第七章・6 -永久結晶と氷の剣-

 

 見上げれば、そこには満天の星空と見紛うほどの煌き。そこに輝く数多の光がいったい何処まで続いているのか、見上げども見上げども、一向に見当もつかない。
 その場所を氷の銀河と名付けたのは、一体誰であったのだろうか。それはもう、この世界の誰も覚えていないことなのであろう。
 だが一つ確かなことは、この場所を見ることができた希少な者たちは、その誰もがこの場所を『氷の銀河』という以外に呼びようが無いと確信するであろう、ということだ。
 それは今まさに氷の銀河を征く五人の冒険者も、そして三百年前にここを訪れたという、かの聖王も、等しくそう確信したことだろう。
 更にいうならば五人の冒険者と聖王には、今この場においてもう一つの共通点が存在する。
 それこそは、今まさに彼らの後ろをついてきている「雪だるま族」の存在だった。
 それは精霊が雪の塊に命を宿し現界した姿で、嘗て聖王がオーロラに導かれて氷の銀河を征き、その先で氷の剣を手に入れた時も、こうして精霊「雪だるま」を連れて行ったのだという。
 しかも聞けば驚くことに、ユリアン達についてきた雪だるまは三百年前にも聖王と共に氷の剣を取りに行った雪だるまと同一個体なのであるそうだ。
 とはいえ、雪だるまがついてきたのは単なる好奇心や懐古心のそれでは無い。それは、必然であるから付いてきているのだ。
 抑もこの「氷の銀河」という極寒の異世界を人の身のままで征くには、雪だるま族の持つ氷雪の加護が必要不可欠なのだという。それが無ければ、ものの数十分で生身の人間など氷漬けになってしまうのだそうだ。
 故にその雪だるまのお陰で一行は、その身がこの異界に在っても普段と変わらぬ身軽な服装で行軍する事が出来ていた。

「うおおおらああああ!!!」

 自身の倍以上の背丈であろう、単眼の不気味な巨人が繰り出してきた拳に、ウォードが自分の得物である大剣を合わせて気合いと共に振り下ろす。
 鈍い衝撃音と共にぐしゃりと骨肉の砕ける音がして拳を潰され巨人が怯んだところに、ロビンが背後に回り込み脚の腱を突いて姿勢を崩しにかかった。
 そして思惑通りにロビンの攻撃で巨人が膝をついたところで賺さずウォードの背後から飛び上がったモニカが、軌道の読めない畝る蛇のような動きの強烈な突きを巨人の眼球に見舞い、頭部を突き抜けて絶命させる。
 そうして彼らが一体の巨人を駆逐している向こうでは、雪だるまの玄武術によって足止めを食らった別の巨人が、その体の上下をエレンとユリアンによって斬り飛ばされていたところであった。

「・・・おかしいのだ。ここは原初の精霊の集合意識体が作った、絶対零度の不可侵領域なのだ。そこに、こんな妖魔が沸くはずがないのだ」
「成る程、これは異常事態なのですね」

 レイピアに付いた血が拭き取るまでもなく外気によって瞬時に凝固し崩れ落ちる様を物珍しそうに眺めた後、モニカは雪だるまへと視線を移しながら、そう答えた。

「まだまだこの辺りには巨人の気配があるようだし、偶然迷い込んだ、というわけではないのだろうな。これが異常事態だというのなら、その原因が何処かにあるはずだが・・・」

 モニカと同じく血糊がすっかり落ちたレイピアを仕舞いつつ、ロビンが周囲を探るように見回した。
 彼らは今、広大で分厚い流氷の上に立っていた。
 氷の銀河と呼ばれるその場所は、どうやら途方もなく大きな空洞となっているようだった。その中にある巨大にして極寒の湖に、いくつもの氷原が浮かんでいるといった格好なのだ。
 陽の光が一切届かぬ周囲は空洞の上下左右から放たれる淡く蒼い光に溢れているが、それでも見通しはあまり良くない。
 暗がりからの奇襲を警戒しつつ極力戦闘を避けるべく、周囲に細心の注意を払いながら五人と一体は進んでいくことにした。

「・・・ねぇ、あそこ見て。なんかある」

 聳り立つ氷塊の物陰に身を隠しながら先陣を切って進んでいたエレンが、突然後続に止まれと手振りで伝えながら、自らの前方を指差した。
 ユリアンらが指さされた先へと視線を向けると、その先で暗がりの中に浮かび上がってきたのはなんと、氷漬けの人間と思われる氷像であった。

「・・・あれは!」

 ユリアンらに遅れて最後にそちらを見た雪だるまは何やら随分と驚いた様子で、そのまま一気にエレンを飛び越して一目散にその氷像へと駆け寄った。
 その様子にエレン達も周囲の警戒をしながら其方へ駆け寄ると、なんとその先ではあまりに驚くべき光景が起こっていた。
 なんと氷像が滑らかに動きだし、雪だるまの頭を撫でていたのだ。
 あまりのことに驚きを隠さないままエレンたちが近づいてよくよく見てみると、氷像は人間の女性を形取っており、またその姿はまだ年端も行かぬ少女のもののようであった。
 そしてその体は氷漬けである他に仄かに青白く光を纏っており、その少女が人ではない何かである事を窺わせた。

「雪だるまさん、その方は・・・」

 モニカが語りかけると、雪だるまと共にその氷の少女がモニカへと振り向く。

「この子は・・・最初の少女なのだ」
「最初のって・・・」

 雪だるまの言葉にエレンがあまり理解していない様子で反応を返す。その横でその言葉を脳内反芻していたユリアンは、そう言えばと思い当たる事があったようで、口を開いた。

「それ、ひょっとしてさっき暖炉のところで言ってた設定の話か・・・?」
「そうなのだ・・・一部は事実なのだ。でも一体なんで・・・。それに三百年前には、ここには何もなかったはずなのだ・・・」

 後半は問いかけるようにしながら雪だるまが疑問を呈するが、まるでそれに応えるかのように、氷の少女は薄っすらと微笑んだだけだった。そしてしばし微笑みを浮かべていた少女は、彼女の体の一部のように思われた胸元の氷の花を取り外し、雪だるまへと差し出してきた。

「これは・・・ま、まさか、永久氷晶なのだ!?」

 驚いた様子の雪だるまに対し、目の前で行われているやりとりの意味がいまいち理解できないユリアン達は、とても不思議そうにその光景を眺めていた。
 だが雪だるまが受け取った永久氷晶と呼ばれる氷の花からは、只ならぬ空気が感じ取れるのは確かだ。

「・・・これは、氷の剣以上に精製に時間を要する至宝なのだ。この氷晶があれば僕ら雪だるまは大きく力を増し、その気になればこの絶対零度の世界の外で活動する事さえ出来るようになるのだ」

 見た目からは全くわからないものの声色からは十分に高揚した様子が伺える雪だるまがそう言っているのを、氷の少女は静かに微笑みながら聞いていた。そして氷の少女はやがて右腕を掲げ、氷の銀河の一点を指差した。
 そして何かを囁くように口を動かすが、そこから紡がれる言葉はエレン達には聞き取る事が出来ない。

「・・・この先に、氷の銀河に起きている異変の元凶がいるらしいのだ」

 唯一少女の言葉を理解した雪だるまが少女の示した方角へと向き直りながらそう言うと、エレンは何かを確信した様子で笑みを浮かべながら腕を組む。

「じゃ、間違いなく氷の剣もそこね」
「ですわね」

 そこにモニカも上品に腕を組みながら同調すると、ユリアンとロビンはやれやれといった様子で肩を竦めながら彼女らの後ろに控えた。

「ま、そりゃ行くんだよなぁ・・・。ったく、この仕事はエライ高くつくぜ・・・?」

 ウォードが半ば破れかぶれ気味に得物の大剣を担ぎながらそう言うのを合図に、一行は少女の指し示した氷の銀河最深部へと向かい始めた。

 

 それまでと同様に物陰を上手く利用しつつ氷原を徘徊する巨人を避けるように進んで行くと、氷雪の加護があるにも関わらず次第に肌に感じる冷気が強く濃くなってきたように感じられてくる。
 加護があるにも関わらず寒気を感じるのは、雪だるまが言うには最早、外気温が生物の住める温度をとうに下回っていることの証明なのだそうだ。
 そして極寒の世界を進んで行った先に、遂に一行は漸く氷の銀河の異変の元凶と思しき存在を、その視界に認めた。

「あれは・・・」

 エレンがそう呟いた先に鎮座しているのは、拓けた一面の氷原の上にて微動だにせぬ、白銀の巨龍であった。

「ドラゴン・・・」

 その威風堂々たる佇まいは、まるで氷原の中に聳り立つ巨大な氷の彫像のようでもある。しかしそんなことよりも一行が大きく疑問に思うのは、それが本当に彼らの知る龍なのであろうか、ということであった。モニカやエレン、ユリアンの中に揺蕩う十二将達の戦の記憶には、どこを探そうともこの様な姿形の龍種の記録はないのだ。
 そして同時に、目の前の巨龍の力が既存の記憶にある龍種のそれとは大きく異なるであろう事も、その威風からして瞬時に察する事が出来た。

「・・・退くか?」

 抜剣の姿勢は崩さぬまま、小声でユリアンが問う。未知の龍種と戦うには、今の彼等は余りにも準備不足と言わざるを得ないからだろう。

「いや、もう遅いわ」

 エレンがそう言って腰に装着していた斧を取り外すのと、白銀の巨龍の青白い目が見開かれるのは、殆ど同時だった。
 既に、そこは巨龍のテリトリーの中であった。

「!・・・散って! なるべく距離とって!!」

 大気の揺らぎを最初に察知した先頭のエレンは、そう叫ぶや否や自分も後方の岩陰に滑り込みしゃがみ込む。
 全員がそれに習って付近の岩陰に身を隠した直後、世界が白く染まった。
 彼女らのいた空間を中心に周辺の岩を巻き込み、純白の爆風が十数秒にも渡ってあたり一帯を通り抜ける。

「うおおおおおおおお!!!?」

 余りに強力な衝撃波で岩の上部が吹き飛び、そこに身を隠していた最も大柄なウォードが堪らず数メートルほど後方に吹き飛ばされる。
 幸いにも湖面に落ちる前に氷原で止まる事が出来たのだが、彼が急ぎ起き上がってみれば、もう既に今のブレスから身を隠せそうな場所は粗方吹き飛んでしまっていた。

「あれがもう一度きたら耐えられない! 一か八か、速攻でいくよ!」
「ボクは補助に回るのだ!一度は必ず防ぐのだ!」

 エレンの掛け声と共に彼女を先頭に突破隊列を組んだ一行は、掛け声と共に龍に突撃をかけるべく駆け出した。
 まず先頭から斬りかからんとするエレンを薙ぎ払うように、白龍がその巨体に似合わぬ素早さで巨大な前足の鉤爪を振り抜く。するとエレンは、それを回避するように大きく飛び上がった。しかしそれを視線で追っていた白龍がそのまま彼女を噛み千切らんとし、大きく口を開ける。

「させるか!!!」

 エレンに一歩遅れるようにして龍の首をめがけて飛び込んだユリアンが、その首を刎ねるべく渾身の水平斬りを打ち放たんとする。
 だがそれを直前で予見した白龍は瞬時に首を引いてエレンへの攻撃を中断し、翼を羽ばたかせて強烈な衝撃波を起こし二人を目の前から吹き飛ばした。

「モニカ、ロビン!」
「はい!」

 吹き飛ばされながらエレンが叫んだ直後、左右に分かれて至近距離まで潜り込んでいたモニカとロビンが、其々白龍の左右後ろ足へとエストックを突き立てる。
 だが、やけに耳障りな甲高い衝撃音が響いたかと思うと、二人のエストックは白龍の強固な鱗に阻まれてしまい、その身に殆ど傷をつけることは叶わなかった。
 それでも多少の痛みは与えたようで、白龍は己の両足元へと意識が散っていく。

「まだだ、乗っかれぇ!」

 叫びながら吹き飛ばされたエレンが空中で体制を整える後ろで、ウォードが雄叫びを上げつつ大剣の側面を前にしながら豪快にアッパースイングで振り抜く。
 それに気付いたエレンが振り抜かれる最中のウォードの刀身に足を乗せ、擊ち出される大砲の如くに再び白龍への距離を一気に詰めた。

「っっらぁ!!!」

 振り抜かれた勢いに加えてたっぷりと自身の遠心力を乗せた一撃を、白龍の頭へと向けてエレンが放つ。

「グギャアアア!!!」

 耳を劈く様な苦悶の叫びと共に、白龍はなりふり構わぬ様子で翼を羽ばたかせる。
 それによって生まれた衝撃波でその場の全員が散り散りに吹き飛ばされ、直ぐに落ち着いた白龍は己の右眼を今の一撃で潰されながらも即座に臨戦態勢を整え、再度彼女らと対峙した。

「・・・惜しい。頭ごとぶっ潰せれば良かったんだけど・・・」
「なに、今のであの姉ちゃんは彼奴の視界を半分奪った。次はもう少し楽に決められる筈だ」

 白龍と正面から対峙する形で同じ方向に吹き飛ばされたユリアンとウォードはそう言いながら立ち上がり、ユリアンは再び剣を握りしめる。
 そして左右、及び龍の後方に分かれて吹き飛ばされたエレン、モニカ、ロビン等に伝える様に、声を張り上げた。

「今度は俺が撹乱する!全員、隙を突いて一気に頼む!」

 言葉と共に一人白龍の前へと躍り出たユリアンは、ロビンとの一騎打ちで放ったものと同じく己の分身を創り出すほどに気配を分散させた動きを展開する。
 白龍は視線でそれを追ってきたが、しかし闇雲に繰り出された鉤爪がユリアンを捉えることはない。
 この瞬間を好機と捉え、エレン、モニカ、ロビンは渾身の攻撃を繰り出さんと白龍へ距離を詰めた。狙うべきは、強固な鱗に覆われていない体の底面付近や、同じく足の付け根あたりだ。
 だが、白龍はそんな彼女等の思惑を嘲笑うかのように、巨大な翼を羽ばたかせ一気に空中へと舞い上がった。

「おいおいあの巨体で飛ぶのかよ・・・!」
「気をつけろ! あれ来るぞ!!」

 愕然とした様子のユリアンの呟きに合わせてウォードが叫ぶのとほぼ同時に、後ろに控えていた雪だるまが先ほどまで白龍のいた場所に集結していたエレン等の側に飛び込む。
 そしてそれらと合わせるかのように、劈く雄叫びと共に白龍の強烈な冷気のブレスが空中から垂直に地面へと向かって放たれた。

「舐めてもらっては困るのだ!」

 雪だるまの言葉は、爆発音にも似た様な暴風の炸裂音で掻き消される。
 直撃していないにも関わらずとんでもない余波で周囲に巻き起こった衝撃波に、離れていたにも関わらずウォードは再び吹き飛ばされた。
 爆風により辺り一面が氷と雪によって白に覆われ、空中にいた白龍も爆心地から数メートル離れた場所に着地して慎重に視界が晴れるのを観察している。
 そして待つこと十数秒で視界が晴れると、思惑と違ったその光景に白龍は低く唸り声をあげた。
 鋭い龍の眼光が見つめる先には、雪だるまを含めた五体の彼の獲物が、なんとまるで無傷で立っていたからだ。

「凄いじゃない。ありがとね!」

 エレンは斧を構え白龍から視線を外さぬまま、雪だるまへと感謝を述べる。

「どういたしましてなのだ。氷銀河に永久氷晶があれば、フリーズバリア多重展開もお手の物なのだ。でも、連発はちょっと厳しいのだ」

 くたびれた様子を器用に表情で表しながら雪だるまがそう答えると、残るユリアンとモニカ、ロビンも自身の得物を構えて白龍へと向き直った。

「次で決めなければいけませんわね」
「だな。だが同じ手は通じなさそうだしな・・・」

 モニカの言葉にユリアンが答えるが、彼の奥の手である分身剣は先ほど白龍に看破されてしまっている。
 すると、まるで己こそが真打と言うかの如く一歩前に進み出たのは、外套をはためかせたロビンだった。

「では、ここはこの怪傑ロビンにお任せいただこう」

 構えの定石とは違いエストックを対峙する相手と反対側に掲げ、徒手の左手を白龍へと向けながらロビンが言った。

「また飛ばれたら厄介だ。翼を狙う。その隙に」
「オーケー」

 エレンが了解で返すと、ロビンは不敵に笑い、そのまま間を置かず一気に飛び出した。
 軌道は、最初のエレンの突撃と同じ直線。対する白龍は牽制をするかの様に、その鋭い鉤爪をロビンに振るう。
 瞬間、白龍の左前方に飛ぶ様に、黒い影が舞う。
 左目だけが生きている白龍が即座にその影を追うと、その影はなんとロビンが先ほどまで装着していた漆黒の外套であった。

「フェイントは小剣使いの十八番だよ」

 フェイントに一歩遅れて白龍の死角である右側に飛び込んだロビンは、強く握り締めたエストックに己の全身を用いた最大回転を加え、渾身の突きを放つ。

「父直伝のスクリュードライバーだ。君が雌なら、クリティカルだな」
「ギャアァァァァァァアアアア!!!」

 ロビンの放った強烈な突きが、白龍の右の翼を抉り千切る。その痛みに白龍が残る片翼を羽ばたかせつつ大きく身を仰け反らせるが、浮かび上がる事は叶わない。そしてこの瞬間ガラ空きになった白龍の懐にエレン、ユリアン、モニカが次々に飛び込んでいた。
 まず硬い鱗を打ち破る様に、エレンが加速した勢いに遠心力を乗せて強烈な一撃を白龍の喉元に叩き込む。
 次いで飛んだユリアンが、鱗の千切れ飛んだ箇所目掛けて渾身の飛水断ちを打ち込んだ。
 二人の攻撃は会心の出来栄えであったし、それに苦悶する龍の咆哮と共に盛大に血飛沫が舞うが、それでもまだその首を落とすには至らない。

「はああああ!!」

 そして最後に飛んだモニカは、構えたエストックにて超速の五段突きを見舞う。
 まるで夜空に煌めく十字星を描いたかの様な強烈な連撃の最後の一突きが、ついに白龍の首を貫通して背中に向かう鱗と断末魔ごと切り飛ばした。

「うおおおお!! やったじゃねーか!!」

 龍の首が地面に落ちるのと殆ど同時に、ブレスの余波で吹き飛ばされていたウォードが、丁度戻ってきつつ歓声を上げる。

「ナーイスモニカ!」
「恐れ入りますわ、エレン。でも、これは皆様のお陰です」

 互いの動きを讃える様にハイタッチを交わしたエレンとモニカは、頭部を失い鈍重な動きで地面に崩れ落ちる白龍の胴体の向こう側へと視線を投げる。
 その先には、氷原の中に突き立てられた一振りの剣があった。

「あれが、氷の剣なのだ」

 白龍の死骸を回り込む様にしてその剣へと真っ先に近づいた雪だるまに続き、五人と一体がその剣の前へと集まる。
 彼らの目の前に突き立つその剣は、名の通り正に全体が氷で形成された不思議な剣だった。
 エレンが徐にその柄の部分を握ると、地面に突き刺さっていた根元部分を覆っていた氷がひとりでに崩れ落ち、氷原の支えを失う。

「へー。まぁ冷たいけど、氷を握っている感じはないねこれ。全然平気」

 ぶんぶんとその場で二、三度振り回し、エレンはユリアンに向かって放る様に投げて渡す。
 それを難なく受け取ったユリアンは、しっかりと両手で握りしめ、カタリナがよくピドナの庭先でやっていた様に構えて刀身を見つめた。

「つ・・・ついに念願の・・・」
「おっと、それ以上はやめたほうがいい」

 思わず口をついて出た遠い昔の口伝をロビンに遮られたユリアンは、気を取り直して氷の剣を構え、数度素振りをしてみる。
 すると通常の剣からは感じられない独特の波動、あるいは霊威のようなものを感じ取ることが出来るが、しかしユリアンが扱うにはこの剣は多少重量があるようだった。大別するならば、これはカタリナが好んで扱う「大剣」の部類だろう。今のチームでいうなら、ウォードが扱うのが適任に思われた。
 しかし、それを差し出されたウォードの返事は随分とつれないものだった。

「おいおい、勘弁してくれよ。一介のハンターに聖王遺物なんて、其れこそ、豚の前に真珠を投げるってもんだ」

 そう言ってウォードは氷の剣を一時的に受け取ることも拒否し、代わりに俺はこれだとばかりに、白龍の死骸を解体し始めた。
 ハンターたる彼にとってそれが宝の山にも等しいものである事は、他のものにもわかる。何しろ龍の体は、実に様々な部位が貴重であり役に立つからだ。主たる部分でいうならば、龍の鱗は呪具や祭事の際に重宝される他、鍛治の素材としても非常に高値で取引される。
 爪はそのまま短剣にできそうなほど鋭く、角も武具となる他、磨り潰して霊薬としても使われる。
 その血肉もまた非常に貴重なものであるとされ、龍の肉を喰らったものは不老長寿を得るなどという伝承まであるのだという。

「でも気になるのは、そのお味よね。折角だし持って帰って食べてみようよ!」

 ウォードが難儀しながら解体している横で、エレンはそう言いながら手にした斧で豪快に龍を捌き始めた。
 ユリアンやモニカ、ロビンの得物は残念ながらそれを手伝える装備ではないので、実に楽しそうに龍を解体する二人をただ興味深げに見守るだけだ。

 ガキンッ
「うぇっ!?」

 すると順調に解体を進めていたはずのエレンが、不可思議な金属の衝突音と共に斧がはじき返されたことに驚いて声を上げた。

「どうかいたしましたの?」
「いや・・・なんかこいつ・・・うわ、なにこれすご・・・」

 モニカが肩越しに覗き込む前でエレンが白龍の体から取り出したのは、なんと一振りの槍だった。

「ほらみて、こいつなんか槍飲み込んでた!」
「へえぇ、凄いじゃん。龍槍ってやつ?」

 ユリアンも何やら感心した様子で槍に注目したが、その槍がどれだけの代物であるのかはよく分からなかった。
 それを取り出したエレンから興味本位で受け取ったモニカが、彼女の中に渦巻く十二将の戦の記憶を頼りに構え、軽く振ってみる。
 するとその大きさからは想像もできないほど軽々と、しかし驚くほどの力強さを備えた太刀筋が垣間見えた。十二将の記憶の持つ戦闘技術を抜きにしても、この槍は間違いなく他の市販の武具とは一線を画した品であることに間違いは無いだろう。

「これは・・・わたくしには詳しい事は分かりかねますが、かなりの業物の様に感じます」
「槍って言ったら、トーマスやシャールさんかな。氷の剣以外にも、いいお土産が出来たね」

 何食わぬ顔で龍の解体を続けながらエレンがそう締めくくり、そのまま二人の解体作業終了を待ってから一行は間もなく帰路へと着いたのだった。

 帰り道に再度氷漬けの少女の元を尋ねると、少女は雪だるまにしか伝わらない言葉で何かを囁いた様であった。
 それを聞いたゆきだるま曰く、彼女は此処でまた数百年の時をかけて再び永久氷晶を作るのだという。それが今の彼女の存在理由であり、またそれを成すことが彼女の夢であるのだという。
 少女がこの地で最後に見た夢は、彼女が作ったゆきだるま達と共に、彼女の生まれ故郷で自由に遊ぶ事なのだ。氷の銀河が存在する限り、いずれ彼女のその夢は叶うはずだ。

 それから数日、エレン達は雪だるまの村に滞在した。
 理由としては何のことはない、帰るためのオーロラの出現を待っていただけの話である。雪だるまによればこの時期の雪の街には、なんと夜が訪れないのだという。ウォードが言うにはそれは白夜と呼ばれる現象であるそうだ。
 その数日の間にエレンたちは何度か雪だるまを連れて氷の銀河を往復し、巨龍を可能な限り解体して食料や素材の確保を行なった。
 因みに食料らしい食料も龍の肉しかなかったために数日の食事はそれで過ごしたのだが、思いの外、龍の肉は美味であったと一同の中では結論づけられた。基本的に龍は肉食のはずだが、この地にあっては肉も何もなかったから何か別の形で栄養の補給を行なっていたのではないか、というのが畜産の経験も豊富なエレンとユリアンの意見であった。
 そして雪の街滞在から四日目、いよいよオーロラの出現を確認することができた。

「ありがとうなのだ。君らのおかげで、最初の少女にも会うことができたのだ」

 雪だるまがそう言ってぺこりとお辞儀の仕草をすると、一行が口々に応える。

「わたくしたちこそ、お世話になりました。お陰様で氷の剣も手に入れられました」
「ありがとうね、すっごい楽しかった!」
「また来るよ」
「共に冒険をした証に、このロビンマスクの予備を一つあげよう」
「世話になったなぁ。飲みの席の話題が一つ増えたぜ」

 そうこう言っているうちにオーロラがエレン達を覆っていき、視界が極彩色に染まっていく。

「君たちに、精霊の加護があらん事を、なのだ。時が来れば、僕らも必ず・・・」

 雪だるまの最後の言葉は、オーロラにかき消されて殆ど聞こえなかった。
 そして程なくしてオーロラが晴れると、エレン達は冷たい風の吹きすさぶ小さな崖の上に立っていた。
 背後にはウォードの組み立てかけのテントが、雪を被った状態で放置されている。そして周囲は暗く、夜が確かに訪れている事を告げている。
 どうやら、無事に元の場所へと帰ってこれたようだ。

「よっし、ユーステルムに戻ろう!」

 エレンの掛け声と共に、一行は意気揚々とユーステルムへの帰路に着いた。

 

 

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第七章・5 -オーロラに包まれて-

 

「あ・・・」
「・・・どうかしたんですか?」

 バンガードの宿で紅茶を飲みながらピドナへの定期連絡を認めていたカタリナの唐突な発声に、窓から身を乗り出して道端の猫と遊んでいたフェアリーが振り返った。

「いえ・・・そういえばポールやエレン達って、氷の剣探索に向かったのよねーって思って」
「あー。ミューズさんは、そう仰っていましたね。それがどうかしましたか?」

 花壇の世話が趣味であり、西の花の種が欲しいとシャールと共に買い物に出かけているミューズを思い浮かべながら、フェアリーがカタリナの言葉に答える。
 それに対してカタリナは羽ペンを持つ手で軽く頭を掻きながら、ぼそりと続けた。

「いや、前にフェアリーに教えてもらった『雪だるま族が氷の剣を守護している』っていうの、そう言えば誰にも伝えてなかった気がして」
「あーなるほどー・・・。うーん・・・・・・。まぁ、きっと大丈夫ですよ」

 空中で腰掛ける様な仕草をしながら腕を組んで考えていたフェアリーは、何かを察知してか、気楽な様子でそう断じた。カタリナが小さく首を傾げて続きを促すと、フェアリーは窓の外の空へと視線を向けながら微笑む。

「ノーヒントの方が、冒険は面白いものですし」
「え、まぁ・・・それはそうかも知れないけれど。それって大丈夫っていうのかしら・・・?」

 得心いかない様子で首を傾げるカタリナに、フェアリーは微笑み返しながらもう一度窓の外を見やる。
 注意深く意識を向ければ、遥か遠くで僅かに力の揺らぎを感じる。それは資格を持つ何者かが神器に近づく事で起こる気配である事を、彼女は知っているのだ。

「でも、ちょっぴり残念です。雪だるまさんには、是非ともお会いしてみたかったのですが」
「それなら私たちも、いつか北に行ってみましょう。その時に会いに行けばいいわ。エレン達が会えていれば、方法もわかるでしょうし」
「・・・はい!」

 ティーカップを片手に柔らかく微笑みながらそういうカタリナに、フェアリーは花のような笑みで返しながらカタリナの近くに置いてある自分用のハーブティーを手に取った。

「あら、なぁに?」
「いえ、なんでもないです」

 文書を書くカタリナのすぐ隣に、あるいは甘えているようにも見えるような近しい距離でちょこんと腰掛けるように浮かび、フェアリーはいつか会えるかもしれない雪だるまへと思いを馳せていた。

 

 

 四魔貴族討伐を聖王が為し遂げてから後、魔王殿を拝する市街地の丘の上に新市街建築の構想が立ち上がり勢いを増す王都ピドナを他所に、一組の男女が港から人知れずヨルド海を渡った。そうしてたどり着いた古都ロアーヌの地を開拓し、その地の初代侯爵として統治を行った聖王三傑たるフェルディナントと、その妻ヒルダ。
 この二人が実は世界地図上で最北の都市国家であるユーステルムの出身であるということは、思いの外広く知られていない事実である。
 そんな稀代の英雄二人を輩したこのユーステルムという都市国家は、商都ヤーマスとツヴァイク地方を結ぶ交易の拠点として、そしてその交易路に沿って聖都ランスへと巡礼する聖王教徒の宿泊地として、北の地に必要不可欠な都市として発展してきた。
 交易の街と巡礼地としての二面を抱えるこの街は、いざその中に入って見渡してみれば、北の地の厳しさと共に生きる実直な民の集まりであることを知ることができる。
 特に今は最もこの地で過酷な冬の時期であり、現地の民は狩りの季節に拵えた備蓄と共に息を潜め、じっと春の訪れを待つのだ。だが、この時期にこそ見ることができるこの地方独自の天体現象としてオーロラがあり、それを一目見ようとこの地を訪れる者も多いのだという。
 しかしそれもここ数年はオーロラ自体が何故か姿を現さなくなったことで観光客の足も遠のいていたのだが、どうやら今年はまたオーロラが出そうだ、というのが地元のハンターたちの空読みの結果なのだという。
 そしてその言葉を信じ、まさに今雪原を進行する者たちがあった。
 すっかり日も傾き夜が近づく一面銀世界の山間の雪原を進む五つの影は、時折強烈に吹き荒ぶ風に凍えながらも、しかし立ち止まることなく着実に歩を進めていた。

「ちょっと・・・あとどのくらいなの!?」

 頭まですっぽりと被ったフードの下では鼻っ柱をすっかり赤くしながら、エレンは先頭を行く大男へと大声で問いかけた。その声量から推察する限り、まだまだ彼女らには十分な余力がありそうだ。

「あーと少しだって」
「それもう三回くらい聞いたわ!」

 エレンのその言葉に後ろの三人も全力で頷き返すと、先頭の大男は、がはははと豪快に笑いながら懐のスキットルを取り出した。

「なぁに、本当にあと少しなんだ。焦らず行こうじゃあないか。ほれ、お前たちもやるか?」

 中身は現地特有の度数の高い蒸留酒を入れているらしいスキットルを一口飲むと、大男はそれをエレンにも勧めてきた。

「いいわよ、自分で買ったのあるし」

 エレンは大男のものには目もくれず、特製の毛皮の外套の内側から丸い形のスキットルを取り出して、その中身を豪快に呷った。通常スキットルは四角い形が多いのだが、ユーステルムの露店で見つけた丸い形のスキットルが非常に可愛く見えたとのことで、彼女のお気に入りだ。

「おぉ、流石いい飲みっぷりだねぇ。ロアーヌの奴らは酒飲みが多いんだなぁ」
「あたしやカタリナさんと同じにみんなを見ちゃだめよ。ね、ユリアン」
「え、あ、おう」

 突然話を振られたユリアンは、モニカを気遣いながらも懸命に返事をする。しかしその返事を碌に聞きもせずにエレンは既に前方へと向き直っており、それに対してユリアンは特に構うことなく、相変わらず大声で笑う大男へと視線を向けた。
 この雪山において彼らを先導するこの大男は、名をウォードという。
 最北都市ユーステルムを拠点として活動するハンターだということだが、ユリアンらがユーステルムに着いた直後に現地案内として彼を雇ったのは、ポールだった。なんでも、以前もカタリナと共にこの地を訪れた時、彼と共にこの地で仕事をしたのだそうだ。

「まぁあのねーちゃんがいねぇのは残念だったが、今度はこうして俺の遠縁の一族に会えたんだ。これも何かのお導きってやつだぁな」
「んなお導きはどうでもいいから、ちゃっちゃと目的地に導いてよね!」
「はっはっは、間違いない。こりゃあ一本取られたな!」

 ウォードとエレンは先ほどから、ずっとこの調子なのである。因みに彼の遠縁というのはなんとモニカのことであり、彼の家系図を辿ると英雄フェルディナントの時代まで遡ってロアーヌ侯族と繋がっているのだそうだ。とはいえウォード自身は美男美女として有名なロアーヌのアウスバッハ兄妹とは似ても似つかない外見なので、普段はこれを話しても誰も信じないそうだが。
 そんな二人の他にこの場にいるのはユリアン、モニカと、あとはロビンだ。
 ユーステルムまで共に来たポールはといえば、どうやらカンパニー関連で厄介な状況が現地で発生しているらしいということを察知し、そちらの火消しに向かうこととなったのであった。なんでも、以前にトーマスらが来訪し商業協定を結んだ北の盟主とも言われる大手「エリック社」が、現地でカンパニーの物件に裏でちょっかいを出していたとのことなのである。
 ポールはこれをこの機に叩かなければならないと判断し、現場調査をエレン等に任せることとしたのであった。
 そして現地調査のリーダーを言付かったエレンは早速「先ずはオーロラを見に行こう!」との大号令を発し、今に至るというわけなのである。

「でも、この道の先にオーロラがあると思うと、わくわくしますわね」

 ユリアンの手を取りながら歩を進めるモニカは、騒がしい前方の二人を微笑ましく思いながらも実のところは自分自身が一番楽しみであるかのような様子で、そう呟いた。
 なんでもこの山間の雪原を抜けた先には小高い丘があり、そこは空の果てまで続かんとするような氷原と、その向こうに北海を一望できる小さな崖があるのだという。ウォードが言うには地元のハンター仲間の中でも一部の人間しか知らない絶景スポットであるとのことで、モニカはまだ見ぬオーロラとその前評判に、密かに心躍らせていたのであった。

「おぉ、目印の大岩が見えてきた。あと少しだぞ」
「もう四回目よそれ!」

 あいも変わらずエレンとウォードは騒がしく歩を進めていく。
 そんな彼らに続いて三人も進んでいくと、ウォードが目印といった大岩を曲がった先には、確かに山間から広大な氷原を望む小さな崖が突き出していたのであった。

「もう間も無く、日が沈むな。こっからは長期戦を覚悟したほうがいい。オーロラは、いつ出るのかわからん気まぐれなやつだ。ここにテント張るから、男衆手伝ってくれー」

 背負っていた荷を下ろしながらウォードがそう言うと、ユリアンとロビンが彼を手伝っている間にエレンとモニカは崖からじっと空を見つめていた。
 陽が落ちたことで辺りは急激に冷え込んできており、張り詰めた空気の冷たさも肌に感じられる。
 白い息を規則正しく一定の間隔で吐き出しながら、エレンは遠く水平に向かって視線を向けていた。

「オーロラって、どんななのかな?」
「どんなものなのでしょうね。アンナ様は光の帯と仰っておりましたが、夜に光る虹のようなものなのでしょうか」

 氷原の先を見つめながらそう言うエレンに、モニカは少し上空へと顔を向けながら答えた。空には太陽に代わり星の輝きが現れ、既に広大な星の海を作り上げている。
 空から視線を下ろせば氷原はすっかり闇に覆われており、目を凝らしても下の様子はあまり伺えるものではなかった。
 この氷原の何処かに、氷の銀河とやらが有るのだろうか。
 モニカが暗い氷原をぼんやりと見つめながらそんなことを考えていると、彼女の背後から野太いウォードの声が上がった。

「おい・・・来たぞ!」

 その声にハッと我に返って、モニカが空を見上げる。するとその視界の端で空と海の境界のあたりに、小さく光り波打つ「何か」を捉えた。
 それは、青くて赤くて、または緑だったり白かったりして、小さな光だと思って居た矢先に、爆発的に空を侵食し薄暗い空を瞬く間に極彩色へと染め上げていく。そしてたった数度の瞬きの間に、遥か遠くからその「何か」は伸び上がる様にモニカ達の頭上に至るまで波打ちながら展開し、あっという間に彼女達のいる小さな崖をも空から包み込む様に広がった。
 それは、モニカが想像していた夜の虹などと言う様な可愛らしい表現に収まる代物ではなかった。
 例えるならばそれは、夜の闇に対して向けられる極彩色による容赦なき蹂躙。または夜が平伏す程の、天を跨ぐ長大な光の道筋。とにかく其れは、想像を絶する規模で紡がれる、偉大なる神の御業に他ならない。
 その息を呑む程の絶景に、しばしその場の面々は言葉を忘れて魅入った。

「・・・こいつは驚いたな。ここまで大きなのは、俺も初めてみる」

 ウォードが最初に我に返り、そう呟いた。
 モニカ達はこれ以外にオーロラというものを見たことが無いので比較のしようはないが、しかしこの光景は人生の中で二度同じものを拝める様な代物ではないであろうと言うことだけを、確信していた。
 そしてモニカらがそのまま言葉を忘れて魅入っていると、その極彩色の奇跡は更なる変容を遂げていく。
 畝り広がる光の帯はいよいよその高度を落とし、遂には小さな崖に立つ五人の男女を包み込んでしまった。

「・・・凄い、オーロラって凄い!!」

 その状況に至ってエレンは興奮の絶頂に達し、そう叫んだ。
 彼女達の周囲は最早薄暗い山間の崖ではなく、極彩色の渦の中。背後に来た道も、眼前に広がっていた氷原も、何も見えなくなっていた。

「・・・おいおい、こいつはなんかやべえぞ・・・!」

 この世のものとは思えないその光景に旅の四人が息を飲んでいる中、ただ一人妙に焦りを見せているのがウォードだった。

「これは、オーロラの現象とは何か異なるのか?」

 アイマスクが飛ばない様に手で眉間を抑えながら、ロビンが慌てた様子のウォードに問いかける。

「あぁ、こんなのは見た事ねぇ。つーか話にも聞いた事がねぇ・・・まるで婆様に聞かされた童話だ・・・!」
「童話・・・か。それは、好都合かもしれないな」

 ロビンがそう言いながらふっと笑みをこぼすのを見て、それどころではない様子のウォードは多少苛つきを見せながら言った。

「おいおい何が好都合だってんだよマスクマン・・・!」
「まぁ見ているといい」

 片手を上げてウォードを制しつつ、ロビンは上を見上げた。
 そこにもまた、極彩色の光が狂い飛ぶ様が見て取れる。

「とりあえず、身の危険は考えなくていいだろう。これが世界の奇跡であれば、我々に仇なす物ではないよ。なぜなら我々は、正義の心を持っているからだ。そしてこれが悪の為す事である事はないだろう。なぜならこの光景は、真に美しいからだ。つまり、我々に危険が及ぶ事はないという事だ」
「おいおいマスクマン、気でも触れたか・・・!?」

 自分の中にはない確信を語られ、ウォードは半ば混乱して頭を片手で抑えながら吐き捨てる様に言った。
 しかしどうした訳か、ロビン以外の三人も、何やら能天気な様子でこの状況に感嘆の声を上げているばかりだ。
 この異常な状態にいよいよ集団で気が触れてしまったのかとウォードが冷や汗をかいている、その矢先のことだった。

「見て、オーロラが・・・」
「解けていきますね・・・」

 エレンの後を追う様にモニカがそういうのとほとんど同時に、彼女らを覆っていた極彩色の光は、それまでの光景が嘘の様に呆気なく空間に溶け、消失していった。
 だが、どうしたことか空を覆う極彩色が消えてもなお、彼女らの周囲はうっすらと明るいままなのだ。
 空を見上げれば今にも雪が降り出しそうなどんよりとした空模様で、その分厚い雲の向こうの低い位置に、輝く太陽が透けて見えた。

「あれ、さっきまで夜だったよね・・・」
「あぁ、そうだ・・・。ってか、ここは何処なんだ・・・?」

 周囲の明るさに驚いて呟くエレンに応えながら、ユリアンは周囲を見渡す。
 彼らは今、先ほどまで立っていた山間の小さな崖ではない、別の何処かにいた。
 左をむけば切り立った崖が聳え立っており、その先は望むべくも無い。そして彼らの正面と右方向には、崖の中腹の空間と思われる一面が雪に覆われた場所で其処彼処に住居と思しき半円型の建築物が点在している。どうやら、其処は村の様だった。
 しかし、どうした訳か人のいる気配は全く感じられない。

「廃村・・・なのか?」
「ううん、でもその割には雪で建物とか隠れてなくない?」

 小さな段差を飛び越えて建築物に近づきながら、ユリアンの疑問にエレンが答えた。
 その建物は触れれば冷たく、木や煉瓦で作られたものではない様だった。

「・・・こりゃあ、イグルーだな。雪で作る簡易住居みたいなもんだ」

 ここでやっと冷静さを取り戻したのか、ウォードがエレンの後に続いて建物に近づきながら言った。

「えーこれ雪で出来てるの!」
「そうだ。しかし、こんなにデカくてしっかりしたイグルーは俺も初めて見たなぁ」

 初めて目にするイグルーをパシパシと叩きながら感心した様子のエレンとウォードの脇で、今度はモニカが何かを見つけ駆け寄った。

「まぁ、見てくださいユリアン。これはひょっとして、雪だるまでは?」

 ユリアンが呼びかけに応じて振り向いた先では、モニカが二つ並んだ等身大程度の雪像らしきものを色々な角度から眺めているところであった。

「あー、確かに雪だるまだ。そういや昔作ったなー。シノンじゃそこまで雪は降らないから、こんな大きなのは作れないし土でばっちいのばっかだったけど」

 そう言いながら雪だるまに近づき、ぽんぽんと頭を叩きながら幼少の思い出に耽る。
 しかし、そこでふと疑問に感じた。
 果たしてこの雪だるまを作ったのは、一体誰なのか。
 その疑問が浮かんでからよくよく周囲をユリアンが見渡すと、この村と思しき場所には多くの同じ様な雪だるまが乱立しているではないか。
 しかも恐らくはその全てが、しっかりと形を保った状態だ。雪も余計に積もった様子がない。つまり、作られてからそう時間が経っていないという事になる。

「兎に角、ちょっと探索してみようではないか」

 ロビンの発声を機に、五人は雪だるまばかりが立ち並ぶ村の中を歩いて回った。
 矢張り何処にもこの村の住民は居らず、だがまるでイグルーの中はつい最近まで誰かが生活をしていたと思えるほど、全く風化の痕跡がない。
 まるで彼らが此処に来る直前に住民が突如として神隠しに遭ったのではないかと思えるほど奇妙な空間の中で更に彼らを混乱させたのは、なんとイグルーの中にまで設置されている雪だるまの数々だった。

「ユーステルム周辺では、雪だるまを聖人像か何かにでも見立てる習慣など有られるのです?」
「うんにゃ、祭り事ででかい雪の像を作ることならあるが、それくらいだぁな。ここまで並んでると、奇妙なもんだぜ・・・」

 モニカの問いに答えるウォードを先頭に、一行は村の中でも一等大きなイグルーへと侵入した。そこまで大きくない集落であったので、ここが探索できる最後の建物だ。
 雪で作られているとは思えないほど内装もしっかりした作りであり、イグルーの中には下へと向かう階段が掘られている。そしてその先は、なんと地下室まであるほどの広さを誇っていた。
 その階段を降りた先にも矢張り雪だるまが三体程有るだけで、矢張り人の気配はない。
 この場所で村の中は粗方見回ってしまったが、なんの発見もなく状況が変わる様子もない。
 さてどうしたものかと皆が顔を見合わせる中、エレンは部屋の奥に鎮座する雪だるまの一つに近づいて、先ほどモニカがしていた様に改めて雪だるまを観察していた。

「なんか分かったのか?」
「いやなーんにも。でもここの雪だるま、みんなちゃんと目と眉毛の飾りがついてるの可愛くない?」

 そう言いながらエレンが雪だるまを撫で回すのを見つつ、ユリアンは腕を組んだ。

「女子のそういう可愛いって感覚は、いまいち男には分かんないよな。なぁロビン」
「うむ・・・まあ恐らくは、『これは正義か悪か』というような二極化の意味合いで『可愛いか可愛くないか』という二者択一の判断を行なっているのではないだろうかと思うが・・・」
「・・・俺は男の感覚もわからなかったんだなぁ」

 ユリアンとロビンがそのような雑談に花を咲かせていたまさにその刹那、それは起こった。

「ウギャアアアアアアァァァァァァ!!!???」
「うわあああああぁぁぁぁ!!?」

 突如その場に巻き起こった二つの絶叫に、全員が声のした方へと振り返る。
 そこには、絶叫を発した一人であり、驚いた様子で尻餅をついているエレンがいた。
 そしてエレンの前には、呻き声と共に盛大に雪面をのたうち回る、大きな雪の塊があった。
 それは、先程までエレンが撫で回していた雪だるまだった。

「うぐううう・・・そ、そこを触っちゃダメなのだ!」

 そして有ろう事かエレンを始め他の四人も唖然としている中、どういう原理かむくりと起き上がった雪だるまは苦しそうに目を瞬かせながら言葉を発したのだった。

「雪だるまが、しゃべった!!」

 エレンは目の前の雪だるまに遅れて立ち上がると、臀部に付着した雪をはたき落とすのも忘れ、ただただ感嘆した様子だ。

「動いちゃダメじゃないか!」

 続いて何処からか発せられた声は、これもまたユリアンら一行のものではなかった。
 その声にいち早く反応してユリアンとロビンが振り返ると、奥の雪だるまから彼らを挟んで反対側、階段の方に鎮座していた二体の雪だるまが新たに動き出して顔(と思われる面)を奥の雪だるまへと向けていた。

「だって、目を指で突き刺されたのだ・・・流石に痛いのだ・・・」

 好奇心に駆られたエレンの惨たらしい仕打ちが度を過ぎていたのだと主張する雪だるまに対し、他の二体は流石に同情を隠せない様子だった。
 やがて、その間もあまりの出来事に身動きが出来ないでいるユリアンらに対し雪だるま達は向き直った。

「ばれてしまっては仕方がない」

 そう言って一歩(足らしきものが見当たらないので、この表現が妥当かどうかは議論の余地があるだろう)ユリアン等に対し距離を詰める雪だるま達。素早く臨戦態勢を整えるユリアン達。
 だが雪だるまから発せられた二の句は、ユリアン達に取っては大いに予想外のものであった。

「雪の町へようこそ!!」

 

 

 魔王生誕以前の遥かな昔、北海へと続く峠と極寒の境界の間に、その町は気が付けば存在していた。
 とは言え、少なくとも最初は町などというようなものではなく、只々意思ある力が漂う力場というだけだった。
 それがある時、人界から気まぐれなオーロラに導かれて人間の少女が一人、その力場へと迷い込んだのだという。
 力場に漂う意識体は、その思わぬ来客に好奇心から接触を図った。肉体を持たぬ意識体は思念を用い、その少女と意思の疎通に成功した。少女は、その場所で小さな雪だるまを作った。そして一体の勇気ある意識体が、その小さな雪だるまと自身の結合を試み、初めて意識体は物質としてその場に存在する事に成功した。
 物質となった事で子供と発声を介して意思疎通を行えるようになった意識体は、子供とともに幾つも雪だるまを作った。それに次々と意識体が宿り、雪だるまは瞬く間に増えていった。
 だが明くる日、雪だるまに囲まれて寝ていたはずの少女は、二度と起き上がらなかった。
 それから少女と同じように幾度か来訪した人間が同じ結末を辿るうち、それが凍死であるということに気がついた雪だるま達は、切り立った崖を削り、訪れた人間が凍えぬようにと暖炉を備えた部屋を一つ作ることにした。
 そうして幾百年の月日の間に、この雪の町が作り上げられ、今に至る。

「・・・という設定なのだ」
「設定かよ!」

 まるで古い童話を聞いているような面持ちでそれを聞いていたユリアンたちは、雪だるまのオチに盛大にツッコミを入れた。
 彼らは今、設定によれば人間を迎え入れるためにわざわざ作ったらしい暖炉のある部屋で、雪だるまとそんな話を繰り広げていた。
 因みにこの時点で、オーロラさえ出れば雪の町から帰ることは可能だということは雪だるまから確認出来たので、こうして寛いでいるというわけである。更に補足するならば、この部屋は非常に暖かいのだが雪だるまはこの場所では魔力行使によってか解けずに居られるのだという。

「幾人かが犠牲になるというさり気無く残酷な描写が、昔の童話という感じがしますわ」
「うん、それを狙っているのだ。あんまり来ようとする人が増えても、ここは人間が住み続けられる環境ではないので危険なのだ」
「へぇ、雪だるまってのも色々考えてんだぁなぁ」

 ウォードが何やらいたく感心した様子で雪だるまを見ている横で、エレンが挙手をする。

「はいそこのポニーテールの女の子」
「あたしはエレンよ。んで、今のが設定なら本当はどういうわけで雪だるまが動いてて、こんなところがあるの?」

 雪だるまは、その問いに対して表情だけで見事に考えを巡らす様子と、辿り着いたであろう思考結果を吟味する様子を表したのち、こう言い放った。

「わからないのだ」
「わかんねーのかよ!!」

 珍しくツッコミに回ったユリアンの横で、ロビンは何故か雪だるまのその言葉に感銘を受けたように頷いている。

「何故自分が存在するのか、それは確かに分からぬものだ。それは人も雪だるまも同じということなのだな」
「今はそんな話じゃねーよ!?」

 忙しそうなユリアンを尻目に、今度はモニカが挙手をする。

「はいそこの金髪の女の子」
「私はモニカと申しますの。雪だるま様は、氷の剣について何かご存知ですか?」

 ここでモニカが今回の遠征の核心に迫る問いを発すると、雪だるまは彼女らのいる暖炉の部屋の奥に視線を向けた。
 そこには、一見なんの変哲も無い扉が設置されている。

「氷の剣なら、あっちにあるのだ」
「隣の部屋にあんの!?」

 あまりの展開の早さにユリアンの対応力が追いつかなくなったところで、エレンが颯爽と立ち上がり扉の方へと歩いていく。
 そして徐に、その扉を開け放った。
 瞬間、まるで空気が凍りついたかと思われるほどに一気に冷気が広がり、暖炉の火が全く意味をなさなくなる。

「そこが、氷の銀河なのだ」

 扉を開けたその先は部屋ではなく、なんと氷原だった。そして氷原は視界の先で間も無く途絶えており、その向こうには広大な一面の湖が広がっていたのだ。
 雪だるまの町は夜だというのに明るかったが、その扉の先は見上げる先が薄暗く、夜のようだ。だが全方位から蒼く淡く発生している幾つもの光が、その空間を仄かに照らしている。
 そして蒼い光と同時に強烈な寒気がその空間を支配しており、そこは雪だるまの町以上に温度が低い場所であることが分かった。
 部屋の中にいる今でさえ相当の冷気を感じる事が出来、長くそのままでいると感覚が麻痺してくるのが容易に想像できる。

「うわぁ、本当に星みたい・・・」

 寒さも忘れた様子でエレンが扉から上半身を押し出して湖面を覗き込むと、どうやら空間に溢れる蒼い光は湖の中からも発せられているらしかった。

「成る程これは、氷銀河と名付けられたのも納得ですわね」

 両腕を抱き込むようにして寒さを凌ぎつつ、モニカもエレンの肩のあたりから顔を出してその光景に魅入った。

「早く扉を閉めて、こっちに戻るのだ。その格好では凍ってしまうのだ」

 扉の前で呼びかける雪だるまに従ってエレンとモニカが扉を閉めて暖炉に戻ると、確かに二人の衣服や髪には気づかぬ間に細かい氷の粒が短時間で幾つも付着していた。

「氷の銀河は、人がそのまま入っていられる場所では無いのだ。しっかり対策をしないと凍えて死んでしまうのだ」

 さらりと恐ろしいことを宣う雪だるまに一同が耳を傾けていると、続いて雪だるまはこう言った。

「氷の剣を取りに行くのだろう? 連れて行ってくれなのだ」

 

 

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