してあたりを散策する事にした。ピドナの庭園は一年を通して様々な花が咲き誇ることで有名で、自分でも花を育てているミューズには興味の尽きない場所でもあったのだ。

「あら、ステキな薔薇! 何の品種かしら・・・」

 早速庭園の一角に見慣れない淡い紅色の薔薇を見つけ、駆け寄る。それは彼女が知る品種にはない形をしており、色合いもとても美しい。手元に図鑑があれば良かったのに、なんて事を思ってみたが、今は無いので、兎に角帰って調べられるようにこの薔薇を目に焼き付ける事にした。
 そうして暫く飽きもせずに薔薇を眺めていると、背後に人の気配を感じた。しかしミューズがそれに気がついた時には、その人物は何時の間にやら彼女の横に立ち、薔薇に目を落としていた。

「・・・珍しい薔薇だろう? これにはまだ名前はない。昨年に作出されたものだ。クレメンス様がいたく気に入っていてな。名前をそう・・・ご息女のお名前にするんだ、なんて仰っておられたな」

 それは少し低めで、よく通る声だった。見上げると、日に焼けた浅黒い肌に鋭い眼光を湛えた、精悍な顔付きの青年が立っていた。

「まぁ、それではこの薔薇の名前は、『ミューズ』になるの?」
「そうなるな。クレメンス様のご息女であるミューズ様を私は拝見した事こそないが、きっとこの薔薇に似てさぞお美しいのだろう」
「まぁ・・・殿方に直に其の様に仰られると、恥ずかしいわ」

 照れ照れしながらミューズが顔を赤らめて笑いかけると、そこで漸くミューズへと視線を向けた青年は、目を点にして彼女を見つめた。
 青年の瞳には、艶やかな海色の髪をした白い肌の少女が映る。
 数秒の間見つめ合ってから、やっとの事で青年は口を開いた。

「えっ・・・と、え・・・まさか、ミューズ・・・様・・・?」
「はい。あ、申し遅れました。私、ミューズ=クラウディア=クラウディウスと申します」

 ゆっくりと立ち上がってドレスの裾をつまみ上げながら優雅にお辞儀をしたミューズに、青年は今一度驚愕の表情をして、次の瞬間には即座に二歩後退して地に膝をついて俯いた。

「た、大変失礼を致しました! 私は近衛軍団所属の騎士、シャールと申します!そ、その・・・このような時間にこのような場所におられたものですから、城仕えの者の親族かと勘違いをし・・・まさかミューズ様ご本人とは露知らず、大変なご、ご無礼の数々を・・・」

 慌てふためきながら口早にそう言ったシャールだったが、クスクスという笑い声が聞こえてきて、思わず顔をあげた。
 するとそこには、鈴を転がしたような可愛らしい声で可笑しそうに笑うミューズの姿。
 そんな彼女にひどく困惑した表情を向けたシャールがまた可笑しくて、ミューズは暫くの間は笑いを抑えられなかった。

「ふ、ふふ、ご、ごめんなさい。あんまり切り替わりが機敏だったものだから・・・、お、可笑しくって・・・」
「は、はぁ・・・」

 漸く笑いが収まってきた所で、ミューズはぺこりとシャールに頭を下げながら言った。
 対するシャールは膝をついて地面を見たままで不動の構えだ。

「シャールさんって、お父様からお名前は聞いた事があるわ。近年の近衛軍団所属の騎士の中でも群を抜いた実力の持ち主で、将来有望な方だ、って」
「いえ、滅相も御座いません。まだ私などは・・・」

 そう言って只管に頭を垂れるばかりのシャールに合わせて、ミューズはその顔を覗き込むように屈みこんだ。

「・・・ねぇ、シャールさんは薔薇に詳しいの?」
「いえ、そう言うわけでは・・・。ただ、クレメンス様がよくミューズ様のお話をなさって、ミューズ様は花がお好きだと聞かされているうちに、この庭園にあるもの位は自然と・・・」
「まぁ、お父様ったら、存外親馬鹿なのね」

 近衛軍団長も、愛娘にかかれば形無しのようだ。
 父親をそう評したミューズは、目線を合わせずに俯くシャールに向かって再度語りかけた。

「ねぇ、シャールさん」
「ミューズ様。どうか、私のことはシャールとお呼びください」
「じゃあ、シャール。こちらを向いて?」

 ミューズのその言葉に、おずおずとシャールが顔をあげる。すると、目と鼻の先の位置にミューズの顔があり、その藍色の瞳が自分を映しこんでいた。

「・・・!?」

 驚いてすぐに顔を戻し、更に後退りしようとするシャールの顔に、それを阻むようにミューズの両手が添えられた。

「お父様は、人と話す時に目を合わせるな、と教えているのかしら?」
「・・・・・・いえ」

 シャールが瞬きをしながら顔をあげて答えると、ミューズはにこりと微笑んだ。

「シャールの瞳って、黒いのね。生まれはナジュ?」
「・・・いえ、私自身はピドナの生まれですが、血筋にあるとは聞いております・・・」
「そうなの。ナジュの血は勇敢だと言われるものね。きっと貴方の戦う姿は、とても雄々しいのでしょうね」

 そこで漸くミューズはシャールの顔から手を離し、再び薔薇へと目を移した。

「ねぇ、この薔薇の苗って、お願いしたら分けてもらえるかしら」
「ええ、大丈夫でしょう。早急に、私から庭師に進言しておきます」

 シャールのその言葉に再度にこりと笑うと、ミューズはすっと立ち上がった。

「どうせなら、今から頼みに行ってみましょう。ねぇ、シャール」

 そう言って屈んでいるままのシャールに、ミューズは片手を差し出す。

「一緒に、来てくれる?」

 シャールは狐につままれたような表情でそれをみていたが、数秒のためらいのあと、目を細めてその手を控えめに取りながら立ち上がった。

「・・・お供いたします」
「ふふ、それじゃあ、よろしくお願いしますね」

 そう言って可笑しそうに笑うミューズに相変わらずシャールは困惑気味の表情だったが、ひとつ肩を竦めると、庭師が居るであろう詰め所の方向へと向き直った。

「それでは、こちらです。ミューズ様」

 そういってミューズも此方に足を向けたのを確認すると、シャールは彼女に歩調を合わせてゆっくりと歩き出した。
 きょろきょろと見慣れない庭園を眺めながら、詰め所に行き着くまでにミューズは道すがらよく喋った。

「ところでシャールは訓練中だったの?」

「え、まぁ、そうですね。丁度実技が終わったので、今は休憩中ですが・・・」

「そうなの。それはごめんなさい、休憩中に」

「いえ、とんでもない。むしろ・・・私は運が良かったのでしょう」

「え?」

「・・・いえ、なんでもないです。ところで先程あちらでミューズ様の名前を呼んでいる給仕がいましたが・・・」

「あ、そういえばマリスンのことすっかり忘れていたわ・・・。まぁ、大丈夫よ、うん」

 

 

「・・・というのが、私とシャールが初めて会った時のことなのですよ」
「うわー、なんかすっっごいロマンチックです!」

 椅子に腰掛けて紅茶を飲みながらミューズの話を聞いていたサラは、すっかり興奮した様子で相槌を打つ。美味しい紅茶が手に入ったからとトーマスにお使いを頼まれて来たのだが、すっかり彼女はミューズとのおしゃべりに夢中になってしまっていた。

「じゃあじゃあ、あの裏庭で育てている薔薇ってもしかして・・・」
「ええ、あれが『ミューズ』です。自分の名前って思うと恥ずかしいですけれど、今は愛着も湧いてしまって」
「うわー、うわー!素敵!」

 窓から見える薔薇に目を向けながら、サラは俄然瞳をキラキラさせた。

「因みにその時って、ミューズ様はおいくつだったんですか?」
「ええと、七年前のことですから・・・私が十五で、シャールが二十三ですね」

 指折り数えるミューズに、サラは椅子に座りなおして居住まいを正すと、腕を組みながら眉間に皺を寄せた。

「八歳差かぁ・・・全ッ然イケますね」
「イケる?何がイケるのでしょう?」
「あ、いえ、なんでもないんです独り言です・・・あ、でも今の私と同じくらいの頃にサロン通いとか、やっぱりミューズ様ってすごいところで育ったんですね」

 サラが慌てて話題を変えると、これにはミューズは苦笑を漏らした。

「ピドナ王宮は世界中の流行が集中する場所でしたけど、サロンは話題こそ事欠かないものの、すこし節操が無さ過ぎた感じはしますね。個人的には、ロアーヌやウィルミントンなどの文学サロンや芸術サロン等に憧れました」

 ミューズはそういうが、生まれてこの方シノンを出たことが無かったサラには今一想像が難しかった。なにせ社交界とは無縁の開拓村生活だったからだ。とはいえ同じ村の出身のトーマスなどはそういった場所に出てもむしろ問題なさそうだし、最近出会った女性陣でもモニカやカタリナなどは生粋の社交界出身者だ。となるとサラと同じ感覚に陥りそうなのは、姉のエレンと友人のユリアンくらいか。ハリードは、お金が絡めば社交界でも何でも居そうな気がする。
 と、そこに部屋をノックする音が聞こえ、ミューズの返事を待ってからシャールが顔を覗かせた。

「あ、シャールさん!今、シャールさんとミューズ様の出会いの話を聞いていたんです!」

 出会い頭に興奮気味にそうまくし立てるサラに、シャールは目をぱちくりさせた後に、目じりに皺を寄せた。

「あぁ、王宮での話か。ミューズ様は、ゴンやミッチにもその話をよくするんだ。なかなかその頃のミューズ様は、お転婆だろう」
「まぁ、シャールったら!」

 珍しく柔らかな笑みと共にそう話すシャールに、ミューズが可愛く頬を膨らませる。そんな二人を思わずニヤニヤしながら眺めるサラだったが、気付けばいつの間にやら夕刻が迫る頃合となっており、それを知らせに来たシャールに案内されてこの日は旧市街を後にすることにした。

 

「ところでシャールさんは、ミューズ様のこと好きなんですか?」

 新市街に向かう道すがら、耐え切れずにサラは直球の質問をぶつけてみた。シャールはそんなサラの質問を聞いて、何故か得意そうに笑う。

「それは、秘密だ」
「あら、つれないわ」

 どうやら、この手の質問はされ慣れているようだ。見事に打ち返されたサラは、しかしうんうんと一人で満足げに頷いた。

「でも、その方が周囲のやきもき感がたまらないから、むしろいいですね。色々考えるだけで、顔がにやけちゃいます」
「・・・ふっ、これは参ったな。サラ殿はトーマス殿よりもこの手の話題には一枚上手か」
「えへへ、最近は恋愛小説を読むのが趣味なんです。でも、事実は小説より奇なり・・・でしたっけ。今日はミューズ様のお話を聞いて、それを実感しちゃいました。」

 そんなサラの様子に苦笑しながら返したシャールは、新市街へと続く階段までサラを送り届けると、ゆっくりと階段を上っていくサラの背中に向かって最後にこう言った。

「ただ、勘違いしないでくれ。私が今もこうしてミューズ様の下にいる理由は、ミューズ様が私の主であるという・・・その一点に限る、ということを」

 その言葉に、サラは振り向いてにっこりと笑った。

「今は、それでいいんじゃないですか?」

 その言葉に、シャールは参ったと両手を肩の上まで挙げながら応えた。そのまま上機嫌な様子で階段を上っていって最後に振り向いて手を振るサラに応えてから、シャールはふぅと一息ついて、主の待つ家へと引き返していく。

「今はそれでいい、か。全く、最近の若いものには敵わんな・・・。私も年を取ったものだ」

 

「ねぇミッチ、私ってお転婆かしら?」
「おてんば?なぁにそれ、おかしの名前?」
「えぇ、そんな感じ・・・」
「うん!じゃあおてんば!」

 シャールを待つ間、主はクッキー片手に、同じくクッキーをほお張る小さな隣人にそんなことを聞きながら、まだぷっくり膨れていた。

 

 

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妄想冒険譚・番外編

 

ここには主に、当サイトのメインコンテンツである妄想小説「カタリナ編・長編妄想」の設定に大凡準拠した短編を展示しております。不定期に増えます。
カップリング系もそれなりにあるので、メインを読んでいなくとも、単にお好きなカップリングを読んでいただいてもある程度は成立する内容になっているかとは思います。
長編との整合性が気になる方は、時系列をご確認下さい!

 

・お転婆令嬢と青年騎士(シャール×ミューズ)

時系列は第二章・2以降。記念すべき初リクエストで書いたものですが、正直ほっとんどシャルミュ絡んでいないというリクエスト超度外視の内容になってしまい、申し訳ない限り。許してください。

 

・王者の言葉と武人の誇り〈ミカエル×カタリナ)

過去話なので時系列は不問。【みつき様】からのカップリングリクエストで書いたものです。執筆時点では本編で殆ど登場していないミカエル様の本編でのキャラ付けをある程度決めてしまうというトンデモ作品となりましたが、むしろお茶目なフランツ様とラウラン家の給仕が一番いい味出している気がします。まぁ、リクエスト主にご満足いただけたかどうかは別問題なんですが・・・
【2011/8/27 追記】よくよく資料見てみたら正史ではアウスバッハ兄妹が襲われたのってモニカが七歳の頃っぽいけど、このお話では九歳前提で進んでいる・・・。いや、いいのさ、妄想だから・・・今更辻褄併せは面倒くさいし・・・(本音

 

・無くしていた男と、無くした女〈ハリード×エレン)

時系列は第一章以降。【メイリィ様】からのカップリングリクエストで書いたものです。なんとオーダーを頂いてから余裕で半年経過するという製作期間を誇りながらも、番外編の中で最も短いというエキサイティングな結果になりましたorz
いえね、ハリエレは某HPの影響であたくしも大好きなんですけれど、如何せん此処の妄想本編に沿った番外編としている以上、まだ超ラヴラヴな話を書ける段階じゃなくてですね。こうなったらいっそハリエレ長編的な勢いでラヴラヴ序章のつもりで書いてみました。
すみません単にネタが思い浮かばなかっただけなんです本当にすみませんこんなに待っていただいたのに僕もう死にます。
ウボァアアアア!

・傭兵の日常と、少女の非日常(ハリード×エレン)

時系列は第一章以降。【天上瑠璃様】からのカップリングリクエストで書いたものです。まさかの前ハリエレと同じくオーダーいただいてから半年経過という、管理人にハリエレ不能疑惑が漂う作品となりましたorz
くそ、今回はHDDのクラッシュとか色々不幸な事件が重なったからなんだ・・・!
さてハリエレ2作目となるこのお話は、二人が旅立った後、ランスにたどり着く前を描いたお話となっています。もっとガツっとラブっとしたお話を描きたい衝動を抑えていたら、なんか全然そんな空気なくなっちゃいました。
次があれば、次こそは・・・・!

・ピドナの休日

時系列は第四章最終話途中。これは別にオーダーを頂いたわけではないのですが、突然天から降ってきた啓示にしたがって二日ほどで生まれた代物です。
いえまぁ、普通に本編に組み込んで書いていたら、ふざけ過ぎてしまったので番外編にしただけですはい。
こういう意味不明なの書いているのって楽しいよなー。ロマサガラノベ大会とかどっかでやってないかなー。企画的にイマサラ感強すぎかなー。

・妖精談話 その1 「恋愛の捉え方から見る種族の相違性と類似性」(フェアリー×カタリナ)

時系列は第五章、3と4の間。キリ番消化にまたしてもご協力下さった みつき様 からのリクエストで描いたものです。何とびっくり、掲載時点から一年近く前のリクエスト・・・。これは遅筆とかそういうレベルじゃねぇぞ!!
orz
さて今回の題名は完全に内容との親和性とか全く考えていない思いつきなわけでして、しかも その1 とか。続編あるんかいと我ながら突っ込んでしまいたくなります。
多分あります。いつになるかは知らないけれど・・・!

・月下の夜想曲(レオニード×カタリナ)

時系列は不問。恐らく本編の3,4年前位じゃないでしょうか?(適当) キリ番消化にご協力下さった sola様 からのリクエストで描いたものです。いつのだよ!ってレベルで遅れて申し訳ない!書き始めたのは恐れ多くもリクを頂いた直後なのですが、なにせこの筆者が遅筆遅筆遅筆ぅぅぅううううorz
さて今回の題名は、あれです。筆者アクションゲーム苦手なんですけど好きでして、悪魔城ドラキュラとかよくやってました。レオニード様とアルカード様が被って仕方ないのです。ご存じの方は、城内冒険の下りはヴァンパイアハンターのテーマを脳内再生しながら読んで下さい!(テレッテッテーテーテテテテーテーテーテー)

・妖精談話 その2 「種族の多様性に見る様々な生態、及び生活圏についての考察」(フェアリー×カタリナ)

時系列は第五章、4と5の間。これはキリ番関係なく実を言うとむかーしその1を書いた後にノリで一部だけ書いたものがそのままクラウドに残っていたので、せっかくだからと本編をほったらかして書き足してみたというものでして、その1と同じく題名は完全に内容との親和性とか全く考えていない感じでして。このシリーズ本気で続くのかい的な、でして。
えらい短いですけどほんとSS的な感じでぷらっと見て頂ければ幸いです。ところでフェアリーとカタリナだけになると妙にメタっぽい雰囲気になってしまうのは何故なのか。

・VS筋肉だるま 南国大決戦

時系列は第五章10のあと。これはリクエストを頂いたわけではなく、sola様リクエスト頂いたレオカタを書いている最中に、雪国の話があるなら南国の話もあってもいいよなー、から同時期に書き始めていたものでして、途中でほったらかしていたものをちょっとお茶を濁す感じで仕上げてみたものです。何故か掲載が真冬なのはご愛敬です。
題名は無論のこと適当でして、なんか今後対戦系番外編を書くことがあればVSシリーズとでもしようかな、とか。
あ、ごめんなさい本編先に終わらせます。

・宵闇の国、月下の騎士団(レオニード×カタリナ)

時系列は不問。恐らく本編の2、3年前位じゃないでしょうか?(また適当) こちらもキリ番消化にご協力下さった sola様 からのリクエストで描いたものです。以前に引き続きいつのだよ!ってレベルで遅れて申し訳ないです・・・!
もともとロアーヌ騎士団が本編に出て来た辺りで此奴らの出る話も書いて見たいなーと思っていたところにリクを頂き、気がついたらごちゃ混ぜに。
ヤミーさんには軽〜くあしらわれて全滅した思い出。

・la Saint Valentin(ミカエル×カタリナ)

時系列は不問。本編の3年前くらいですかね。こちらは20000HIT踏んでいただけた そーか様 からのリクエストで描いたものです。以前のリクに比べたら早めの掲載・・・でもないですねすみません・・・!
何を隠そうわたくしカタリナの甘いもの好きという設定など彼方に吹っ飛んでいたものでして、とても新鮮な気持ちで書くことができました!
その割にいつも通りあんまりリクエストほど絡んでいなくて申し訳ありません・・・!
ちなみに本編で既にお気付きの皆様もおられると思われますが、作者的にはロアーヌはまんまフランスをイメージしているので、文化的にはフランスのそれを当てはめて本作品を構成しております。

・バンガードの休日

時系列は第七章と第八章の間です。
特にリクエスト等があったとかではなく、脳内に「ツンディーネ」という単語だけが唐突に漠然と思い浮かんだので、それをなんとなく文章にしたらこうなったというだけの話です。
与太話なので特に話を詰めたりするわけでもなく、日常切り取っただけのSS的な。
ていうかシャールとハリードが昔親友だったとか、そういう設定ほんと後から出てくるの勘弁して欲しいですよね!河津さんにその辺の設定全部聞きたいです・・・。

・お料理教室その1(サラ×少年)

時系列は第六章の11あたりだと思います。
これもリクエスト関係なく、なんか舞台版ロマサガ3見てたらサラを書きたくなって、丁度お腹空いていて、なんでかこうなりました。
少年の名前は公式には決まっていないそうですが、埋もれたデータの中にテレーズと名付けられた少年グラがあったとかなんとかっていう噂をそのまま鵜呑みにして少年の名前は成り立っています。少年のキャラもなかなか掴みづらいですが、本館のサラは可哀想な方向にぶっとんでいるので、彼女さえいれば話が作り安くで助かりますね。
っていうか謎にレシピとか乗せてしまって、この形式を続けるのかっていう感じなんですが、またお腹が空いた時にでも考えるかもしれません・・・。

・ピドナの夜

時系列は第八章4以降あたりです。
なんとなく察してくださっている方もいるかもしれませんが、筆者は個人的にお酒全般が好きでして、妄想本編ではミカエル様の好みに合わせてワインの話が少し入っていたりします。当然筆者もワイン好きです。
しかしウイスキー系も好きなので、この世界でウイスキーがあるとしたらどんな感じなのかなー、と考えていたら浮かんだ話です。
お酒といえばまぁこの人かなぁ、というわけで、ブラックさんにお出ましいただきました。因みに今はもう止めていますが煙草も嗜んでいたので折角だからそこも入れてみようかな、となったら完全に酒と煙草の話という不健康まっしぐらエピソードになってしまいました・・・。

・お料理教室そ2(サラ×少年)

時系列は、これもその1と同じく第六章の11から12あたりだと思います。
アウナスをぶっ飛ばす道中で二人はいろいろなものを作っては食べているのですね。最近のお料理アニメに触発されて書いてみたとかそういうわけではないです。ええ、けっして!
今回のレシピはグリーンカレーですが、これは自分もたまに作ります。カレー屋さんで食べるのもいいですが、自分で作るとまた味わいがあっていいです。カルディ寄った時には大体メープロイのペーストとココナッツミルク買っちゃいます。
しかしこのシリーズまだ続くんでしょうかね。料理は自分も好きではあるので、色々思いつきはするんですが・・・。

・魔術理論談義(ボルカノ×ウンディーネ)

時系列は、第七章の8と9の間です。
Twitterで色んな人のCP見ていたら唐突にこの二人のちょっとイチャっているのが書きたくなって、しかしそもそも本編に沿ったらCPとかそんな展開にならねーよ!と苦悩した末に生まれた、CPものとはとても思えない、めちゃくそあっさりテイストの何か、です・・・。
いやもうCPもの書くんなら、夢オチしかないのかなって思いました。もっとラブラブさせてぇぇええええええ

・ピドナの休日(夜)

時系列は第四章最終話途中。随分前に書いた「ピドナの休日」と同じ時期のお話です。
季節的なものが描きたいなぁと思いまして、とはいえ結局時期外れではあるのですが、夏祭り風味のお話です。
Twitterでいろんな方の作品を目にして、自分も何か描きたいなーと思ったが故に生まれた与太話ですね。本編の箸休めにでも。

・シノンのハロウィン(トーマス×サラ)

時系列は不問。冒険が始まる直前とかかもしれませんね(適当)。
Twitterやっていると季節モノ創作物が多くて、その気がなくても描きたくなり、自分の設定と睨み合いながら苦悩するというのが最近のパターンと化してきました・・・。
思わずトムサラで書いてしまいましたが、筆者はトムのことはむっつりだと確信しています(何

・はじまりの理由(Miracle symphony2寄稿作品)

時系列は第三章7-10の間です。サガオンリーオンラインイベント「サガエアフェス4」にて発行されたアンソロジー「Miracle symphony2」に寄稿させて頂いたSSとなっております。
寄稿のために普段と違うお話をーとも考えたのですが、結局自分の設定から離れた作品が書けず・・・。なので短めにしつつ、そう言えば書いていない話あったなーと思って書きあがったのがこれです。
カタリナさんが騎士になった動機って、現時点でも特段語られていないと思ったので、それの妄想話ですね。
いつかは全然自分の設定と違うifも書いてみたいものです・・・夢オチが一番現実的か・・・笑

 

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